第9話 エトワール選挙 その2
9.エトワール選挙 その2
エトワール選挙前日夜。
夕食を終え、就寝前の時間に風呂に入る。はっきり言ってアークランドでは風呂に入ることはめったになかった。浄化魔法で体を綺麗にできるので必要性がなかったからだ。アークランドにも温泉はあるので風呂と言えば温泉。主に体の癒しのために入るのが目的だった。が、ここ地球は違う。毎日風呂に入るのは習慣なのだ。体を綺麗にすることはもちろんだが、健康のためにも入るという。
「さ、お嬢様。流しますので少しうつむいてくださいまし」
自室の風呂ではなく、ここは屋敷の奥にある大浴場。最近は自室のユニットバスではなく毎日ここで芽衣から体を洗われている。芽衣は俺が悪魔で男性体であることを知っているが完全無視で俺の体の手入れをしてくる。俺のためというよりは元ユリカのためであるのだが。お互い裸どうしで最初はかなり気まずかったが、今はもう慣れた。俺は元々大魔王。サキュバスの美女をワンダースほど侍らして酒池肉林を楽しんだこともある。
人間の女の裸ごときでドキドキするまでもない。まして芽衣はスレンダーで、はっきり言って凹凸が少ない。これでは起つものも起たない。いや、今は起つものはないが。
「お嬢様、今、不穏なことを考えていませんでしたか?」
芽衣にはすっかりお見通しのようだ。
「明日はいよいよエトワール選挙ですね。念には念をいれてボディケアをいたします。さ、そこに横になってください」
俺はエアマットレスの上に寝かされると全身泡まみれの芽衣に体を使って洗われることとなる。いや、まてよ。俺の脳内データバンクからこのシチュエーションが前頭葉にアップされる。そこには男女のあられもない姿による絡みの姿が。こ、これはいわゆる大人の男性が行く特殊なお風呂の儀式では。
もしかしたら芽衣にはその知識がなく無意識でしているのかもしれない。俺は黙って芽衣のなすがままにされる。気持ちが良すぎて少しうたた寝をしまったのは内緒だ。
その日の夜は全身の血行が素晴らしくよくなり、ぐっすりと眠ることが出来た。深い眠りは美容のためにも良い。芽衣、グッジョブであった。
そして、いよいよエトワール選挙当日。
校門前。リムジンから降りた俺はその静寂に耳を疑う。昨日までの宣言がいっさい聞こえなかったからだ。
『選挙当日は沈黙をもって支持となす。ですね。この日は宣言は暗黙の了解で禁止されているのです』
微妙に理解しがたい元ユリカの解説であったが、はっきり言ってうっとうしくないのでよろしい。時期はすでに梅雨で今日はしとしと雨がうっとうしい。アークランドでは傘をさす習慣がないが、こちらでは傘をさす。しかも俺の持っているのは英国製の高級品。若干重いので周りのみんながさしているビニール傘で十分なような気がするのだが。
『旧財閥系のお嬢様の見栄というところですね。三島遙香もずいぶんと高級そうな傘をさしていますよ』
気がつけばすぐ前を三島遙香が歩いていた。さしている傘には赤い生地にレースのフリルがついている。いささか実用性にはかけるものだな。声をかけようとしたが自重。誘拐事件自演の件もある。一応記憶の操作をしているが完全とはいえないかも知れない。記憶が蘇り、いきなり俺の前で跪き忠誠を誓われても困るからな。と言うのも記憶が蘇ったときの保険として魔族に恐れおののき魔王に忠誠を誓うようにしておいたからな。
そして一日の授業が終わり、最終のロングホームルームを使ってエトワール選挙だ。
全校生徒356名が講堂に集合する。驚いたことに司会進行はアトレリア女学院のOG会が執り行う。それも歴代のエトワールということで麻衣子の姿もある。これはあくまでもエトワールが学校組織の一部ではなく学校の象徴であるという理由からである。なので現役生徒および先生、職員は一切タッチしないというのが伝統であるらしい。
「それではただ今より第百十五代、エトワールの選出を行います。それでは各自、投票用紙に記入をして投票箱に入れてください」
なんと選挙を取り仕切るのは麻衣子であった。俺も投票用紙をもらい記入台で記入すると壇上の投票箱に投票する。麻衣子の目があるが俺は自分ではなく三島遙香の名を記入した。なぜなら三島遙香はすでに俺の支配下にあるといっても良い。ならば今年は遙香がエトワールになり、来年に俺がエトワールになったほうが三島遙香の取り巻き連中を含め御しやすいからである。当然、俺の人気が圧倒的で俺自身が今回エトワールになったとしても魔力で全校生徒を掌握し意のままにあやつることも出来る。
『どちらにしても、俺の意のままか。まるで悪魔の所業だな』
『なんども言うけど、あなた悪魔でしょ』
言われて思い出す俺であった。最近はこの女学院というかユリカの体にもなじみすぎていて本当の自分自身を見失いそうになる。いかんいかん。
そして全校生徒の投票が終わり集計が行われる。その間三十分。俺は桜井真知子、田中秋穂、田町詩織といったいつものメンバーでトイレに向かう。
「今回は大激戦よね。でもユリカが僅差で当選しそうな気配よ。なんでも三年生の反三島派が積極的にユリカの応援にまわったって噂が飛んでいるわ」
真知子が眼鏡を拭きながら最新情報を披露する。
「聞いた、聞いた。三年の現エトワール伊王由香様があからさまな指示を出したそうですよ」
すぐに情報通の秋穂がフォロー。
その後の二人の情報を整理すると理事長の娘、つまり俺ことユリカの従姉妹にあたる伊王由香が直接ではないが、花菱ユリカの指示に回ったと言うことだ。
「現役エトワールは口を出さないという禁忌を破ったというわけですね」
田町詩織がキクミミダンボと言った感じで話しに加わる。俺には女学院の内情とかはよくわからないが、つまり俺にかなり優位な状況になったと言うことである。
そしていよいよ結果発表。
イブニングドレス姿に変わった麻衣子が壇上に現る。場にそぐわずなにそれって感じだが。
そして一言、
「今回は思わぬ結果となりました」
会場がザワつく。
「では結果をお知らせします。全校生徒356名中、欠席者なし。総得票数356票。内訳。三島遙香178票。花菱ユリカ178票。よって同数」
さらに会場がザワつく。あちこちでどうなるのと言う声が。
そこを麻衣子が手をかざし場を制す。さすが元エトワールだけあって貫禄がある。
「エトワール選出規定に従って、明日放課後。決定試合を行います。試合は三試合。二試合を制したものがエトワールとなります」
おおっと、予想外の展開だ。俺も驚いたが会場の生徒たちも驚いているのが手に取るように解る。決選投票ではなく本当の決戦。戦いだ。ま、同数票なのでしかたないか。
麻衣子がざわめく場を挙手で鎮める。そして、
「なお、試合内容は三種の競技によります。三人の審判による覆面審査で勝敗が決まります。なお、審判は第95代エトワールで当学院理事長、伊王秋子様。第75代エトワール小鳥遊夕様。第85代エトワール高田利里子様。以上となります」
会場からおおっという声が上がる。理事長はともかく、高田利里子と言えば現役の内閣副大臣だ。女性初の総理大臣の呼び声も高い。また小鳥遊夕は世界的な小説家でノーベル賞候補だ。毎年のように候補にあがり、いつノーベル文学賞を取るかがブックメーカーによる賭けの対象となるくらいだ。そんなVIPが審査員。これでは文句のつけようがない。それにしてもこんなVIPが本当に来てくれるのだろうか。
『国会は休会中でしかも次回選挙の理事長へのお願いがてら高田真理子は来るはず。小説家はネタを探して興味本位。こんな面白いイベント逃す手はないわ』
元ユリカの解説に納得する俺。
して、その内容は。
「では試合内容の発表を行います。第一試合は裁縫。これはトートバッグを縫ってもらいます。制限時間は三十分。こちらで材料などは用意します。いかに丁寧かつ迅速に縫うことが出来るかが勝負どころです。次の第二試合は料理勝負。素材などはこちらで用意しますので自由に料理一品を作ってもらいます。審査員の舌をうならせた方が価値ですね。いずれも女性としての嗜みを披露し、その品格をも競います。そして最後の試合は当日の秘密です。第二試合までで決着が付かない場合、これで決着をつけてもらいます。では本日はこれにて閑散となります。お疲れさまでした」
なんだか煙に巻かれたような説明に皆騒然となる。ともあれ明日に備えて戦術を練ることにしよう。
俺はさっそく屋敷に戻ると麻衣子、元ユリカに相談するのであった。
この場は元ユリカに顕現して貰って麻衣子と直接相談して貰った方が良いと考え俺は引っ込む。
ユリカの髪が金髪に戻り、目は赤色からブルーへと変わる。元ユリカが顕現した。時間は持って二十分。早く相談を纏めてほしい。
「それで裁縫は得意なの? ユリカ?」
「ええ、それなりに。というか得意です。初等部時代からアップリケの貼り付けとか好きでしたから。第一試合はなんとかなりそうです。問題は第二試合の料理ですね」
「食材の一覧表は公開されているわ。陸の幸、海の幸と豊富ね。相手次第と言うわけだけどインパクトのある料理で勝負するのが常套ね」
「ええ、では花菱家伝統のカレーライスとかどうでしょうか。お米の炊ける時間を考えても十分ですし。あの味は一度食べると忘れられないほどインパクトがありますし」
「スパイスの持ち込みは大丈夫なのよね。ならこの作戦でいきますか」
わりとあっけなく作戦会議終了。ただこれからが大変だ。元ユリカはそれから一時間ほど針の運針の稽古。といっても顕現しているわけではないので最初の五分だけで後は俺が練習。ま、それなりに様になる。そして今度はカレーライス。厨房に残っていた専属コックさんにその秘伝のレシピを聞き、さっそく再現。といってもいたって簡単。肉をバターで焼き目をつけて、タマネギはしっかりと飴色になるまで炒め、野菜はほどよい大きさに切って時間差で鍋に入れる。わりと基本的なことをキッチリやっているだけだ。ただスパイスが独特だ。これは秘伝ということで内容は秘密。ミックススパイスを渡され最後に混ぜるように言われた。
「うまくいけば二勝連続でエトワールね。私としても期待しているわ」
麻衣子は出来上がったカレーをほおばりつつ俺に期待の目を向ける。
俺としてはどちらでも良いのだが。ま、麻衣子の期待もあるし全力で望むのは言うまでもないが。
そして翌日、朝。
俺はいつも通り大音量の「魔笛」で目覚める。魔王時代は寝る必要はほとんどなかったのだが、この体になってからは最低7時間の睡眠が必要なようだ。昨日は寝付けないと思ったが芽依がラム酒入りのミルクティーを飲ませてくれてぐっすり眠れた。
「お嬢様! また裸で! はやくお召し物を着てください!」
そしていつも通りの芽依の怒号。俺は冷房が苦手でいつもエアコンはオフだ。なので夜は暑い。だから裸。しかもこのほうがマナの吸収が効率的。なんの問題もない。
はずだ・・・
「ああ、お嬢様! シーツに汚れが! 始まっているじゃないですか!」
芽依は俺にサニタリーショーツとやらを渡し、生理用品を慌てて取りに行く。
月に一度の憂鬱な一週間が始まるのかと思うと気が少し滅入る。幸い状態回復魔法で頭痛や腹痛はほとんどクリアできるが、下の処理は正直めんどくさい。ま、これも元ユリカのためだと思い我慢する。将来、花菱家の大切な跡取りを産んでもらわないといけないからな。兄の剛毅がいるのでそこまでは心配ないとは思うが、よくよく考えると剛毅も大魔女マーベラに追われる身。いつ何がおこるか解らない。花菱家のバックアップとしてのユリカの役割もそれなりに重要ということだ。
そして、朝食をすませ、いざ女学院へ。
その日の授業は放課後の決戦を控え上の空。さらにブルーデイということもあり気分が落ち着かない。クラスメートも俺の状況を察してくれ肩をもんでくれたり、腕をさすってくれる。正直、女の子の柔らかなボディータッチは癒やされる。
なんだかんだであっという間に放課後。
講堂は現役副大臣の来校ということもあり、ものものしい雰囲気だ。一目で女性SPと解る黒服の人も多数いる。
全校生徒の集まった講堂は今、熱気にあふれかえっている。
そして、麻衣子の一声で決戦は始まる。
「さあ、いよいよ決戦です。まずは裁縫。こちらにあるトートバッグと同じものを縫ってもらいます。ちなみにこのトートバッグは理事長の作です。さすがに緻密で綺麗ですね。伊達に主婦三十年やっているわけではありません!」
「あの、まだ主婦暦は二十年ですけど。訂正お願いします」
理事長からの訂正要請。正確には二十二年のはずだが・・・
ま、それは良い。
講堂の壇上にはローテーブルと椅子が二組用意されている。テーブルの上には材料と裁縫道具一式。
俺と三島遙香が着席すると、
「では、制限時間は三十分。始め!」
麻衣子の開始合図で戦いは始まった。
俺はすぐに髪を纏めるフリをして頭に頬被りをする。これは元ユリカと入れ替わる際に髪の色が極端に変わることをわかりにくくするためだ。隠せない前髪はスポットライトでかなり反射し白っぽく見えるので色が変わってもそれほど解らないはず。そもそも国連演説で俺の髪の色が変わることはデフォルトになっているので、もしバレてもそれほど問題にならないだろう。
俺は元ユリカに縫製をまかせ高見の見物だ。どうやらトートバッグの作成は順調に進んでいるようだ。縫い目の乱れもなく綺麗だ。これなら勝てる。
十分経過。ちょうど半分だ。いけるぞ。
そして二十分経過。俺は再び元ユリカと入れ替わる。トートバッグは出来上がっていた。
「あれ、でも何だか」
俺は思わずつぶやく。縫製の最後のほうで僅かに生地にズレが生じている。
『ごめんなさい。時間を気にしすぎて最後ちょっと乱れちゃった』
元ユリカの言い訳だが、俺が最終工程で入れ替わっても同程度のものしか出来なかっただろう。
結果。
「はい、第一試合終了です。二人とも見事なできでしたが、花菱さんのほうは合わせた生地に僅かにズレがありました。よって勝者は三島遙香さんです!」
会場から盛大な拍手とどよめきが起こる。双方とも両者の意外な女子力?に対してだが。俺と三島遙香はタカビーでもしかしたら女子力低めに見られていたのかも知れない。
そして第2試合が始まる。
演壇の中央には各種高級食材が用意された。そして俺と三島遙香の前には簡易型のキッチンが。
「さあ、第2試合は料理対決です。審判員をうならせる料理を出したほうが勝ちということですが、なんと事前のリサーチでは両者ともカレーライスとなっております。しかも両家秘伝のカレーとやら。いかなる結果となるでしょう? さあ、それでは制限時間は四十分。初めてください!」
麻衣子の軽妙なアナウンスで第2試合が始まる。まずは肉を切ってバターで炒めて鍋へ。俺は習った手順通りでカレーを造る。ただ、包丁扱いは慣れていないのでこっそり魔法のウインドカッターを使う。手を切るのはイヤだからな。しかもこの方が切れ味が鋭いので素材の良さを逃がさない。別のフライパンでタマネギや野菜を炒め煮える時間を考えて時間差投入。そしてお米はあえて鹿児島産の水分量の少ないものを選んでいる。これはカレーのルーが浸透して一体化して美味しさを増すからだ。別のフライパンでルーを造る。市販のルーは半分しか使わず、残りは秘伝のスパイスと秘伝の炒めタマネギだ。これを煮始めてから十二分で投入。この時間も秘伝だ。
残り二分を残して花菱家伝統のカレーが出来上がった。
三島遙香のカレーもすでに出来上がっているようだ。かなりスパイシーでこちらまで匂いが漂ってくる。
「ああ、美味そう」
俺は思わず漏らす。そう言えば決戦のことが気にかかりすぎてお昼はろくに食べることが出来なかったからな。なんとコーンスープ半分飲んだだけでウウッとなってしまった。
そして覆面審査。
麻衣子が再び壇上にて結果を発表する。今日はブルーのイブニングドレスで昨日より清楚な雰囲気。でも場違いだぞ。
「では第二試合の結果です。三票とも片方に入りました。では勝者です!花菱ユリカさん!」
会場からはまたまた盛大な拍手とどよめきが。
「今回のカレー勝負には思わぬ顛末が。なんと高田副大臣から、花菱さんのカレーを是非国会の食堂で販売して欲しいとのこと。花菱家秘伝とのことですが、どうでしょうか」
麻衣子は俺に振ってきた。
「ええっと、秘伝ですので、おそらく無理かとは思いますが。でも当主がうんと言えばいいかも・・・」
俺はなんとも歯切れの悪い言葉しか返すことが出来なかった。なぜなら俺はこっそりと魔界のスパイスを入れていたからだ。人間を虜にするスパイス。厳密には花菱家秘伝のものとは少し違う。だからだが・・・
「それは今後の課題ということで。それでは両者一勝ずつなりましたので、いよいよ決戦です。決戦は理事長から発表があります」
伊王理事長が壇上に上がる。
「決戦はキャットファイトです。では両者水着になってください。水着は学校指定のもので結構です。ルールは簡単。直径4メートルのサークルから全身が出た方が負け。そのままでは面白くないので体にオリーブオイルを塗って貰います。滑るので体幹がしっかりしていないとすぐに負けてしまいますわよ。エトワールも最後は体力がものをいいますから。三分三ラウンドで戦い、もし決着がつかなければ審査員の判定に持ち込まれます。では二人とも頑張ってくださいね!」
なんとも予想外の勝負に会場はおろか、俺たちも驚く。とりあえず用意された水着に着替えるのだが、あいにく俺は生理中。どうしようかと思案していると、
「お嬢様。これを」
芽依から差し出されたのはタンポン。俺の脳内アーカイブでは女性が生理の時にプールに入ることもできる優れもの。ということだが。
「ええっと、どうやって・・・」
俺がまごついていると、強引に芽依にトイレにつれこまれ装着された。芽依、恥ずかしすぎるぞ。
両者着替えが済みいよいよ決戦。
壇上にはキャットファイト用のビニールサークルが用意されている。すでにオリーブオイルでヌルヌル状態だ。そして俺たちの体にもオリーブオイルがタップリと塗られる。
と、どうだ。オイルで水着が透けてきてるじゃないか。学校指定の水着はなんと白色。俺の体毛は銀色なのでアンダーヘア付近は問題ないが、三島遙香のほうは若干どころか、バッチリ透けちゃってるぞ。ま、プール授業の時は透け防止も兼ねている水着用の下着を着けるのだが今回は急遽の設定ということで用意されていなかった。この場に女性しかいないのが幸いだが、それにしてもちょっとどころかかなりエロい。
俺がその痴態というか痴体に見入っているとゴングが鳴らされた。
カーーーーーン!
お互いにサークルに入ると低い姿勢で対峙する。にらみ合いが三十秒ほど続く。と、突然、遙香が俺の足にタックルしてきた。とっさにかわして遙香のバックを取る。が、腰をつかんだ途端にバランスを崩し、スッテンコロリン。オリーブオイルが目に入り視界を奪われる。
・・・不味いな ぼやけて周りが見づらいぞ
と、一瞬の隙を突かれ後ろからタックルされる。そのまま外に押しだそうとする遙香。俺は必死にこらえサイド逆ブリッジに持ち込む。体の柔らかい元ユリカに感謝だ。グニャリと体をそらし遙香の首根っこをホールドする。首をひねると痛いのか腰から手が離れた。
・・・チャンス!
俺は体制を立て直し、そのまま首投げに持ち込む。サークルの端付近なので外に投げ飛ばせば勝ちだ。元々はバレエの特訓でユリカの体幹はしっかり鍛えられている。俺はグイッと体を前のめりにし体重をかけひねりながら遙香を投げ飛ばそうとする。が、
・・・アレっ?
オイルで遙香の頭がスッポリ外れ、俺の体だけが慣性でサークルの外に向かう。
・・・不味い!
ここで遙香に押されたらおしまいだ。俺はとっさに体を回転させながら寝転ぶ。足が半分サークルから出たがルールでは体の半分以上が出ないと負けにならないとのことなのでセーフ。危ない所だった。
遙香を見ると首を痛めたのか、そこをさすりながら俺を凝視している。さすがにすぐには反撃出来なかったようだ。
そこからは互いに様子見をしながら一進一退の攻撃と防御を繰り返す。三分が経過後にゴング。一旦休憩だ。
セコンドには桜井真知子が付いてくれた。目に入ったオリーブオイルを真水で丁寧に流してくれる。
「頑張ってねユリカ。でも無理はしないで」
友達とはいいものだ。その気遣いが嬉しい。俺は魔界では友達はいなかった。いや、魔王になる前まではいたのだが。頂点に立つものには近寄りがたいものがあるのだろう。幼なじみのダークエルフまでもが友達ではなく配下の者になってしまいよそよそしい態度を取るようになり、なんだか寂しい思いもしたのも事実だ。
純粋に友達として接してくれる桜井真知子や田町詩織、田中秋穂には感謝しかない。いや、感謝ではなく友情で返さなければとも思うが、そもそも友情とは何かが俺にはよくわからないのだ。いや、昔は解っていたのかもしれない。が、魔王となった今それが曖昧になりつつある。
・・・この世界では真の友情を育むぞ!
俺がそう決意した瞬間、再びゴングが鳴る。
そろそろ遙香にも疲労が蓄積しているはずだ。どちらが先にバテるかが勝負の分かれ目だ。おそらく遙香は早急に勝負に出てくるはず。事前の調査では遙香は習い事としてはバイオリン、生け花、お茶しかしていないことが解っている。クラックバレエ、モダンダンス、格闘技を習っていた元ユリカとは基礎体力が違う。
・・・そう言えば、これだけ肉体系に振った元ユリカの習い事をして、遙香に苦戦とは
俺の脳にふと疑問が横切る。元ユリカの体技をもってすれば遙香など瞬殺でもおかしくないはずだ。それが互角の戦い。
・・・何かあるな
第二ラウンドはお互い決めてに欠き終了。
そして運命の第三ラウンド。
カーーーーーン!
ゴングと共に遙香は再びタックルに来る。俺はそれを予測しバックを取る。これで勝負を決めてやる。渾身の力を込め俵返しを決める。ここはサークルの端に近い。決まれば俺の勝ちだ。
そして見事に技はきまり遙香の体がサークルの外に出て行くのが見えた。
・・・勝った!
が、会場に歓声とは別の悲鳴に近い叫び声がこだまする。
キャーーーーーーー! キャーーーーーーー!
俺はサークルの端に歩み寄り遙香を見る。そして見てはいけないものを見た。
そこにはスッポンポンの遙香がいた。自分に何が起こっているのか理解出来ていないようだ。セコンドについていた生徒が駆け寄りその体を隠す。
そして俺の手にはあってはならないモノがあった。
遙香の水着だ。
俺は理解した。投げ技の時に指が遙香の水着にかかってしまったのだ。オイルでヌルヌルなので結果は明らかだ。遙香はスッポリと中身だけが抜けてサークルに投げ飛ばされた。
俺が呆然としていると麻衣子のアナウンスが。
「ええっと、協議の結果、花菱ユリカさんの反則負けとします!」
カーーーン! カーーーーーン! カーーーーーン!
非情のゴングが鳴る。
『負けちゃったわね。ま、来年はエトワール確定してるようなものなので良しとしないとね』
覚醒してきた元ユリカの慰めとも励ましとも、なんとも言えない言葉に俺は返す言葉もない。
「勝負に勝って試合に負ける」とはこういうものだと帰宅後に麻衣子に言われる。
とりあえず俺の実力は十分示したので良したいが、問題はあの三島遙香の異常な体力と体技だ。いわゆる文系の習い事しかしていなかった女性のものとはとてもではないが思えない。
『それは私も感じたわ。戦っている最中に少し意識を同調させたのだけど、あの体裁きは人ならざるものね。まるで何かが取り憑いたみたいに。悪魔憑きかしら。エクソシスト!』
映画「エクソシスト」は俺もこちらの世界に来てから某有料ネット配信で見たが、本物の悪魔が人間ごときに負けるはずはなく、あくまで悪魔的な動物霊や浮遊霊がとりついたもの程度だと判断したが。
『それ以上のものね。本物の悪魔かも』
いや、本物の悪魔でも大魔王の俺にはかなわないはず。ま、実際には俺の勝ちではあったが。謎は深まるばかり。
そして、その謎が解けるのは、それから僅か二日後であった。
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