第7話 エトワール選挙 その1

7.エトワール選挙 その1




 自室のリビングにモーツァルトの魔笛が鳴り響く。


「おお、なんと荘厳で幻想的な音楽なのだろう。アークランドではとても聞けないものだ」


 マッキントッシュのプリメインアンプにメトロームのSACDプレイヤー。スピーカーはクアドラル。すべてワンオフの特注品で総額は一千万円を超えるオーディオセットだ。完全防音の部屋なのでかなりボリュームを上げているが問題ない。

 オットークランペラー指揮の歌劇だ。最高級のオーディオなので繊細な人の息づかいまで聞こえる。目を瞑ればまるで直前で歌劇が繰り広げられているようだ。

 アークランドでの音楽とはせいぜい吟遊詩人のミニハープによる演奏。こちらの世界に来てから俺は音楽に目覚めたといって良いだろう。今は毎日一時間は音の世界に引きこもる。


「最高だぁー! 最高だぁー!」


 俺は全身を音の波に委ね、同時に周囲のマナを取り込む。音楽を聴きながらだと非常にマナの吸収率が良いのだ。元ユリカの覚醒のためにもマナの蓄積は重要だ。。

 と、その時、


「ユリカ様! ユリカ様! ユリカ様ぁーーーー!」


 耳元で俺を呼ぶ声がする。目を開けるとメイドの芽依だった。


「麻衣子様がお呼びですよ!」


 俺は仕方なくリモコンでボリュームを絞る。


「それより裸はいけません。すぐにお召し物を着てください!乙女がはしたないですよ!」


 そう、俺は丸裸で玉座に座り音楽を聴いていたのだ。ちなみに玉座は魔法パントリーにしまっていた魔王城の玉座の予備のものだ。純金とミスリルとオリハルコンの合金で宝石が鏤められている。やはりこの椅子に座ると落ち着くのだ。

 裸の理由はより効率よくマナを吸収するためであったが、芽依に怒られてしまった。というより、ここは俺の部屋だ。自由にして良いだろうに。なんとも女とは不自由なものだ。

 俺は急いで部屋着を着て義姉の麻衣子のところに向かう。すでに花菱の屋敷には麻衣子専用の部屋が設けられていた。俺の部屋と広さなどはほぼ同じだが、最新鋭のパソコンとモニターがずらりと並べられたトレーディングルームがあるのが特徴だ。


 麻衣子の部屋に行くとリビングに通された。トレーディングルームで俺の資産の運用実績でも聞かされるのだろうか。最近は魔法パントリーにしまっていた宝飾類も換金して麻衣子に渡しているからな。


「今日はあなたの資産の運用実績の報告ではないわ。エトワール選挙のことよ」


 先制パンチ。そして、


「エトワール選挙?」


 その後、エトワール選挙についての説明を三十分も聞かされることとなる。ちなみに俺の資産の運用実績もついでに聞いたが、すでに十兆円を突破したそうだ。

 ちょっとした小国の国家予算くらいかな。


 で、エトワール選挙とはいななるものか。


 セントアトレリア女学院が設立されたのは今から百五十年前。明治初期に貴族の女子の総合教育施設として設立されたそうだ。母体となるアトレリア修道会の付属女子校が始まりとのこと。戦後の教育改革を経て幼稚舎、初等部、中等部、高等部、大学部を持つエスカレーター式の総合女子教育機関として現在に至る。


「アークランドの魔法学院とほぼ同じくらいの伝統をもつのですね」


「魔法学院とかは知らないけど、ま、この国では最古参の学校ということね」


 そして大正時代になり、エトワールの制度が確立されたそうだ。背景は大正デモクラシー。生徒による選挙によってエトワールは選ばれる。ただ、エトワールとは名目上のもので権限自体はない。あくまで生徒会の補佐として意見を具申するのみ。その存在は単に生徒の範となるものであり、唯一定められた仕事はクリスマスミサの進行役のみ。

 ということであったのだが、ここ三十年くらいでその存在というか役割は大きく変貌を遂げてきたということだ。

 つまり名目上は生徒会の補佐であるが、補佐を超えて行事の企画運営、さらに予算にまで口出しできるようになったとのこと。


「ほとんどのエトワールが財閥系のお嬢様で金と権力があったからかも知れないわ。事実、私がエトワールの時もそうとは知らず、さんざん生徒会を振り回しちゃったからね」


 そう、当時の清友麻衣子は高等部の三年生時にエトワールに選ばれていた。

 そして自嘲気味に麻衣子は当時の自分のことを語ってくれた。なんでも四月の終わりの創立記念祭の行事はそれまで交響楽団の演奏公演を聞くのが伝統であったが、それを映画鑑賞に代えてしまったり、これは自分が見たい恋愛映画があったためとか、秋の学園祭ににおける有名OGの講演会を自分のひいきする文化タレントの講演会に代えてしまったりと。それなりに生徒の評価は高かったので問題視されなかったが、今考えるとOGからはかなりの顰蹙物だったそうだ。

 なのでもし俺がエトワールになったらある程度伝統を重視して欲しいという要請でもあったのだが、


「私がエトワールになる可能性ってあるの? しかも一年生だし」


 さすがの俺でも解る。高等部に進学したてのペイペイがエトワールとはおこがましい。


「当たり前でしょ。あなた、学校の裏サイトとか見てないの?」


「裏サイト?」


 麻衣子によるとネット上にある学校の口コミサイトのことらしい。具体的な名前などを書き込んだりすると、さすがに名門校なので名誉毀損とか裁判沙汰にもなりかねないのでイニシャルだけで書き込まれているそうだ。

 そして俺は麻衣子のタブレットPCを見せられる。そこにはかなり突っ込んだ書き込みが多数あった。


「ええっと、一年生ながら大本命のHY。あなたのことね。そして対抗がMH。三島遥香よ。対抗といっても今のところほぼ互角といったところかしら」


「それにしても私が大本命っておかしくないですか? 一年生だし」


「あー、なにもわかっていないわね。あなたの今までの実績が女学院のまとめサイトに載っているわ。これを見ただけでもあなたがいかに頭抜けているかわかるわよ」


 麻衣子が他のサイトを開くとそこには俺の女学院でのこれまでの活躍が学校新聞などを交えて載っていた。


・花菱ユリカ、全国数学コンテストでいきなり優勝。一年生の優勝はコンテスト始まって以来。

・花菱ユリカ、春の高校陸上新人戦大会で三種目で日本新記録。特に四百メートルは世界記録と同タイム。


・花菱ユリカ、全国女流書道大会で総理大臣賞受賞。高校生での受賞は初めて。


・花菱ユリカ、ユニセフの活動の一環で国連で演説。貧困児童の救済基金の設立の貢献が評価される。


「あなた、盛大にやらかしているわね。将来、この国の首相にでもなるつもり?」


 この世界に転生して三か月。芽衣に覇道のためにやれることはすべてやるので、そのためのエントリーをすべてするようにと。そして俺はそれに従っただけなのだが。


「それにしても陸上はすごいわね。百、二百、四百メートルはすべて日本新記録なんて。こりゃ注目されるわよね。それに書道で総理大臣賞か。まさに文武両道って感じで、しかもCM出演までして。あなた、今では日本で一番有名な女子高生よ」


 そこで元ユリカが意識の上に上がってきた。意識上に上がってこれる時間は俺と入れ替われる時間とトータルして三十分程度と増えてきた。良い傾向だが、


『一応言っておくけど、書道だけは私の実力だからね。あと国連の演説は英語だったので私が替わってやったのを覚えておいてね』


 その時は髪の色が金色で目がブルーで現在の容姿と違うが、おしゃれで金髪碧眼にしていたのかと特に問題となることはなかった。俺自身としては英語は特に問題なくできるとは思うのだが、やはり微妙なニュアンスとかはネイティブに近い会話のできる元ユリカにはかなわなかったので任せた。その時の質疑応答も英語でやっており、そつなく答えていたので正直入れ替わっていて良かったと思う。


「とりあえず、三島遥香にライバル視されているのは間違いないわね。エトワール選挙は立候補制ではないので候補から降りるとかはできないわ。なので三島遥香からいろいろアクションがあると思うので気を付けてね」


 と、言われたが何を気を付けるというのだ。俺の覇道に歯向かうものは排除するのみ。なんなら消えてもらおう。


「それと、三島遥香を亡き者にとか考えないことね。こちらの世界ではなしよ」


 と先に釘を刺されてしまったがそちらの対応は元ユリカに頼るしかあるまい。

 一方、三島遥香とはいったい何者か。それは裏サイトからもうかがうことが出来た。

 元ユリカはよく知っているようだが、あいにく元ユリカの記憶データにはアクセスできない。なので元ユリカに聞くしかないのだが、およその推測はついた。

 三島遥香に関する記述は、


・三島遥香お姉さまにはいつもよくしていただいています。この間の二年生のいじめ事件でも生徒会は動いてくれなかったのに、遥香お姉さまの計らいで一気に解決。感謝してます。


・遥香様の女学院へのご寄付は金銭的なものだけではなく、先日は体育で使用するマットレスも新しくしてくださいました。いままでかなり黴臭かったのですが、これで安心です。


・遥香さまからの部活へのお声掛けでいつもやる気が出ます。華道部のお花の差し入れがてらちょっとしたアドバイスをいただき部員一同感謝しております。


 って、なにげに良い人すぎないか。三島家は準財閥ともいわれる一族で金融、不動産関係から最近は運輸、航空旅客事業にも進出してその勢力を伸ばしている。その会長、社長一族の実質的な跡取り娘が三島遥香だ。人心を掌握する術に長け、その取り巻きは女学院の三分の一と言われているほどだ。


「かなりの強敵というより、私じゃ勝ち目はないのでは?」


「そうでもないわよ。今のところ互角といったところかしら。まあ、エトワールに敗れたとしても次年度の可能性がある場合はエトワールの補佐として生徒会監査役の仕事が回ってくるのが習わしよ」


「ま、無理に今年にこだわらなくても良いってことですね」


「そう。でも生徒の期待は大きいと思うから納得のいく選挙にしないとね」


 麻衣子は俺に女学院の王政復古を願っているらしいが、俺としては将来、なるべく配下となる人員を確保したいのが希望だ。そのためのエトワール選挙というわけだ。今回はどうなるかわからないが、次節は俺がエトワール確実。麻衣子の夢をかなえつつ俺の野望もかなえるのが王道だろう。

 俺がそんなことを考えていると、


『それよりアーク、気づいているの? そのタブレットPCの中にあられもない姿が入っているわよ。履歴をパラパラしているときに一瞬写ったので解ったけど、間違いなく裸のユリカよ!』


 俺は麻衣子からタブレットを取り上げると履歴のページを閲覧。そして先ほどの俺の部屋でのあられもない姿を発見する。急いで削除しようとすると、


「さっきのユリカの部屋の様子よ。削除しても元データは花菱のサーバに保管されているので無駄よ」


「でも、どうして私の裸の動画がこんなところに。隠しカメラでもあるの?」


「そうよ、あなたが私のマンションに仕掛けて私を貶めたカメラね。引っ越しの時にあまりにも小さくて危うく見落とすところだったわ。それにしてもとんでもない代物ね。このカメラ。量子力学理論を駆使した超発明ね。これだけでも数兆円の価値があると思うのだけれども?」


「それは元ユリカにも言われたわ。でも、ハイパーテクノロジーは世界の秩序を根底から変えてしまう恐れがあるの。それは私の覇道とは相容れない物なのよ」


「まあ、それなら仕方ないわね。理論的には解らない部分が多いけど、実用性は高いので私の私設研究所で引き続き研究させて貰うわ」


「どうぞ好きにして。それより元データもちゃんと削除してよね」


「条件があるわ。今夜、私と一緒に寝るならね」


 丁重にお断りしたことは言うまでも無い。


 エトワール選挙の一週間前。この日から「宣言」というアトレリア女学院独特の慣習が解禁される。

 俺が女学院に登校すると、


「豊かなるアトレリア。ユリカ様。応援しております!」


「豊かなるアトレリア。花菱様。頑張ってください!」


「豊かなるアトレリア。ユリカ姫。期待しております!」


 アトレリア名物の校舎へとつづく緩やかな坂の途中で次々と生徒から宣言というか応援をいただく。「豊かなるアトレリア」というのは先日エトワール選挙の候補になっているからと新聞部の部員から定番となっているキャッチを考えるように言われたので、その場で考えて伝えたものだ。本当は「私のためのアトレリア」にしたかったのだが、さすがにこれはまずい。なので本当は「私を豊かにするアトレリア」なのだが、ちょっと変え「豊かなるアトレリア」だ。


 そろそろ玄関口というところで威勢の良い「宣言」が聞こえる。


「アトレリア維新、ここから。三島様。期待しております!」


「アトレリア維新、ここから。遥香お姉さま。応援しております!」


 どうやら三島遥香がいるようだ。そして、それらしき人物が俺を見つけると優雅に歩いて近づいてきた。黒髪が美しい日本美人だ。顔立ちはたおやかと言ったほうが良いが目元はきりりとして気の強さも伺える。

 一応俺のほうが低学年なので、会釈をして、


「ごきげんよう、三島遥香お姉さまでしょうか。私は花菱ユリカと申します」


 と挨拶した。

 すると、


「私が三島遥香です。なにかと女学院を騒がしている花菱さんですね。上学年のみなさんは決して好ましいとは思ってはいませんよ。自重なさい」


 なにやら説教がましいことを言ってきた。が、ここは事を荒立てては面倒だ。


「はい、三島遥香お姉さま。でもエトワールにどちらがなるかまだ分かりません。それまでは私は好きにさせてもらいます」


「まあ、いいわ。どのみち私たちはまな板の上のコイ。結果が出てからまたお話しましょう」


 俺は少し深くお辞儀をしてその場をやり過ごした。

 それにしても他人を「お姉さま」と呼ぶのは慣れないな。この女学院の伝統ということであるが。そういえばアークランドでも俺には本当の姉がいた。俺が物心ついたころには異世界へ修業の旅へ出たとのことで姉のことはほとんど覚えてはいないのだが。


 「宣言」に少し辟易とした一日が終わり屋敷に戻るとリビングで剛毅と麻衣子がいちゃついていた。まあ、夫婦なので問題ないのだが剛毅はまだ高校生ということなのでどうかとも思う。アークランドでも魔法学院や冒険者予備校などの生徒はつつましやかな生活を送るものと相場は決まっていたのだが。

 と、そんなことを考えていると元ユリカが意識上に上がってきた。


『アークって意外と堅物なのね。そんな考えを昭和の遺物って言うのよ』


『昭和の遺物? アークランドでは「ベルシティがまだベルタウンのころの慣習」に近い表現なのかな。それより俺の考えを勝手に読むのをやめてくれるかな。俺のプライバシーってものがないだろう』


『ええっと、勝手に意識が同調しちゃうのよね。それより麻衣子があなたに気付いたみたいよ』


 剛毅とのディープキスをしばらく見せつけるようにしてから麻衣子は視線をユリカに向ける。


「あら、ユリカ。いたのね。そんなところでこっそり見ないで私たちのラブラブに加わる?」


「いえそんなつもりは。お邪魔してすいません」


「まあいいわ。それよりいよいよエトワール選挙ね。それで一つ言い忘れていたことがあるの」


「それは?」


「いうなれば、というか簡潔に言うと「いじめ」にちかいものね。敵対勢力からのいろいろなイタズラやあなたを貶めるための流言飛語といったところかしら」


「具体的には?」


「それは元ユリカから聞いたほうが早いんじゃないかしら。せいぜい明日から気を付けることね」


 夕食をとり自室に戻ると芽衣が待ち構えていた。そして「いじめ」対策グッズをいろいろ用意してくれていた。


「こんなにたくさん?」


「ええ、昨日の夜、顕現された元ユリカ様と話し合って用意しました。お嬢様の魔法パントリーにしまわれてください。きっと役に立つはずです」


 そこには着替えから靴、予備の制服、文房具、教科書、そして机と椅子まであった。さすがに机と椅子はみんなの前ではパントリーから出すわけにはいかないのでキャンセル。驚いたのは食べ物もいろいろあることだ。アンパンやサンドウィッチ。コーヒー牛乳にヨーグルト。駄菓子類もある。


「たしか魔法パントリーは保存の能力もあると聞いております。一応持って行ってください」


 元ユリカに俺の情報はダダ洩れのようであった。まあ、意識を共有している時間も長くなっているのでしょうがないか。それより元ユリカの情報がそのまま俺に伝わってこないのか不思議だ。おそらく元ユリカの意識自体は俺の脳内にあるのだろうが、その情報としてのデータはどこか別の異次元空間にでもあるのだろう。そこがどこかは解らないが。

 さらに元ユリカは俺が寝ている間に顕現して元のクラスメートたちともメールでやり取りしているらしい。時間としてはせいぜい二十分程度なのに結構な情報量をやりとりしている。そしてそこで「いじめ」の情報をつかんだらしい。


 そして次の日。その「いじめ」が具体的な状態として俺の前に現れた。


 登校して玄関で上履きに履き替えようとし、靴入れの扉を開けると。


モワッ


 なにやら汚物にまみれた上履きが。


「おはようございます。ユリカ。って酷い!臭い!」


 たまたま登校してきた田町詩織がビックリする。匂いからして動物の糞が俺の上履きの中に入れられている。猫あるいは犬だろうか。どちらにしても臭い。

 さすがに詩織の前で魔法パントリーから予備の上履きを出すわけにはいかない。そこで配下となっている詩織に上履きの処分を頼む。


「あたらしい物を芽衣にもってこさせますので連絡を取ります。その間にこれを捨ててきてくださるかしら」


「承りました。それより誰がこんなひどいことを?」


 俺は鞄からビニールを取り出すとその上履きを中に入れ処分を詩織に任す。詩織は足早に校舎裏のゴミ集積所に向かっていった。


 そして周りに人がいないのを確認して素早く魔法パントリーから予備の上履きを取り出す。さっそく役にたったわけだ。

 さらに「いじめ」は続いた。なんと椅子に画びょうが置いてあったのだ。さすがにこれには気づく。ボンドでしっかりと貼り付けられていたが、魔法パントリーから剥がし鏝を取り出しサクッとはがす。そこで油断した。机の蓋を開けようとして手を下に入れたとたん、


サクッ


 蓋の取っ手にカミソリの刃が仕掛けられていたのだ。大量出血にもなりかねないほどのキズだ。が、俺はすぐに治癒魔法を発動する。魔法で血管を修復し、皮膚を縫合する。

 わずか三秒ほどで完治する。それにしても酷い。俺もうっかりしていたが気をつけないといけないな。


『酷いわね。痛みが一瞬私にも伝わってきたわ。これって下手をすると警察沙汰よね。イタズラレベルの話じゃないわよ』


 この怪我で元ユリカも意識上に上がってきた。おそらく意識を同調させていたのだろう。


『あー、でもこの程度のことはアークランドでも魔王選出の会議中は日常茶飯事だったしな』


 俺は意識内で元ユリカに説明する。魔王選出のコンクラーベ。あ、この世界に来て知ったんだが、ローマ法王の選出もコンクラーベというらしいな。法王と魔王。実は似たもの同士かもしれない。ともに伏魔殿の頭領といったところか。そして当時、俺にはライバルが二人いたが、あからさまに妨害行為を仕掛けてきた。会議の休憩中に休憩室自体をメテオストライクで破壊されたり、帰る途中に自走車自体が転移魔法で真空の宇宙に飛ばされたり、会議中に最強の魔獣たるエンシェントドラゴンが俺をさらっていこうとしたり。ま、このくらいのイタズラは児戯にも近いものだ。なので犯人を捜すこともすまいと思ったが、


『エスカレートするとまずいわ。ここはきっちり対処したほうが本人のためにもなるし』


 という元ユリカのアドバイスで周囲を探知する。人の意識に悪意がないかを探る。アークランドでは半径一キロメートルほどの探知が出来たが、ここは地球。マナの薄さもありせいぜい十五メートルほどか。が、すぐに犯人が特定できた。川野静香。クラスメートではあるがあまり目立たない子で成績もあまりよくない。が、父親が三島家のホテルチェーン、ミシマハイアレントのハイアレント渋谷という売り上げナンバーワンのホテルの支配人ということで三島遙香のシンパのようだ。このあたりの情報は俺の脳内データベースに記録されていた。俺はさらに集中して川野静香の意識を読み取る。悪意もあるが罪悪感もある。気の弱い女の子のようだ。が、すでに次のイタズラも考えているらしい。


 昼休み。俺は桜井真知子、田中秋穂、田町詩織といったいつものメンバーで食堂へと向かう。が、途中で新聞部のメンバーに呼び止められる。そこには川野静香もいた。そうだった。川野静香も新聞部の一員であったのだ。おそらくなにか企んでいるのだろう。

 新聞部の部長から、


「ええっと、エトワール選挙も近いのですが、ある筋から不穏なことを聞きまして。ちょっとお話を伺えますか?」


「不穏な事とはどんなことでしょうか。私は忙しいのですが」


「田町詩織のことに関してですよ。なんでも田町さんの実家の企業を乗っ取ったとのことですが。そして田町詩織さんを手下としてパシリとして使っているとの噂なのですが」


 おそらく川野静香に吹聴されたのであろう。まあ、事実的にはそれほど間違いではないが、悪く言うとそうなるのか。俺自身が乗っ取った企業を立て直すために自らCM出演をしているので、少し考えれば悪意のある乗っ取りではないのは明かなはずなのだが。

 結局、俺は新聞部の部室に連れて行かれ半分尋問のような取り調べを受けることとなった。丁寧な説明で誤解は解けたようだが、結局、昼ご飯を食べる時間が無くなってしまう。うーーん、これも一種の「いじめ」なのかな。


 結局、俺は昼休みの残り五分の時間でトイレで食事を取ることとなる。さすがに魔法パントリーから出来たてのホットサンドイッチとか取り出すわけにはいかないしな。


『ああ、魔王サタンがトイレ飯って、情けないわね』


 知ったことではない。それより、川野静香には厳しい取り調べ、お呼び制裁が必要だろう。が、直接川野静香にちょっかいをかけるのは得策ではない。


 その日の夜。屋敷に帰ってから俺はすぐに麻衣子と計略を練る。そして出した結論。

 麻衣子が言うには、


「ホテルハイアレントはビジネスホテルの値段でハイグレードシティホテルに泊まれるっていうので業績を伸ばしてきたけど、このところ業績は頭打ちね。季節やイベントなどに応じた弾力的な客室料金の設定やアメニティの評価が低いわね。ここは一つ買っちゃいましょうか。私なら今の倍くらいに売り上げをのばすのはたやすいわ」


 ということでホテルハイアレントグループのM&A。業績の低迷もあり株の単価も低くなっており三千億円ほどで手に入れることが出来た。三島グループも特に防衛することもなく次の日には俺がそのホテルチェーンのオーナーとなることが出来た。

 さらに次の土曜日に俺はハイアレントホテル渋谷に乗り込む。当然支配人も待たせている。川野静香の父親だ。そしてその父親を前に、


「このホテルの稼働率は60パーセントということで、売り上げ自体はナンバーワンですけどまったく採算ラインには達していませんね。支配人の職を解くこととします。今日からあなたは清掃係として頑張ってくださいね。清掃も大切なお仕事です。ほら、このテーブルの縁もホコリがたまっているでしょう。これではお客様に良い評価をいたたけませんわよ。オーホホッ!」


 静香の父は体をプルプルと震わせて耐え忍んでいるようだ。額には汗がびっしょり。


『アーク、というより魔王サタン。ちょっとやりすぎよ』


『いや、本番は来週の月曜日だよ』


 ということで、次の月曜日。

 俺は昼休み、川野静香を裏庭に呼び出す。

 そして、


「あなたの父親は清掃係に降格させたわ。まあ、頑張ればまた上に上がれるかもしれないかもね。それよりあなたの学費は大丈夫なの? お父様の給与は今までの半分以下になることですし。ああ、私の配下になるなら用立ててもかまいませんわよ。私のホテルチェーンの従業員の子供ですものね。オーホホッ!」


 川野静香は俺の顔をキッと見据え、


「あなたって悪魔みたいな人ですね」


「あら、私、悪魔なんですよ。オーホホッ!」


『アーク、またちょっとやり過ぎ!』


 こんな調子でいよいよエトワール選挙を迎えることとなるのだった。

 にしても川野静香から直接、今回のイタズラは静香単独でやったことなのか、もしくは三島遙香の指図によるものかを聞くのを忘れていた。俺ってうっかりさんだな。


『肝心なところは抜けているのは前からよ』


 元ユリカのダメだしに落ち込む俺であった。


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