第2話 義務

 アイビーの左手が筒状に形を変え、高出力のプラズマキャノンが放たれる。

 青白い光は頑強なD-roidの装甲を溶かし、電子部品をショートさせる。

 まずい。左手を元に戻し、がれきに身を隠しながら思考する。無数の弾丸がアイビーの1秒前にいた場所を通過する。

 非常にまずい。新兵がこちらの友軍にいるとは。見捨てて離脱しようと思えば離脱は可能だが、信用を失ってしまう。

 こんな部隊編成にした上層部に毒づきながらも弾幕の切目をついて反撃する。物陰から躍り出たアイビーの対D-roidライフル弾は正確に敵の動力部を打ち抜き、巨人を物言わぬ鉄屑に変える。

 鉄屑を増やしながら友軍のシグナルを確認する。まだ無事のようだ。これから向かえば間に合う。そう考えブースターを吹かせようとした瞬間。

 アラートが鳴り響く。かろうじてアイビーの体をそらすが銃弾はアイビーをとらえていた。装甲が軋み、胃の中身が逆流するような激しい衝撃がコクピットを襲う。

 振り返ると黒いD-roidが立っていた。センサーに反応はなかった。ステルス型か。目の前にわざわざ出てくるのはよほど強いか、頭が悪いのか。

 通信が入る。

「お前の相手はこの俺だ・・・」

 低い男の声。全く覚えのない相手だが、わざわざ通信を入れてくるということは旧人類か。

 時折現れるこの手合は「テロリスト」に対して恨みを持って襲ってくる連中だ。故郷を焼かれれば当然だ。腕を磨き復讐を考えるのはそう不思議ではない。社会の意志の代行をしているに過ぎない傭兵に復讐するのは無意味だとも思うけれど。

 相手の情報を思考しながら、僕の体はほぼ僕の意志を離れて反撃をしていた。対D-roid用のアサルトライフルが火を噴き、弾丸が敵を肉薄する。


 黒い巨人は弾丸が装甲をぶち抜くよりも早く、胸部の機銃を掃射しライフル弾を叩き落とした。直後、巨人は腕からブレードを展開する。

 驚愕に値する。僕もこの手合いを殺し続けてそれなりだが、迎撃型機銃でミサイルならともかく、ライフル弾をはじける反応ができる程早い敵は初めて見た。飛び道具は通じないか。

 彼は強い。長引かせては絶対にいけない。新兵の方に行かなかったのはラッキーだった。

 だが、旧人類の中でどれだけ腕がたとうと、悲しいことにD-roid同士の腕比べで旧人類が僕に勝つことは決してない。

 僕は活性常態のナノマシンをさらに意識的に活性化させる。視界はクリアにそしてスローになる。ナノマシンで強化された神経はその伝達速度を極限まで高め反応速度を上げられる。主観ではすべてをスローに見ることができる。新人類同士の争いでは消耗が激しく、お互いに同条件になるだけなので廃れつつある力だが、旧人類と戦うならこの技能だけですでに絶対の格差がある。

 相手は腕部プラズマブレードが切り裂こうとしている動作が緩慢になり、そしてそれよりも早く、ライフルを捨てた僕の右腕がプラズマブレードを展開しコクピットを貫いた。アイビーとリンクした疑似神経を通して刃が肉を貫く感覚を僕の腕はしっかりと受け取った。

 直後。

「かかったな・・・お前はいつも堅実だった。お前より早く反応すれば必ずそうする・・・みんな・・・俺は・・・勝ったぞ」

 満足気な声を聞いたと思ったとき、目の前のD-roidが高エネルギーを発する。自爆。アラートを聞き即座にブレードを引きぬこうと力を込めた。しかし。

 弱弱しい動きで、しかし万力のように強い力で黒い腕がアイビーを抑えていた。

馬鹿馬鹿しい。自分を犠牲にしたら何の意味もないというのに。けれど。

 僕はそれに負けてしまうらしい。死ぬのは怖くない。僕が作り出した地獄に僕自身が仲間入りするときが来ただけのこと。今まで殺した人の憎しみによって殺されるのはむしろ義務ですらあるかもしれない。ナノマシンは死の恐怖を抑制しているようだった。有難い。怖いのは辛いらしいから。

 そう思ったとき。つい最近家に住み始めた小さな同居人を思い出した。一緒に暮らすことを誘ったときの彼女の表情が目の裏に浮かぶ。死ねない。なぜだかは自分でもわからないが義務感が沸き起こった。その義務感はいつものような重みは感じることなく・・・どこか暖かい気がした。

 目をもう一度見開き、スローのまま、アイビーの腕を左腕のプラズマキャノンで吹き飛ばす。疑似神経を通してショック死しそうなほどの激痛を感じる。胃が逆流するなんてものじゃない。胃ごと吐き出してしまいそうな気持ち悪さ。ゆっくりと鳴り響くアラート音もやかましい。だが、僕の体内のナノマシンは本来ならそのまま死んでしまうような衝撃でも僕の意識を健気にも支えてくれた。そのままブースターを吹かせながら会心の一撃となる蹴りを入れて目の前の鉄塊を吹き飛ばす。

「なっ!?」

 驚愕の声を最後に吹き飛ばされた鉄塊は灼熱と共に四散した。

友軍からの通信をBGMに僕の意識は消えていく。

 彼女はもし僕が死んだら、彼と同じように誰かを憎むのかと、ありもしない未来を考えながら。

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