《 番外編 》私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。

アーエル

第一章から第五章

第1話


まどいの結界に囲まれた精霊ニンフの住む森……いや、人が住む世界と異なる空間に、我ら精霊ニンフは住んでいる。その中にある緑の宮殿、それが精霊王ことオーラムの住む王宮だ。王宮といっても、何をしているとかはない。ただ、森と共に静かに日々を送っているだけだ。過去に、ある大陸で精霊ニンフの国を作ろうとした一部の精霊ニンフがいた。しかし、有限の生命と無限の生命を持つ者たちでは価値観などが違いすぎた。その結果、平和な世界に混乱を起こし、戦乱をも起こし、たくさんの生命が喪われる結果になった。

…………その罪を償うため、精霊ニンフは各々が司る地から別の空間に居を移し、表舞台から姿を消した。オーラムたちは地属性の精霊ニンフ。森を模した空間を作り、出入り口を緑豊かな森の中に作った。

この世界を大規模な争いで滅ぼしかけた精霊ニンフたちは、神の手によって切り刻まれた。今は大気に漂う魔力の一部となっている。

悠久の時を経て、精霊ニンフの数は千を超えている。そのうち、地属性の精霊ニンフの数は二百に満たない。その中で、オーラムの子は二十三人。息子が十人、娘が九人。そして四人がまだ性別を選んでいない。精霊ニンフは誕生時にはまだ性別を持っていない。男女の性を持つ両性具有ではない。誰かに恋をした時に成長が始まる。その時に恋をした相手が女性なら男性に、男性に恋をしたなら女性に成長していくのだ。

精霊ニンフの子は、『親』となる精霊ニンフの体内に溜まった魔素まそを体外に……庭に置かれた純度の高いクリスタルに移すことで生まれる。魔素を移せば必ず生まれるわけではない。クリスタルに移された魔素は、時間をかけてゆっくりと大気に戻っていくからだ。そして、数百年に一度、クリスタルから五歳児の姿で生まれてくる。

唯一、別の種族との間にできた子は、人間と同じ赤子の姿で性別が決まって生まれてくる。


ぽわんっと、庭に置かれたクリスタルが淡い緑色の光を放ち、シャラ〜ンという涼やかな音色が響いた。誰かが連絡をしてきたのだろう。このクリスタルは、人の世に出た精霊ニンフや他の空間に住む火の種族や水の種族たちとの連絡にも使われている。そして、その時にクリスタルの中に移された魔素が消費される。このクリスタルには、各地の精霊ニンフたちから連絡が届く。その中で、娘たちの『おしゃべり』が大半を占めていた。


「また、娘たちのおしゃべりか」


オーラムはそう呟くと、外に出ている地の精霊ニンフや他の種族たちから届いた近況報告書に目を通す。

以前から時々起きていたが、最近になって魔物たちの異常行動が目につくようになってきた。今までもなんてことはない、生態系が狂って『魔物の襲撃スタンピード』が起きていた。それが近付いているのだろう。


「シェリア? シェリアなのね?」


シェリア? あの子が連絡してくるとは珍しい。ん? フィシスも一緒だとはさらに珍しい。何か問題が起きたのだろうか?

あの子たちは滅多に連絡をしてこない。信頼できる仲間がおり、自分たちで解決できる知識も技量も持ちあわせているのだ。

気になって、仕事の手を止めてクリスタルへと歩き出した。けっして、面倒な仕事から逃げ出したわけではない。


「そんなことより大事な話があるの」

「えー? もっとエリーと話をさせてくれないなら、聞きたくないわ」

「いい加減にしろ! ふざけて良いときと悪いときの区別もつかんか!」


思わず声を荒げてしまった。二人が『大事な話がある』と連絡してきたのだ。その大事な話を聞いてからおしゃべりをすればいいだろう。


「フィシス。シェリア。話の前に確認したいことがある。……そこにが一人、紛れているな」

「はい。父上」


『人間』と聞いて、娘たちがあまりにも失礼な言葉を見えない相手に投げつけている。止めても止まらない様子に「黙れ!」と叱るとさすがに黙った。


「フィシス。シェリア。その子は信用出来るのかね?」


そう聞くと肯定した。それも、行動を共にしている妖精の二人も信用しているとは。

どんな人間か気になって空間を繋いだ。ソファーに座ったミリィの隣に黒髪の少女がいる。驚いて見回す彼女を妖精の姿に戻った二人が抱きついている。

世界と没交渉して久しい。我々精霊ニンフとは違うマナーを身につけているであろう少女が無礼を働かないようにだろう。

娘たちの非礼を詫びると、やはり立とうとしたのだろう。「立っちゃダメ」と止められていた。その様子に、娘たちがまたざわつきだす。


「ああ。座ったままでいい。彼女は我々に、立位で挨拶をしようとしただけだ」


娘たちに説明をすると、やっと理解したようだ。今度、人間のマナーをひと通り教えておこう。


「あ! ダメ! 来ちゃダメです!」


私が近寄ろうとすると、自身をエアと名乗った少女はそう大きな声をあげてカバンを背後に隠した。エルフ族のエリーが「ああ」と何かに気付いたように呟くと彼女のとった行動を説明する。


「そうか。だから近付くのを制止して私を守ろうとしたというわけかな?」


そう聞くと、固い表情のまま頷いた。そしてエリーを見上げて「精霊王さま?」と確認した。

…………ああ、なんたることだ。私の方が無礼を働いていた。礼を返していなかったとは。


「ああ。大変失礼した。私はオーラムという」


名を名乗ったことで、再び娘たちが騒ぎだす。娘たちの『人間嫌い』には困ったもんだ。人間に二度と危害を加えないために我々は世界から離れたのだが、それを『人間から迫害を受けて逃げた』と誤解しているようなのだ。


「迷子の闇属性の幼竜さんに心当たりありませんか?」

「迷子の幼竜?」


聞き直すと、エリーが説明する。

アントのドロップアイテムで見つかった? 女王アントの非常食エサとなっていたということか。それだけではない。気付かずに幼竜が入った貴石を使っていたら…………幼竜の生命が失われていたか、目覚めた幼竜が世界を破壊していただろう。


「その子を見せてくれるかな?」


そう聞くと、再びエリーに確認するように見上げた。

…………なぜ、私の言葉をエリーに確認するのか。私が見せてくれというのだから……いや、違うのか。エリーに「何が起きるかわからない」と言われたから『カバンから出しても大丈夫か』を確認しただけだ。

勘違いをして一方的に腹を立てるとは……。申し訳なく恥じ入った私は、少女に近付くと左膝をついた。

差し出された貴石を受け取るとその周りに透明な膜を張った。これで、幼竜が目覚めることはないだろう。


「ああ。『北の島に棲む竜の子』だな」

「この子。お家に帰れますか?」

「ああ。私が直接届けよう」


私がそう告げると安心したように微笑んだ。


「良かったわね。エアちゃん」


フィシスの言葉で少女に笑顔の花が咲いた。まるで周囲を和ます笑顔だ。フィシスたちが気にいるはずだ。含みのない真実ほんとうの笑顔。

気が付いたら、私に向けて下げられた少女の頭を優しく撫でていた。



「あんな子が人間の中にいたなんて」


繋いでいた空間を解除して我々だけになると、娘たちが息を吐いた。その表情は柔らかい。あの少女に好意を持ったのだろう。


「あの子、なんて言ったっけ?」

「エリーは『エアちゃん』って言ってたわ」

「フィシスも同じよ」

「じゃあ、私たちも『エアちゃん』って呼んでもいいのかしら」


娘たちが初めて見た人間を話題にしている。私の手に乗せた貴石に目を向ける。……よく無事でいてくれた。早く心配しているであろう親に返してあげよう。

北の島とはいえ、闇属性の竜が一族ごとにコロニーを作って棲んでいる。どこのコロニーのどの家族か先に調べてから北の島へ向かおう。そう思い、その場を離れようとした私の耳に、娘たちの言葉が届いた。


「エアちゃんって冒険者なんでしょう? ……大丈夫なのかしら」

「エリーの口調では、エアちゃんはエリーと一緒に冒険しているようには思えなかったわ」

「じゃあ、一人で冒険してるってこと?」


娘たちの言葉が私の心を不安でいっぱいにする。

ステータス画面を開くと、フレンド検索から『冒険者のエア』を見つけることができた。冒険者として駆け出し……今日が冒険者として初めてのダンジョンだと⁉︎ それでアントの掃滅をしたというのか。


「……なんということだ」


思わず呟いた私は、そのままフレンドを申請していた。

しばらく待っていた私に届いたのはフレンド拒否だった。


「エアちゃんに何言ったー!」


フィシスに通話を繋いですぐに叫んでいた。

何も知らない娘たちが驚いて寄ってくる。『エアちゃん』と言ったことで反応したのだろうか。


「私がエアちゃんに送った申請が拒否された! 何故だー!」


私の言葉に、フィシスが驚きの感情を含んだ声でエアちゃんに確認している。


「だって。フィシスさんもアンジーさんも、オーラムさんの申請にあまりいい顔をしなかったから。それにフィシスさんは『好きにしていい』って言ったから……。ちゃんと考える時間もほしかったので、拒否してみました」

「エアちゃん。相手は『精霊王』で……」

「フィシスさんとシェリアさんの『お父さん』でしょ? オーラムさん、自分でそう言ってましたよ?」


私が絶句している周りで、娘たちが笑いながらエアちゃんの言葉に同意している。だったらなぜ拒否されたのだろうか。そう考えた私に気になる会話が聞こえてきた。


「私がダンジョンに入っていたら、オーラムさんにはわかるのでしょうか?」

「それはちょっと無理ね」


魔物が通話で寄ってくる? それは知らなかった。

通話を開いて開口一番に大声をだされては困る……。たしかに、それはそうだろう。


「『精霊王』はエアちゃんの生命を奪う気か?」

「そんなはずがなかろう!」


ただ、困っている時に手を貸したい。そう思っただけだ。

そう言った私にエリーは「だったら、アミュレットを渡せばいい」と言って、エアちゃんにアミュレットの説明を始めた。そして、アミュレットもフィシスとシェリアが用意すると言い出した。


「おい、アミュレットくらい……」

「父上に冒険者の何が分かるのです?」


シェリアの言葉に私は何も言えない。

冒険者自体は、シェリアやフィシスたちがなっていたから聞いたことはある。しかし『魔物を倒す』ぐらいしか知らない。


「『精霊王』は、冒険の危険性がわかっているのですか?」


エリーの言葉にも私は何も言えない。

せいぜい『魔物と戦った時に怪我をする』程度だ。


「それ以前に、長らく森の中に引き篭もっている父上に、人間の何がわかっているのですか」


フィシスの言葉に私は声を失った。

直接知っているのは遥か昔、共存していた頃だ。それ以降はほとんど森から出ることもなく、人間に関する報告書を読んで『知った気になっている』だけだ。


結局、エアちゃんへのフレンド登録はフィシスたちの許可を得てからとなった。


「仕方がないわ」

「お父さまが通話と同時に大声をだしてしまったのだもの」

「エアちゃんが冒険者なら、慎重になって当然よね」

「まだ『フレンド登録なんてありえない』って言われなくてよかったじゃない」

「でも、父親が『娘の友だち』にフレンド申請なんて……」

「娘からも娘の友だちからも嫌われるわよね、普通は」


通話を切ると、娘たちが口々におしゃべりを始めた。

言い返すこともできず、私は自分の言動を反省することになった。


❀ ❀ ❀


幼竜の親はすぐにわかった。北の島の北壁に棲む一族の若い竜だった。竜は子を産み成竜まで育て上げることで一人前と認められる。一人前となれば、人の姿……『竜人』になり人の住む国へ行くことができる。『人のことを知る』ための教育の一環らしい。


「ああっ! ロア! 私たちの子‼︎」

「無事だった! 良かった! ロア! ロア!」


若い竜の夫婦は貴石から漏れ出る『我が子の気』に涙を流して喜んだ。

今から半年前、孵化直後に攫われたらしい。


「相手はわからない。しかし、長老は『同族の可能性が高い』と」

「他種族がこの高く険しい岩山を登るなど難しいから」

「その子は『アントのドロップアイテム』として、人里に出ている娘の友人が手に入れたものだ」


私の言葉に竜や竜人たちが慌てだす。


「アント……⁉︎」

「アントだって! たしかに、ここの近くにアントが棲んでいた。しかし……今まで竜の子が奪われたことなどなく……」

「そのアントの中には『処女女王アント』もいたそうだ」


私の伝えた事実に沈黙が広がる。

『処女女王アント』とは次期女王アントのことだ。女王アントが、どんな形であれ死んだ瞬間に女王として仲間を導く役目を持っている。そして、女王アントとなって最初の産卵のときに高カロリーを摂取する。

……このロアという幼竜は、その栄養として攫われて貴石に閉じ込められていたと考えられる。

強靭な竜とはいえ孵化直後は一番無防備で弱っている。アントにしてみれば『狙いやすかった』だろう。


「ルルド、フォウ。孵化部屋でロアを貴石から出してやるが良い。そして、ロアを一人前に育てあげよ。半年かかったが、ここから家族として始めるが良い。ほかの者もロアのを手伝ってあげなさい。……ロアは我々一族の希望の光だ」

「……ありがとうございます。長老様。精霊王様」


この半年の間、『子をなくした親』として肩身の狭い思いをしていただろう。一人前になっていれば、竜人となり探しに出ることも可能だったはずだ。


両親と共に半数近くが孵化部屋へと向かっていった。


「さて、精霊王。我が一族の幼竜を無事に救い出していただいたこと、深く感謝する」


そう言って頭を下げる長老。それにあわせて、同じように頭を下げる竜人たち。


「先ほども言った通り、あの子は娘の友人が見つけてくれたのだ。私は預かり帰すと約束しただけ」

「娘御の友人……? それは精霊ニンフでは?」

「いや。『人の子』だ」


私の言葉に誰もが顔を見合わせる。我々精霊ニンフの大半が人を嫌っているのは周知の事実だ。それが友人となっていることに驚いているのだろう。


「精霊王よ……」

「『その者は信用できるのか』と?」


私の言葉に長老が頷く。


「私も同じ言葉で娘たちに確認した。そして、その者たちは誰もが信用していた。だいたい、幼竜を家族に帰してほしいと強く願ったのはその人の子だ」

「竜の血が高価だとは」

「それはわからぬ。だが、たとえ知っていたとしても関係ないだろう。人の子は『迷子の幼竜』と言っておったのだから」


そう『迷子』。だからこそ、家族の元へ帰れるように望んでいたのだ。


「もしかして、我々は一部の人間だけを見て全体を知った気になっていたのだろうか」

「それはどうかわからない。ただ、『そんな人の子もいる』ということは事実だ」

「ええ、そうですね。その人の子のおかげで、ロアが我らの元に無事に戻ったのですから」

「その人の子には感謝を。そして、ロアを大切に育てていきましょう。ロアが攫われたからこそ、我らは『人間にも優しき心を持つ者がいる』ことを知ることができたのですから」


若い竜人の言葉に長老たちも同意する。

きっと、あの幼竜は大丈夫だろう。


エアちゃんに良い報告ができることに私は嬉しくなった。

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