第十三話 岡山大空襲

 背嚢はいのうに家族の手荷物を入れ、入り切らない袋を下げて、列車を待つ間で御座ります。


 嫁御ハルの背後に立って、久々に見た肩は細く、僅かに乱れた髪から覗く耳の裏は、垢で黒く燻んでおりました。


 日に日に酷くなる空襲と物資の滞りが、人々から湯屋を遠ざけておりました。

 着の身着のままで寝起きをせねば、いつ空襲で逃げる事になるか分かりません。

 嫁御は綺麗好きで御座ります。そんな女子おなごが、身を繕う術も無いとは。。


(……いつまで、こんなこと戦争を)


 迂闊なことを申せば憲兵に引っ張られ、何をされるか分かりません。

 心に思うだけでも、非国民で御座ります。

 峰にできる事は、只々誰にも見えぬよう、涙を拭う事で御座りました。


 待つ程に到着いたしました列車は、すでにぎょうさんたくさんの乗客で、一杯に御座りました。


 大阪駅の停車場も、たいそうな混みようで御座りまするので、鮨詰めに人が詰め込まれるのは、致し方なく。。

 家族が楽なように居れる場所を探します峯に、気の良い一家が手招きを下さいまして、窓からじかに乗り込んだので御座りました。


 列車が出発いたしまして、揺れに揺れる道行みちゆきが始まり、皆の疲れがひときわ酷くなった頃。

 ようやっと岡山駅に、到着致しました。


 駅では行き交う列車の段取りに、暫く時間が御座ります。

 峰は停車場に降り、水を汲もうと致しました。

 順番待ちの列は長く、尋常では御座りませなんだが、やっと己の番になりまして、まずは喉を潤し、家族にと空の水筒を満たした時で御座ります。


 突然、切り裂くように鳴り渡りましたのは、空襲警報で。。

 その場に居ります者が皆、蜘蛛の子を散らす勢いで走り出したので御座ります。


 峯も慌てて列車に駆け戻り、窓から家族を引き出すなり、一目散に駅舎から走り出そうと致しました。


 腹に堪える飛行機の音と、シュルリヒュルリと空いっぱいに鳴り響く音が聞こえた途端、辺り一面が爆音に弾けて波打ち、さながら火炎地獄の如く燃え盛ったので御座ります。


 停車場の前方も後方も、天を焦がす勢いで、到底逃げ場は御座りません。

 ならば、残るは足元の線路のみ。。


 日頃であれば高さが恐ろしく御座りまするが、無我夢中で飛び降りて、先では我武者羅がむしゃらじ登り、嫁御と幼き子を引き上げ、抱え上げ、落ち来る焼夷弾しょういだんに追われて、火の無い場所へと、逃げ惑ったので御座りました。

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