第23話カールとイェスタ

 二人の令嬢と一人の平民の美しい少女達を見つめる男がいた。彼は隣国パシフィス帝国第四王子、イエスタ・メクレンブルグ。彼は魔法を学ぶ為、この国アトランティス王国に留学していた。パシフィス帝国には魔法使いはあまりいない。魔法使いには血統が重要だ。このアトランティス王国には魔法使いの血統、つまり王族、貴族が多数おり、多数の魔法使いを擁する。強大な兵力を持つパシフィス帝国が歴史上一度も蹂躙できなかった国がこの国アトランティス王国だ。魔法使いは一騎当千、一人で1000人の兵にあたると言われる。それも下級の魔法使いでだ。高位の魔法使いは10000人、いや、この国の歴史上最強の魔法使いであれば、一人でパシフィス帝国で蹂躙できたであろう。そして、イェスタ・メクレンブルグは帝国にあって、貴重な魔力を持つ王族。


 イェスタには一つ、秘密があった。秘密と言うよりも密令・・・いや、おそらく秘密等では無いだろう。この国、アトランティス王国の人間も気が付いているだろう。イェスタの役割は帝国王族の血に魔法使いの血を入れる事、つまり、彼は魔法使いの伴侶を探しているのだ。


 彼は最初、億劫だった。単に伴侶を探すのであれば、それ程罪悪感等ない。自身と相手だけの問題で、何も苦にするべきことではない。しかし、彼はできるだけ高位の魔法使いを伴侶とする事を強いられている。帝国、父である皇帝を納得させる魔法使いでなければならない。王族や貴族等は政略結婚は当たり前だ。しかし、彼は女性を単に物として見れなかった。例え政略結婚でも、自身が愛していれば、問題ない。愛情を注げば、必ず、相手もそれに答えてくれる筈。そう信じていた。しかし、魔法が一番の目当て。彼は女性を物の様に選別する事に罪悪感を持っていた。王族にありながら、誠実な人間なのだ。そして彼の目に止まったのが三人の少女だった、三人共、魔法の腕は一流だ。しかも希少な光魔法の使い手。



 イェスタは再び三人の少女達に目を移す。彼女らは未だ14歳になったばかり、まだ幼さが残るものの、少女らしく容姿に変わりつつある歳だ。既に三人共、将来を彷彿させる容貌をしている。クールビューティと言う形容が似合う、クリスティーナ・ケーニスマルクとアリス・ヴァーサ、愛らしいアン・ソフィー。だが、見た目と大きく異なるのが、クリスティーナだ。自身の一人称が”俺様”・・・最初は寸劇の練習でもしているのかと彼は思った。しかし、彼女は言動だけでなく、まるで男子の様な女の子だった。正義感が強く、弱い者を助け、強い者、いや、実質彼女より強者はほとんど存在しないだろう。例外は自身、帝国の第四王子である私、そして、この国の王子カール、ほぼ同じ品格の貴族であるアリス・ヴァーサ。その僅かな強者にすら本音と正論しか言わない。もちろん、言動には注意して発言している。不敬な態度では無い。しかし、暗に間違いや誤解等を示唆し、間違いを許さない。なんという正義感か? 一言間違えれば、不敬罪となり兼ねない内容の事例をいとも簡単に発言する。アリス・ヴァーサですら、その様な発言をしない。彼女は失言のリスクを決して侵さないのだろう。


 それにしても、彼は呟いた


「なんと、素敵な女性達だ。特に、クリスティーナ・ケーニスマルク!」


 彼はクリスに釘付けになっていた。クリスは友人のアン・ソフィーを何度か救った。アン・ソフィはこの学園の唯一の平民だ。その為、彼女への風当たりが強い。その上、時々不穏当な発言をする。それをクリスは何度も庇っている。アリスも一緒だ。この二人のおかげで、アン・ソフィはこの学園で、安全を手に入れた。今は誰も彼女をいじめ様などとは思わないだろう。今を時めく右大臣、左大臣の娘を友人に持つ平民。例え平民でも、アン・ソフィに害を成すという事は両家の令嬢に喧嘩を売るようなものだ。


 クリスについては他に噂を聞いた事がある。街に繰り出し、幼馴染の男の子と武勇伝を轟かせていた。泥棒を捕まえたかと思えば、コソ泥を捕まえて、その男がひもじく、何日も食事を取っていない事を知ると、泥棒したのは自身だと主張した。彼女はこの学園で一番有名な貴族だ。庶民の街中では。{魔法学園の聖女}それが彼女の二つ名だ。本人は知らないだろう。だが、この学園の者も街中の庶民も皆知っている。更に彼は呟いた。


「それにしても、クリスティーナの恥らいは可愛らしい」


 彼はアンとアリスに可愛いと褒めちぎられて恥ずかしそうに頬を赤らめている。その様子はやや冷たい印象を受ける容貌を、とても可愛らしく変えていた。


「やはり、クリスティーナ穣と婚約したい」


 彼はクリスに恋をしていた。強力な魔力を持ち、愛すべき存在。しかし、彼はクリスティーナと王子カールが既に婚約している事を知らない。普通、婚約は13歳以降に決まるものだ。もちろん例外はある、それが他でもない、クリスとカールだから。



☆☆☆



 ここは魔法学園中等部食堂、カールはいつもと同じ様にクリス、ベアトリス、アンと食事を取っていた。偶にアリスというヴァーサ家の令嬢を連れてくる事もあるが、大体このメンバーだ。昼食だけはクリスと必ず取っていた。不安だからだ。彼女が他の男に気持ちが盗られないかが・・・


 政略結婚のつまりだった。クリスと婚約した時、政治的な理由で、クリスを選んだ。しかし。今はクリスを選んだあの頃の自分を褒めてやりたい。クリスとは子供の頃から付き合いになった。思えば、最初、怪我をさせた時に既に一目惚れだったのかもしれない。怪我をさせて事への贖罪、正義感で、婚約を思わずも申し出てしまったが、あの時、クリスに魅了されたのは事実だ。それ位、彼女は鮮烈な存在だった。


 あれ以来、一緒に幼馴染のアルと三人で郊外や街中で遊んだ。クリスはたくさんの事を私に教えてくれた。一つは遊びだ。それまで帝王学や勉学、武芸にしか興味がなかった。しかし、彼女の教えてくれた”ちゃんばら”や秘密基地遊び。裏山や草原で自由に自然の中で遊ぶのは、とても気持ちが良く、とても素晴らしいものだった。そして、遊びより尊い事を私は学んだ。それは庶民の心、私にはその様なものの事を考えた事はなかった。クリスは庶民の心を教えてくれた。聖女クリス、私は心の中で以前からそう思っていた。彼女の正義感は貴族としてのものだけでは無い。貴族として庶民の心を理解する。彼女の言動や行動はそれを現していた。例え貴族でも、好意には感謝をすべきだ。過ちを犯せば謝罪すべきだ。王族、国王は過ちがあってはならない。しかし、実際には過ちを犯す。ならば、若い私は過ちを認め、成長しよう。王となった時にはもう、過ちに謝罪ができない。王とは絶対で、過ちは許されない。いや、誤っても、訂正できないのだ。その絶対的な権力の保守の為に・・・だから、今は学ぼう、そして、過ちを犯さない様自身の眼を間違いないものにしよう。クリスといれば、何が過ちで、何が正義なのか? それは少しずつ、学べてきた。


 それにしても、最近のアンはクリスの可愛さを褒めたたえている。しかし、クリスはそれをとても恥ずかしそうに頬を赤らめ、羞恥心に耐えている。その姿は彼女の美しい容貌を可愛らしさへと変えていた。


 クリスを婚約者として良かった。恋愛は後ですればいい。あの時、私はそう思った。だが、クリスは私を虜にした。私は彼女を愛している。クリスは王座より尊い。クリスの為なら、王座を諦めてもいい。彼女はそう思わせる存在だった。

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