第2話

今日が出勤日で運が良かった。と、ウキウキしながら事務所の壁一面にあるホワイトボードで仕事内容を確認します。相談一件、待機が二件、そして案の定搬送が一件ありますね。

『えーっとぉ。』担当者名のマグネットを見ると『左橋』のマグネット。その左側に記入してあるのは「枕経」の予定時刻16時と「納棺」の予定時刻15時半という文字。本日出勤なのは私と左橋さん、山口係長なので、当然のことながら「納棺」は私と担当者の左橋さんで。ということに決定します。にんまりとほくそ笑んだ所で、正直なことにお

腹が鳴りました。

「ちゃんと食べてるの?盛大に主張してるよぉ?」お腹を押さえて赤面しながら体調管理表にレ点を書き入れていると、事務担当の小鳥さんが笑いながら背中を軽くはたいて通り過ぎていきます。照れ笑いをしながらも、先手必勝善は急げと係長に向かって手を挙げます。

「係長。今から納棺行きます。」

「了解。左橋くんもすぐ式場やって降りてくるから準備頼むね。」

ということは、現在霊安室は無人ということです。『お腹空いた、お腹空いた、お腹すーいた。』心の中で呪文のように唱えながらゴム手袋をはめ、脱脂綿セットと消毒セット、ドライアイスを準備した台車に乗せて、私はいそいそと霊安室に向かいます。搬入時の状態によりますが、日の経っているものは冷蔵ケースに、新鮮なものはストレッチャーに乗っていることが多いのです。

『よっしゃ、ラッキー!』何と今日のはまだストレッチャーに乗った状態のままでした。

キョロキョロと素早く周りを見回し、まだ誰も接近する気配がないのを確認して、私は霊安室の扉を閉め、ストレッチャーの上の白い布を、そっとつまんでめくります。

額の辺りに白い「もや」のようにして漂っているもの。常人には見えないこの白いもやの名は「はく」、私の主食です。

私はストローを吸う要領で、白いもやを口の中に吸い込みました。今日の魄は新鮮なぶん、結構な量がありますね。味も特になし、匂いも特にありません。強いていうならば、「わたあめ」に似ているかもしれません。口に入れると『シュワッ』と消えて無くなる感じとか。

『はぁー。お腹いっぱい!』そーっと白い布を戻しながら辺りをもう一度確認します。今人に見られるとちょっとマズイのです。『食事』の後すぐは私の体表は蒼黒く見えるらしいのです。普段は私の外見は色白でセミロングの黒髪、ちょっと残念な美人?の中肉中背の女性形ですが、食後すぐはどうしても本性が出てしまいます。自分の腕の皮膚を確認して、元の白色に戻ったところでエレベーターの到着する音が聞こえました。霊安室の扉を開けると、左橋さんが棺の支度を始めています。どうやら無事に『食事』を終えることができましたね。棺の種類によっては女性一人では重たいこともありますので、私も手伝いに行きましょう。

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