第22話アン・ソフィ

 私はアン・ソフィ、魔法学園の唯一の平民だ。そして、私には秘密がある。私は日本という異世界の国からの転生者なのだ。そして、この世界、アトランティス王国の魔法学園の舞台は間違いなく、前世で流行っていた乙女ゲーム「エターナル・ラブ」の世界だ。そして、私はそのメインヒロイン、アン・ソフィその人なのだ。最初、カール王子と出会った後、これから悪役令嬢のクリスにいじめられると思い、気が滅入った。でも、王子様のカールは凄いカッコイイ人で、この王子様の婚約者になれるのかと思ったら、ちょっと、顔がにやけた。しかし、肝心の悪役令嬢のクリスティーナは全然悪役令嬢っぽくなかった。唯のいい人なんだ・・・あれのどこが悪役令嬢なの? あんな人から婚約者奪ったら、寝覚めが悪いよ! だから、ちゃんと、悪役令嬢らしくしてもらう為に散々いじめたんだけど。全然効果がなかった・・・簡単にいなされる。ホント、いい人過ぎるんだから! 最近はもう、王子とかどうでも良くなって、クリスの美しさを褒めちぎって、クリスが恥ずかしがるのを楽しむ方に興味が行っている。


 そういえば、以前、クリスとカール様とアル君とで、裏山探検に行った時、私はここぞとばかりに、一番高い木に、するすると登ってやった。私は野生児なのだ。前世で、女の子らしくないと良く言われてた。ちょっとドヤ顔しようと思ったら、クリスがあっさり登ってきた。カール様もアル君も・・・この人達、ホントに貴族? 平民の私の周りでもこんな野生児いないわよ。ホントに不思議な人たち。


 でも、ひとつ、大きな秘密がわかった。クリスの秘密。それは彼女が私と同じ、日本からの転生人である事。クリスって、ポンコツな処があって、隠しているつもりらしいけど、ちゃんばらで、日本の時代劇の決め台詞、当たり前みたいに言ってるし、黄門様の名言吐いたら、あっさり、ついてくるし、バレバレ。あれでホントに隠してるつもりなんだろうか?


 しかし、私の存在ってなんだろう? 前の人生では、あまりいい事がなかった。お父さんが事業に失敗して、借金のかたに風俗に売られそうになった。そんな時に事故にあった。車がこっちに突っ込んで来る処と、近くに可愛い子供がいて、その子を突き飛ばして守ったところまでしか覚えていない。気が付いたら、この世界の平民の女の子として生まれていた。この世界で、私に一体何をさせたいんだろう? クリスはいい人で、私はぱっとしないヒロイン。というか、ほぼモブだよね。私って・・・


 それにしても、みんな知っていただろうか? メインヒロインのアン・ソフィの生い立ちがどの様なものだったのかを? 穏やかで、謙虚な彼女の過去に何があったのかを? 私は知っている。アンの人生を歩んだから、ゲームでは触れられる事がなかったアンの過去を知っている・・・おそらく裏設定なのだろう。メインヒロインのアン、裏ヒロインのクリス、実はクリスよりアンの方が不幸だった。


 私の目は紫だ。クリスは良く綺麗な瞳と誉めてくれる。でも、それは私にとって、とても辛い事だ。何故なら、この瞳は私が不義の子である証拠だから。私の母親の瞳は青だ。そして、父は赤・・・生まれてくる筈が無い、紫の瞳の女の子・・・生まれてからずっと、私は不義の子として、父親から、冷たくあしらわれた。そして、母親も私を庇っても、かまってもくれなかった。母は私が生まれた時、私を殺そうとした・・・そう聞いている。父から聞いた。不義の親子らしいと嘲笑れた。私は誰からも愛されなかった。ずっと孤独だった。そんなアン・ソフィが、あの乙女ゲームのメインヒロインだった等、誰が想像できた? 私はこの学園に入り、王子カール様と出会い、この世界が前世の乙女ゲームのエターナルラブの世界だと気が付いた。そして、自身がメインヒロインのアン・ソフィである事も・・・でも、私はあんな聖人じゃない。アンは何故あんなに人を慈しめるの? 自身は誰からも愛されてこなかったのに・・・そんな境遇じゃないの! 人を慈しむ? そんなの幸せに包まれた人がする事! 彼女はどんな思いで、人を慈しんだのか? 私は誰からも愛された事が無い。私がまともでいられたのは、前世の記憶のおかげ・・・お父さんが事業に失敗するまでは幸せな家庭だった。その頃受けた愛情が私を支えてくれた。私を支えたのは今の父でも、母でもなかった。前世のお父さん、お母さん、その頃の思い出が唯一の支えだった。


 クリスが羨ましい。クリスも愛情に飢えた子だった事は有名だ。あのゲームはリアリティも追及されていた。何故クリスが悪役令嬢になったのか? クリスの生い立ちがゲーム中に語られていた。そして、この世界のクリスは、逆境に打ち勝っていた。以前、クリスのおうちにお呼ばれした。平民の私が大貴族の娘である、クリスに会いに行く・・・普通あり得ないし、辞退すべきだろう。でも、私は構わず行った。不敬罪で死刑になるかもしれない。それが何? 今更、私の人生にどんな不幸が起きても、驚かない。私はゲームの世界の完璧なアンじゃない。中身は普通の女の子なのだ。だから、傷つき、そして、自暴自棄になっていた。しかし、クリスの家に伺うと、そこには幸せな家庭があった。継母のアニカさんと仲良く話すクリス、義妹のベアトリスさんと仲良く話すクリス。本来、義妹のベアトリスと私は友達になる筈だった。だけど、私はベアトリスとは仲良くできそうにない・・・あんな幸せしか知らない人とは共感できない。むしろ、クリスに共感できた。彼女に何のわだかまりが無い筈等がなかったから。


 私は家族からいない者の様に扱われてきた。父は商人として財を成した人だ。だから、金にものを言わせて、下級貴族の母を娶った。だが、母には好きな人がいた。私は母とその好きな人の愛の結晶だった。だけど、母の好きな人は母を裏切った。だから、母も本当の私の父の紫の瞳を持つ私を嫌悪した。父からも母からも、本当の父にも私はいらない子だった。


 12歳の時、聖殿で、私に光の魔法の才が発見された時は嬉しかった。これで家を出られる。魔法学園の学費は無償だ。無償の寮もある。遠慮なく、両親の元から離れる事ができる。私にとって、魔法学園の入学はようやく、自分の未来を自分で開けるチャンスだったのだ。だけど、私にゲームの世界のアン・ソフィを期待しないで欲しい。私はそんな聖人では無い。この世界の聖人はむしろ悪役令嬢のクリスだ。彼女は不幸を乗り越えた魅力ある女の子だ。私にとって、今、一番重要なのは、お友達のクリスやアリスと仲良くしたい。初めてのお友達。クリスとアリスは初めての友達なのだ!


 私は今、最高に幸せだ。クリスとアリスという最高の友達を得て、青春を謳歌している。クリスもアリスも私を好きでいてくれる。この世界で初めて人から好意を持ってもらえた。そして、私も、クリスとアリスに好意が持てた。私はこの世界の誰にも好意を持てなかった。父と母は憎しみの対象でしかなかった。不義の子・・・それは私が悪いの? 母じゃないの悪いのは? その母が何故私を憎むの? 私の本当の父親から捨てられたから? それは自業自得でしょ? 何故私が、憎しまれ、蔑まれ、あんな扱いを受けなければいけなかったの? 父もそう。私を愛せる筈はない。だけど、あそこまで、憎まれ、蔑まれるいわれは無い。私が産まれた事が悪い訳? それなら、いっそ、捨ててよ! 体裁を気にして、無かった事にして、私をいない者として扱う・・・扱われている方がどんなに惨めな思いなのか、父は全くわからなかったのだろう。自身の憎しみの為、考えた事すらなかったのだろう。


 久しぶりに負の感情が沸いた。以前は毎日の事だった。でも、今は偶にしか・・・全てクリスとアリスのおかげだ。明日はどういう表現でクリスの可愛さを表現しようか? 私は思考を自分の大好きな友人に向けていった。アリスには負けないわよ! アリスも最近、クリスを褒めたたえる事に参加してきた。彼女は読書好きらしく、流石に表現豊かだ。しかし、先駆者として、負ける訳にはいかない。明日はクリスの可愛い仕草を表現しよう。そう思うと、頬の筋肉が緩んだ。


 鏡に映った自身の笑顔を見る


「まるで、あのアン・ソフィーみたい・・・」


 そこには乙女ゲームのメインヒロイン、アン・ソフィーがいた。これまで、こんな笑顔は出来なかった。クリスとアリスが私に本物の笑顔くれた。私はこれまで、白々しい作った笑顔しか出来なかった。でも、今は本物の笑顔を簡単に得られる。クリスとアリス、二人の事を考えるだけで、自然に本物の笑顔が浮かぶのだ。


「ありがとう。クリス、アリス」

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