第七話 独立と災難

 峯も年頃となりまして、そろそろ嫁を迎えてはと、縁談が持ち上がりました。

 くだんの女性は親戚筋の関わりで、淑やかな上にしっかり者と評判の、堺のお嬢様で御座ります。

「実家から、嫁を迎える準備をせよと知らせが参りました」

 恩ある御店おたなのご主人に報告致しますれば、したりと膝を打ったので御座ります。

「ほな早うに独立して、嫁御を頂きなはれ頂きなさい。もう充分に、腕は上がっておます。なんなりと、後押しさしてもらいまひょ」

 有り難いお言葉と後ろ盾を頂いた峯は、同じ立売堀の一角に、初めての店を開いたので御座りました。

 当時の事とて初めて顔を合わすのは、祝言の当日で御座ります。

 箪笥長持ちは嫁入り道具で御座りますので、峰が揃えたのは店の商売道具。

 蒸気アイロンやアイロン台、機械仕掛けの洗濯槽ワッシャーと脱水の振り切り槽で御座りました。

 仕事のできる職人に、家事手伝いと丁稚を雇い、羽振り良く開店を致しまして、年を空けずに跡取りのの子にも恵まれたので御座ります。

 この世の春かと幸せな峯で御座りましたが、大きな災いが降りかかったので御座ります。

 最初の兆しは、我が子の病で御座りました。

 赤子の柔肌にできたくさが、医者に罹って直ぐ、全身に拡がったので御座ります。

 訳も分からず居るうちに、我が子は儚うなりました。それもあっという間の出来事で、只々呆然となるばかり。。

 なにが悪かったのか、誰がなにをしたのかと、怒りに呑まれた峰の腹に、すとんと収まった事が御座りました。

「わしがアホな事をした所為せいや」

 峰は後悔で、ほぞの緒を噛んだので御座ります。

 洗濯物を干します時、濡れた長靴をいちいち脱いで、板間へ上がるのが煩わしく、洗い場の天井を打ち抜いて梯子を掛けたので御座りました。さすれば、濡れた長靴のまま干し場へと上がれます。

 些細な手間を厭うて我儘を通し、あまつさえ家族を守る屋根に穴を開けるなど、怠惰も甚だしい行いを致しました己に、神仏が罰を下されたのだと、思い知ったので御座りました。

 これが偶然で有ろうと無かろうと、人様が「そうではない」と慰めを下されようと、神罰として受け取ったからには違える気持ちは御座りません。

 これより峰は、朝夕祝詞を唱え、己が慢心して道を外さぬよう、信仰を深めたので御座りました。

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