初夜(期待は〇✕)⑤

「いや、待とうか。

嫌々お礼をしなくてもいいんだよ?

僕自身が好き勝手にしたことなんだし」

「大丈夫、私も好き勝手にお礼をするんだから。

それに、ダリアント家の家訓でいい言葉があるの。

『好機は一度しか来ないと思え』。

いい言葉だと思わない?」

「その好機は今じゃなくてもいいと思う。

……ちなみに、何をしようとしているんだい?」

「え?

少し唇が触れて、少しベッドに入って、少し二人が動くだけよ。

難しいことはないし、悲しくなる話はどこにもないわ。

正しく、登場人物全員が幸せになる話。

私たちにピッタリね♪」


楽しそうに話しながらちょっとずつ近づいてくるピア。

それに合わせて、僕も一歩一歩と後ずさり、距離を保つ。


「幸せになるのは、ピアの頭の中だけだ。

僕視点から言ったら、主人公は哀れな末路を辿たどる悲劇の少年だよ」

「はぁ?

こんなかわいい女から言い寄られているのよ?

これに答えないって、あんたまさか、対象が男―――「それはないから」……じゃあ、こっちに来なさい!!!」


次の一歩を強く踏み込んだ彼女は、併せて魔術を展開させる。


(どこに……っ!!!)


魔術の展開先を探して注意していなかった左側面からの突起に、僕は右へ強く飛ぶ。

一般人相手なら軽く避ける程度でいいが、ピアの場合、魔術の展開に使用する空間把握がずば抜けて優秀なので、途中から軌道を変えてむちのように迫ってくる。

今回も例外なく追いかけてきて、二回目のステップを踏もうとした。


「っわ!?」


しかし、足が何かに躓く。

倒れる瞬間に足元へ視線を落とすと、丸みを帯びた植物の突起が。


(展開すら見えなかった?!)


そうしてバランスを崩した僕を、微笑みのピアが一気に距離を縮め、次には僕の右腕を掴む。


「つーかまえた♪」


彼女は移動してきた慣性をそのままに僕をある場所へ放り投げる。


ボフッ!!!


「……」

「やっとセッティングが整った。

ここまで持ってくるのに何年掛かったか。

さて……もういいわよね?☆」

「ま、待とうか、ピア。

朝にも行ったけど、僕は君の家の人たちからこういう風にならないようキツク言われているんだよ?」

「そう言っているのは、どこかの邪魔な当主だけ。

母様は、早く婿むこへ連れて来いって手招きしているんだから」

「!?

数年前まで同意しかねるっていう感じだったのに!!?」

「あんたの力が成長しているっていうこと。

あとは、あるおまじないの結果♪」


そうしゃべりつつも、僕の上に跨るように移動してくる。

先ほどまでの微笑みは妖艶ようえんな笑みへと変わり、小さく舌なめずり。

あぁ、獲物が喰われる瞬間って、こんな感じなの……はっ!。


一瞬、さとりの世界に旅立とうとしていた意識を握り直す。


(このままだと、特定の人に殺される!)


全力の反撃戦に転じることとした。



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