第144話 濃霧の幽霊船 その2
お待たせしました。
雷、鬼ヤバい!
「なんだい?」
「どうにも船と衝突したらしい」
後頭部を擦りながらブレイクは衝突した船を見上げる。
そこに、船員が数人やって来た。
「船長!船が」
「分かってるよ!お前達はすぐに他の奴らにも報せて乗客の安否確認と船の破傷状態の確認するだよ!」
指示に気合十分の返事をした直後、船員達が散開した。
「かなり古い
最も手掛かりとなりそうな船の名前は消えてしまったのか見当たらない。
ソリトは他に手掛かりがないか船を観察する。
長く放置され潮風で黒ずんだ帆船。
全高で約五十メートル。
それがただの帆船だったのか、海賊だったのかは不明。
外から見て、ソリトが分かったのはそれくらいだ。
「ひゃ……!」
軋む音が聞こえ、ガタンと何かが降りたような音がした直後、ルティアが驚きの声を上げた。
何があったのか確かめる為に、ソリトは視線を落とす。
その先で、相手側の船から橋が掛けられていた。
「あるじ様、勝手に木がおりてきたんよ」
「まるで呼んでるみたいですわね」
「バ、バカな事を言わないでください!ブ、ブブレイクさん船を出してください!」
「そそそうッスそれが良いッス!」
「誰だい!?」
何処からともなく突然声を出した聖槍に反応して、ブレイクが威圧感を纏って瞬時に警戒し始めた。
「ちゃんと別人に聞こえたか?」
「なんだアンタかい」
「スリルがあって良いだろ?」
「全く。次は冗談と分かるようにしてくれ。船長として船と船に乗る仲間と乗客を守る義務があるからね」
「分かった」
「冗談でも止めてください!」
聖槍の声と気づいていないのかルティアがソリトにツッコミを入れてきた。
今の状況が相当怖いようだ。
「ビビってても、外に反応出すな。面倒な事になる」
「ブレイク船長、大変です!」
ソリトが聖槍に小声で注意していると、若い男性船員が慌ててブレイクの前まで走って来た。
膝に手をついて息を整えてから、その船員は慌てて来た理由をブレイクに言った。
「舵が、舵が何故か突然動かなくなりました!」
「え?い、一体どうなってるんですかぁ!」
「原因はこいつかもな」
ソリトは激しく動揺するルティアに、衝突した船に顔を向けながら答えた。
直後、甲板にいるルティア達とブレイク、男性船員の全員が船へと顔を向けた。
「となるとこいつは幽霊船ってことになるね。いわゆるお化けの呪いってやつかい?」
「そ、そんな事あるわけ…」
「入ってみませんか?何だか面白そうですわ」
「何言ってるんですか…!」
ルティアの怖がる反応とは正反対に、クティスリーゼは面白がる反応をする。
これがドMとの差なのだろうか。
「継続して船の状態を見ておいてくれ」
「はい」
ブレイクは船員に指示を出して船内へ戻した。
「とりあえず原因がわかんない状況だ。行くしかないだろうな」
「待ちな!」
ソリトの言動を聞いた瞬間、ブレイクが強い剣幕で咄嗟に制止してきた。
「勇者といえど、アンタらはあたしらの客だよ。船長として行かせるわけにはいかない」
「あんたの言い分も分かる。けど、ここで立ち往生しても何も変わらない。客や船員を大切にしてる様子から考えて船の護衛に冒険者をやってるだろうが、隣の船の探索は依頼外だ」
「それは…そうだが」
「ならあんたが行くか?船長。無理だろ?船長として船から離れるわけにはいかないからな。なら、ここは俺が探索に出て原因を見つけに行くのが妥当だ」
「アンタ、一人で行く気かい!?」
「ああ」
「何があるか分からないんだ!一人は許可できない」
ブレイクの言葉は正しい。
このような状況の場合、一人よりも複数人で行動して、慎重に探索するべきなのだ。
だが、ソリトの場合、単独行動でも問題ないであろう事も確か。
ただ、ブレイクはそんな事を知らない。
彼女の性格的に、何を言ってもソリトとの意見は平行線になるだろう。
「私が行きますわ」
率先して同行しようと挙手したのはクティスリーゼだった。
「アンデットでも幽霊でも、もし出て来たとしても、聖女ですから対処だけでなく浄化も出来ます。それなら良いですわよね?」
「俺はどちらでも」
「……お願いするよ」
ブレイクは眉を顰め、歯を食いしばって頷く。
頼らざるを得ない選択しか出来ないことが悔しいのだろう。
「ただ、やはり最低でも四人で行動したいですわね。あと誰か希望者はいらっしゃいますか?」
「ドーラ行きたいやよ!」
ドーラが手を上げ、目を輝かせながらやる気に満ちた声で言った。
あの船に興味津々なようだ。
「わ、私は行きたくないです!」
対してルティアは体をぎゅっと縮こませ、首を凄い勢いで横に振り続けながら拒否する。
拒絶しないあたり、聖女として行こうと思っているのかもしれない。
「まさか、幽霊が苦手とはな」
「あ、アンデット系の魔物は大丈夫なんです。それと普通の幽霊さんとか。でも幽霊船とか地縛霊とかは怖くて……」
「普通の幽霊って」
「ああ〜……ルゥちゃん…尊く可愛いですわ」
「おい」
「失礼。ルゥちゃん、ソリトも私も、ドーラちゃんも行くとなると、船に一人で残ることになりますわよ。船長様や船員の方々も何かあっても絶対に守れる保証はございませんわよ」
「対処なら、一人でも、出来ます」
ルティアの意地を張った発言を聞いた瞬間、クティスリーゼが、やれやれ、と溜息を吐く。
女子の中でも特にルティア大好きの精神おじさん、ドM変態聖女にしては珍しい真面目な対応である。
「怯えた状態で普段通りに動けるとは思えません。それに一人でいるより、私達といたほうがフォローがしやすく安全ですし、何より安心するのではなくて?」
悩む表情のままルティアはゆっくり顔を上げ、ソリトと視線が重なる。
同時に、頬を染めて視線を逸らし、再び俯いた。
「……一緒に行きます」
「決まりですわね」
「あと一人か」
「もう四人集まりましたわ」
「俺を含め……まあ良い。もし二手に分かれる場合のバランスが悪い」
「じゃあその最後の一枠、希望してもいい?」
直後、船内に続く階段から現れたのはソリトと相部屋になった、あの胡散臭いおっさんだった。
「よっ、青年!」
「…あんたか」
「お知り合いですの?」
「相部屋になった胡散臭いおっさん」
「そんな悲しい事言わないでよ。男のロマンを語り合う約束した仲じゃない、〝【調和の勇者】ソリト〟君よぉ」
「あ?名乗った覚えはないぞ?」
そう返すと、おっさんが懐から一枚の紙を取り出し、ヒラヒラと見せる。
そこには『WANTED』『【調和の勇者】ソリト』という文字とソリトの似顔絵が描かれていた。
手配書のようだが、何故そんなものをおっさんが持っているのか、とソリトが疑問に思っていると、クティスリーゼが思い出した様に声を漏らした。
「確か、クレセント王国で一時期貼られていた手配書だったはずですわ」
「そっ。クレセント王国に滞在してたときに見つけたのっよ」
「ただ、他国には王妃様が掛け合って規制されて掲示されなかったようですが」
「クソ国王…あのとき一発殴っておけば良かった」
「余計な面倒事が増えただけですわよ」
「分かってる。ったくあの王妃には一つ借りが出来たな」
「それで、おじ様の名前を教えていただけます?」
「おじ様……良い響きだ」
おっさんはクティスリーゼのおじ様発言に、胸に左手を添えて浸り始めた。
「おっさんで十分だろ」
「青年ひどくなぁい?おっさん、傷付いちゃうわよ」
顔を少し俯かせるおっさん。
だが、飄々とした口調と陽気な感じの声色からは本気で傷付いたようには感じない。
とりあえずは気にせず、ソリトはおっさんに尋ねる。
「で、おっさん名前は?」
「え?あぁ、そうだった……とりあえず、おっさんでどうよ?」
直後、ソリトの中で胡散臭さが増した。
「〝おっさん〟はお帰りくださいませ」
「お嬢さん、おじ様は!?」
「探索の同行に参加希望なのに、はぐらかすのが胡散臭くて少し危機感を覚えたんですね」
「流石ルゥちゃんですわ!」
周囲の目がある為か、クティスリーゼは余計な言動と行動は控えて聖女、貴族らしい振る舞いと笑顔でルティアを褒めた。
そして、二人からは歓迎する雰囲気は成りを潜め、少し警戒する気配が露わになる。
「んじゃおっさん。達者でな」
「つれないこと言わないの。教えるから」
「ならさっさと教えろ。おっさんに付き合う時間はない」
「もぉ、せっかちだなぁ。まぁ……とりあえずクロウで」
「アハハハ!面白い男だねぇ!」
どうやら、ブレイクの方はおっさんの巫山戯た自己紹介が気に入ったのか愉快に笑い出した。
その時、視線を感じ振り向くと、クティスリーゼが訴える目をソリトに向けていた。
【念話】で尋ねると、クロウが嘘は吐いていない事を教えたかったらしい。
「で?何でおっさんは付いて来たいわけ?」
「そりゃあ、面白そうだから。これじゃ、ダメ?」
質問している間にソリトの隣に来たクティスリーゼが本当だと教える。
一応、同行は許可しても良いだろう、とソリトは判断した。
「変な行動は起こすなよ。特に、裏切りにはな。うっかり殺しちまうかもしれないからな」
「おお怖怖……なあ、俺ってばそんなに胡散臭い?」
「ああ、胡散臭いね。全身から漂ってるな」
すると、クロウは、どれどれ、と自分の体を嗅ぎ始めた。
「ん〜おっさんにはわかんないけど、喧嘩売るような事はしないから安心しなさんな」
「安心できねぇな」
「努力はしますわ」
「あるじ様イジメたら許さないんやよ」
「えっと…頑張ります」
「若者は厳しいねぇ」
そうして、クロウにはクティスリーゼとルティの二人とパーティを組んでもらう事となった。
「んじゃ、行くか」
「探索中にでも直ったら発煙筒で知らせるから、すぐに戻ってくるんだよ」
「分かった」
ブレイクの言葉を頭に刻み込み、ソリトとルティア達は胡散臭いおっさんを同行者として、船に掛けられた橋を渡って幽霊船へと乗り込んだ。
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