決着
漆黒の大剣と真っ向から鎬を削るは同じく大剣。
鉄棍から形を変え、今や少女と同程度の寸尺と化した黒鉄の両刃。
放たれる威容は間違いなく神代の代物。正体は三種の神器にして武力の象徴。
〝史前大権〟という名の術式がある。
それは人が星に生まれ落ち、歴史を刻むより遥か以前の力を行使する権限を得るもの。
〝日緋色金〟は神代の概念を納める為の器として必須。この二つはセットでようやく性能を発揮するのだった。
対するは人理を超えた異界の覇王。共に性質の異なる神性は互いに互いを認めない。
打ち合う剣撃は理を崩し、法則を破る。
空の罅割れは世界の叫びを代行した。
地の鳴動は終末を知らせる晩鐘の鐘。
魔王、退魔師。双方の限界に先んじて世界の方が潰え掛けている。
閉じ込められていた魔王にとっては好都合だったが、日和にとってはまったくの逆。
いくらなんでも虚無の彼方で魔王を相手取るのは厳しい。というより経験がないのでどこまで粘れるかの判断が利かない。
既に大剣の応酬は千を超えた。
頃合いだ。
「…いま」
「っ?───!?」
日和が強烈な打ち下ろしを叩きつけた直後、魔王の身体からがくりと力が抜ける。
剣を介し間接的に相手へ送り込んでいた真名の効力。徐々に浸透していた枯衰の真価は日和の意思によって傷口を無理やり開くように発動した。
たまらず両膝を着く。一気に倒れ伏せなかっただけ大したものだ。もはや剣を持つだけの握力すら衰えさせられたというのに。
だが気は緩めない。素早く引き戻した剣の切っ先を鎧の中心目掛け全力の刺突。
硬度すら落とされた鎧に防御性は期待出来ず、深々と突き刺さった大剣が背を破り貫く。
致命の死傷、だが。
「ぐ。っぬぅァああ…!」
まだ死なない。残りのストック全て費やした単一の生命力は致命傷程度では死滅しない。
知っていた。ここからが本当の討滅。
「…、〝出雲の異伝、八岐の怪魔、刃を毀すは草薙ぐ神剣〟」
要領は同じ。
相手がどれだけ硬く、強靭な存在だったとしても、打つ手はある。
弱点が存在しないのなら与えてやればいい。陽向家の退魔師にならそれが可能だ。
先刻もそうだった。
〝極式
つまりは火神に対する特効を強引に通すようにする為の術式も兼ねている。
一撃必殺、出来ねば二撃滅殺。そういった理念のもとに組み上げられたのが対神術式という特性。
同様の現象は今、魔王の内にて発生している。
三種の神器の武を誇る草薙剣は元々とある巨大な多頭の怪物の尾にあったとされる剣だった。
この伝承になぞらえ、草薙を身に沈ませるものを『出雲国の大怪魔』とする。その性質を上書きする。
そうすることで、かの魔物を切り刻み殺した十束の大名刀が息を吹き返す。
「〝天仰ぎ、羽々を斬り裂き、その威を示せ〟」
大剣を掴んだまま魔王の体を押さえつけ、逆の手にはいつの間にか握られる一振り。
なんてことはない二尺五寸の日本刀。
「ッ…!!ん、な…」
魔王は総毛立つ。
あれは不味い。この身体に打ち込まれた怪魔の楔に必ず死という鎚を振り落とす。強制的に性質を付与された当人だからこそ脅威に身が竦む。
鎧、大剣、解除。
黒色の総てを跪く自身の頭上に固め持てる魔力の全てを結界に注ぐ。
「人間、如きが───貴様ァ!!」
吠えたところで何も出来ない。陽向日和が言った通り、何もかもがもう遅い。
無言で刀を振りかぶる。肩から袈裟に、片刃は豆腐に包丁を通すようにあっさりと身を裂き、
「〝
腹に埋もれる模造神剣とかち合い、破砕。
内側で砕けた二振りの刃が起爆剤となり、刀身に込められた膨大な神気が爆散した。
黒色は白色に呑み込まれ、凝縮された生命は余さず破邪に祓われる。
魔王の死骸は物理的に一片も残ることなく、蛍火のように無数の光の粒となって昇り、やがて消えた。
「……」
手元の刀剣は砂塵となって指の合間から落ちていく。
路傍の石を純金に変えるような御業だ、我ながら適当にしてもよく保った方だろう。
あとはほんの一欠片だけ、日緋色の煌めきが掌に残る。術式の名残か、力の重ね過ぎで本物の神鉄が実体化してしまったか。
ともあれこれはここで消費していく。
揺れの収まらない世界はどんどんと崩壊・崩落を続けていた。敵を倒した以上長居は無用。
自力で空間に孔をこじ開け、ゆっくりと歩いていく。
「ねえ」
歪曲する孔をくぐる間際、日和はもう一つだけ小さな孔を空けていた。
その先にいる、光翼光輪を備えた不衛生そうな容姿の中年を横目で見やる。
「次、やったら、ほんとに殺すから」
ぞっとするくらい冷えた瞳を向けて、最後に日和は神鉄の欠片を指弾として孔の向こうへ撃ち込んだ。
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