第4話 帰還

「そりゃアレだな。お前が妄想癖持ちかロリコンだってことだな。」

 心外だった。この男にこの話題を持ち掛けたことを心底後悔した。

「どういう意味だ」

 多少のイラつきを言葉に乗せて返す。

「施設から脱走してきたガキなんて厄ネタを後生大事にしとくなんて今までのお前じゃまずないからな。それでそのガキが気になって世話を焼いてんだろ?」

 あの時の行動は確かに僕らしくなかった。だが。

「お前さんにも春が来るとはねぇ・・・」

 あの男が言ったことは違うと確信を持てる。所謂男女のそれを目当てにしたわけではない。そもそも相手は子供だ。世話を焼くのが僕らしくないというのも誤解だ。

 あの瞬間の行動だけは僕らしくなかったとしても、行動に生まれた義務と責任は果たすのが筋だ。そう。仕事と同じに義務を果たしているに過ぎない。だから。

「ンがっ!テメエなにしやがる!」

 神経を逆なでする笑顔を殴りつけ、食堂を後にする。何事かと好奇の目を向ける連中やあの男の任務後の夜の事情など知ったことではなかった。


 輸送機に揺られ、僕らは明日の金を手にするために見知らぬ人の明日を奪いに。海の向こうへ旅していた。

 任務開始時刻が近づき、僕はアイビーに乗り込み自分とリンクを開始する。

 新人類のなかでも旧人類を守りたい。なんて連中は結構いる。今度の任務はそんな連中のなかでも過激な連中を相手にすることだった。

 旧人類を新人類の管理から解放するために施設にD-roidで強襲をかけるような連中で、他の旧人類を守りたいと思う連中でもこいつらだけは仲間意識をもたれていないほどだった。そもそもそんな思想でいながら指導者は新人類というのが最高に笑えない。

 以前の任務でのことを配慮されたのか、僕の任務は輸送機に乗ったまま狙撃による援護だった。

 作戦区域が近づいてきた。僕はリンクされた望遠カメラをよく凝らし、狙いを定める。

 僕のすぐ隣のD-roidは降下のカウントダウンに入っていた。

「悪いな、今日のMVPは俺がもらうぜ!」

 不格好になった顔面を晒しながら、だがそれでも無駄にさわやかな笑顔で彼は僕に話しかけてきた。

 彼が僕に声をかけ終えるとカウントは終わり、ハッチから巨人が空を舞う。

 隙だらけに見えたのか下から無数の弾丸が降下中D-roidへ襲い掛かる。各部のブースターを一瞬吹かせどんどん弾を回避していく。そして。

 弾の出どころに次々とアイビーのライフル弾を叩き込む。

 弾幕は一秒ごとに薄くなり降下が終わるころには弾幕よりも吹き上がる黒煙の方がこの空間を占めていた。

 素人のD-roidでは訓練されたパイロットの駆るD-roidを足止めすることすら不可能だ。

 その程度の道理もわからない相手ならそもそも相手にならないが・・・

 同じことを考えたらしい。降下したD-roidはオペレーターへ索敵の強化を要請していた。

 僕は通信を聞き取りながら、アイビーの感覚をさらに研ぎ澄ます。少なくとも黒煙と瓦礫の山には何かが動く気配はなく。オペレーターも同じように認識したようだった。

 そうして移動を開始した刹那。デジャブが僕の脳裏によぎる。それが瞼の裏で流れたときには彼のD-roidoのすぐ後ろにライフル弾を撃ち込んでいた。

 どうやら僕の体は、僕自身の腕の痛みを思ったよりも根に持っていたらしい。あの時の同型のステルス機体の装甲をアイビーのライフル弾が容赦なく食い破り、動力部に炸裂する。

 自爆することすらできず、黒い巨体はその機能を永遠に停止した。

「MVPはまた僕になりそうだね。」

 僕は呆然とするあの男に平坦に一言声をかけ、再び警戒の姿勢に戻った。彼は我に返ると

「ハッ!ちょっとばかし墜とした程度で笑わせんな!今日は俺がボーナスをもらうからさっさと休んでな!」

 と負け惜しみを口にしながら、彼はオペレーターのガイドに従って行動を再開し、すぐに社会のつまはじき者達の制圧に入った。

 彼らの主義や願いは僕らのばらまいた鉛弾とそれを打ち出させる、社会の大多数の意志によって瓦礫の山の一部に返っていった。それに何か感慨を感じることもない。

 これで良い。いつもの自分に帰れた気がした。なのに。

 なぜだか、いつも以上に空しさを僕の心は訴えていた。


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