第150話 到着、ダンジョン島
「あんたらには本当に世話ぁなったよ。今度あった時には力にならしてもらうよ」
「いえ、こちらこそ、ここまでありがとうございます」
闊達な笑みを浮かべて礼を述べるブレイクに、ルティアは謙虚に、真面目に礼を返す。
「
クティスリーゼの方は、申し訳ない雰囲気溢れた声色で礼を返して、ソリトに振る。
しかし、ソリトは誰の側にもいなかった。
加えてドーラもいない。
「こっちだ…」
怠そうな声のする方へルティアとクティスリーゼは振り返った。
彼女達が下りてきた板橋とは別にある馬車専用の昇降口からドーラが竜車を引いて、ソリトが御者台で手綱を握って港を下りている最中だった。
ハァと肩の荷を落とす聖女二人だが、ソリトの方が息を吐きたかった。
航海の道中で厄介事に巻き込まれてしまった事で、竜車の存在が疲労で頭から抜けていたのかもしれないが、お陰でソリトは少々船内を走り回る結果となった。
理由はドーラが二人がいないと泣きながら部屋に来たことだ。最初ははぐれたのだろうと、一緒に軽く探したが見つからなかったので、二人が来たときの為にドーラには竜車で待ってもらい一人で探した。
【気配感知】を使えば直ぐに判明する事だが、ソリトもソリトで厄介事があって勘繰り、何かに巻き込まれたのかと、冷静を欠くというらしくない判断をしてしまった。
なので、ルティア達に説教垂れるなどといった事をするつもりはソリトにはない。
が、せめてドーラには謝ってもらおうと、説教では無いが子どもに叱り付けるようなことにはなった。
「ドーラちゃん、ごめんなさい」
「申し訳ございません」
ルティア達も親に叱られた子どものように仄暗い翳りのある顔をした頭を下げた。
「ブレイク、世話になった」
「何言ってんだ。世話になったのはこっちの方だよ!聖女様達にも言ったけど、何かあれば今度はあたしらが力にならせてもらうよ」
「気が向いたらな」
別にいらん、というようにソリトは言うと、ルティア達に竜車へ乗るよう促して港を離れた。
それから、港を出た直ぐ近くで、身なりの良さそうな格好をした一人の初老の男性に声を掛けられた。
「突然の呼び止め申し訳ございません。私、このダンジョン諸島を任されているアーランド侯爵の執事をしている者です」
それを聞いて、ソリトは直ぐに察した。
予想としてはステラミラ皇国のリリスティア女皇辺りがこの地の侯爵に勇者や聖女が来たから助力するようにとでも命を出し、侯爵は忙しいのか使いを出したのだろう、と。
「本来でしたら、アーランド侯爵自ら出向く予定だったのですが、今は仕事とその他対応に追われておりまして」
「この時期は最も人で溢れますから、多少の問題が起きていても可笑しくはございませんもの。仕方ありませんわ」
クティスリーゼの気遣う言葉に、アーランド侯爵の執事は、痛み入ります、と頭を深く下げた。
「では、宿をご用意しておりますので、ご案内させていただきます」
「その前に、宿には竜車というか馬車を止める場所はあるか?」
他の勇者には問題のない事だが、ソリトとドーラにとっては必要な事。
無い場合、ソリトは別の宿を探すことになる。
ルティア達に関しては用意された宿を使えば良い。
全員が探した宿に泊まるのは流石に失礼にあたる。
「ご安心くださいませ。【調和の勇者】様が竜車で行商をしている話は耳にしております。侯爵宛の手紙にも訪れた際に備えて竜車を駐車できる宿を用意するようにと女皇様直筆で、命を受けておりました」
「なるほど…」
離島では新しい情報は集まりにくい筈。
だからこそ、貴族社会で生きるアーランド侯爵に関して情報の必要性は人一倍高いだろう。
リリスティアの方からも、念の為の根回しをしていたようだ。
穏やかそうな雰囲気を醸し出しているというのに、王族の女性というのはつくづく喰えない奴等だ、とソリトは思った。
「では、宿へご案内させていただきます。その間にダンジョン島ついて軽く説明させていただきます」
ソリトは右側に寄り、執事を御者台の左側に乗せて出発しながら話を聞く。
ダンジョン島。
本来はダンジョン諸島と呼ばれており、文字通り島が複数存在する。
島数は四つ。
その中で最も大きい島を住居、観光地としている。
ダンジョンはその全ての島に出現し、場所は洞窟、森林、時には湖を潜った先や草原に隠し穴ができ、出現することもあるという。
また、ソリト達のいる島には高山が中央に聳え立っており、この高山は必ずダンジョン化しているという。
またダンジョンには難易度が存在する。
難易度はダンジョン出現日が近付いてくると、現れる場所が発光しその時の色で判別するらしい。
調査は侯爵家の使用人によって既に済まされており、ソリト達はダンジョンの場所を印された地図に書かれた階級で区別されたダンジョンエリアを見て、ソロもしくはパーティの実力に見合ったダンジョンへ行く事になる。
また、島を移る手段は、小船が用意されている為、船渡しで運んでもらえるようだ。
ちなみに、階級は初級、中級、上級、最上級、極級の五つあり、適性レベルがある。
初級は5〜25
中級は30〜50
上級は55〜70
最上級は80〜90
極級は90以上
この様になっており、階級との適性レベルに間があるのは侯爵家による最低限の配慮とのこと。
執事は他の注意事項と共にその理由を説明した。
街の中での武器の装備に関しては許可をするが、使用は禁止とする。
ただし、犯罪行為、魔族の襲撃等。緊張時の場合に置いてのみ使用を許可する。
犯罪行為をした者は島から即時、退去措置を取る。
次にダンジョンでのルール。
基本的にダンジョン内で命を落とした場合は、当人の自己責任とする。
ただし、ダンジョンで他のソロ、パーティに遭遇し、魔物を押し付ける等の危険行為をした場合、調査をし犯罪行為と判定して即退去。
その
ダンジョンで他のソロ、パーティが魔物と戦闘していても救援要請以外による乱入は禁止とする。
また、ソロもしくはパーティが危険と判断して乱入し命を落とした場合、当人の自己責任、もしくはそのパーティの責任とする。
「魔物の押し付け。そんな人がいるんですね…」
執事のマナー講習のような説明が終わると、ルティアが眉を寄せ、拳を握りしめながら怒りの秘めた言葉を口にする。
「ええ、ダンジョンが初めて出現してダンジョン島として解放した当時の侯爵家当主様は、その様な危険行為をする者達は、ご自身の領民がいる島にとって害悪だと首をはねたそうですが」
自業自得だな、としてかソリトは思えなかった。
だが、クティスリーゼは貴族令嬢として別の意見を持っていた。
その危険行為は間違いなく許される物ではないが、当時のアーランド侯爵の独断による断罪も見過ごす事は出来ない。
何故なら独裁政治となり得る行為であるだから。離島なら、尚更だ、と。
「ええ、それが原因でその時の当主様は、当主の立場を解任され、若いながらにご子息が家督を継ぐ事となったそうです。ルールはそのご子息が作ったそうです」
彼女の言葉を切欠としてか、執事は余談を語った。
その侯爵にも原因はあるのかもしれないが、元の原因は押し付けた相手の所為でもある。
そのお陰でルールが作られたのかもしれないが、当時の侯爵からすれば、良い迷惑だっただろう。
「そういや、朝なのに冒険者とか兵士っぽい奴等が多いな」
観光街らしき場所を、見渡しながら感じた疑問を呟いた。
「そういえば、そうですね」
ルティアは竜車の荷台の後ろから体を乗り出して返答した。
「いや、お前に聞いてない」
「酷い!」
勝手に反応したのはお前だ、とソリトはルティアの言葉をバッサリ切り捨てた。
それ時、荒めの乱れた呼吸が竜車の方から微かにするのをソリトは耳にするも、何も聞いていないと視線を正面から逸らすことなく遠くを見る。
「ぁ…ソリト様、ダンジョンの開放は明日の昼頃という予想です」
タイミングを見計らって、執事が答えた。
出現、消滅の日時記録を取り続けているらしく、それを参考にしての予想ということらしい。
時間はまだ朝方。
行商をするにも許可を取る必要があるが、今回の目的は商売ではなく自身の強化。
ならば、その間に、ダンジョンの詳細な場所を自らの足で把握するべきかもしれない、とソリトは予定を立てる。
「という事は、今日一日は暇確定!」
突然、ルティアが和気藹々とした明るい声を上げる。
クティスリーゼも、ですわ!と追随するように一言語尾だけで賛同した。
振り返れば、ルティアとクティスリーゼが両手を合わせてお互いに笑顔を向け合って喜んでいる姿を目にするソリト。
仕方がない。聖女となれば、多少の空き時間はあっても一日遊ぶ時間など無かったのだろう。
「皆様、到着致しました」
着いた宿は、最上級クラスの豪華な造りの建物。
しかし、壁は温かみのある色のレンガが使われ、入口の両端には獅子の石像が立っている。
中は最初は広々としたフロアとなっており、外側と違って豪華な紅い絨毯にシャンデリア、中央には噴水が流れている。
久々の高級宿で緊張するかと思ったソリトだが、以外にも心情は平然としていて、いつか作ってみようと、絨毯やシャンデリア等の細工やデザインに目が移しながら、二階奥の部屋に案内された。
荷物は責任を持って預かってくれると執事が説明すると、各々荷物を下ろすが、ソリトはダンジョンの詳細な場所の把握の為にそのまま出掛けることにした。
その瞬間、左右からルティアとクティスリーゼが脇に腕を通して、ソリトを捕えた。
直後、ソリトはゾワっと全身の毛が逆立つ感覚を抱いた。
「お、おい!何してんだ、離せ!」
「たまには、いえ。ソリトさんは休息を取るべきです」
「ソリトは無茶の連続が続きましたし、今日くらいは明日に備えて肩の荷を下ろしませんと」
「ドーラちゃんはソリトさんの背中を押してください」
「はーいやよー!」
「レッツゴー!」
「レッツゴーですわ!」
「え?あ?ちょ、おい、俺は下調べに……」
ルティア達は理解していてか、自分達に対する拒絶反応が弱いことを利用して、ソリトを半ば強引に押し引っ張って行った。
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