第142話 寄り道出港

 アルスを出発してからの翌朝。


 ソリト達は皇国へと入国した。

 ドーラに急ぎ足で竜車を走らせた事もあるが、道中で魔物と遭遇することが無かった。


 原因は魔族による魔物群スタンピード

 魔物の数にもよるが、その後の影響は基本一週間前後。

 皇国付近も整道周辺は商人が護衛に雇った冒険者等が討伐するためか竜車は順調に進んだ。


 ソリトとしてはリハビリ程度には遭遇しておきたかったので少し不満だったが、ダンジョン島で不満も含め振えばいいか、と自分を納得させた。


「………あの、ソリトさん……南西の方から行ってもらっても大丈夫ですか?遠回りになるのは分かってます。けど寄っておきたい場所があって」


 道の分岐路が見えてきた所で、ルティアが寄りたい場所を言ってきた。

 馬車で行けばそこまで遠くもない場所で、時間は掛けないと言うので、それならと寄り道することにした。


「分かった。良いぞ」

「ありがとうございます。ドーラちゃん、先ずあの分かれ道を左に曲がってください」

「わかったやよー」


 そして、ソリト達は外陸側に沿ってルティアの行きたい場所へと向かった。



『ニードルキラービーを討伐により全能力が上昇します』

『ファングヴォルフ五体を討伐により全能力が上昇します』

 』

『スパイクボアを討伐により全能力が上昇します』

『サイノクスを討伐により全能力が上昇します』

『スキル【打撃耐性(小)】獲得』

『ロックワームを討伐により全能力が上昇します』

『ロックワームを討伐により全能力が上昇します』

『グリムバード三体を討伐により全能力が上昇します』


【打撃耐性(小)】

 打撃への防御耐性がニ割上昇する。(一段階アップ状態)

 スキル効果により(小)から(中)に変化。



 あれから、魔物と遭遇しながら南西から回り込むように進み到着したのは村だったと思われる跡地。

 劣化と瓦解寸前の建物、燃え尽きた家、手入れの入っていない井戸、完全に倒壊した建物等がソリトに強く実感させる。


 捨てられたというには些か可笑しな破壊の跡。

 遥か昔というには朽ちてはいない。

 最近というわけでもない。

 だが、推定でも数年は経っているだろう。


「聖女」

「なんですの?」

「悪い変態じゃない方」

「あハァ!…な…何て素敵な雑さ……はぁルゥちゃん」


 唐突に真面目に戻ったクティスリーゼに呼ばれて、竜車の後ろからずっと廃村を眺めていたルティアが振り向いた。


「はい」

「ここから何処に行くんだ?」

「海が大きく見えた所に分かれ道があります。そこを右に曲がってください」

「ドーラ海が見えたら右だ」

「はーい。分かったやよー!」


 ゴトゴト揺れる竜車。

 ソリトはドーラに取り付けた手綱を握って村を眺めた。

 途中で、数多の墓が建てられている場所を見つけた。

 当時の魔物群がどれだけの被害をもたらしたのかを嫌でも感じさせられる光景だ。


 それから、林道の見える場所へと着いた。

 そこでルティアが動く竜車から降りた。

 歩く先には、不自然な瓦礫が両端に掃けられてあり、手前には先程の墓地とは縦長の丸石を立てて作られた墓があった。


 墓の前まで行き膝を突くと、ルティアは両手を組んで祈り始めた。

 おそらく、この村がルティアの育った故郷で、ルティアの祈る墓は育ての親である教会の神父なのだろう。


 家族同然の施設子ども達と生き延びたが、神父や村の住人は殺された。

 その間、何も出来なかった無力な自分をルティアは責め、追い詰めた。

 でも、自分の周りの者を守る為に剣の鍛錬をし、今は【癒やしの聖女】として各地を周っている。


「強いな」


 辛い過去があっても、感情豊かに聖女として活動するルティアを精神的に強いな、と思い、ソリトの口から言葉が溢れた。

 しかし、クティスリーゼがそれを否定した。


「それは少し違いますわよ。私と出会った当初はあんなに感情豊かではありませんでしたもの」

「…そう言えば、少し前にお前は俺のお陰であいつは変われたった言ったな」

「ええ。ルゥちゃんは、ソリトとは別の意味で人と距離を取っていましたわ」


 今のルティアを見れば想像がつかない、と思いながら、ソリトはクティスリーゼの話に耳を傾ける。


「他人と距離を取る。関心を持たない。ただ、やるべき事をするだけ。ソリトのように干渉されても突き放す行動をする事もありませんでしたわ」

「辛く苦しい思いをするくらいなら、感情なんていらない。人形みたいに目的と役割を果たすだけ。それで自分がどうなろうと関係ない、か?」

「おそらくは…でもルゥちゃんは人です。私にはその時死人にしか見えませんでしたわ」

「それで近づいた訳か」

「自己満足でも、自己中心的でも構いません。けれど、周りを笑顔にしてるルゥちゃんが笑顔になれない、それは悲しいと感じて…でも、無理強いは良くないと悩みもしました。けど、それでもやっぱり放っておけなかったんですの」


 その時、ソリトは目を開いて数回瞬きすると、含みのある笑い声を漏らした。

 クティスリーゼはむっと少しだけ眉を顰めた。


「何故笑うんですの?」

「いや、まぁお前を頼ろうと思えるくらいには距離を縮められたんだろ?」

「そうですわね。かなり時間は掛かりましたけども」

「……お前が聖女にされた理由が何となくわかったわ」


 クティスリーゼの頭に一瞬だけポフッと手を乗せた後、ソリトは馬車を降りた。


 自己満足になるかもしれないと覚悟して、でも自分の理想と優しさを一方的に押し付けるのではなく、少しずつ寄り添ってきたのだろう。

 何処かの聖女の様に悩んでも結局は〝放っておけなかった〟から。


 何かは分からないが、切欠はソリトだったかもしれない。

 だが、ルティアが自然と変われた根本的な部分は、クティスリーゼが時間を掛けて心の壁というものを崩していたからだろう。


 そんなクティスリーゼだから【聖女】スキルを貰えたのかもしれない。


「………ズルいですわ」

「何がズルいって?」

「そこは耳を遠くにしてくださいまし」

「じゃあ次はお前をいないものとして聞き流しておく」

「あぁん…」


 悶え出したクティスリーゼは無視して、ソリトはルティアの所へと歩き出す。

 その時、ルティアがゆっくりと立ち上がった。


「話、終わったか?」

「なら、あの墓地の方も纏めて済ましてこい」

「え?でも」

「挨拶だけなら時間は掛からんだろ」

「はい!」


 そして、ルティアが戻ってきた後、ソリト達は皇国の港へと向かった。




 港に到着し、ソリト達は十分後に出港する船に無事乗船することができた。

 かなり大きい船とあって竜車を搬入も可能と上々な滑り出しの船旅が始まった。


「広いんよー!」

「迷うので待ってくださいドーラちゃん!」


 船内の車庫に入った途端、ドーラが人の姿に変身して駆け出し、追ってルティアと共に船内に消えていった。


「いくぞ変態…じゃなかった【天秤】」

「変態でお願いしますわ!」

「なら、【天秤】だな」

「はうん!焦らしプレイ、最高」

「焦らしてねぇ!」

「変態。マスターを困らせない」

「……どうやらソリト以外の方では何も感じないようですわ」

「謎。この聖女イラッくる」

「全然謎めいてねぇッス!せせせ聖剣駄目っすよ!抑えるッスよ!」

「ソリトの周りは愉快ですわね」

「とりあえず、色々目立つから静かにしろ」

「「「…はい」」」


 ソリトが圧を込めた声で注意すると、クティスリーゼ達三人は縮こまったような声で大人しく返事をした。

 そして、ソリトの中で上々な船旅は幸先不安に変わった。

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