第149話 不甲斐無い聖女と勇者
すみません。
大変お待たせしました。
魔族と魔物をソリトが呆気なく倒した後、舵が動かせるようになったようで、ブレイクの船の方から発煙筒が昇った。
そして、船に戻ったソリトは、船室まで気を失っているクティスリーゼを運び、船内の駐車庫に止めてある竜車の御者台で商品点検やアクセサリー造りなど作業を始めた。
その時クティスリーゼが目を覚ました事をルティアが伝えに来た。
しかし、その後幽霊船に乗り込んだ筈の自分が何故ベッドの上で眠っているのか疑問に思い、必死に懇願してルティアがポツリと話した経緯を聞いて、一人になりたいと部屋を出たらしい。
それから中々戻ってこない事が心配で堪らなくなったルティアはドーラと分かれて探し始めたが、見つからないという事でソリトにも一緒に探してほしいとやって来たらしい。
「分かった、道具を片付けてから行く。聖女は探しに戻れ」
「はい。それともし見つけたら隣にいてあげてください」
そう言い残して、ルティアは駐車倉庫を後にして、クティスリーゼを探しに行った。
「……行ったぞ【天秤】」
ソリトは御者台から竜車内に顔を覗かせて言った。
実はルティアが探している人物は竜車の中にいる。
自分の言葉は裏切らないと以前ルティアに言ったが、今は気持ちを整理したいだろうと、ソリトは渋々と嘘をついて伏せた。
しばらくは探しに戻ってこないだろうが、ソリトがまだ居座っていれば察しの良いルティアは不審に思うだろう。
なので、早々に別の所に行ってもらいたいとソリトは思い、ルティアが去ったと同時に声を掛けたのだが、出てくる様子は無い。
ソリトは一つ溜息を吐くと、竜車の中へ入り体を縮こませて座っているクティスリーゼの正面に座り横壁に背凭れる。
彼女は何も話さない。
だから、ソリトも話し掛けない。
視線を向けられては少し迷惑だろうと下を見て、ただ近くにいるだけ。
静寂な時間だけが流れていく。
「不甲斐無い……聖女が魔族に幽霊に取り憑かれて、それで利用されて……おそらく人質でもあったと思いますわ」
何分、何十分もしくは一時間経ったのか、クティスリーゼがボソッと呟くようなか細い声で話し始めた。
ソリトは彼女の話をゆっくりと顔を上げて耳を傾ける。
聖剣の能力がなければ、後はルティアが魔法で浄化するしかなかった。
しかし、当然そんな動きを見せれば間違いなく、クティスリーゼは人質に取られていただろう。
その場合は羽交い絞めにし、その間にルティア達に骨鎧を纏ったジェネラルスケルトンを倒してから消す方法もある。
が、もし、本当にあの
あの時は感情的に刺してしまったものの、色々【思考加速】中に考えたソリトは聖剣で一刺しで呪いごと消す方法が妥当だろうと決は出していた。
「…ソリトが気付いてくださなければ私は何を仕出かしていたか分かりません。殺していたかもしれませんし、殺されていたかもしれません」
それでも、一番理想なのは取り憑かれる前に感知していることだろう。
であれば、クティスリーゼがドン底へ落下の如き、落ち込む事も無かったかもしれない。
既にどうしようもないことだが。
だからといって、落ち込むなというのは無理がある。
今、クティスリーゼは悔しくて、罪悪感を抱いている。
自己嫌悪になっている可能性もある。
おそらく、彼女が話し始めたのは、そんな自分の気持ちに少し整理がついたからか、整理をつけたいと思い始めたからだ。
「自分を不甲斐無いって思った事は俺もある」
そんなクティスリーゼに、ソリトはいつかの自分を垣間見た。
だからなのか、ソリトは自然と昔の話を語り始めていた。
語りに反応するクティスリーゼ。
覇気のない暗い顔を浮かべている彼女にソリトの口が語っていく。
勇者になるずっと前。
孤児院で皿洗いをしてた時、皿を何枚か落として割ってしまった。
貴族にとってはそんなことで?と思うかもしれない案件かもしれない。
だが、ソリト達にとって皿はとても貴重だった。
孤児院のある村は王都から辺境くらいまで離れており、商人も二ヶ月に一回くらいしか来ることが無かった。
また皿なんて割れやすい物を売りに来るのは、注文しない限り早々なかった。
年長者の一人なのに、皆の生活を苦しくして何をしているんだと、そこでソリトは自分を不甲斐無く思った。
そして、勇者になってからも思うことはあった。
寧ろ、勇者になってからの方がソリトは思うことが多かった。
適性もなく、魔力も魔法を使えるほど無く、武技も習得できない。基本ステータスもパーティメンバーがいて初めて他の勇者と並べるレベル。
これなら、自分よりも騎士団や高ランク冒険者にでも依頼した方がマシだった。
これが不甲斐無くて何だと言う、と、ソリトは自分にそう問い掛ける事もあった。
勇者として城に呼ばれてからも、ただ真っ直ぐに、諦めず、何もかも足りないなら、何をすればいいのかを考えて、ソリトは剣の技術を磨く為にひたすら振り続けた。
今振り返れば、クレセント王国の騎士達には忙しいからと時折断られていた。
付き合ってくれたとしても数回程度の立ち合いで終わり。
独断もあるかもしれない。
理由はクレセント王国の人間の大半が選民思想の高い節があるからだ。
だが、始まりは間違いなく現在永獄刑執行中のあの元国王のグラディールが命令していたからだろう
そんなことを知らなかった当時のソリトは、聖剣と会話出来るまでの三年間は苦労の日々だった。
立ち合いも出来なかった為に、体を鍛え、想像する相手もいないために愚直に素振りしか出来なかった。
だが、聖剣と契約した事でそんな日々は終わった。
精神の中で聖剣と立ち合いをし、現実に反映させるために反復し、技術を磨いていった。
旅の間も、ファルや立ち寄った村、街の人達との時間も大事にしながら、寝静まった夜に寝る間も惜しんで鍛錬を欠かさず繰り返した。
それは今でも変わらない。
けれど、ここまで来れたのは、初めて皿を割ってしまった日に掛けてくれたシスターマリーの言葉のお陰だったと、ソリトは思っている。
『ソリト。あなたは自分を責めて、情けなく思っている。今はそれで構いません。でも、そこで立ち止まってはいけません。情けなく思ったとしても一歩足を前に出しましょう。どんな時も最初の一歩が大事ですから』
独り言のように話す自分の話を、クティスリーゼが視線だけを向けて聞き入るように耳を傾けているのが、ソリトに伝わってくる。
「俺はお前の事を変態の貴族令嬢で聖女としか知らない。でも、そうやって不甲斐無いと塞ぎ込んで悩むのは、それだけお前が何かを頑張ってきたってことだ。失敗しても、逃げてもいい。壁に当たって躓いたって構わない。その後に立ち上がって、最初の一歩を踏み出せるかだ」
「…最初の、一歩……」
ポツリと口にしたクティスリーゼの瞳に少しだけ光が灯った。
それを目にしたソリトの口元が小さいながらも自然と笑みを作った。
「またいつか立ち止まった時、今回の事を思い出して踏み出せれば、今のお前にも意味があったって言えるんじゃないか?」
問い掛けた瞬間、クティスリーゼがゆっくりと顔を上げた。
先程までは覇気のない顔だったが、今は少しだけ愁いを残す腑抜けた顔になっている。
「……そう、ですわね。過去を思い悩み続けて止まるより、
そう言って、クティスリーゼはソリトに向けて微笑んだ。
不甲斐無いと感じて、自分の事を少しでも理解した上で、それでも誰かの為に微笑みでも笑顔を向けられるのならば、今日中にはクティスリーゼは立ち直れる事が出来るだろう。
「とはいっても、憑依なんて耐性がなかったらどうしようもないんだがな」
「もう!いきなり出鼻を挫くような事を言わないでくださいまし!」
全てを台無しにするような発言が放たれた瞬間、クティスリーゼが両腕を上下にブンブン振りながら怒り出した。
「ん?ああ、悪い悪い」
ソリトは悪いと思っていないような適当な返事をする。
「一切悪びれてない雑な扱い……いぃ」
クティスリーゼが両手を足に挟んで体をモジモジさせる。
調子は戻りつつあるらしい。
そんな彼女に付き合ってやるべきかを虚ろな目で遠くを見るように、ソリトが見ていると唐突に深く頭を下げて謝罪をしてきた。
「ソリト……本当に申し訳ございませんでした。助けていただきありがとうございます」
「謝罪は聖女にしてやれ。それよりこれ」
ソリトは右手に持っていた物を親指で弾いて、クティスリーゼに向かって放った。
クティスリーゼに手渡したのは水晶が嵌まった銀色のブレスレット。
「これは…ブレスレット?」
「ああ。そこに付いてる水晶はクリスタル…クォーツ?っていう細かい結晶が集まって出来た水晶らしい。こいつは魔除け向きらしくてな【憑霊耐性】と【催眠耐性】を付与してある。持ち手の中では二つが限界だったが、幸運5が勝手に付いてきた。確か【精神支配耐性】はあるんだよな。魅了はそれで防げるだろうから、この二つにしておいた」
「………ソリト。どうして、信用していないのにどうして、こんな良いものをくださるんですの?」
そろそろルティアと合流しておこうと、御者台から出ようとソリトが台に足を乗せた時、クティスリーゼが尋ねてきた。
「理由はどうあれ同行者だからな。他人の面倒事と危険から避けたい身としては当然だろ」
「……大切にしますわ」
「壊したら相場より三割増しで払ってもらうからな〜」
クティスリーゼは扇を広げて口元を隠して言っていたが、この時、ソリトは既に竜車から降りて出入口へ向かって歩いていた為に顔色が赤くなっていた事にさえ気付かなかった。
それから、ルティアとドーラの二人に竜車にいた事を言うと、ルティアは駆け出して竜車の中でクティスリーゼを目にした瞬間飛び付き、気付けなくてごめんなさい、と謝ると泣き始めたらしい。
その翌朝。
船はあれから特に問題もなく無事にダンジョン島へと到着した。
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