どんと決着

「――――ドギャン!!」


 遅い。やはり、最初の爆速からは程遠い。イマザキはほくそ笑んだ。スローワールド。世界を遅延させる。動きが手に取るように分かった。


「意気込みだけじゃあ越えられないよ」


 チートという高い壁は。


「分かってるもん! もうその攻撃は食らわない!」


 イマザキが伸ばした拳を引っ込めた。陸上部が何かを隠し持っている。細長い棒のようなもの。棒高跳び。突き立てた棒が大地を砕くが、イマザキは既に安全圏まで避難している。陸上部が物凄い高度でぶっ飛んでいった。


「速度依存の威力は落ちるが、馬鹿力は変わらないってか⋯⋯」

「女の子に馬鹿力とか言わないでよッ!!」


 城郭都市の中心。都市全域まで鳴り響く時計台の上に、彼女の姿はあった。時計台の鐘をおもむろに毟り取る。


「馬鹿力じゃない⋯⋯⋯⋯馬鹿だ」

「だーかーらーー! 失礼しちゃう!!」


 ゆっくりと鐘を回し始める。イマザキは無気力中年だが、頭はそれなりに回る。計算は出来るし、予測も出来る。だから、陸上部が振り回している鐘が、ことに危機感を抱く。

 警鐘どころではない。

 都市いっぱいに鐘の轟音が鳴り響いた。


「ぐおおおおおおおお!!!! うっせええええええええ!!!?」


 頭が割れるような轟音にイマザキが悶絶する。いくらスローワールドで世界を遅くしても、音波は確実に届く。足場になっている時計台が摩擦で崩れ去るレベルの遠心力。いくらスローハンドで動きを遅延しても、そこまでのものは抑えきれない。

 対する陸上部は、顔を真っ赤にして鐘を振り回すだけだ。しかし、その顔に苦痛の色はない。


「そうかッ! あまりの遠心力で音の波動ごと外に弾き出しているのかッ!? あの中心は真空状態になっているに違いないッ! 自分で言ってて意味不明だッ!!」


 顔を真っ赤にしている陸上部、息を止めているだけだった。このまま根比べになるのか。その予想は大外れだ。だって、ハンマー投げは投擲種目だから。都市一番の大鐘がイマザキ目掛けて投擲される。

 ハンマー投げは三回試技。

 故に、三連撃。


「そんなに回さないだろうハンマーは――――ッ!!?」


 障害物を全て薙ぎ倒して大鐘が迫る。大音波で脳を揺らされたイマザキは足がもつれてうまく走れなかった。スローワールドのおかげで回避自体は成功したが、衝撃波でボロ雑巾のようにされる。


「そろそろ決めるよ!」


 不吉な宣言。

 イマザキが慌てて立ち上がった。その両隣に何かが通り過ぎる。シュバン、という音はすぐ後に聞こえた。即ち、音速を越えている。この音、この匂い。イマザキには覚えがある。



「こいつ、白線ラインを引きやがった!?」


「陸上魔法――――『白線引きビクトリーロード』ッ!!」



 イマザキが白線ラインに挟まれる。陸上のレーン。故に、逃走不可能。

 イマザキは遅延させた世界で、陸上部の姿を見た。大鐘投げで跡形もなく破壊し尽くされた城郭都市は見晴らしがいい。すぐに見つかった。

 その構えは、クラウチングスタート。


「おい! そこから砲弾でも投げれば決着じゃないのか!?」

「そんなの嫌! 私はこの脚で一等賞を勝ち取る!」


 接近は、スローハンドという圧倒的なリスクがある。全力の時ならともかく、今の陸上部は三回のスローハンドで動きを遅くさせられている。スローワールドとの組み合わせ、イマザキの方が有利なのだ。

 だが、彼女は真正面から向かってくる。イマザキは腰を落とし、拳を握った。



「いちについて」


 両者の距離はぴったり400m。つまり、400m競走。


「よーい」


 短距離走の中では最も過酷で、人間の限界を越える競技。


「ドギャン!!」



 拳を構える余力がある。既に10秒は経っている。これならば、カウンターにスローハンドを入れるのは造作もない。勝利を確信し、瞬きした隙。

 イマザキは信じられないものを見た。

 女子高生の運動靴、その爪先だった。

 遅延の異能ではない。走馬灯のニュアンスで、世界がゆっくりに見えた。理屈は分かる。。400m、その距離をいかに保たせるか。だが、彼女はそうではなかった。


「⋯⋯そう、か」

「400m加速できる!!」


 ゴールまで一直線。そのひたむきさが彼女の強みだった。その若い情熱が、擦れた停滞などに負けるはずがない。遅らされたのなら、その分加速すればいい。


(俺にも、そんなにひたむきな時期があったのかな)


 事実として、無かった。だが彼女を見ていると、そうでは無かったようにも思えてくる。自分にも、こんな青春がきっとあったのだと。

 何者にも止められない陸上部が、抵抗を諦めたイマザキを轢き飛ばした。


「コースに立ったなら! 逃げは許されない! 走るんだ! 戦うんだ! それが人生だから!」


 故に、人生は陸上なのだ。

 そして、走り抜ける。虚空から浮き出てきたゴールテープを突破する。勢いが止まらずにすっ飛んでった彼女は、『1』と掲げている赤旗にしがみつく。


「私――――一等賞ッ!!」


 ポールダンスのように妖艶に足を絡ませ、豪快に勝利のポーズを決めるのだった。場外まで吹っ飛ばされたイマザキは気絶している。

 十カウント後、試合終了が宣言された。

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