歌集『夏』

せっか

一 空蝉と蜂の死骸を踏み砕くゴミ収集車と夏の訪れ


 ― 空蝉と蜂の死骸を踏み砕くゴミ収集車と夏の訪れ ―




 もう夏か。夏は虫の死骸がそこら中に落ちているから嫌いだ。どれくらい虫が嫌いかというと、いや、もはや言い表せないほど嫌いだ。正直に言えば、虫なんてのはゴミだ。


 もう夏になってしまったのか。道路には虫の死骸が落ちていた。信号待ち、横断歩道の手前で肩が跳ねる。蝉の抜け殻と蜂の死骸がすぐ近くに横たわっており、ぱっと見るとやたら大きい一匹の虫のようでひどく怯んだ。車道の停止線の少し手前で、自分こそが新たな停止線だと言わんばかりに、黄色と黒の警戒色をした死骸が訴える。後ろの抜け殻だけはこの体を賭しても守る、というつもりか。それは停止線のようにも見え、針が一瞬鈍く光ると、死線のようにも見えた。

 後ろから喧しいアナウンスが聞こえてきた。「こちらは、○○市環境局です」という、いつもなら気にも留めないはずの騒音がゆっくりとこちらに近づいてくる。音の主であるゴミ収集車はすぐに目の前までやって来て、蜂の死骸と蝉の抜け殻を踏み砕くと、停止線できっちりと止まった。あまりに呆気なくタイヤの下敷きにされてしまったので、しばらく呆気に取られていた。気付けば、歩行者信号は青に変わっていた。

 申し訳程度に歩行者を急かす信号の音を、最後まで立ち止まって聞いた。ゴミ収集車の運転手は、横断歩道へと踏み出すのをやめた僕を不思議そうに見ながら、走り去っていった。あとには見るも無残な粉が残されている。


 これが、夏だ。


 たった今、この蜂は殺されたのだ。すでに一度死んだのに、もう一度殺されたのだ。虫はゴミだと言ったが、この蜂はゴミ収集車に回収すらされず、ゴミ以下の塵として踏み砕かれた。そんなことがあって堪るかと思うが、それが夏なのだ。


 これだから、夏は嫌いだ。

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