第2話


「キッカ! すぐにギルドに来なさい! 『緊急クエスト』発動よ‼︎」


いつものように一方的に通話をかけてきて、言いたいことだけ言って返事も聞かずに切る。それはすでに慣れたことだ。言っても無駄なことだとすでに諦めている。


「キッカ。またエリーか」

「ああ、緊急クエストらしい」

「じゃあ、準備してから城門へ向かうから先にギルドで情報を集めてくれ。おーい! 緊急クエストが発動されたぞー!」


ユージンが仲間たちに声をかけていく。俺は緊急クエストの内容を確認するために冒険者ギルドへと向かうことにした。内容によって、参加する人数を決めるためだ。王都一の巨大な冒険者パーティ。それも全員が上級者ランクだ。どんな緊急クエストでも対応できる自信は……八割だがある。

そんな俺たちの自信を打ち砕き、そんな考えが『自意識過剰』だと思い知らされる案件にぶち当たるとは、この時の俺たちは思いもしなかった。



「…………は?」

「それは本当なのか?」

「ガセネタだろ」


ギルドマスターのユーリカから緊急クエストの内容を聞いた冒険者たちが口々に否定する。それもそうだろう。『初心者用ダンジョンがアントに乗っ取られている』というのだから。こんな王都の近くにアントが巣を作るなど、今まで聞いたことはない。

しかし、周囲の反応に対してエリーの表情が固くなっている。いまだに情報自体を疑い、討伐隊編成の足を引っ張っている連中にブチ切れて怒鳴りつけたい気分を押さえつけているのだろう。

そんなことをすれば、それだけ時間をとってしまう。

緊急クエストは一刻も争う自体なのだ。何も起きていなければそれで良かったと思えばいいだけのこと。


「エリー。この情報は確かか?」

「ああ。この情報はフィシスが昨日登録したばかりの冒険者から直接もらった」

「昨日登録したばかり? そんな奴がアント相手に戦っているというのか?」


冒険者は簡単になれない。対人戦で無敵を誇る武闘家でも、魔物相手には通用しない。そのため、何度も戦って、戦い方を身体に覚えさせる必要がある。そしてパーティの場合、今までと違う武器に変更を余儀なくされる。さらに前衛と後衛で作戦を何通りも練習する。

そんな戦闘初心者のために、弱い魔物が集まるように手を加えられた『初心者用ダンジョン』が王都周辺にはいくつもあるのだ。


「キッカ。ひとつだけ言っておく。その冒険者は……女の子だ」


エリーの言葉に冷水を頭から浴びせられたような衝撃を受けた。それと同時に、今朝聞いた噂を思い出した。


「そういえば、昨日ここで冒険者たちが登録にきた一般女性に集団で絡み、ミリィ隊長に袋叩きにされたって聞いたが」

「……その時の被害者だ」


エリーはすぐにでも助けに行きたいのだろう。しかし、討伐隊を編成してギルドマスターからのGOサインが出ないことには向かうことはできない。


「おい。何をいつまでグダグダやってるんだ! 中で戦っているのは昨日登録したばかりの女性だ! 一人で戦ってる彼女を助けに行く勇気も根性もない意気地なしの役立たずは今すぐここを去れ! 足手まといだ! この緊急クエストは俺たち『鉄壁の防衛ディフェンス』が第一陣を受け持つ。お前らは今すぐ冒険者を廃業して家に帰って頭からシーツでもかぶって震えてろ!」


久しぶりに、口だけ動かして行動に移さないばかりか討伐隊を編成する邪魔をしている連中に俺も腸が煮え繰り返っていた。


「ユーリカ」

「はい。今すぐ『はじまりの迷宮』に向かい、冒険者の保護とアントの討伐、遺品などの回収をお願いします」

「緊急クエスト、うけたまわった」


ユーリカがギルド専用の収納ボックスを渡してくる。回収するのは遺品だけではない。遺体や遺骨も含まれているのだ。それを個人の収納ボックスに入れるのに抵抗がある冒険者も多い。だからこそ、緊急クエストの際には専用の収納ボックスが渡されるのだ。それがGOサインの証明になる。

収納ボックスを受け取った俺がエリーに目を向けると「もちろん行くわ」と一緒にギルドを出た。



城門に着くと、すでに五十人を超す冒険者が集まっていた。『鉄壁の防衛ディフェンス』の面々と、緊急クエストの発動を知り直接城門に集まった腕利きの冒険者たちだ。


「アルマンには待機組の指揮を任せた」

「ああ。『とりこぼし』が王都を襲わないとは限らないからな」

「すぐに向かうわよ」


エリーの言葉で討伐隊の第一陣は王都を出立した。



『はじまりの迷宮』に着く前からすでに戦闘は始まっていた。百を超えるアントの大群がダンジョンに入れずにいたのだ。しかし、それを見た初級者のパーティが怯えてダンジョンに入らずに済んだ。彼らには、ギルドへ見たままの報告に向かってもらった。


「……エアちゃん。今行くから……無事でいて」


エリーの小さな呟きは、アントたちが鳴らす音で俺と数人しか聞こえなかっただろう。しかし、長い付き合いだからこそエリーが焦っているのが手に取るようにわかる。


「エリー、中央突破を仕掛けるぞ」

「『鉄壁の防衛ディフェンス』は中に入ってくれ。外は後発が来るまで俺たちが請け負う!」

「キッカ。俺たちも外に残る。……中がどうなってるかわからないが、必ず全員生きて戻れ」

「わかった。あとは任せたぞ」


俺の言葉に親指を立てたフォスターに頷く。全員で一点を狙って突き進む。倒すのではなく攻撃してくる足を薙ぎ払って道をつくり入り口にたどり着くためだ。

後をフォスターたちに任せた俺たちはダンジョンにそのまま駆け込んだ。

入り口に近付いた時に、アントがダンジョンに入れなかった理由がわかった。入り口に結界石が二個置かれていたのだ。『魔物よけ』の効果だ。これで、アントがダンジョンに戻らないようにしたのか。……中にいるという女性は、本当に初心者なのか?

フォスターたちも結界に気付いたようで、こちらに振り向いてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。もし危機的状況が差し迫れば、中に入って態勢を立て直すことができるはずだ。


中に入ったのはエリーを含めて二十五人。俺たちは慎重にダンジョンを進んでいく。しかし、アントとの遭遇は一度もない。ダンジョン内は外と違ってあまりにも静かだった。本当に戦闘があったのか? 通路には一切の戦闘のあとが残っていない。アントの体液も…………女性冒険者の血液も。

エリーが、広場の中に誰もいないことを確認してはだんだん表情を固くしていく。

俺も張りつめた緊張から『やはり情報はデマだったのか』と疑い始めていた。しかし、外ではフォスターたちが戦っている。アントがここを自分たちの巣にしていたのは間違いない。

何より、エリーの様子から『情報は間違いない』と信じていることもわかった。


四階にたどり着くと、やっと異変に気がついた。広場の近くに青ざめて立ちつくす黒髪の女性がいたのだ。


「エアちゃん!」


エリーの声が聞こえたのだろう。女性は振り返り俺たちを確認すると駆け出して真っ直ぐエリーの胸に飛び込んだ。しかし『抱きつく』というよりエリーが先に行かないように止めているように見える。


「エリーさん。ダメ……行っちゃダメ。見ちゃ……」


エリーは落ち着かせるように震える女性を強く抱きしめた。その安心した表情から、本当に女性を大切に思い、狂いそうなほど心配していたことを改めて知った。


「エリー。彼女を連れて、上の広場へ」


これ以上、彼女を戦わせるわけにはいかない。なにより、ここまで一人でアントと戦ってきたのだ。この最奥に待っているのは女王アント。……そして行方不明になっている冒険者たち。五体満足の遺体があるとは思えない。

そんな姿を初心者の、それも女性に見せるわけにはいかなかった。


「わかった。エアちゃん。もう大丈夫よ」

「一人でここまでよく頑張ってくれた。あとはオレたちに任せてくれ」


誰もがこの先に待っている惨劇に気付いているのだろう。女性に労いの言葉をかけている。


「アントは風魔法に弱かったの。だから……」

「そうだったのか。教えてくれてありがとう」

「では風魔法が使える者は先制攻撃を」

「水魔法の『すいじん』も効きます。アントは水自体に弱いみたいで、脚が水に絡んで動けなくなってました」


震える声で、それでもエリーにしがみつきながら必死にアントの弱点を教えようとしている女性。その姿はあまりにも痛々しい。だが、彼女のもたらす情報は何より有益だ。アントと一戦して有効だと判断できたらフォスターにも伝えよう。


「頭部の下から胸辺りまでが、『ふうじん』や『すいじん』で狙いやすいです。駆け寄ってくるときも、襲い掛かってくるときも、上体を起こしていますから」

「そうか。たしかに、アントは上体を起こして我々に威嚇しながら襲ってくるな」


俺たちが知らない、誰も気付きすらしなかった情報を、この初心者であるはずの女性は戦いながら身につけたとでもいうのか……。仲間たちはその不自然さに気付かず、無条件で彼女の『気づき』を誉め称える。


「よし。ここまで一人で頑張ってくれた彼女に負けないよう、我々も気を引き締めて行くぞ!」


ユージンがそう声をかけると、「「「オウッ!」」」と声が上がった。



広場の中にいたアントはすでに逃げ出したあとだった。入り口の『魔物よけ』でアントが出てこられなかったのだろう。……床が黒ずんでいたが、そこには何もない。黒ずみの跡から、複数の遺体がバラバラにされて運ばれたのだろう。

エリーたちがいた場所に目を向けたが、すでに二人はいなかった。


「ユージン。あの情報を聞いてどう思った?」

「さあな。有効な戦い方だったら、フォスターたちにも教えてやればいい。彼女には有効な戦い方だとしても、俺たちでも有効かどうかはわからないからな。ただ、それだけのことさ」


ユージンは深く考えていないようだ。たしかにその通りだ。彼女だから有効だった可能性もある。そして、それを試す機会はすぐにきた。


「キッカ。索敵に引っかかった。アントだ。その数、八」

「じゃあ、キッカ。さっきのを試してみるか」

「ああ。じゃあ、『ふうじん』を使える者は前へ」



俺たちは女性が与えてくれた情報を甘く見ていたようだ。


「………………マジかよ」


誰もが呆然として声を失っていた。

最初に正気に戻って声を発したのは、効果を確認するために『ふうじん』を一じんだけ放ったサリーだった。

サリーが放った『ふうじん』は真っ直ぐ通路を突き進み、アントの首を次々に切り落として消えていった。


「サリー。収納してみろ」

「ああ」


アントに近付き収納していくサリー。生き残ったアントはおらず、すべて収納されていった。


「あの子が言ったことはホントだったんだな」

「ああ。……次は俺が『すいじん』を使ってもいいか?」

「たしか『首を狙う』んだったな」


すぐに試すことになった『すいじん』も、『ふうじん』と同じく真っ直ぐ通路を突き進んでアントの首を切り落とした。さすがに二度目の衝撃は一度目よりは軽く、復活するのは早かった。

そして、俺たちが受けたのと同じ衝撃を、フォスターたちも受けることとなった。



「二人とも。こんな所でどうした?」


女王アントを倒し、三階の広場に向かう途中で、広場にいるはずのエリーたちに会った。エリーは壁や床を念入りに調べていた。


「ここに隠し部屋があった」

「え? 隠し部屋? ってことは」

「もうない。消えた」

「うわっ。もったいねー! 入ってみたかった!」

「……入ったら、死んでますよ?」


彼女の言葉に俺たち全員は驚きで固まった。


「エアちゃんの言う通りだ。ここに入れば『女王の胃袋ハラの中』に直行だ」

「おっ。そういえば、あの女王アント。けっこう強い割にドロップアイテムが一つも出なかったんだぜ」

「そりゃそうだろ」


エリーが至極当然という表情で立ち上がると、女性を抱きしめた。


「先に隠し部屋ここを見つけていたエアちゃんが、すでに収納したからな」

「え? あのお宝の山って……」

「ああ。アレが『女王の腹』に繋がっているってことは、その宝の山がドロップアイテムだった可能性が高い。まあ、それが正しいかどうかは、部屋も女王もすでに消えたから、証明のしようがないけどな」


エリーの言葉に驚き、次いで言われた説明に女性は焦り出す。


「じゃあ、ここで収納したアイテムを……」

「いや。それはエアちゃんが貰っていい」


『女王アントのドロップアイテムだったかもしれない』というだけで、アイテムを俺たちに渡そうとする女性をエリーが止める。


「そうだな。ここまで頑張ってくれた報酬だな」

「そうそう。オレたち、こんな場所に隠し部屋があるなんて気付かずに通り過ぎたからな」


ユージンたちの言う通り、俺たちはここに隠し部屋があるとは気付けなかった。いや、戦闘も何もしていない俺たちが見落としていたんだ。たとえドロップアイテムだったとしても、受け取れるはずがない。

水魔法と風魔法のおかげで俺たちは戦闘らしい戦闘もなく、体力と魔力を温存した状態で女王部屋へたどり着いたのだ。

そのお礼も兼ねて受け取ってもらえればいい。

正直な話、『すいじん』が女王アントにも有効だとは思わなかった。散乱した『冒険者たちの成れの果て』より衝撃的だった。「試してみる」と言って放たれた『すいじん』が女王アントの首を刈った。……開戦から数秒で終結したのだ。


「俺たちの今までの苦労って……」

「今は嘆くな。王都に戻ったら酒を呑んで騒ごう」


俺たちはギルドから預かった収納ボックスに遺品や遺体、遺骨を収納していく。

……この作業が一番辛い。もちろん、冒険者である以上、魔物に負けることもあるだろう。負けはそのまま死を意味する。そして……生きたまま魔物に喰われることもある。

そんな肉食の魔物のダンジョンでは、こうした遺体や遺骨が散乱していることもある。

遺品、というか権利放棄となった様々なものだけをもらい、遺体や遺骨の回収をギルドに任せることも可能だ。それは正当な権利であり、遺品だろうと権利が失われた以上返還義務はない。そして権利放棄されたものを求めて回収し、高価な物は闇オークションで高く売ることを生業としている連中もいるくらいだ。

女王部屋から出た俺たちはエリーたちと合流すべく、四階を後にした。それが失敗だったとすぐに思い知ることとなる。



「ところで、エアさんの時はアントたちは何匹で出てきたのですか?」

「えっと……。ダンジョンに入ってすぐにまず一匹だけ。それを倒した直後に二十匹以上。その後も二~三十匹ずつ。三階の広場に着いた時点で四百匹を超えていました。そこの広場で休憩を取っていた時に地響きがして、広場を出てすぐに遭遇したのは十匹くらい。この場所から階段に進む途中の通路で一度に五十匹……」

「え? ……待ってください。それだけの数をお一人で?」

「……だって。この通路、私たちには広いですけど、アントたちには広くないですよ?」


女性の指摘で俺たちは通路を見回して確認する。

そうだ。アントはたしかに一匹ずつ並んで押し寄せてきた。別の言い方をすればアントにとって行動制限されるほど狭いのだ。……だから、一直線に進んで敵を倒す『ふうじん』と『すいじん』が有効だったのか。

なんということだ。俺は彼女の言葉を頭から疑い、信じるということから逃げていたのだ。ギルドで冒険者たちが口々に言っていた『ガセネタ』。それが俺の頭にこびりついていたのだろう。

エリーがいなければ、エリーが『ガセネタではない』と信じていなければ、自分も彼らと一緒にユーリカを問い質していたかもしれない。


ユージンたちが彼女に敬意をもって丁寧な言葉で話している。

それもそうだ。彼女が教えてくれなければ、今もまだ通路でアント相手に戦い、ケガを負っていただろう。そんな疲弊した状態で女王アントとの戦闘に入っていれば、先制攻撃で受けた打撲程度では済まなかったはずだ。


この後、俺たちは卵部屋を見落としていたことを彼女に指摘され、エリーに怒鳴られて慌てて四階へと駆け戻った。そして残っていた『処女女王アント』を見つけた彼女が風魔法で一撃し、自分たちの討伐が上辺うわべだけでまだ完全に終わっていなかったことを思い知らされて、自分たちの未熟さを知ることとなる。

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