第十話 神仏に祈り、旦那衆の嗜みを

 峰の朝は、早よう御座ります。

 日の出に合わせて合掌し、神棚の水を替えて柏手かしわでを打てば、粛々と祝詞のりとを奉ずる。

 まさに神主かんぬしの所作をならった、精進ぶりで御座りました。

 さりとて余人よじんに強要するでもなく、只々淡々と己のみで行う修行のようなもの。。

 俗世を離れたわけでは御座りませんので、峰がこうあるべきと志した想いを、忘れぬよう形にした習慣で御座りました。


 月に一度は宝塚に通いて荒神さんへ詣で、はたまた違う月には奈良の生駒山まで向かいます。

 年に数度は和歌山の大峰山で仏寺説法を頂くなど、のめり込む勢いの峰で御座りました。

 修験者が成す修行の如く、冷水に身を浸して浄めた後、野伏のぶしの先導で霊峰を行脚あんぎゃ致しました折には、立ち込める霧を法螺貝ほらがいで切り分け進むなど、神霊の加護を感じさせて頂く経験も致しました。


 腹に響く法螺貝ほらがいの音や、渦巻く霧が押しやられる様は、峰にとって、生涯忘れ得ぬ神秘の顕現と、相成あいなったので御座ります。


 こう申しますれば、絵に描いた聖人君子の如くで御座りまするが、信心深く修行するかに見えて、片や商人あきんどの嗜みも、峰の心の内にあるのは確かで。。

 粋な御店衆おたなしゅうが為されるように、の遊びも、嗜んだので御座ります。


 まだ幼い長女を連れて新町の茶屋へ通う峯の趣向は、色事からは遠い、粋な芸者遊びで御座りました。

 愛くるしい長女は茶屋の芸妓や仲居に可愛がられ、これ幸いと峯の遊びが終わるまで、面倒を見てもらう始末。


 家を守る嫁御が鷹揚な気質でなかったら、如何ばかりか怖気の振るう心地が致します。


 戦況が日に日に翳る中、立売堀いたちぼりにも僅かずつ、きな臭い風が、吹き始めたようで。。

 まだ先の事なれど、日本国の行く末は、如何相成いかがあいなりますで、御座りましょうや。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る