二 黒板の右隅にふたり名を書いて、やっぱり消した もう夏休み
― 黒板の右隅にふたり名を書いて、やっぱり消した もう夏休み ―
はじまりは終わりだ、と思うことが増えた。私の人生で残り三回となってしまった終業式の間もずっとそんなことを考えていたのは、やはりこの歳には不相応なことなのだろうか。いつもはじまりは何かを奪ってゆく。そして、盗みを終えた怪盗の置き土産のように、終わりを自信満々に叩きつけて消える。受験は来年を奪い去り、進学はこの日常を奪い去る。一生会えなくなるわけではないけれど、これが私にとって実質最後の夏なのは間違いなかった。
終業式の日に、放課後もずっと教室に残っているような人はまずいない。校門を出ればそこはもう夏休みなのに、わざわざ足踏みする必要は全くないからだ。だから、夏休みのはじまりに些細な抵抗をしているのは、日直の仕事を出来る限りゆっくりとこなした私くらいだと思っていた。
下の階の職員室にクラスの全員分のノートと今日の日誌を届け、ついでに担任の先生に進路の話で捕まり、気付けば午後一時を回っていた。進路の話は好きじゃないけど、職員室での長話はクーラーが効いてて快適だった。
教室に戻ると、彼が本を読んで待っていた。待ってたの、ごめん、と言うと、彼はえへへと笑った。
なんかさ、これで高校生が終わるって考えると早いよね、と言われた。来年は高校生じゃなくて受験生だからねぇ、楽しいことしたいね、そうだね、そんな話をした。
彼は不意に立ち上がると、黒板の前まで行ってチョークを握った。何するの、と彼に聞くと、楽しいこと、と無邪気な笑みで答えたので、私も黒板まで行った。
黒板の前で気付いた。あ、そういえば今日黒板の掃除してなかったんだ。黒板の前に立つまですっかり忘れていた。まあ今日は黒板使ってなかったもんね、と彼は言う。黒板は昨日の掃除のあとのきれいなままで、日直の欄に私の名前が書いてあった。
彼は私の名前の隣に自分の名前を書いた。普段ははやし立てられるけど、今日は誰もいないから、楽しいこと。そう言う彼はとても楽しそうだった。無邪気でかわいらしい彼のせいにして、私も負けじと相合傘を描いた。彼が西瓜を描くので、私は向日葵を描いた。彼が虹を描くので、私は傘のてっぺんにハートを描いた。
散々に描き散らして黒板を汚してしまったので、ふたりで消した。名前まで消すか迷ったけれど、高二の夏をはじめるために、きれいに消した。せーので消したら、終わりに固執する気まできれいさっぱり消えた。
教室を後にして、一緒に学校を出た。そこにはもう夏休みが広がっている。
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