第3話 生死

 目を覚ますと、真っ白な部屋にいた。この部屋に最後に来たのはいつだったか。

 数秒ごとに接続先の体が生きていることを医療機器は文字通り機械的に告げている。

 ゆっくりと体を起き上がらせる。痛むかと思ったが既に治療は終わっていたらしい。

 体のどこも僕に痛みを訴えはしなかった。

 ナースコールを押し、ナースを呼び出し治療の経過を聞くとすぐに帰ってよいとのありがたい言葉をもらう。

 この傭兵御用達の病院がまだまだくいっぱぐれない程度には世の中に殺し合いがあふれているらしい。さっさとこの病院のスタッフは次の患者を受け入れたいという言外の意図を隠す様子はなかった。

 自分もさっさと帰りたかったので帰る旨を伝え所定の手続きを取る。本当に早く帰ってほしいのだろう。手続きは10分もかからず終了し、所定の代金を支払うと僕の「患者」というラベルはあっという間にはがされた。

 ホームに戻ると台風が部屋の中で起きたのかと錯覚するほど部屋散らかっていた。ため息が出る。

 かくれんぼが下手くそな同居人を捕まえ、事情を問いただすと半泣きの彼女は掃除をしようとしたらいつの間にかこうなっていたという。

 肩の力が抜けるのを感じながら、こんなことで怒りはしないから安心しろと告げる。

 彼女は安心したのかごめんなさいと一言謝り、でもご飯は上手にできたよ!と報告する。

 彼女に手を引かれキッチンを見ると確かに見た目もよくいい匂いがする。これは確か何処かの郷土料理だったような覚えがある。どこで覚えたのだったか。

 目覚めてすぐ帰ってきたので小腹は空いていた。彼女と一緒に食事をとる。無言だが穏やかな空気があった。

 食事を済ませ、掃除をしながら最近の自分らしからぬ自分を考える。なぜ、あの時僕は自分の腕を打ち抜くことができたのだろう。

 確かに疑似神経だった。痛みさえこらえられれば本当に腕を失うわけでもないし、ナノマシンによる痛みの軽減で戦うことはできなくはない。でも、痛みをこらえてやるほどのことなんてなかったはずだ。

 僕は殺し、そしていつか殺されるために育った。むしろあそこで死ねればこの漫然と感じるストレスを気にすることはもうなかったろうに。

 なぜかあの瞬間「生きる」ことを何よりも重く感じた。指一本で引けるトリガー程度の重みしかない命が、なによりも重たいものに感じた。そして奇妙なことに、その重みは不快ではなかった。

 原因は彼女なのだろう。でも、僕自身にどのような影響が出ているのか僕自身に分析しきることはできなかった。

 掃除がひと段落し、部屋は元の落ち着きを取り戻すと端末のコール音がなる。電子メールは大戦前から残り続けた優れた技術の一つだ。

 端末を確認するとどうやら前回の仕事に追加報酬が支払われる旨が書いてあった。あの黒いD-roidはどうやら他の傭兵でも手を焼いていたらしい。なかなか良い額が支払われるようだ。

 端末から彼の死の対価を見ながらあの時を思い出す。彼の勝利を確信した時の声は満足気だった。故郷の復讐という義務感でやっていたにもかかわらず、自分が死ぬとわかっても満足していた。

 あの瞬間、僕は満足していただろうか。同じく地獄に行くという義務を果たせるはずなのに、あの時の僕は死が怖くなかっただけだった。

 義務はやらなければいけないことであって、それに喜びはないはずだ。なのに、なぜ彼は満足していたのだろう。

 いや、あれは彼にとって本当に義務だったのだろうか。僕は無意味だと囁くもう一人の僕の声を聞き流しながら、また思考の海に沈んでいった。

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