第28話 ラブレターと集団暴行

 




【水鳥 麗 再 二回目】


 来る前に木村君に確認はしてもらったが、本当に私は木村君と同じ学校に通っているらしい。

 校舎の中にスーツ姿で堂々と入って下駄箱の前に自分は立った。


 ――そういえば、こんな感じだったっけ……


 自分が学生だったことは遠い記憶に感じる。まして中学の時など自分がどうだったか覚えていない。でも確かに下駄箱とはこんな風だった気がする。

 木でできた棚が一人当たり二段になっていて上に上履き、下にいつも穿いている靴を入れる。そして簡易的な蓋がついていた。

 よく見ると下駄箱の上に名前のシールが貼ってある。その中から、自分の名前を探す。50音順に並んでいるらしく、意外にも簡単に自分の名前を見つけた。


「ここか……」


 そこに放課後に校舎裏にくる旨を書いた手紙を入れる。

 私は字が綺麗ではなく、綺麗に書こうとしてもどうしても後から見て汚くなってしまう。

 絵を描くときは特徴を捉えるということに尽力するので模写は得意だったが、どうにも文字は苦手だ。

 それが男子の字に見えるのは言うまでもない。

 ラブレター紛いの文書を入れると、校舎裏の生垣の後ろで私たちは待機することにした。

 時間はもうすぐ午後の授業も終わってみんなが帰り始める夕刻。遠巻きに自分を見つめることになるなんて、思いもよらなかった。木村君もそうだろう。


「私、ちゃんとくるかな……」

「どうでしょうか」

「もし来なかったら、私が出て行って助けてあげるから」

「それは……駄目だと思いますが……」


 木村君と木陰で隠れて話していると、体操服を着崩した3人の男子生徒と、当時の木村君が引きずられるようにやってきた。髪を明るい色に染めていて、ピアスがあいている。

 あれは私に絡んできた不良生徒の一人だ。後ろの二人はパッとした見た目ではない為、私はそのときと同一人物かどうかは解らなかった。

 そして『ソレ』は始まった。


「お前見てるとむかつくんや」


 木村君の肩を押して、校舎の壁にぶつける。


「学校来やんな。ガリベンオタク!」

「そうや! お前のせいで今日の体育の試合負けたんや!」


 少年たちは好き勝手なことを言って木村君を小突いてヘラヘラと笑っている。私は怒りを感じて、この手で殴ってやりたいという衝動に駆られる。

 少年の木村君は泣いている。叩かれたり、蹴られたり、暴言を吐かれたり、見るに堪えない状態だった。


「許さない……」


 私が立ち上がろうとすると、木村君は私を押さえた。


「待ってください、ダメですよ」

「私のアホが来ないんだから仕方な――――」


 横からジャリジャリと細かい小石を踏む音がして、私は言いかけた言葉をつぐんだ。


「うわ、何してるの? リンチ?」


 思い切りあの少年たちを殴ってやろうと思っていたところ、その『アホ』の声がした。

 やる気のない、危機感も抑揚もない声。

 そちらを見ると、中学三年の私がいた。

 髪が腰まで伸びていて、腕やら指にはアクセサリーが沢山ついていた。ジャージも不良少年に負けず劣らず着崩していて、鞄には派手な厳つい装飾がなされている。

 そんな自分の姿を見て「アイタタタ……」と思った。まさに、中二病。確かにこんな感じの中学生だった気がする。

 それにしても客観的に自分を見ると恥ずかしい。今からでも服を整えさせて髪の毛をとかして


「水鳥先輩だ……逃げろっ」


 少年たちは登場した中学時代の私を見るなり、木村君を残して逃げていった。

 それを見て私は「え?」と思った。


「なんで私を見るなり逃げ出すんだろう……『誰だよお前?』とかが普通じゃない……?」

「有名なんですね……見た目も大分派手ですし……」

「ていうか『やめなよ』とかさ『そういうの良くないよ』とか、色々あるじゃん。私のあの言い草……」

「自分に文句を言っても……」


 木村君と相手に聞こえないくらいの小声で話をしている内に、あちらの私を木村君も必然的に話をし始めた。


「……大丈夫? 君が私を呼び出したの?」

「…………」


 木村君は答えない。怖い思いをしたからか、中学時代の木村君はただ黙っていた。


「どっちでもいいけど……保健室つれてくよ。ほら。怪我してる」


 手を木村君に差し伸べる私は、客観的に見てかっこよかった。

 二人がいなくなった後、隠れていた生垣から出て二人の行く先を見守った。

 私たちは互いの過去の姿を初めて確認した。その姿は互いに何とも言えない気持ちであった。


「このとき、やり返せばよかったって思います」

「やり返す木村君、想像できないけどね……大丈夫? 私、いじめっ子の言い草はかなりムカついた」

「気分はよくないですけど……大丈夫です」

「そう……私ももう少しマシな恰好してほしいな」


 とは言ったものの、アクセサリーをジャラジャラとつけている点などは今とそう変わらないことに気づく。

 木村君は裁判中、随分気が強かったが昔は随分気が弱かったようだ。それからどうしてあぁなったのか解らない。


「結果的にはそれが吉と出たと思います」

「……そうかもね。これからあの私たちがうまくやってくれるように根回しする」

「はい」


 再び私たちは元居た京都のホテルへと戻った。





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