トランクの中身
「これがそのトランクですよ」
そう言って、岸田さんはトランクを机の上に置いた。
何の変哲もない、一般的な旅行用のトランクだった。
岸田さんは、このトランクを会社の先輩から預かったのだという。
「旅行に行く間預かってくれ、なんて、変ですよね」
何か貴重品でも入っていて、置いていくことが出来ないのかもしれない、岸田さんはそう思ったけれども、それにしては奇妙なことがあったという。
それは、そのトランクに鍵などが無かった事だという。
プッシュ式で簡単に開いてしまうもので、これでは貴重品の保管などには全く向かない。
もう一つ、奇妙なことがあったのだという。それは、岸田さんが先輩から頼まれたことだった。
「絶対に、何が有っても開けないでくれ、って必死で言ってたんですよ」
言われなくても、他人から預かったトランクを開けたりはしない。そう、岸田さんは思って、トランクを預かった。
預かったトランクは、岸田さんの自室の壁際に置いておいたのだという。
そして、二日目の事だった。
「何も起こってないのに、トランクが勝手に倒れたんですよ」
まるで、自分の意志でも持っているかのように。
トランクが倒れた先には、偶然ゲームのコントローラーが置いてあったのだという。そして、それがトランクのプッシュボタンに当たってしまった。
「あっ、不味い、と思いましたね」
しかし、そんな事を考えてももう遅い。プッシュボタンを押されたトランクは、ぱかりと貝のように自ら口を開いた。
そして、開かれたその中には――
「何もなかったんですよ」
岸田さんが見たトランクの中身は、空っぽだったのだという。
先輩は何故、空っぽのトランクなんて預けたんだろう。そして、それを絶対に開けるな、なんて必死な顔で言っていたのだろう。そう、思ったのだという。
「もしかして、空っぽのトランクを後生大事に守らせる、なんていう悪戯だったのかな? だから鍵も何も着いてなかったのかな? なんて思ったんですが……」
一週間経っても、二週間経っても、先輩は帰ってこなかったのだという。旅行の予定は、三日という話だったのに、である。
失踪届が出されたけれども、先輩はまだ見つかっていないのだという。
先輩の失踪理由は分からない。もしかしたら、旅行先で事件に巻き込まれたりしてしまったのかもしれない。
だが、岸田さんはこの預かったトランクと関係があるのではないだろうか、と考えてしまうのだという。
「もしかしたら、このトランクは空っぽなんじゃなくて、何かが入っていたのかもしれません。何が、と言われても、わかりませんけれども……」
岸田さんが自分からトランクを開けたことは、それ以降一度も無い。
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