第六話 雑煮のこと

 二十歳過ぎで経験いたしました初恋事も、とうの昔になりました。

 お盆や暮れには、頂きました俸給から土産を買い、田舎に送る事で済ませる峰で御座ります。

 田舎の方も、帰参を問う手紙は御座りませなんだ。

 そのような、いつもの年の初めで御座ります。

 藪入りから他の奉公人が戻ってまいりました翌日の朝は、御店おたなが振る舞まう雑煮を、頂きますのが習いで御座ります。

 この日ばかりは膳の品数も多く、米粒が立った白ご飯を供されました。

 年に一度の、ご馳走の日で御座ります。

 御寮はん奥様が指図して炊き上がった雑煮は、ご実家の懐かしい味だそうで、魚の大好きな峰の好物でも御座りました。

 人に寄れば、生臭いと厭う方も居られましょうが、生まれついての漁師の子に御座ります。

 さすれば、白味噌に正月大根やら人参牛蒡ごぼうやらが丸餅に纏わりついて、その上に香ばしく焼いたぶりの切り身が鎮座すれば、極上の雑煮の出来上がりに、喉が鳴ろうというもの。。

 この日の朝餉を楽しみに、一年を過ごすと申し上げても、過言では御座りません。

 いささか食い意地の張ったと思われましょうが、まだまだ食べ盛りの峰には、美味しい食事と、時たま頂けるおやつが、心底楽しみなので御座ります。

 見掛けは大人で中身は子供。

 ある意味、呆れる事では御座りましょうが、まぁ、それはそれとして。。

 世間様ではちらほらと、様々なお国の諍い事が囁かれて御座りまするが、日の本の兵士の進攻は、勇ましい諸々だけが聞こえて参ります。

 さりとてそれは遠いお国の出来事で、峰の周りと申せば、耳を傾けるだけの日々。

 お上政府が為せる有り様に、思いを馳せるなど恐れ多く。。

 立売堀は、今日も穏やかで、どこまでも変わらぬ、ぬるま湯の中で御座りました。

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