第九話 兵役検査

 世間様の有り様は、お国の争いで目まぐるしく、けれど立売堀は今日も穏やかで、まったりとした時間と共に揺籠の中で御座りました。


 開店より繁盛致しました商売は、少々多くの財を、峰の一家に授けて下さりました。

 下積み時代に志した思いを遂げようと、儲けの内より捻出致しました金銭を、日頃の労いに散財したので御座ります。


 盆暮に藪入りする使用人へ、手土産は勿論の事、新しい衣服から履き物まで揃えまして、快く送り出したのは、丁稚の頃の夢を叶えたいが為。。

 決して思い上がった見栄を張ったわけでは御座りません。

 そんな峰の内々の想いを知らず、疎遠となっておりました父が、足繁く島から渡って来るようになりました。


 祖父に似ず、しっかりと土地を守った父では御座りまするが、子の財は親の物。

 親の世話は子の務めと、当然な顔で訪ねて参ります度に、小遣いをと、手のひらを出すので御座ります。


 神戸の小粋な老舗にて、帽子から鞄に革靴と、お大尽の散財を成し、峰には大丸の百貨店で、郷里の親族へ土産を誂えて来いと命ずる始末。。


 峰とて親の恩は感謝致しますれども、金の生る木では御座りません。

 妻や子も大切で、雇った限りは奉公人への責任も御座ります。


 このまま易々諾々いいだくだくと、父の言う事を聞いていては、どちらにとっても良い筈は御座りますまい。。


 男三十路の決断にて、親を懲らしめ……は致しませんが、諫めようと腹を括ったので御座りました。


 御国の為では御座りませぬゆえ、いささか心苦しくは思いますれども、自ら兵役検査を志願したので御座ります。


 国の兵士となったならば、遠い異国へ派兵される事も御座りますゆえ、千が一、万が一に、戦死の恐れも出て参ります。


 思うた通り、父は峰に詰め寄って、男泣きに泣いたので御座りました。

 泣いて泣いて言葉を連ねて参ります内に、ホロリと口を突いた不満は、なんとも子供染みた情けないもので。。


「峰が居らぬのでは、神戸へ行くとも買い物ができぬ」と、思わず零れた駄々で御座りました。


「これ以上に子を困らせるなら、兵隊となって御国の為に散りもしよう」


 そう真顔で言い切る峯に、父は無体を言ったと自重したので御座ります。

 余談では御座りまするが、兵役検査は規程二十代の男子を外れた失格で。。

 初めから予想通りの、結果で御座りました。

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