第147話 濃霧の幽霊船 その5
大変お待たせしました。
そこは、一言で言えば船長室だった。
本棚、書物、来客用のテーブルとソファに執務用のテーブルと椅子、片側の壁一面に付けられた大きな鏡。
どれも劣化してはいるが、良質な物で造られた事が一目で分かる品だった。
だが、この船にあっても可笑しくない。
しかし、違和感のある存在があった。
肩回りに刺繍や装飾を凝らしたコートを着た白骨死体。
それが執務用席に突っ伏するように倒れていた。
「ひぃっ!」
目にした瞬間、ルティアは小さく悲鳴を上げて、腰を引いた。
手掛かりになるものがあるかもしれないと、ソリトは白骨死体のある執務用席に、コートの腕の裾を指二本でルティアに握り締められたまま近づく。
その間、クティスリーゼとクロウが階段を上がって右の突き当りに設置された本棚に仕舞われた本を読み手掛かりの調査。
ドーラは周囲の警戒警備をしている。
「マスター私達も」
クロウがいることもあり、大人しくしてもらっていた聖剣が小声で協力を申し出た。
「駄目だ。おっさんがいる間…というか、船旅中は人の姿になるのは禁止だ。戦闘を想定するなら尚更だ」
「むぅ、でも」
「そうッス。ここは大人しくして休んでおくッスよ」
聖槍が卑屈を発動すること無く、聖剣を慰める。
その事に、ソリトは父性的な感動を覚えた。
「まぁうちは長物ッスから、天井が低めなこの部屋では何の役にも立たない棒ですけど。いや、これは棒に失礼ッスね。うちなんてただの」
「そこで止まれ!部屋の雰囲気的な問題もあってすげぇ卑屈に聞こえるから止めろ」
「すみませんッス……」
「弟子」
聖剣は、何か気になる事があるのか、目の前の骸骨に怯えて沈黙していたルティアに声を掛けた。
「甲板を探索してた時、マスターが甲板室の扉を抉じ開けようとして弟子は必死に止めた。何故?」
「なぜって……」
「確かに怖いからという理由でも十分済む。けど、ここまでで情緒不安定な程に怯えていたのは甲板室の最上階だけ。何故?」
最初に見つけた寝室を調べようとした時もソリトを必死に止めていたが、甲板室最上階外側の扉を破壊しようとした時と比較すれば、感情の起伏という点においてはかなり劣っていた。
なら、それ相応の理由がある筈、と聖剣が何故と疑問に思っても可笑しくはない。
今〝この場所〟で質問する理由も理解できるものだ。
そして、ルティアはゆっくり口を開いて聖剣の疑問に答えた。
「…それは、あの部屋から、とても不穏…ではなくて、不気味…でもなくて〜…なんと言いますか、とても危ない気配を、感じました」
「そう」
「………」
その答えにソリトは納得が出来なかった。
備えとして当然【危機察知】【気配感知】【魔力感知】は発動していた。
だが、そのどれにも反応は無かった。
胸騒ぎのようなこともなく、直感としても嫌な予感は特に無かった。
ドーラも特に嫌がる反応を示すことはなかった。
聖女特有なのだろうか。
しかし。それならば、普段は変態だが、問題事に関しては冷静で貴族然とした振る舞いと思考でここまで行動していたクティスリーゼならば、同じ聖女として感じ取ってルティアの言葉を後押ししていても良い筈。
制止、説得。それすらも無かったということは彼女の方は何も感じなかったという事だろう。
そう仮定するなら、ルティアの怯え過ぎという可能性は高い確率で浮き上がる。
感情の起伏もソリトが破壊して抉じ開けようとしたからという事で帰結する。
では、ルティアが嘘を吐いたのだ。
ならば、その理由は?メリットは?
答えは、どちらもない。
あれだけ怯えていたのに、今更その恥辱を隠そうとするには嘘を吐くタイミングが余りにも遅い。
「【天秤】ちょっと来い」
ともかく真偽を確かめようと、ソリトはクティスリーゼを呼び、もう一度ルティアに問い掛け理由を述べさせた。
結果は、
「確かに言っていることは事実ですわ」
「「………それは困った」」
見事なハモリに感嘆を上げそうな表情を浮かべる聖女二人。その内の一人クティスリーゼにソリトは話し掛ける。
「【天秤】。お前はあの時何も感じなかったんだな?」
「ええ」
「推奨。マスター、一度戻る方が良い」
「その方が良いかもな」
「ソリトさんも師匠もお二人だけで合点していないで教えてください…」
聖剣と二人で話を進めていた事で、蚊帳な外にされていたルティアが割り込んでもいいか悩んでなのか、弱々しく言ってきた。
ソリトは教えるべきか迷った。
聖剣も黙っているという事は、彼女も迷っているのだろう。
まだ推測は確定してはいない。
推測の域でしかないのだ。
教えた場合、ルティア達に予断を許す事なり、危機へと繋がり兼ねないからだ。
本来なら、教えるべきでは無い。
しかし、時間も掛けられない状況で、この迷いは適応しないだろう。
「分かった。ただ、先に下に戻る」
ソリトはクロウとドーラを呼び集めて、階下の広間に戻った。
「ではソリト。説明をお願いしますわ」
「ん?なになに?」
「その前に。三人共、タグで互いの状態に異常が無いか念の為に確認しろ」
ルティア、クティスリーゼ、クロウの三人はタグを服の中から取り出してパーティメンバーの状態を確認する。
ソリトもドーラの状態を確認しておいた。
結果は全員異常無しだった。
「じゃあまず。前提としてこの船は可笑しい」
言った瞬間、そんなの分かりきってるよ、という視線がソリトに集まった。
なら、何が可笑しいのか、ソリトは尋ねることにした。
ちなみに、〝必要な事〟であって意地悪な事を聞くわけではない。
「ちなみに、何が可笑しいか答えられるか?」
「ゆ、幽霊がいる事、です?」
「霧が濃いことでしょうか?」
「ドーラ、分かんないやよ」
「ん〜船が要所要所で壊れてるのに重要な場所が壊れてないことかねぇ」
「良い点だ、おっさん。けど、それは二番目だと俺は思う。一番可笑しいのは、この船にあって、俺達が乗ってきた船にはないもの。この船には白骨死体がない」
「「「ッ!!」」」
ドーラ以外の三人が目を見開き息を呑んだが、ソリトは話を続ける。
「船長室にはあった。だが他に見たか?見てないよな。その記憶は正しい。なら、船長一人を置いて船を降りた?何故?可能性はあるがそれはない」
「……それはどうしてですの?」
「自然に崩れたのは排除するが、この広間や甲板、他の場所にも大小の破壊された穴があった筈だ。争った跡と見るべきだ。【癒し】の奴に引っ張られて一瞬しか見れなかったが、寝室の方も争った跡があった」
ソリトがそこまで語った直後、クロウは、なるほど、と言い話を続けた。
「幽霊船だから勝手に動くのは可笑しくないという先入観が行けなかったわけね。魔物に喰われた可能性もあるっちゃあるけど、出会った中には骨まで食い尽くせるような奴はいなかった。何より船内に白骨化した死体が無い、ってのは確かに不自然だわ」
飄々とした口調でクロウが語っていると、クティスリーゼが頭を抱えて大きく溜息を吐いた
「はぁ……もしそれが本当なら、確かに可笑しいですわ。白骨化したなら骸骨は魔物のスケルトンに変化してこの船を徘徊しているはずですもの。けど、スケルトンなんて一体も目にしていません。こんな初歩的な事に気付かないなんて、
「【天秤】俺達は完璧な存在じゃない。まあそんな事は良く理解してるだろうが、今言いたいのは誰にでもミスはある」
「ソリトォ……」
「そうですクゥちゃん、それなら私も同じです」
「いや、お前の場合は単にビビり過ぎだからだろ」
「私にだけ容赦が全くありません!!」
「…お前に容赦を掛けると面白くない気がする」
「ホント酷いこの人!」
ルティアのツッコミで切の良かったと、ソリトは冗談はこのくらいに留めて話を再開する。
「話を戻すが、この船では争いがあった。原因は今はどうでも良い。問題は死体が何処に行ったのか。それがあの船長室だ」
「え?じゃあ、私達がいた場所が」
「そうだ。お前が情緒不安定に止めてきた甲板室最上階だ」
直後、告げられた事が余りにも衝撃的だった為に、ルティアは気絶した。
すると、クティスリーゼが倒れないようにルティアの肩を掴んで支えた。
一人気絶したが、ソリトは話を続けた。
「……これは本当に推測でしかない。【癒しの聖女】が感じたものは間違っていない。はっきり端的に言えば、白骨死体は作為的に消えた。どんな魔法かは知らんが、ブレイクの口振りからして今まで無かった事だと思う。この魔法は勇者か聖女、その両方を狙ったものだろうな」
「そんなことが……!」
クティスリーゼは下唇を噛み、拳に力を込めた。すると、過剰に力で入っていた為に唇と拳から血が滴る。
既に亡くなっているとはいえ、行為は外道と言えるものだ。
それが許せないのだろう。
ルティアは生きた死体に嘆き、吸血鬼に怒りを向けていた。
本当なら、似ている事に対して、何か感情を抱くところなのだろう。
しかし、ソリトは違った。
その姿を見て嫌な予感を覚えた。
それでも、下で待機させるよりは手の届く範囲にいさせる方が対処がやり易いだろう。
「下に来たのも気休め程度でしかないかもしれないが、発生源は間違い無く
「あ〜やっぱりそうなるのね」
「だが、あの時この気絶聖女の言葉を聞かずに強行突破すれば、そこで俺達は終わってたろうな」
ルティアにまた借りが出来たな、と内心で呟きながらソリトは肩を竦めて言った。
「では扉から入るのが条件だったと?でも、そんな魔法」
「おそらく、創ったんだろうな」
「まさか…」
「ありえなくはないでしょ。俺達の知っていることが全てじゃない。おっさんはそう思うよ」
クロウの言う通り、世界の常識、発見されている事が全てではない。
世界が消滅する事をおそらくファルだけが知っていて、だれもが知らなかった様に、その詳細が何処かの遺跡に記されている可能性がある様に、未知は数多に残っている。
同様に、魔法も原理を理解すれば、建造物や武具、魔道具のように作り出せる可能性があるのだ。
もし、創り出されたのであれば、その相手はかなり厄介な存在となるだろう。
「あくまで推測だ。幽霊が船長室に取り憑いて扉から入った奴を狙っていた線もある。どっちにしても解決しないことには俺達は船にも戻れない」
「……ルゥちゃん起きてくださいませ。聖女としての仕事ですわ」
クティスリーゼに軽く肩を揺すられ、ルティアは目を覚ました。
「…ん……あ、幽霊は?」
「今から天に送り出しに行くのですわ。〝ルティア〟、お願いします。あなたの力が必要なんですの!」
これまでに無い真剣な声と、真っ直ぐな眼差しでクティスリーゼはルティアに頼み込んだ。
それで気絶している間に何か態度が変化する程の事があったのだと察したらしく、ルティアは何も聞かずに頷いた。
「それで青年。まずどうするの?」
聖女二人の話が纏まった所でクロウがソリトに訊ねる。
「発生源は【癒しの聖女】の反応からみて船長室だからな。戻っても何も見つからん。一度魔法を断つ必要がある」
「ソリトさん、なんでそんなことが分かるんですか?」
「教えねぇ」
「何でですか!?」
おそらくは【予見】のもう一つの効果で予測能力が向上しているからだろう。
答えたとしても、何となくとしかソリトも言えないのだ。
「で、具体的にどうすんの?」
「そこに関してはおっさんには教えられない。そんなわけだ。ドーラ、おっさんの目と耳を塞いでおけ」
「はーい」
元気良く返事をして、クロウに飛び付き、手で耳を、小さな翼を大きくさせて視界を塞いだ。
「ちょっ、ホントに何も見えないんですけどぉ!青年、聞いてるー?」
「ドーラ、翼のサイズ変えられるんだな」
「うん!でも、あるじ様と一緒にいたいから小さいままにしてるんよ」
「ドーラちゃんは本当にソリトの事がお好きなのですね」
「うん!」
「……………」
ドーラの事は元魔王四将の吸血鬼ルミノスの件で大切な存在と認識してしまっているため、純粋に向けられる好意にソリトはむず痒く、うなじを掻いた。
「【癒し】おっさんを引っ張って連れて来てくれ」
「ふふ、はい」
「え、何?何処行くの?おっさんどこ連れてかれるの?」
ルティアに引っ張られ、狼狽えるクロウ。
見ていて面白くなってきたソリトは、もうこのままで良い気がしてきた。
そして、階段を半分まで来た所で一時的に足を止める。
「マスター、部屋の把握は?」
「問題ない。行くぞ」
「ん」
「聖剣解放」
次の瞬間、聖剣は白光の剣をソリトの頭上に十四本顕現させた。
ソリトは目蓋を閉じると両腕を伸ばし、右腕をゆっくり上げ、左腕を引き、右手を自身の方に向け、続けて右腕を顔の前までゆっくり引き戻した後、左腕を再度伸ばす。
伸び切って暫くしてから、左手の平を天井に向けるとその体勢を維持する。
「ソリトさん、一体何を」
「弟子、少し黙る」
「は、はい」
何をしているのか。
端的に、ソリトは顕現させた白光剣を操作しているのだ。
しかし、今までは解放することが出来なかったので、操作可能な事は聖剣から聞いていた。
だが、細かな操作は歴代の勇者もしてこなかった。
当然、聖剣も知らない。
その理由は単純明快。
操作には魔力を操作する必要があるからだ。
故に、射出は出来ても自在に操作をすることが出来なかった。
ソリトもここに来るまでに魔力操作の訓練をしてきたが、細かな操作となるとスキルの【魔力操作】を使っても少々集中する必要があった。
今は白光剣を船長室に入れ、剣の向きを変えて部屋の中央へ移動させ、その場に留めている。
そうして、留めた剣を左指を広げ、部屋に散開。
そのまま指を動かし、十四本の剣を上下左右多方面に方向を修整して再び維持。
「ドーラ。おっさんを解放して前に来い」
「はーい」
ドーラはクロウの目と耳から手と翼を離して、クロウの背中を踏んでソリトの後ろに跳んできた。
「あたた…やっぱおっさんの扱い酷くない?」
「それよりおっさん、念の為弓を出しておくんだな。死にたくないだろ?」
「ん?まぁ〜そうね。呪われる方が怖いけど」
クロウは煮えきらないような返事と怖がるような発言を冗談っぽくソリトに返しながら、弓を変形させて構えた。
ソリトは引いていた右腕を伸ばし、両腕での操作に変える。
そして、伸ばした両腕を横に広げ、配置していた白光の剣を射出した。
船長室の方から複数の剣の突き刺さる音が響き聞こえた。
直後、船長室に突然気配が一つ現れた。
「ソリトさん、この気配です」
「行きますわよ!」
クティスリーゼの言葉を合図にソリトを先頭に一斉に階段を上り船長室へ再び足を踏み入れた。
「ひぃ…あ…あれ!」
「ん?うぉっ……ホントに出た!」
怖がるルティアと驚愕するクロウの視線の先にあるのは壁一面に付けられた大きな鏡。
そこに肩と上半身が
ソリト達の方へと近付く様に歩いて、あと一歩で鏡から出てきそうな所で足を止めた。
すると、今度は突っ伏していた船長と思われる白骨死体が宙に浮き、骨鎧のスケルトンの前まで来た。
次の瞬間、黒い不気味な全身から溢れ出し、船長の白骨死体の形が変わっていき、鏡の中にいた骨鎧のスケルトンへと姿が変化した。
――
過去最大だと!
台風に皆さんお気を付けてお過ごしください!
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