第126話 判決は永遠の獄

ソリトはネチネチしたイメージは作者にもないので修正しました。






「支離滅裂だって言われそうだし、質問は理由じゃなくて目的だもんね…」


 含みを持たせるように言い、少しを間を置いたファルはソリトへの質問に答える。


「目的は、【賢者】として果たすべき役目をやり遂げる事」


 【天秤の聖女】の反応はない。

 【賢者】としての役目という発言が気にならないわけではないが質問しても言うつもりはないだろう。

 質問を続けさせて貰えたとしても、付き合うだけ時間が無駄になる。

 あとは変態聖女に任せてみる事にしよう、とソリトは質疑を終了させ、同時に被告人質問が終了した。






 判決を結果を話し合うとのことで一旦休廷に入った。


 既に決まっていたような判決に何故時間を取るのか。

 不思議に思ったソリトは、時間を作ることでクロンズ達被告人に心構えを持たせる為、という仮説を立てた。


 それから十五分後。

 空気は緊張の一言で満たされている。きっと、その中心は証言台の前に立つクロンズ達五人いや、四人だろう。


「判決を、言い渡します。被告クロンズ・サンライト、グラディール・クレセント、フィーリス・ブロセリア、アリアーシャ・リグリィア、ファル。計五名を死刑とする」

「納得がいかない!」

「被告クロンズは静粛に」


 判決に不満の声を上げるクロンズに冷静に対処する男性裁判官。


「なんで…なんで僕が殺されなきゃいけないんだよ!!僕は王族だぞ!勇者だぞ!!魔族の手から守ってやってる存在を消すのかよ!?」

「静粛に!」


 再度注意を受けるが、それでも異議を申し立てようとするクロンズ。

 男性裁判官はアルス兵達に命じて、布でクロンズの口を封じた。


「尚、先の判決に伴いクロンズ・サンライト及びグラディール・クレセントは王族の身分を剥奪とする」

「異議ありじゃ!リリスティアよ、わしが王族でなくなれば各所から反発を生むぞ!」

「あなたが愚行を犯した時には既に黙らせておりますし、その幾つかはシスターと子ども達を理不尽に捕縛した理由で犯罪者として捕らえています。何も対処していない訳がないでしょ?」


 反論しても既に意味の無い事を本当に理解して、うっ、と押し黙るグラディール。

 どんな判決であろうと何処かで反論していただろうが、たった今終わった所だ。

 しかし、


「異議あり」


 ソリトはこの判決に異議を上げた。


「原告ソリト。この判決に不満でも?」


 男性裁判官の問い掛けに、ああ、とソリトは一言返す。


「俺は、国ってのは人だと思ってる。王とはその国を、民の命を背負いを導く者で、貴族とは王一人では背負いきれない国を共に支える存在。そして、平民や孤児は、その国の平和の象徴。だから、その王族の暴虐を消すように王族の籍から外すのは間違ってる。けどそれは貴族も平民も、俺達孤児も同じだ。盗賊、人拐い、その売人。非合法な行いをしているのは王族だけじゃない。だから、俺達はこの恥を忘れることなく、生きるべきだと思う」


 恥だとしても、その恥で意味のない行為を増やさないために。同じような過ちを再び犯さない為に。

 故に、二国の王族には未来永劫泥を被ってもらう。


「では、彼らは減罰に?」

「いや、判決は別だ。殺せば、終わりなんて生温い」


 息を呑ませてしまうような圧のある声。

 それを向けられた裁判官側は身を縮こませ、周囲はその圧に当てられビクッと一瞬怯ませた。


「あるんだろ?処刑よりも上の極刑。永獄刑ってのが」


 永獄魔法と呼ばれる魔法がある。

 永獄刑とはそれを用いた刑罰の事だ。

 用途は罪人のみ。

 対象は意識がある中でずっと幻覚じごくを視せ続けられる。


 それは時に、四肢を斬られ最後に無惨な死を遂げる。

 それは時に炎に炙られ苦しみを与え続けられる。

 それは時に悪夢の中を延々抜け出せない。

 果てのない、例を上げても数えきれない旅路。

 その一つ、または複数を対象は何度も、何度も、何度も繰り返す。


 それ故に、永獄魔法は幻影魔法の原点、もしくは上位互換。

 幻影魔法はその逆で下位互換、劣化版と判別されている。


 二つの魔法は、眼球から脳へと伝って幻影を視せるか、対象の魂に直接刻みつけるかの違いだけ。

 永獄魔法は後者だ。

 そして、後者はたとえ対象が途中で廃人と化そうと、肉体的寿命を迎えようと、その後に魂が肉体と切り離されようと、魂が存在し続ける限り終わらない。


 解放条件は一点のみ。

 心の底から反省し、懺悔した時のみ対象を解放する。

 そうでなければ、終わることのないじごくを余儀なくされる。


 延々に、永遠に。


「ソリトさんがなんで…それを」


 本来は王族、教皇、聖女だけが内容を知る。

 裁判官は刑罰の存在は伝えられているが、内容を教えられることはない。

 しかし、発動方法。

 これだけは聖女にのみ明らかにされている。

 そのため、永獄刑を執り行う際は聖女が現場に呼ばれる。


 だから、ルティアは戸惑っているのだろう。

 その存在を彼が知っている事に。


 だが、ソリトはその聖女に教えてもらったのだ。


【天秤の聖女】クティスリーゼ・サフィラスに。


 教えて貰ったのは、休廷の時だ。

 内容と発動方法は知らない。

 教えて貰ったのは、名前と執行可能なのが聖女という事だけ。


 発動方法と魔法の内容を教えるには余りにも危険な代物であり、本来は簡単に教えてはならない。

 クティスリーゼに言われた時、ソリトは【天秤の聖女】である彼女に掟破り紛いの事をさせてしまった事に謝罪せざるを得なかった。


 後で、ルティアにも謝罪するし、自分を貶めた奴等に処刑以上の苦しみを与えたいからといったような弁明をするつもりでもある。

 無論、怪しまれれば脅したでも何でも言ってヘイトを自分に集束させるつもりである。


 そこまでして弁明する理由は簡単。

 ソリトが永獄魔法を聞ける人物は周囲から見れば【癒しの聖女】であるルティアしかいないからだ。

 クティスリーゼや王族にも聞けるだろうが、関係としては毛が一本生えた程度の長さしかないと周りは認識しないだろう。

 実際その通りなのだが。


 だからこそ、必ず弁明しなければならない。が、ルティアの溢した言葉のお陰でどうやらそこまで徹底して弁明しなくても良さそうだ。


「何でと言われてもなぁ。お前の知らない所で知りましたとしか言えない。安心しろ。永獄刑の内容とかは知らない」

「でしたらまだ良かったです。知ってたら厳重注意だけでは済みませんよ」


 安心した口調で言われても内容が物騒だ。

 笑っていない笑顔の方がマシだ。

 ルティア、恐ろしい聖女である。


「それで裁判官殿。異議を受け入れていただけますか?無論、王族籍の方は籍を置くだけで、他は剥奪で問題ありません」


 そうして、クティスリーゼ達裁判官側はその場でしばらく話し合った後、ソリトの提案を受け入れることにした。

 おそらく、クティスリーゼが推してくれたのだろう。

 借りが一つ出来てしまったようだ。


「では刑の執行は二日後、明後日正午に決行します。閉廷!」





 夜はふけて日を跨ぐ一刻前。

 周囲は暗く、静かだ。

 場所は、中央都市アルスの水路とは別の地下に続く石階段。

 寒さは地下と夜の組み合わせで厳しさを増していた。


 そこを一つ、また一つと下りていく靴音が鳴り響く。

 ヒールの特徴的な硬質音。

 ランタンから灯る蝋燭で浮かぶ女性の人影。

 女性は編み上げブーツを履き、白を基調としたシスター服を着用し、寒さを凌ぐために肩の上から毛布を掛け、滑り落ちないように左手で掴んでいる。

 そして、右手でランタンの掛け輪リングを摘まんで前に掲げ、その女性、クティスリーゼ・サフィラスは慎重に階段を下りていった。


 下りた先はこれと言って特色のない石造りの地下牢。

 奥には扉が一つ。

 クティスリーゼは檻に挟まれた道を進み、扉の前まで進んだ。

 鋼鉄の重厚感溢れる扉。

 ドアノブには鍵穴は無く、代わりに円形の幾何学模様が刻まれていた。

 ドアノブに手をかざして、クティスリーゼは口を開く。


「告げる―――――――――」


 その瞬間、カチャ、と解錠音が小さく鳴った。

 ドアノブを捻り中へと入る。

 そこは同じ造りの横幅十メートルの部屋となっており、壁には今通ってきた扉と同じ物が左右合わせて七つ存在している。

 クティスリーゼの目的地は右手前の最初の扉。


 扉の前へ到着すると、肩に掛けていた毛布を綺麗に折り畳み、左横の壁に作られた物置スペースに置く。

 そして、白シスター服に出来た皺を直してから、先程と同様に解錠し部屋の中へと入った。

 その先に収監された【賢者】のスキル所有者、ファルと会うために。


 中は、別空間と錯覚するような真っ白い部屋だった。

 中央には似つかわしくない鉄格子が部屋を分断している。

 分断された奥の床には幾何学模様の円陣が描かれており、鎖で壁と繋げられた手枷を嵌められいるファルがいた。


「やっと来た」


 入室した瞬間、ファルがクティスリーゼを見て笑った。同時に視線が合った。

 否。それは偶然。偶然に過ぎない。

 なのに、来ると分かっていたかのように目の前の少女は言い切った。


「予想していたんですの?」

「まあ、ね。ソリトも口にしないだけで気になってるだろうし?でもここは教会の地下牢の中でも収監時以外は聖女だけにしか許されてない永獄刑専用の部屋。勇者でも絶対に許可は出ない。来るとしたらあの子じゃ厳しいし、貴族令嬢でもある【天秤の聖女】のあなたが来るのが妥当でしょ」

「……」


 各教会には、永獄刑を執行する為の専用の部屋が設けられている。

 しかし、それを知るのは聖女と教皇だけ。

 なのに、目の前の少女はその内情を知っている。

 一体何処まで把握しているというのか。

 底の知れない異様さにクティスリーゼは恐怖を覚えた。


 しかし、ここには軽い気持ちで来たわけではない。

 休廷で判決結果を話し合う中で、クティスリーゼは繋げられていた【念話】ソリトに呼びかけこの状況に持ち込む程の覚悟で来ている。


 ソリトへの冤罪、村壊滅の誘導等、ファルの言動が気になっていた。

 何より、未遂とはいえクソ王子に強姦をさせようとしたことが許せなかった。

 胸の内だとしても自国の王子をクソ呼ばわりする程クティスリーゼは怒り狂いそうだった。既に狂ってるのかもしれないが。

 でなければ、永獄刑の存在を明かさない。裁判官二人を説得なんて不公平な真似もしない。


「でしたら、単刀直入にお尋ねしますわ。ソリトを裏切った理由は何ですの?」

「………もし、あなたに大切な人がいたとしら、あなたは大切な人を殺す?それとも自分の人生を捨てでも守る?」

「……人生を捨てて守る、と思いますわ」

「そういう事。じゃあこの話は終わり」

「お待ちなさいな。そうだとして、仮に前者を選ぶとどうなるんですの?」


 訊ねると、彼女は確かに言った。


「この世界が消える」

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