第12話 サマースクール その1
12. サマースクール その1
俺、魔王サタンことアークラッセルと姉フルーレティとの感動の再会から一週間。米国大統領も無事帰路につき、シェリー大統領夫人たる姉も一緒に帰国した。短い間ではあったが姉は姉なりに世界制覇を考えているようだ。次の次くらいの大統領を狙っているのかもしれない。
ま、姉にとってはこの世界でのことは半分お遊びみたいなものだが。
季節は真夏の真っ盛り。
八月の四日で女学院の夏期講習も終わり、二週間の本格的な夏休み入る。
俺は特にすることもないので元ユリカの命令に基づき目下ダイエット中。理由は甘いものが好きになり、全国から見境無く有名な甘いスイーツをお取り寄せまくったからだ。 とにかく宅配というシステムは便利この上ない。家にいながら俺の脳内ネットワークで美味いスイーツを検索し、すぐに頼むことが出来るからだ。スマホやPCレスなので歯止めがきかなくなり、おデブまっしぐら。当然のことながら元ユリカから甘い物禁止令が出た。魔法で体系は維持出来るとは思うのだが、元ユリカからそれは禁止された。俺が元に戻ったら、元ユリカはもちろん魔法は使えないからな。
と言うわけで、午前中は筋トレ中心。午後は有酸素運動のメニューが半ば強制的に組まれた。このクソ暑いのにしかたなく実行する俺。それぞれを一時間近く行うので最近は体が締まってきた。というより筋肉ムキムキにならないか逆に心配だ。
花菱の家に入ることになったアリアももちろん付き合って運動。なんだか二人そろって逞しくなってきた。といっても見た目はまだまだ美少女だけどな。
アリアは日本の街やショッピングモールに興味があるらしく、午後の運動が終わると夕刻まではブラリと街に繰り出す。女の子らしく甘い物屋や件の紅茶店にも寄ることが多くなった。元ユリカの甘い物禁止令もこの時ばかりは若干緩くなる。
当然ながら甘い物屋では女子トークならぬ魔物トークが始まるのだが、アリアはあまり俺の素性についてあまり突っ込んではこない。むしろ冒険者時代の話を面白がって聞いてくる。
先の事件で俺の正体が大魔王サタンであることを知ったはずだが、特に何も言ってはこない。「こちらの世界ではあくまで対等な立場」というのを崩さないようだ。ま、これはこれで俺は嬉しい。俺が大魔王サタンであるからといって、変にへりくだってもらうのも対応に困るからな。
俺も最近はデフォで女の子モードなので、もともとが男であることに対しては特に違和感は感じてはいないようだ。元ユリカに顕現して貰うこともなく、ごくごく普通に女の子として、そして姉としてアリアと接している。
ただ、先日元ユリカから、ちょっと気になることを聞いてしまった。『最近はアークと私の意識が同調するどころか、完全に重なりつつあるのよね。つまり私がアークでアークが私。つまり二人を分け隔てる垣根がすごく曖昧になりつつあるのよね。このままだとあと数年も経たずに私とアークは同化してしまうわ』と。つまり、最近の俺はユリカを装っているのではなく、元のユリカそのものになりつつあるということだ。
・・・いかん 早くクローンボディを造り上げ そこに俺の意識体を転送せねば・・
俺自身のクローンはできないので、(ちなみに悪魔は精神体なので依り代となるボディがないと、いずれ消滅してしまう)今はユリカのクローンを伊王の総合科学研究所で造っている。現在、まだ生後三ヶ月レベルの状態とのことだが、あと半年もすればなんとか再び転移できるまでになるそうだ。それまでの辛抱。
ちなみになんでユリカ以外の男のクローンでないかと言うと、ユリカ以外の他人の体では意識鯛の転送がうまくいかない可能性が高いからだ。俺としては筋骨隆々の逞しい男の体が良かったのだが贅沢は言えない。この際、はやく元ユリカと分離しなくてはならない。
そんな、ちょっと気になることもあるが、俺的には、わりとまったりした夏休みも後半に入る。魔王には夏休みなんてものは無かったからな。
そして、いよいよアトレリア女学院恒例の三泊四日のサマースクールが始まった。
アトレリア女学院から大型バス三台で熱海まで出発だ。このサマースクールでは新たな友達を造るのも目的とのことで違うクラスの子とアトランダムに三人ずつのグループとなる。
俺は二組の鈴木愛理と三組の佐藤陽茉莉と同じグループになる。当然、バスでは隣同士。
「ねえねえ、ユリカさんって、やっぱりバンパイアなの?」
「時々、血が無性に吸いたくなったりとか?」
割とズバズバ聞いてくる二人であった。
「今夜は二人と一緒の部屋なので、もしかしたらこっそり血を吸っちゃうかもよ」
俺が乗り突っ込みで返すと、
「あー、私、吸われたい。そしてユリカさんの眷属にしてー!」
「私もー!」
あっさり返された。俺にも元ユリカにも血を吸う趣味はないのだが。
「それより、さん 付けはやめてね。ユリカでいいわよ」
なんだかんだですぐに打ち解ける三人であった。
ちなみに鈴木愛理は少しポッチャリ気味ではあるが、なかなかの美少女。パッチリお目々に髪はロングでいかにもお嬢様タイプである。実家は吸収は福岡にある大手のお菓子メーカーとのこと。
佐藤陽茉莉は痩せ型ではあるが、元々中学までは全国レベルの水泳選手だったこともあり体育会系のガッチリかつイケメン?タイプ。髪はショートでクラス以外の女の子にも人気がある。俺の脳内アーカイブによると歌劇団の男役ってところか。実家は外交官の家系で父は現在南米に大使として単身赴任中とのこと。
やがてバスは熱海にある花菱グループの保養施設に着いた。
そして担任から、
「今日は今からグループ毎に部屋に行き、昼食までに午後から行うワークショップの課題について検討してもらいます。最優秀賞などの入賞者には豪華賞品が出るので頑張ってね」
今年のワークショップの課題は「熱海活性化」というなんとも曖昧かつ現実的な課題だ。どうやらエトワールになった三島遙香の希望も入れられているらしい。というかそのものだろ。
三島グループは熱海にリゾートホテルや老舗旅館をいくつか持っている。若者の意見を聞き入れ近年の熱海の低迷打開に一石を投じたいのだろう。
と言うわけで、学校指定のジャージに着替えてベッドにくつろぎながら三人でまったりと話し合う。なんだかんだでいろんな意見が出たが、どうやら俺がまとめ役らしい。
「と言うわけで、若者向けの施設をもっと増やす。具体的にはテーマパークを造るということで纏めるわね」
「そのテーマパークも熱海らしく日本の昔話とかを基本にしたほうがいいかも」
鈴木愛理からさらに追加案が出る。
「そうね。せっかくなのでお化け屋敷をもっと進化させたものとか。私は花屋敷のお化けは全然怖くなかったので拍子抜けしたのよね。もっとリアルなやつがいいかも」
佐藤陽茉莉は怖い物知らずなのだろうか。ま、それもノートに書き留めておく。
話し合いが佳境に入ったところで館内放送で昼食が案内される。
「あれ、もうこんな時間よ!」
お昼は定番のカレー。
この世界に来て初めてカレーを食った時は衝撃を受けた。アークランドにも香辛料はあるが、それを組み合わせこんな美味しいものが出来るとは。以来、三日と明けず屋敷でもカレーを食べていたのだが、未だに飽きない。というより屋敷のコックが優秀でカレーといいながらも、かなりのレパートリーを持っていた。
・・・一昨日のキーマカレーも良かったが、この素朴なカレーも捨てがたいな
俺はつい女の子であることも忘れお代わりをしてしまったが、他にもお代わりをしている女子がいたので、ちょっとホッとする。
その後は大会議室にて各班ごとに課題の発表。俺たちの班は残念ながら番外。意外とよその班も似たような案が多かったからな。ということで優勝はアリアの班。なんでも世界各地に散らばる魔族の末裔がインバウンドで熱海を訪れることに対して、おもてなしの精神を発揮しよう。ということで、その対策案とかを提示した。ライカン族の末裔なら新鮮な生肉のフルコースディナーとか、獣人の末裔なら尻尾が出る浴衣とか、バンパイアならあまり陽の光が当たらないように露天風呂は覆いをつけるとか。
・・・それって露天風呂じゃないじゃん
とか、みんな心に思っていたが、何故か優勝してしまった。多分に引率の先生方のえこひいきが入っているのは間違いない。なんでもアリアは女学院に億単位の寄付をおこなったそうだから。
二位には田町詩織のいる班の企業が持っている保養所の開放という、なんとも真面目な案が入った。現実路線は意外と強い。
ということで俺たち番外なので賞品はなし。と思ったら意外や意外。すべての班に賞品があったのだ。さすがはお金持ちの集まる学校。賞品は麻衣子が経営するブティックのドレスお仕立て券だった。一着、市販価格三十万円はくだらないものなので俺以外の二人はとても嬉しそうだった。ちなみに俺というか元ユリカのドレスは一着百万円クラスのものばかりなので、元ユリカはイマイチな反応だった。どんだけセレブなんだよ。と突っ込むことが出来るほど、この世界での社会的な教養が身についてきた俺だった。
その後、少しの休憩をはさんで運動の時間だ。班ごとにジャズダンス、ソーシャルダンス、ヒップホップダンスの三つの中から一つを選んで講習を受けることが出来る。俺としてはオリンピック種目にもなるヒップホップダンスをやりたかったのだが、他の二人はソーシャルダンスをぜひとのことでそれを選ぶ。
ソーシャルダンスを選んだのはたったの7班だけということで中会議室が割り当てられた。残りの13班はジャズダンス。19班はヒップホップダンスということらしい。ヒップホップダンスはオリンピックの種目ということで以外と人気があった。これも脳内データであるが、俺としてはお嬢様学校ということでソーシャルダンスにはもっとたくさんの参加者がいると思ったのだが、
「思ったほど参加者は少ないのね。ソーシャルダンスは人気がないのかしら」
俺が不思議に思い同じ班の佐藤陽茉莉に話しかけると頭にクエッションマーク。
そこに元ユリカが顕現して理由を説明してくれた。
『アトレリア女学院の生徒の八割はソーシャルダンスを普段から習っているから。ここまで来てあえて選ぶ必要はないということね』
「まあ、ソーシャルダンスって定番すぎるし、せっかくの夏休み。新しいものに挑戦したいのかも」
鈴木愛理も同じようなことを言っている。それでももともとは3班しか希望していなかったが、俺とアリアがソーシャルダンスに参加するという情報が拡散され4班も増えたらしい。これも愛理情報。愛理と同じクラスの者が多いのはやはり女子の情報網か。
というわけでさっそく講習会は始まる。
講師は花菱から派遣された人で、かなり年配というかお年寄りだった。事前に知っていた生徒も多く人気がなかった理由も頷ける。
「それにしても、みんなの目がなんかキラキラしてる」
俺とアリアを見つめる生徒の目がキラキラというかハート型になってるぞ。
「ほとんどがユリカとアリア目当てなのよね。あ、陽茉莉目当ても多いのかも」
愛理がちょっと溜息交じりにつぶやく。
事実、俺とアリア、陽茉莉は男役を任されて、その他全員と踊る羽目となった。俺とアリア自身はソーシャルダンスは完璧にこなせるし、陽茉莉もまんざらでもない。
「ああ、幸せです。本当の姫様と踊れるなんて」
というのが参加者の本音らしい。ちなみに俺もアリアの姉ということで正式なバンパイアの女王は将来的に俺がなるらしく、なんだかややこしいことになっている。アリアはあくまで臨時の女王ということらしい。ま、俺は魔王なのでこれはあくまで元ユリカの問題。俺自身としては完全スルーだ。
俺とアリア、陽茉莉は男役として女子生徒をリードしながら踊る。俺たちが相手をしている以外の生徒は講師から基本的なステップや体の動きを教わっている。ある程度マスターすると俺たちのところにやってくる。
そして俺たちと踊る生徒の目はなんだか夢見こごちのようだ。ステップの間違いなんかをそれとなく指摘しながら踊り終えると、
「ありがとうごさいました。一生の思い出になります」なんてぬかしやがる。そこで、ジャズダンスやヒップホップダンスじゃ相手がいないから、これをえらんで正解ねって感じで言葉を返す。
生徒全員が満足そうなのを確認し、ちょっとほっとする。って、なんで俺が担任モードなんだよ。講師もっと頑張れと言いたくなるが。
ソーシャルダンスは見た目よりも運動量は激しい。なので二時間も踊るとクタクタになった。まあ、ジャージ姿では雰囲気は出ないがそれでも俺たち以外の生徒は大満足そうなのでちょっと安心。それにしてもアリアは汗一つかいていない。やはりバンパイアには人知を超えた能力があるのだろうか。俺は汗だくだがな。魔王なのに。
「それでは今度は本番の夜会で」
お開きには他の生徒からそんな声がかけられた。が、俺はまっぴら御免だ。いや、体力的な問題ではない。本格的な社交界デビューは元ユリカに任せたい。俺はこう見えても大魔王サタンだ。さすがに人間、それも一人一人の相手をするのは疲れる。寄ってくる女を一纏めにしてベッドに侍らすほうがよっぽど良い。
早く元ユリカから別ボディに移り好き放題したいのだ。元ユリカの足枷もあと少し。秋には自分自身のボディを獲得できる。それまでの辛抱だ。
汗をかいた後はお風呂タイム。
ということで、この保養所には源泉かけ流しの大浴場が二つある。もちろん一つは男湯だが今は女子しかないないので両方とも女風呂として使用することとなっている。なのでゆったりと入浴できる。初めての地球での温泉にちょっと期待。もちろん魔界たるアークランドにも温泉があるが、基本着衣での入浴だ。
基本魔界では温泉とは戦などで傷ついた体を癒やす場所という感覚だ。この日本の温泉のように、まったりくつろぐという感覚はアークランドにはない。
俺は初めての大浴場での入浴に期待を膨らませ風呂に向かうが当然たくさんの女子と一緒だ。そこで俺ははたと思う。
・・・これまでメイドの芽衣とは入浴したことはあるが女の子同士、たくさんで風呂に入るのは初めてだな。大丈夫か。いろいろな意味で・・・
もちろん芽衣と風呂に入る時は芽衣は水着で主に俺の頭を洗ってくれるのだが。
広い脱衣場にはすでに女子の裸、裸、裸。
大魔王サタンたる俺はアークランドでは三日と開けずサキュバスたちと乱交パーティーを開いていた。なので女の裸には免疫があると思っていたのだが・・・
「鼻血出そう」
むせかえるような女子の体臭と熱気。みんな前を隠そうともせず大胆だ。恥じらいもなく裸体をさらす多くの女子に俺は頭がクラクラしてきた。
『あー、ほとんどお嬢様ばかりなので、その辺は一般庶民とは感覚がちょっと違うかも。ほとんどがこんな大浴場に耐性がないのよね。ま、一般庶民でも主に下ではなく胸を隠すほうが多いけんだけど』
元ユリカのどうでも良いアドバイスが入るが俺は気を取り直し裸となる。
最近、胸が大きくなってきたので元アリアの言ったように胸をタオルでかくして浴場へ。
そこへアリアもやってくる。こちらも惜しげもなく裸体をさらしている。
最近は脳内アーカイブで日本の過去のアニメをよく見るが、女の子の入浴シーンによくある謎の光などもない。モロだ。モロモロすぎて返ってエロさがない。
いや、俺の体が女体化したせいで、その方面の性欲が抑制されているのかもしれない。 自分自身のアイデンティティーを失いつつある俺自身に危機感を抱きつつ、とりあえず入浴だ。
隣に進んできたアリアが不思議そうに俺を見つめると、
「ほんとに私たちそっくりね。胸の大きさも同じくらいかしら」
とか言って俺の前のタオルを引きはがす。とっさのことで対応できず、俺も胸をさらすこととなる。
「わーー、アリアさんとユリカさんって胸も大きいのね。着やせするタイプだよね。って双子だから胸の大きさも同じなのね」
と言った声が周囲から上がる。
視界の先には五十人以上の女子の裸体。意外と胸の大きい子は少ない。元ユリカによると俺はすでにCカップからDに近いので大きいほうだと聞いている。
『ほとんどがBか、それより少し大きいくらいね』
日本人の場合、高校生くらいではそれが普通だということ。結婚して子供が出来ると結構大きくなるらしいが。
・・・魔族は基本、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。ま、これはこれで慎ましくて良いのかも。なのであまり興奮しないのも良い
元ユリカから変なこと考えないでよ、と釘を刺されつつ大浴場でのマナーのレクチャーを受けいよいよ入浴。
まずはかけ湯。長い髪を軽く濡らしタオルでアップに巻き上げる。次に体にやさしく湯をかけいよいよ入浴。体を先に洗うのかと思ったがアリアと一緒にすぐに湯舟に向かう。
元ユリカによるとかけ流しの湯なのでそこまで気にしなくて良いとのこと。街中の銭湯ならば先に体を洗ったほうが良いとのことで作法がなかなか難しそうだ。
少し熱めの湯であるがサラサラとして心地よい湯である。
肩までつかると心地よい温もりが足先からじんわりと伝わって来る。
「こんな大きな温泉につかるのは久しぶりです。ヨーロッパでは水着ですので、なんだか新鮮ですね」
アリアもなんだかほっこりしている。
湯舟には三十人近い女の子がつかっているが、そこに田町詩織を発見。
近づいてくると、
「わー、ほんとにそっくりね。間近に寄っても見分けがつかないわ。しかも首のホクロの位置も一緒なんてすごいわね」
首にホクロがあったのか。俺自身知らなかったぞ。元ユリカは知っているのかな。
それよりも、田町詩織の豊満なボディにびっくりした。着痩せするタイプみたいだ。胸も思ったよりある。
俺がジロジロ見ていると同じ班の鈴木愛理が俺の横に並んできた。
「あら、確か田町さんでしたよね。今回はユリカさんをお借りしてごめんなさいね」
「いえいえ、私はユリカの下僕みたいな者ですので。だからお気遣い無く」
おいおい本当のことを言うなと俺は思わず言ってしまいたくなる。これは単なる冗談だろう。いや、半分本気か。
それよりも新鮮な女子の裸体に囲まれて俺は思う存分鋭気を養う。ここにはマナとはまた違ったエネルギーがあふれかえっているようだ。
風呂からあがっても女の子は大変だ。髪の毛をしっかり乾かさないといけない。脱衣場に設置されたドライヤーには数に限りがあるので部屋に戻り自前のもので乾かす。俺の髪は細くて繊細なのでなかなか時間がかかる。そこで佐藤陽茉莉がかってでてくれた。
愛理と二人がかりでそれぞれのドライヤーで俺の髪を乾かしてくれる。
「ありがとう。たすかりますわ」
「いえいえ、こんな機会じゃないと、こんな綺麗な髪に触れることなんてできないんで」
どうやら日本の女子にとっては銀髪はたいへん珍しいのだろう。俺はちょっとお姫様になった気分で二人のなすがままにされた。中身は魔王だけどな。
そして夕食。今日は魚か肉かを選べるとのことで、俺は当然肉にする。周りの女子もほとんど肉なので、よほど今日の運動タイムで体力を使ったのだろう。ガッツリいきたいと思うのはお嬢様でも同じだ。
「わっ、すごい。ステーキに、しかもローストビーフは食べ放題なのね!」
佐藤陽茉莉は喜色満面でナイフとフォークを手にひたすら食べ続けている。周りを見ると同様だ。そこに元ユリカのアドバイス。
『今日はこの後、アトレリア名物の肝試しがあるのよ。まだまだ体力を使うからしっかり食べておいてね』
え、肝試しごときでそんなに体力を使うのかと疑問に思うが、事前に配られたレジメには三キロメートルほど山道を歩くとあった。納得する俺。
食後、軽く休憩をとった後はいよいよ肝試しだ。正確には仲間との絆を深める夜間オリエンテーリングとなっているが、恐怖スポットがいたる所に儲けられている。
元ユリカによると他の場所でサマースクールが開催される場合も、所謂肝試しのようになるように毎回企画されているらしい。今回のコースも暗い森の中はもちろん、墓地、廃病院、旧道の暗いトンネル、伝説の竜神池、とやらを巡るらしい。ってわざわざ貰った地図にそう書いているところを見ると確信犯的肝試しだよね。
中庭に集まった後、各班ごとに肝試しに出発だ。夏の午後七時ということで辺りはまだ明るい。が、山の中なのでもう三十分もすれば暗くなるだろう。最初に出発する組が少し有利か。残念ながら俺たちの班は最終組とくじ引きでなった。
各班ごとにタブレットPCを渡され、それで各スポットを巡った証拠の写真を撮って本部に送るらしい。その際に自撮りをして一番楽しそうな班が表彰されるらしい。ま、皆恐怖で顔が引きつっているのがオチだが。
ルートは順周りと逆回りで三分ごとに出発するので俺たちの出発は最初の班が出発しておよそ四十分後。あたりはもうすつかり暗い。
さすがにお盆を過ぎると夜は少し冷え込む。俺たちはジャージの上から学校指定の綿入りジャケットを羽織り待機する。
「ええっと、今の気温は17度、この時期にしては寒いわね」
陽茉莉はスマートウォッチの表示を見ながら俺に告げるが、俺自身がネット接続もこなすスマートボディなので言われなくても解っている。が、ここは大人の対応で、
「えっ、そんなに気温が下がっているの? ジャケット正解ね」
と返しておく。
そしていよいよ出発の時間だ。
鈴木愛理が、
「けっこう暗くなったわね。タブレットPCのカメラで写真撮れるのかしら」
なんかまっとうな質問を佐藤陽茉莉にする。
「各スポットにはちゃんと照明が付けられているらしいわよ。それが目印ってのもあるけどね」
とりあえず明かりがあるのでそれほど怖くはないのかもしれない。
出発して十分で最初の墓地だ。といってもお寺の共同墓地で民家が横にあり、それほど恐怖感はない。
「じゃ撮るわねーーー!」
愛理のかけ声でニッコリ笑って証拠写真を撮る。ちなみに証拠の写真のバックはお墓ではなく親鸞聖人の銅像だった。俺たちは和気藹々と最終目的地の竜神池へと向かう。
途中も何事もなく証拠写真を撮りながら進む。途中で陽茉莉がトイレに行きたくなったが、ちゃんとスポットごとに簡易トイレが設置されていた。さすが気が利くアトレリア女学院である。
途中のスポットでは多生邪気の感じる所はあったが、俺自身が並々ならぬ邪気を発しているので、その手の手合いも躊躇しているのかもしれない。
そして出発地点からもっとも離れた目的地の竜神池。
直径百メートルほどの円形の池だ。ここには土地神の白龍が住み、昔は生け贄の女の子を二年に一度差し出さなければいけなかったらしい。が、そのおかげで土地は富み温泉が湧出し辺り一帯は温泉地として江戸時代以前から栄えたという伝説がある。と、レジメに書いてある。親切だな。
「女の子の生け贄って、とても怖い神様なのかしら」
愛理がちょっと怖そうに俺に問いかける。
「いや、神様なら生け贄なんていらないでしょ。きっと邪悪な何かね」
まあ、俺がその邪悪の根源なんだけどな。池の撮影スポットは竜神を鎮めるための鎮龍石という直径一メートルほどの丸い御影石の前だった。鏡のように表面を磨かれたその石に俺は何かを感じる。
「この石、周囲のマナを吸い取っているわ」
俺はつい言葉に出してしまう。
「えっ、マナって何? ユリカって時々不思議なことを言うわね」
愛理の言葉に我に返り反省。さっきのトンネルでも邪気がどうのこうのと言ってしまったしな。
「それにしてもこの石。すごいわね。ここまでツルツルにするの大変よね」
なんて言いながら陽茉莉が石を押す。
「あれっ? なんだかグラグラするわ」
「あ、やめて陽茉莉。その石は大事なものらしいから!」
俺が警告を発するが遅かった。石は陽茉莉が押した以上にグラグラしている。不思議だ。そしてその反復がだんだん大きくなる。
「えっ、私、もう押していないよ!」
確かに陽茉莉は押していない。が、石のグラグラはさらに大きくなる。
「陽茉莉! 危ない!」
石が台座から転げ落ちそうになるのを見て俺は陽茉莉を突き飛ばす。そうしなければ陽茉莉は台座から転げ落ちた石の下敷きだ。
「キャッ!」
その悲鳴と同時に石が台座から地面に転げ落ちた。そして緩い坂をどんどん転がり、十メートルほど先の大きな石に当たると割れて粉々になってしまった。
「えーー! 大変なことになったよ」
ちょっと陽茉莉は半泣き。
「これで証拠の写真も撮れないし。それよりどうしよう」
ま、普通なら戻って先生に報告して、その後お説教だろうな。
そんな事を思っていると突然地面が揺れ出した。
「えっ、地震!?」
愛理が俺にしがみついてくる。半泣きの陽茉莉も駆け寄って来た。
そして背後からなにやら気配が。
ガウッ!
短い咆吼に俺たちは池の方に振り返る。
そこには池から半身をのぞかせた巨大な白い龍がいた。
「ドラゴン!?」
陽茉莉がちょっと不思議そうに言葉を発する。そう、その龍は日本の昔話にあるような龍ではなく西欧のドラゴンといった雰囲気だったからだ。それが証拠に背中に羽がある。
「おそらくあの丸い石が龍を封印していたのね。危ないから逃げましょう!」
俺は二人に逃げるように促すが、二人とも腰が抜けて立てないようだ。そしてドラゴンはこちらに迫ってくる。
「わ、わたしたち生け贄にされるのかしら」
愛理は半泣きで俺の体をしっかりとホールド。これじゃ二人をどこかに待避させて俺がサタンに顕現して戦うという選択肢はなくなる。どうしよう。
しかたがない。このままの姿で戦おう。最近ではサタンに顕現せずともそれなりの力を発揮出来るようになっていた。日頃の訓練のたまものだ。ただ生身だと元ユリカの体に傷を負う可能性もある。気をつけないと。それに力を発揮している所は隠しようがない。二人の記憶はあとでなんとかしよう。
俺は決意すると体中にマナを循環させる。みるみるうちに体に力がみなぎる、こころなしか体も一回り大きくなる。ここのマナ自体は薄いが、体内にため込んだ無尽量のマナがある。
俺がどうやって仕留めようかと思案するうちにドラゴンの口元が光る。ドラゴンブレスだ。
俺は防御結界を張り愛理、陽茉莉とともにその中に入る。
ドゥワーーーーーーーン!
吐かれたドラゴンブレスは池のほとりにあった東屋を吹き飛ばす。が、俺たちは無事だ。この程度のブレスなどグレートエンシェントドラゴンのブレスの十分の一にもならない。そして俺も反撃だ。
池の上の上半身を狙って広域魔法のエレクトロショットを放つ。これを食らえば大概の生物はしばらく身動きが出来なくなる。所謂電撃魔法だ。
ブォーーーーーーーーン!
低周波の音と共にそれは放たれた。直撃を受けたドラゴンの体が一瞬光る。が、それほど効果はなかったようだ。すぐさま次のドラゴンブレスの準備に入いるのが見て取れた。
すかさず俺はその口めがけてアイスアローを放つ。氷の刃だ。しかもバルカンファランクス並に一秒間に三十発の刃だ。とても避けきれないはず。が、ドラゴンも数え切れないほどのスポットバリアを展開。すべての矢がはじき返される。
その後もあらゆる魔法を駆使しドラゴンに攻撃を仕掛ける。ファイアーボール、アイスエッジ、ウォーターカッター、グラビティーウォール。エアカッター。ただの魔法ではない。それらは通常の魔物が使う百倍から千倍の威力だ。普通のドラゴンなら今頃、灰か塵だ。が、それらの攻撃をことごとく防ぎ、しかも反撃してくる。その反撃も半端ない。ブレスもレーザーブレス、カッターブレス、熱ブレス、エアスクリューブレスと多彩だ。しかも俺に対抗してグラビティーウォールの魔法も放ってくる。いずれも俺のバリアウォールで防ぐがグラビティーウォールの魔法は広域地下魔法なので完全には防ぎきれない。愛理と陽茉莉は体重が五倍以上となり地面に這いつくばっている。このままでは大けがに繋がる。が、ドラゴンはこころなしか攻撃の手を緩めているようだ。マナがつきかけているのか、はたして最後の攻撃のためにマナをため込んでいるのか。
・・・いかん、いずれにしろはやく決着をつけなければ
にしても、こんな多彩な魔法と威力を持つドラゴンはグレートエンシェントドラゴン以外には考えられないのだが。最初のブレスはおそらく様子見で出力を押さえていたのかもしれない。
うーーん、これほどのドラゴンが地球にもいたのか。俺の記憶にあるグレートエンシェントドラゴンはかつて俺の盟友かつ冒険者仲間だった者だけだ。グレートエンシェントドラゴン族のただ一匹の生き残り。俺と生死をともに十の異世界を制圧した。最後の異世界の戦いではぐれてしまい、それきりだった。今はどうしているのやら・・・
エッ!?
エッ? エッ? エッ?
「もしかしてメリダ!?」
そう、その最後のグレートエンシェントドラゴン族のただ一匹の生き残り。その名は「メリダ」
その声を聞いてドラゴンの攻撃が止まった。
「おまえはメリダ!その真名はメリダ・マリエル・オーフェン! かつての俺の盟友だ!」
グアーーーーーオーーーーーー!
そのドラゴンは一声吠える。俺の言葉に応えたのか。おそらく間違いない。が、マナの薄い地球では人化ができないのかもしれない。いや、人化の過程を忘れているのかもしれない。
俺はマナをドラゴンに送り込み、人化を促進する魔法を使う。
みるみるうちにドラゴンの体は小さくなり、光に包まれる。そしてその光が消えたとき一人の美しい西欧女性が現れた。当然、丸裸ではあるが今はそれどころではない。
池から岸に泳ぎ着くと一目散に俺に駆け寄る。
「アーク! アークなのね! 私を助けに来てくれたのね!」
今の俺がアークサタンと解るのだろう。体にひしとしがみつき抱き合う。ま、俺の方がこの姿では俺のほうが背が低いので、まるで大人にあやされる子供だ。。
「にしてもよく俺だとわかったなメリダ?」
「アーク、それが池に張られた結界のせいで意識がぼんやりしていて。でも、なんだか攻撃魔法のパターンが懐かしくて。それで気づいたのよ。最後に名前を呼ばれたときは、もう涙が出そうだった」
ま、そうだろうな。かつての俺の冒険者仲間で十の異世界を制覇した魔族の仲間である。ドラゴン族の長にしてエンシェントグレートドラゴンのメリダ。その人である。
久しぶりの再会で話しもつもるだろうが、簡単に経緯を話してくれた。
地球のドラゴン族が勇者によって滅ぼされようとしたところを地球のドラゴン族に召喚されメリダはこちらの世界に来たそうだ。もちろん勇者を撃つために。獅子奮闘し地球に残っていた、ほぼすべてのドラゴンをアークランドに逃し後は自分だけとなったのを確認。勇者に見つからないようにこっそりとアークランドに帰ろうとした。
その時にアークランドと繋がっていたのは唯一、富士山の麓の風穴だったらしい。ようやくたどり着いた日本の熱海。そこからは富士山まで目と鼻の先。だが、そこで驚いた。勇者が待ち伏せしていたのだ。名は安倍晴明と言う。俺の脳内アーカイブでは陰陽師とあったが、メリダにとっては敵である勇者。通常なら負けるはずもないが巧妙に罠が仕掛けられていた。この池にうまく誘導され封印石の結界に閉じ込められた。もがくがどうしようもない。もがけばもがくほどマナが吸い取られる。もちろん攻撃魔法や人化の魔法などもいっさい使えない。以来千年以上もここに閉じ込められていたとのことであった。
「そして俺たちがその封印石を壊し解放されたと言うわけか。災難だったが、ま、良かったな。それにしても俺も災難の真っ最中なのだがな」
俺はアークこと大魔王サタンを顕現させメリダに見せるがすぐにユリカの姿にと戻る。メリダはその姿を見てびっくりしたようだが、俺も事の経緯を簡略して伝えた。
「あなたも大概災難よね。それよりこれからどうするの?」
俺たちが話していると人の気配が。どうやら帰ってこない俺たちを探しに来た教師達だろう。メリダには一端、姿を隠して貰う。そして気絶している愛理と陽茉莉をおこす。
「ええっと、この石が転げてビックリしたようね。これ壊れちゃったし」
指さす先には瓦解した封印石。
俺はとっさに記憶改竄の魔法を使い二人の記憶を改竄する。
「愛理があの丸い石を触っていると大きなガマガエルが出てきたのよ。それでビックリして石を押しちゃったのね。台座からずれて石が転げ落ちちゃったわ。愛理と陽茉莉に当たりそうになったので思わず二人を突き飛ばしちゃった。ゴメンね」
なんともこじつけ気味の苦しい言い訳だが、この状況からとっさに思いついたのは、これしか思い浮かばなかった。
「そ、そうだったの。ありがとうユリカ。命の恩人ね」
「私もお礼を言うわ。ありがとう。当たれば大怪我は免れなかったわね」
親友との再会。大魔王サタンと最大最強と言われるグレートエンシェントドラゴン。
二人? いや、二匹の邂逅の先にははたして、いなかる波乱が待っているのか。
ユリカは覇道を目指す! 名切沙也加 @aakkun
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