第8話 三島遥香誘拐事件?
8.三島遥香誘拐事件?
川野静香に引導を渡したその日の放課後。俺は件の三島遥香に呼び止められた。というより、校門で待ち伏せされていたと言ったほうが正しいだろう。
「いよいよ明日、エトワール選挙ですわね。ここまで来たらどちらがなっても不思議ではないわよね。それより、あなたがエトワールになったら私は生徒会の監査役になるのかしら。もしそうなら私は丁重にお断りさせていただくわ。ま、あなたに勝ち目はないのだけどね。ではごきげんよう」
「あ、あの、ごきげんよう」
断定的な言い方だが、何か裏があるのだろうか。俺の返す言葉も聞かずに踵を返すと三島遥香は車止めに向かって足早に去っていった。
遥香の言いように不思議に思っていると正門前がざわついている。
お迎えのリムジンを持つ生徒たちが溢れかえっているのだ。ざっと百人はいる。本来なら次々と迎えが来てせいぜい十人程度が車止まりに待機しているはずだが。
待っている生徒はスマホの画面とにらめっこをしている。
「あー、事故渋滞か。しかたないわね」
「どのくらいかかるかしら。今日は宿題が多いから早く帰りたいのに」
周囲から生徒たちの不満の声が。
俺も剛毅からもらった文明の利器たるスマホを取り出す。これで状況がある程度わかるはずだ。画面を見るとさっそく迎えの芽衣からラインが入っていた。
◇現在、都市高速が渋滞中です。お嬢様の迎えが三十分ほど遅れる予定です。ご了承くださいませ◇
さらに、
◇今、都市高速を降りたところですが、事故のため全く進みません。今日のところは近くの駅から電車にて帰宅ねがいます◇
追加のメッセージも入っていた。どうやら他の生徒も同じらしく、近郊にある乙女駅に向かっていっせいに歩き始めていた。
俺もあきらめムードで駅に向かおうとした。どうせならと友達と一緒がいいかとと周囲を見渡す。が、皆すでに帰宅途中のようで見当たらない。しかたなく一人で駅に向かう。
と、その時。一台の黒塗りのリムジンが車止めに滑り込んできた。アウディのA8だ。けっこう大きなセダンなのだが、あまりいかめしくないので遠目には一般の車両に紛れて目立たない。
そのセダンに乗り込むのは三島遥香その人であった。遥香の実家は俺と同じ新宿方面だ。なのにすでにリムジンが迎えに来ている。何か違和感を感じる。
そして決定的な証拠を俺は見出す。俺の絶対記憶能力は完璧だ。これまでも三島遥香のアウディのリムジンとは認識していなくても、ここに迎えに来る車両の種類とナンバーは大抵覚えていたのだ。確かアウディのA8は一台だけだった。他は国産では花菱の「富岳」かトヨシマの「エリシアル」、そして定番のベンツにロールスロイス、ベントレーといったところだ。そしてそのアウディのナンバーは三島遥香の本家のある湘南ナンバーだったはず。今、迎えに来たアウディは似ているがナンバーは品川ナンバーだ。おかしい。
そして、俺は決定的な声を聴く。
「キャッ、何するの!」
それは小さな声だった。が、俺の地獄耳にははっきりと聞こえた。
そしてそれは元ユリカにも聞こえたようだ。
『事件よ! アーク! 三島遥香が誘拐されたみたいよ!』
どうしようか。いくらライバルとは言え同じ女学院の生徒だ。何か事件が起これば俺の覇道の妨げになるかもしれない。ならばここは事件の解決を試みなければ。といっても道は結構渋滞している。なので誘拐したアウディも通りのまだ向こうに見えいてる。タクシーを拾おうとしたがあいにく乗車中のものばかり。そして辺りを見回すと一台のオートバイが通りかかった。カワサキのニンジャH2だ。スーパーチャージャー付の高性能国産バイク。史上最速の呼び声も高い。
信号で止まったところを見計らい、俺はそのバイクの前に立ちはだかる。
「よろしかったら、そのバイク売ってくれませんか。この価格でお願いしたいのですが」
俺はスマホに提示した金額をバイクのライダーに見せる。その金額一千万円。そのライダーはバイザーを開け、
「ええっと、どういうこと? 本当ならすごいけど」
バイクの元の値段は三百万円ほど。その三倍の金額にライダーも驚いているようだ。
「友達が誘拐されちゃって、すぐに追いかけたいの。あなた花菱銀行に口座持っていないかしら?」
「ああ、花菱のネットバンキングなら口座があるよ」
「じゃ、今振り込むので確認出来たらよろしくね。名義変更とかはあとからしますので。とりあえずあなたの口座番号を教えてください」
「ええっと、こっちだよ」
スマホに表示された口座番号と名義を確認する。そして素早く振込手続きを行った。
「今振り込みました。連絡先はこちらになります」
信号待ちの間になんとか振込まで終わった。振込のついでに連絡先も添付しておいた。
すでに信号は青。が、前が渋滞しているせいかまったく車列は進んでいない。
ライダーのスマホがピロロンと鳴る。
「おっ、本当に振り込まれたぞ。振込名義人は花菱ユリカか。って、あの花菱ユリカ!?」
そう、俺はこの日本では今やけっこう有名人らしい。容姿端麗で財閥の令嬢。文武両道で人道支援の面でも国際的に大活躍。マスコミこそいっさい取材はお断りしているが、ネットでは人の口に盾はできない。俺の隠し撮り画像なんかもネット上にあふれかえっている。今やちょっとしたアイドル並みの人気もあるのだ。
「とういうことでバイク降りてもらえるかしら。今から友達追っかけるので」
ライダーはバイクを降り、ヘルメットを脱いだ。意外と年配で四十近いライダーだった。ヘルメットも渡してくれようとしたが、さすがに親父臭のするものは嫌なので丁重にお断りする。
「ええっと、警察に捕まりますよ」
「そのほうが良いですね。なんといっても誘拐事件ですから。できれば追っかけてきてもらいたいくらいです」
中年ライダーは両手を上げお手上げポーズ。そして俺は颯爽とバイクにまたがりスロットルをひねる。強烈な加速とともにホイールスピンする。が、なんとか抑え込み車列の間を縫うようにしてアウディを追いかける。
『アーク、運転うまいわね。それより免許いつ取ったの?』
元ユリカが訪ねてきた。
『実はついこの間。運転免許試験場で一発だよ。まあ、ちょっと魔力を使ってバイクは制御したけどね』
『でもこんな大きなバイクよく運転できるわよね』
『実は俺がとった免許は普通二輪免許。大型は二十歳からじゃないと取れないって断られた』
『じゃ、ノーヘルといい免許外運転といい、完全に違法行為よ。アークって意外と悪者なのね』
『まあ、一応悪魔ですから』
道は外環状線にそって北上する。それにつれて渋滞は解消されスピードも上がる。
アウディは前方五十メートルを時速六十キロほどで進んでいる。つかず離れず後をつける。
六月ともなれば日差しも強い。半袖でノーヘルなので日焼けしないかちょっと心配になる。校則では禁止されているが、こっそり日焼け止め入りのファンデーションを使っている。がこれほど日差しが強いと効果のほどは解らない。後で元ユリカに怒られるかな。あまりにひどい時は状態異常を治癒する魔法でなんとかなるので問題はないか。
すでに追跡から一時間。日差しさえなければ快適なツーリングという感じだが、信号待ちで止まるたびに周囲の視線が気になる。見た目は銀髪の外人少女が高校の制服のままノーヘルでバイクに乗っているのだ。奇異な目で見られるのはしょうがないか。それよりも奇異すぎて誰も警察に通報していないのか、まったくその気配もない。
さらに走ること三十分。前方を走っていたアウディが突然脇道にそれた。俺はいったんその脇道をやり過ごす。追跡がバレないようにだ。そしてスマホで位置を確認。どうやら脇道の先にはなにかの施設があるらしい。地図から写真情報に切り替えると大きな建物が写っている。病院か老人ホームか。
俺はUターンして脇道に進む。かなり荒れた路面で最近はあまり使われていないようだ。雑草もかなり茂っていて車一台が通るのがやっとの道幅になっている。
脇道を進むこと三百メートルほど。現れたのは廃墟となった病院だった。「三島総合クリニック」という看板が朽ち果てて路上に落ちている。
廃病院から離れた位置でバイクを降り、その病院の裏手に回る。そこには件のアウディが止まっていた。が、人の気配はない。
一応スマホで廃病院のデータを調べてみる。すると、ここは元々三島遥香の叔父が経営する病院であったが、粉飾決済や看護師によるストライキなどで十年ほど前に閉鎖されたことがわかった。
『三島遥香に関連のある施設ということよね。何か裏がありそう。アーク気を付けて』
『気を付けるもなにも俺は大魔王サタンだぞ。気を付けるのはむしろ周りのほうだと思うんだけど』
『それもそうね。でも気を付けて。なんだか嫌な予感がするの』
『はいはい、せいぜい傍観していてくれ』
鍵のかかっていない裏口からこっそり中に侵入。といっても何かセンサーのようなものが一瞬光る。どうやらバレバレのようだが、構わず侵入。
割れたガラスやかすれた案内表示。薄暗いがなぜか非常灯がついている。おそらく普通の女子高生なら怖くて一歩も進めないだろうな。
『確かここ、動画サイトにあった心霊廃墟病院よね。けっこう有名よ』
心霊現象か。悪魔たる俺にとってはゾンビや死霊系の魔族とかが該当するが、すべて配下のものだ。いわばお友達レベル以下。まったく怖くないというか、できれば出てきてくれて親交を深めたいレベルだ。
少し進むとロビーのようなところに出た。うっすらと埃が積もっており、そこには真新しい靴の跡がいくつかあった。足跡ををつけると地下に続く階段だった。
ゆっくりと降りていくとさらに扉がある。半開きだ。中を覗くと教室の二倍程度の広さの部屋だった。元々は倉庫か何かだった所だろうか。
やはり薄暗いが、なぜか蝋燭が数十本灯されている。揺らめく光の奥で三島遥香がパイプ椅子に座っていた。
「ふふ、やはり助けに来てくれたのね。さすがは人道支援で国連に呼ばれるだけあるわ。底なしのお人好しってことね。でもそれがあなたの命とりになるわ」
「どういうことかしら三島さん。あなたは誘拐されたんじゃないの?」
「ばかね。あなたをおびき出す芝居に決まっているじゃない。渋滞をわざと起こしたり結構大変だったんだから。でもビックリよね。てっきりタクシーで追いかけてくると思ったけどバイクなんて。あなた何でもできるのね。そのあたりも嫉妬の対象ということかしら」
「それで私をどうしようというのかしら。まさか命をとろうとかいうのじゃないでしょうね」
「まあ、それに近いところかしら。あなたの目の前の魔法陣。これがなんだか解るかしら」
蝋燭の明かりに照らされたその床には魔法陣が描かれていた。それは悪魔を召喚する魔法陣。魔王サタンである俺には見た瞬間に解ったが、
「なんだか禍々しい文様ね。三島さんは何を企んでいるのかしら」
俺はすっとぼけて見せる。
「フフフ、これはね悪魔を召喚する魔法陣よ。今から悪魔を召喚しあなたの魂を奪うの。そして私の意のままに動く奴隷人形にするのよ!」
その言葉を告げるとともに二人の屈強な男が現れる。三島遥香の配下のものだろう。そして俺はその男たちに両手をガッシリと捕まれると魔法陣の脇にあるポールに縛り付けられる。荒縄でけっこうきつく縛り付けられたが、魔力を使えば脱出は造作もない。が、ここは三島遥香の動向を見守ることにした。
「ふむ、それでは悪魔召喚の儀式にうつる。香を焚け」
その言葉で男たちは香炉に火を入れる。周囲は不思議な甘い香りに包まれる。
そして三島遥香は呪文を唱えだした。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えん、ここに魔の主たるデーモンの一族のものを召喚したまえ、エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えん、ここに魔の主たるデーモンの一族のものを召喚したまえ、コギトエルゴスムザストエルシオス、ケルヒメスエルジオス、コギトエルゴスムザストエルシオス、ケルヒメスエルジオス」
その呪文に思わず俺は魔力で縄を解き魔法陣の中心に行きたくなったが、俺がいっちゃいかん。
それにしても地球にいるのはデーモンの一族か。サタン一族とは親戚関係。というより同族だ。実は俺の姉も腹違いでデーモン一族の血を引く。
どうやら魔法陣は俺自体を引き寄せようとしたことで本物と解る。
さらに三島遥香の呪文は続く。
三十分も経っただろうか。突然、魔法陣の中心が光輝く。
周囲の蝋燭の明かりが一瞬消えるが、魔法陣の光が終わると同時にまた点く。
そして、そこに現れたのは醜悪な老ゴブリンであった。が、体高は二メートルほど。頭には二本の角がある。
そして、
「我が名はベルフェゴール。魔界の主にして怠惰、好色を司る。なんだ、召喚主はまた三島遥香か。また我を呼びよって。して今回は新鮮な魂を用意しているのだろうな?」
「はい、ベルフェゴール様。そちらに若き処女を贄として用意しております」
「おう、なかなかの美形じゃの。こやつを我の好きにしてよいのか。これはポイントが高いぞ。そなたの望みなんでも叶えようぞ」
そしてベルフェゴールは俺のほうを向きニヤリとしながら舌なめずりをする。
「ベルフェゴール様。一つお願いが。この女の魂を抜き好きにもてあそんだ後は私の奴隷人形にしてもらえませんでしょうか」
「これほどの美形ともなれば我の側仕えにほしいがの。ま、よい。所詮人間の寿命は百年もない。奴隷人形は年を取らないので、お前の寿命が尽きた後にもらい受けるとしよう」
「ありがとうございます。ベルフェゴール様。ではさっそく女の魂を抜いてくださいまし」
「おお、言われるまでもない」
ベルフェゴールは俺に近づいてくると、懐からクリルナイフを取り出す。これで心臓もろとも俺の魂を取り出す気だ。
「ほほう、見れば見るほどの美形であるな。久々に魂の取りがいがあると言うもの」
そこで、俺はベルフェゴールに言い返す。
「久しいのベルフェゴール。いや、その真名であるイシゴニスと言ったほうが良いかの?」
ベルフェゴールの振り上げた手が止まる。
「な、なぜ我の真名を知っている? いや、それより貴様何者だ?」
「解らぬか。なら体で思い出させよう」
俺は素早く縄を解くと跳躍しベルフェゴールの背後へと回る。そしてナイフを取り上げるとそれでベルフェゴールの脇腹を裂く。
「グギャーーー! なんと、ならば!」
ベルフェゴールはもう一本ナイフを取り出し、俺の首を狙って繰り出した。
これをナイフで受け流し、ベルフェゴールの股間に蹴りを入れる。
「ハウッ」
悪魔とて股間は急所だ。うずくまったところを容赦なく肩口からナイフで切り裂く。
青い返り血を浴びるが、体制を立て直し向かってくるベルフェゴールの腹を今度は裂く。
「ギャーー!」
どうやらこれで戦闘不能のようだ。ベルフェゴールは床に横たわりゼイゼイと息をする。魔族なので死にはしないが回復までには数日かかるレベルだ。俺はベルフェゴールに近づくと治癒魔法で傷をふさぐ。
「ぐっ、かたじけない。というより、貴様何者だ?」
「おいおい、まさかご主人様を忘れたわけではあるまい。イシゴニスの名付け親でもある俺を」
「えっ? まさかアレクサンドル・アークラッセル・サタン様?」
「ああ、ちょっと顕現しよう」
俺は本来のサタンの姿を現す。醜悪な羊の頭を持つ屈強な肢体。禍々しい角は周囲のマナを吸い取り紫に輝いている。
「あああ、アークラッセル様。とんだご無礼を。平にご容赦くださいませ!」
俺はすぐにユリカの姿に戻るが、ベルフェゴールは土下座したまま動かない。
「まあ、面をあげよ。それよりこちらではそれなりに過ごしておったか?」
「はい、アークラッセル様。アークラッセル様の姉君であられるフルーレティ様とこの地球の文明の発展に寄与してまいりました」
「そうか、姉君もこちらか。ならば近いうちに会わねばな。まあ、適度に悪をこの世に蔓延らすのは良いことだが行き過ぎは良くない。高校生程度の召喚に応じるとはいけないな。罰として今後百年間は召喚に応じるな。良いな」
「ははっ、胆に銘じます!」
振り返ると三島遥香は失禁して気を失っていた。
「ところでこの三島遥香の魂をいただく契約は終了しているのか?」
「ええ、前回終了しておりますが」
「その契約。私が預かりとしておこう。契約書をこれへ」
差し出された羊皮紙の契約書をすかさず滅魔の炎で焼却する。これで三島遥香の魂は安泰だ。
「では元へ帰ると良い。姉上にも我の息災を伝えよ」
「はっ、ご主人様。ではこれにてご免!」
ベルフェゴールは召喚陣からこの世界の魔界へと帰って行った。
その後、俺はお庭番の猿飛佐助他を呼び、俺の拉致監禁罪ということで三島遥香の配下の男たちを島送りにした。三島遥香自身は催眠療法で記憶をコントロールする。
今回のことは三島遥香の見た夢であったと。
どうなら三島遥香はどうしてもエトワールになりたかったようだ。それが今回の暴走へと導いたようだが、その背後には人の弱みや妬みにつけこむ悪魔のささやきがあったのだろう。
俺自身としては元ユリカのささやきのほうがよっぽど怖いが。
『まあ、今回は合格点ね。それよりいよいよ明日はエトワール選挙よ。気を引き締めてね。まだどんな嫌がらせや妨害があるかもしれないから』
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