二人の違和感
第1話 幸福と不幸
【木村 冬眞 一】
「
僕は少し放心していたようで、上の空だった。
話の内容をあまり覚えていない。
ふと呼ばれて我に返った時、自分が何を考えていたのかすら覚えていなかった。
「……聞いているよ」
そうは言ってみたものの、僕の恋人の
セミロングの黒髪で、眼鏡をかけている。普通の顔立ちだ。体型も特筆することはない。
どこにでもいる普通の女の子。
僕の方はというと、やはり特筆するような特徴はない。
髪の毛は男にしては少し長くなってきたが、髪も染めていないし、眼鏡をかけた痩せ型、肌も特別白いということもなく、特別黒いということもない。
服も普通の服。無地の何もプリントされていない黒いTシャツを着ている。下は部屋着のズボンを穿いていた。
ごくごく普通の二十代半ばだ。
「ねぇ、式場どこにするか決めた?」
「僕はどこでも……」
「せっかくだし、いいところで結婚式したいね」
美那子は僕に身体を預けてくる。僕はその身体を抱き寄せた。
僕たちは1年前に、僕の恩師である関野教授の研究所で出会った。そして自然な流れで付き合い始め、とうとう結婚という話になっている。
遂に結婚かと思うと、感慨深いものがあり、落ち着かない気持ちもあった。
「今度ウェディングドレス試着しに一緒に行こうよ」
美那子が僕の髪の毛を触りながら言ってくる。
少し髪が長くなってきた。そろそろ髪の毛も切り時だ。あまり長いと眼鏡に髪の毛がかかって鬱陶しい。
「そうだね。僕も服の試着をしないといけないし……」
「それに……関野教授が生きている間に、晴れ姿見せてあげたいね……」
「うん……」
関野教授は、2年前に僕を見込んでくれて拾ってくれた恩師だった。1年前に研究室に入れてくれて、実の父親のように接してくれた。
しかし癌を患い、発見が遅れてもう長くはないと言われている。だから、せめてその恩返しとまではいかないけれど、僕らの晴れ姿を見てほしかった。
「暗い顔しないで。大丈夫だよ」
美那子は僕を励まし、抱きしめてくれた。
不意に、なんだか嗅ぎなれない匂いがした気がした。
「……美那子、香水変えた?」
「え? 変えてないよ?」
「そう……?」
――気のせいか
僕はウェディングドレスが載っている雑誌を、なんとなく見ていた。
なんだかどれもピンとこない。
こういうのは背の高い人の方が似合うんだろうなと僕はぼんやりと思った。
◆◆◆
【水鳥 麗 一】
私の名前は
母子家庭。父さんは私が幼少期に母さんと離婚して地元の京都へ帰ってしまった。
身長168cm。48kg。痩せ型。髪は染めていない。腰まで伸びていて少しくせっ毛。
見た目は突起するべきところはない、多分普通の見た目だ。
と、言いたいところだけれど、ピアスを何か所も空けているし、ブレスレットや指輪をいくつもしていた。
校則違反だということは解っていたけれど、なんだかつけていないと落ち着かない。
こんな見た目でも、成績はクラスで一番二番を争う成績。苦手な教科は英語・体育。好きな教科は理科系。
趣味は絵を描くこと、読書、アニメ、ゲーム。典型的なひきこもり趣味。
社会に関心がないのでテレビは見ない。興味のないことはとことんまで興味がない。
私の言っているこの『変わっている』というのは、私の性格や挙動についてもそうだけれど、私には『不思議な救世主』がついていることについてだ。
こんなことを言い出す時点で「おかしな子だな」と思う人は多い。
しかし、私にも説明できない不思議なことが実際に起きている。
まるで、お姫様の危機に颯爽と現れる騎士……――――
と、言いたいところだけれど、その人は騎士という感じでもないし、王子様って感じでもない。
まとまりのない、胸くらいまである長い黒い髪に、私と背丈は同じくらい。顔は整ってはいると思う。
花に例えるなら、薔薇やダリアのような華やかな顔立ちというよりは、百合や白い牡丹のような慎ましい美しさの印象。
歳も、名前も、何者なのかすら解らない。
見た目からして二十代だとは思う。
その人が初めて現れたのはいつだっただろう。
私がとても怖い思いをしたときだった気がする。
お母さんが幼稚園の年長組くらいの私に、いつものように暴力を振るおうとしたときだったかな。
お母さんが持っていたフライパンが鈍く光っていたのを今でも覚えている。
突然どこからか現れた彼は、お母さんの手を止めてお母さんを怒っていた。そのときなんて言っていたかまでは覚えていないけれど。
勿論、知らない男の人が家に突然現れたのだから、大混乱になるのは今思えば当然だった。
まして、私を抱きかかえてそのまま逃走したものだから誘拐事件という名目で警察沙汰にもなった。しかし、すぐに私は家に帰された為に取沙汰されるような大事件というわけでもなく、世間を賑わせることもなかったようだ。
初めて見た彼を見て、私は不思議と怖くなかったのを覚えている。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
「……ごめんなさい。答えられません」
「どうして?」
「…………麗さん」
「?」
なんでこの人は私に敬語で話してくるんだろうっていう違和感を、幼いながらに感じたのを覚えている。
「また、会いに来ます。それまで、どうかお元気で」
ぎこちなく手を振った彼は、そのままどこかへ消えてしまった。
やってきた警察の人とか、お母さんが難しい話をしていた。
私はよく解らなかったけれど、私は医者にかかって、それから家じゃないところにしばらく住むことになった。
そこには私と同じくらいか、少し大きい子たちがたくさんいて、そこの先生は私に良くしてくれた。
どうしてこうなってしまったのか、幼い私には解らなかった。
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