第148話 濃霧の幽霊船 その6
大変お待たせしました。
鏡から現れた瞬間、ソリトは骨鎧のスケルトンへ魔力弾を放った。
不意打ちで放った魔力弾を避けた骨鎧のスケルトンは、見た目に寄らない身軽な速度で突進しながら、ソリトに錨型の剣を振り下ろす。
ソリトは相手の剣を聖剣で左斜め横から弾き、直線に蹴り飛ばした。
その時の手応えで、骨鎧のスケルトンは自身やバルデスよりも弱いと感じた。
慢心ではない。しかし、そう思うのは仕方のない事だ。
ウォーミングアップとはいえど、バルデスと互角に渡り合う力量はあるのだから。
「あいつは確かに強いが、お前等なら倒せるだろ」
ルティア達の方を振り向き、ソリトは突拍子もない事を言った。
その反応はバラバラ、クロウは面倒くさそうな態度に変わり、ドーラは寂しそうに顔を俯かせる。
「え、ソリトさん?」
「な、何を言ってるんですか!その間も不安を抱いて待ってる人がいます!時間を掛けてられないと言ったのは貴方ですよ!?」
そして、ルティアは戸惑い目を瞬かせる。
反対にクティスリーゼは迫るようにソリトに言った。
その時、ソリトの表情は一変して無機質で仮面が張り付いたようなものへと変わる。
「お前に言われたくねぇんだよ」
ソリトは何かを呼ぶように手招いた。
直後、クティスリーゼの胸から白く輝く剣の刃が現れた。
その刃はソリトが船長室へと放った剣。
魔法を断つ為に突き刺した白光の剣。
その一本を、ソリトは上がってきた階段の真上に控えさせていた。
クティスリーゼに突き刺す為に。
「青年!?」
「………ソリトさん何で!?」
「聖女、お前なら分かるはずだ」
ソリトが動揺、困惑しているルティアに話し掛けている時、クティスリーゼが不敵に笑い出した。
「本人じゃないって何故分かった?」
痛みで歪めた顔で睨み付けながらクティスリーゼ?が質問する。
ソリトは軽くあしらう様な言い方で質問に対しての理由を説明する。
「【天秤】は【癒しの聖女】をルゥちゃんと呼ぶ程大好きなんだ。だから最初は、状況とおっさんがいるから我慢してるんだと思った。でも俺の反応にお前は普通だった」
そこまで語った時、クティスリーゼ?は怪訝な表情を浮かべ、ルティアとドーラは遠い目をする。
そして、クロウは話が分からず首を傾げていた。
「天秤は癖のある、いやあり過ぎる奴だ。でも、そんな【天秤】に対して放った俺の言葉にお前は『酷い言いよう』と言った。ただ平然と」
ファル達の裁判で【念話】による会話をしていた時、我慢はしたのかもしれないが、周りがいるにも関わらずクティスリーゼは妖艶な声を法廷に小さく響かせたのだ。
そんな彼女が、酷い言いようと返すだけで終わるわけがない。
悶えるか少々鼻息を少々荒くしているかがあって可笑しくない。
「それで少し怪しいと思って俺は観察した。そしたら、【癒しの聖女】を〝ルティア〟って呼ぶから少し驚いた」
「あっ…」
声を漏らしたルティア。
遅まきながら気付いたらしい。
「フッ……それが?」
相手をコケにした笑みを溢した時、気配を消して近づいてきたと思われる骨鎧のスケルトンが錨型の剣をソリトの頭上へ剣を振り下ろしてきた。
ソリトは右手人指し指中指で剣を挟む。
剣を抜こうとして上下に動かしている力の加わりがソリトの指に伝わるが、抜ける様子は一切無い。
その光景をクティスリーゼ?は動揺で瞳を右往左往させ、目を開いて見ている。
そんな相手に構わず、ソリトは話し続ける。
「あいつは公共の場でも【癒し】を〝ルゥちゃん〟って呼ぶ。立場関係なく」
「……そ、それで…何故…こ、この女を刺した?仲間なんだろ」
「【天秤】はただの同行者だ」
「だからって、一緒に刺すことは」
「安心しろ聖女。死にはしないさ。それで?何か視えたか?」
「…はい。クゥちゃんの心を縛り付けて覆い被さる様な紫の色。聖女は精神操作への耐性があります。だから操られているわけではない、と思います」
ルティアが自分の見解を述べると、クロウが、なるほど、と言った。
「つまり…」
「つまり、本当に幽霊が取り憑いているって訳だ」
「……多分」
「ちょっとせ~ねん〜酷くなぁい」
「すまん」
弱々しく悲しそうに訴えるクロウに、ソリトは棒読みで謝罪した。
「それなら好都合だ」
その後、ソリトは口角を少しだけ上げて不敵に笑い言った。
「おい、憑き物」
「誰が憑き物だゴラ゛!俺は魔族の中でも高貴な方に仕えるレイスのゴーゼだ!」
レイス。
人間族の人種の姿をした不死種の魔族。
人の姿をしていることから、レイスは生前は人間族だったのではという仮説があるが、敵対種族の為に真実は不明。
また、レイスは太陽のある場所では行動できない。
突然現れた深い霧はゴーゼが活動しやすくするためだろう。
そんなレイスのゴーゼの高貴な方。
おそらくはそれが今回の黒幕なのだろう。
「そうか。ちなみにお前のその高貴な方って誰だ」
「教えるわけ無いだろ」
演じる気も失せたのか、粗暴な口調でソリトに言い返す。
とはいえ、こんな初歩的な質問をしても答えないことはソリトも予想している。
そも、誰でも予想出来る事だ。
忠誠心もおそらく高い。
高貴な方がこの帆船といたと思われる船員を使って何が目的か尋ねた所で教えるつもりなどないだろう。
「死んでも?」
「たりめぇだろ」
「目的もか?」
「言わなきゃ分からねぇか?クソばかだな」
嘲け笑って言うゴーゼに対して一瞬頭に血が昇りそうになるソリト。
念の為に聞いているのが分からないらしい。そう言い聞かせて心を落ち着かせる。
「そうか。じゃあもう用はない」
「待ってくださいソリトさん!」
ソリトは腕をスッと振り下ろそうとした直前、ルティアが止めた。
「いつ、あなたは取り憑いたのですか?」
「あ?決まってんだろ。船に乗ってきた時だ。あっさり過ぎて滑け……」
不愉快な言葉が過ぎる、とソリトは言い終わらせずに白光剣をクティスリーゼの身体を胸から下に向けて降ろした。
「ハハ…後悔するん…だな。これでお前は…終わりだ」
「どうでも良い。あぁそれと、死ぬのはお前だけだから」
ゴーゼはあり得ない、と言いたそうな表情をソリトに向ける。
今自分の身に起きている事を考えれば否定したくなるのは当然だが事実だ。
聖剣解放の能力には殺傷能力は無い代わりに魔法無効化という力がある。
しかし、特定の存在に対してのみ殺傷が可能。
その対象が悪霊だ。
かなり限定されているが、人間、魔族の霊関係なく悪霊であれば殺傷可能であり、アンデットにも有効。
ただし、悪性ではないかぎり魔族でも聖剣を解放しても能力の対象外である。
当然、ゴーゼは間違いなく悪だ。
ちなみに、ソリトが好都合と言ったのは、相手が取り憑いていた為に、クティスリーゼを解放するだけでなく相手を滅ぼせるからだ。
本当なら、骨鎧のスケルトンを倒してからにする予定だった。
しかし、不安を抱いて待っているという言葉を放つ権利のないゴーゼに怒りが湧いた。
不愉快極まりなかった。
短慮だと思っていてもクティスリーゼを死体を弄ぶ奴に言われたくなかった。
故に突き刺した。
そうして、ゴーゼは消えていった。
『レイスのゴーゼ討伐により全能力が上昇します』
『【精神支配耐性】獲得』
『【憑霊耐性】獲得』
【精神支配耐性】
精神に干渉する類いのものに対する耐性を付与(一段階アップ状態)
スキル効果により【耐性】から【無効】に変化。
【憑霊耐性】
憑依を抵抗する耐性を付与(一段階アップ状態)
スキル効果により【耐性】から【無効】に変化。
憑依していた存在が消えた瞬間、クティスリーゼが後ろに倒れ始めた。
ソリトは骨鎧のスケルトンを十字に斬り倒して直ぐに、クティスリーゼの背中に右手を添えて支えた。
勿論、殺傷ノはない為、体は二つに分かれることなく綺麗な状態だ。
『ジェネラルスケルトン討伐により全能力が上昇します』
『ジェネラルスケルトン討伐により全能力が上昇します』
「……何が何だかおっさん、途中からついてけなかったわ」
「ドーラも…」
***
「おや?駒が消えましたね。案外早い…いえ当然の結果でしょうか」
そう言った彼は悲しむでも、嘆くでもなく、ただどうでも良い存在と吐き捨てた。
駒だから代わりはあるからという理由で。
そこへ、静かな足音と共に一人の男がやって来た。
「同じ魔族を駒とほざくのは止めろと、私は貴様に言ったはずだ」
「これはこれは、誰かと振り返れば、無様にも負けて帰ってきたバルデスではないですかぁ」
魔族鬼種の鬼人の一人であり魔王四将の中で最強の魔族。
そして、少し前にソリトと本気で戦い引き分け、好敵手となった者。
しかし、魔族軍内で引き分けという結果は凄まじい混乱を招いた。
瀕死に近い状態で魔物に乗って帰還した時、バルデスを回復させる事も忘れて報告に回る者達で溢れ返る程だ。
「奴との戦いに悔いはない。だから私がどう言われようと構わないが、あの戦いを侮辱することだけは許さん」
殺気が彼に突き刺さる。
バルデスにとってソリトとの一戦は掛け替えのないものとなっていた。
だから負けただの、無様だの、瀕死で負けて帰るなんてあり得ないだの言われても特に痛くも痒くもない。
しかし、汚点、そんな戦いはなかった、油断したから、とあの戦いに傷をつけ汚す事だけは許せなかった。
それで、半殺しになった者は数え切れない。
殺されなかっただけマシと言えるだろう。
それを得意気に口にしてくる彼は相当質が悪い性格なのは明白だ。
「ひっ……まぁ確かにお前と引き分ける実力があるのは確かなようです」
「どういう意味だ?」
「随分前に魔族領の海岸に漂着していた船がありましてね。それを下等な人間の兵やら冒険者と名乗る者共が近々集まる場所の海域付近に私の駒に行かせたのです。そこは人間にとって有意義な場所らしいので、再戦を約束した勇者なら来ると思いまして。そしたら大当たりー!!」
彼は自慢気に語る。
心底どうでもよく、早くトレーニングに行きたいと考えるバルデスだが、無視したらしたで癇癪を起こすので面倒くさいながら付き合うしかなかった。
「あの船には白骨死体が沢山転がっていましたね〜。それをある魔道具を使うための媒介に何処でも良いのでその場所を起点に発動させるよう指示したんです。あとは適当に船に相応しい魔物を放って実力を測らせました。ちなみにその駒はレイスの中では憑依が得意でね。念の為にそいつを人質にするようにさせていたんですが、意味はなかったようです。おかけで大事な駒を一つ失うことになりましたよ、全く」
ようやく、くどく、眠気を誘う長話が終わり、バルデスは嘆息をつく。
馬鹿馬鹿しくも無意味な事をしたものだ、とそのレイスに同情し、可笑しい事に短く笑った。
「何を笑っている!」
それが気に障ったらしく、彼はバルデスに怒りを向ける。
「なに、お前がその程度で理解したと思っている事が可笑しいと思っただけだ」
バルデスの言葉に顔を引き攣らせる。
殺気に満ちた威圧感を放つが、バルデスと比較するとそこそこ。
どこ吹く風とバルデスは涼し気な表情だ。
「くっ……引き分けたとなれば、対峙した勇者は貴様とレベルが近い!そこから強くなろうとそいつは余り強くなれない。良いかバルデス!その勇者は魔王四将であるこのソウルマの手によって敗北する!貴様は指を咥えてその報せを待っているがいい!」
魔王四将ソウルマ。
種は魔人とされているが、事実は不死種の
レイスの様に霊体で活動出来ない死儡は生きた者の身体を乗っ取り活動し、肉体が死ぬと別の身体に宿る。
本来生きるはずだった者は、死儡に宿られた瞬間魂は消滅し、死儡がその身体を支配する。
その為、魔族間でも死儡は脅威となり同族の手によって絶滅した。
ソウルマはその中で奇跡的に生き残った唯一の
故に、ソウルマは魔人として生き、正体は誰にも晒しておらず、同族の部下を駒としか思っていないのはその所為なのかもしれない。
ただ、普段は紳士的な振る舞いと行動をする為に、誰も駒と見下されていることは知らない。
そして、それはソウルマの前にいるバルデスも同じだった。
「ソリトを甘く見ないことだ。これは注意ではなく忠告だ」
「〜〜〜〜っ!」
ソウルマは逆に自分を馬鹿にしていると捉えて顔を真っ赤にして、バルデスの忠告を真に受けず、何処かへと消えていった。
「楽しみにしているぞ、ソリト」
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