赤黒い


「そりゃまあ、こういう商売をしてるんだから、色んなよくないものを見ることも有るよ」

 そう言って、俗に言う拝み屋をしている琥珀さんは有るものを取り出した。

 取り出したものは、異様に黒ずんだお守り袋だった。

 まるで墨に落として漬けたかのように真っ黒で、何のご利益があるのか、何処の神社のお守りなのかを判別することは不可能だった。

「とある事故物件で見つかったものでね」

 琥珀さんが言うには、そこではある女性が自殺したのだという。

 手酷い振られ方をして、相手の男を呪いながら。

「そのお守り袋には、男の名前と写真と、髪の毛が入ってるよ」

 まぁ血まみれだけどね、と琥珀さんは言った。

 その女性は、手首を切って自殺した。

 部屋の中にあった包丁を使って、自分の左腕を切り落とさんばかりに何度も何度も手首を叩いた。

 骨が見えるほどになった手首は、潰れた血管からどくどくと血が湧き出ていた。

 女性はその流れる血を、お守り袋にどくどくとかけ流して浸したのだという。

「そうして作られた真っ赤なお守りは、酸素に触れて真っ黒になった。そういうことなんだ」

 手首を切り、自室で横たわる彼女。

 その死に顔は酷く崩れて、歪んでいたのだという。

 笑顔のかたちに。

「呪いをかけたんだよ、自分の命を使って、自分の血を通り道にして、その男に呪いをかけたんだ。でもね――」

 何も起こらなかったのさ、と琥珀さんは続けた。

「彼女が呪いをかけたつもりでいたその男は、今もぴんぴんしてるよ。結婚もしてて、娘さんが今度小学校に入るそうだ」

 特に何も起こらず、ただ一つ事故物件が生まれて終わったのだという。

「まぁ、当たり前の話だけれどもね」

 禍々しく、それっぽくはあるけれども、結局は知識もない素人がやった呪いだ。正しく力を持って、狙いをつけるなど出来なかったのだ。

「適当で、無茶苦茶なやり方。そんな事に命を投げ出してしまうほどの恨み。そして、それが完成したと思いこんで、笑顔で死ねる。それは、呪いなんかよりもよっぽど怖いことだよ」

 ところで――と琥珀さんは続けた。

「気を付けてくれよ、別に、狙った男は呪われなかったってだけで、このお守りが安全だ――なんてわけじゃないんだからね」

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怖い話 2020 下降現状 @kakougg

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