第127話 黒い侵食

お待たせしました。








「世界が、消える?どういう事ですの?」


 唐突に放たれた突飛な返答。

 クティスリーゼは戸惑うまま訊ねる。


「魔王を倒す。それが人間族の目的……それは問題ない。でも、それはただの通過点で終着点なの」

「それとソリトがどう関係していますの?」

「あなたは貴族でもあるんだよね?」

「ええ」

「なら歴代の勇者の通り名、スキル名を振り返ってみて」


 意図が掴めない。

 だが、ファルの言葉に嘘はないのも確か。

 大人しく聞き入れてみるのも良いかもしれない。


 クティスリーゼは記憶している歴史の中から歴代の勇者のスキルを一つ一つ順に振り返っていく。


「………どういう事ですの?…【聖女】も【勇者】もユニークスキル。なのにどうして歴代の全てに【調和の勇者】が存在していますの……」


 振り返って浮かんだ疑問。

【聖女】スキルも【勇者】スキルも唯一無二だからこそユニークスキルと言われている。

 どうして気が付かなかったのか分からない程、【調和の勇者】が特異に存在している。

 クティスリーゼは自分の中の認識と常識が一瞬にして崩れたような気がした。


「【調和の勇者】というスキル…いえ、存在が特異なのは理解しましたわ。でも世界の終焉は他の勇者様方と一緒では本当に無理なんですの?」

「今代の魔王を倒すだけならしっかりレベル上げて技術を磨いて、各国と協力すれば大丈夫だと思うよ。でも、世界の終わりを防ぐのは【調和の勇者】じゃないと無理」


 目の前の拘束された少女は駄目だと断言した。


「一体ソリトに何があるんですの?」

「…………おこがましいけど、一つ誓約を結んで。呑んでくれるなら私の知ってる全部を話す」

「あなた、私のスキルまで」


 クティスリーゼは驚愕の顔を浮かべる。

 書面に記した内容や条件を血をインクとしてサインすることで遵守される。

 同意の無い契約破棄等した場合、互いに決めた条件にもよるが、期限付きの罰則がある。


 これが契約。

 別名、魔女の血判。


 そして、ファルの口にした誓約。

 それはクティスリーゼのスキル、【天秤の聖女】の能力の一つだ。

 精霊に誓いを立てる事で契約内容、条件を絶対遵守する。

 但し、誓約の場合、一方的な破棄を行えば精霊からの罰則いたずらが下る。

 精霊に罰則を委ねる。

 それはかなりリスクが高く、危機管理がいる。

 その為、誓約を結ぶ際は慎重であれ常に心掛けよ、とクティスリーゼは自身に一種の枷を強いている。


 故に、ファルがどのような方法で誓約を知り、それを条件に全てを話すと提示されたからと言って二つ返事をする訳にはいかない。


「……」


 枷のお陰でクティスリーゼは冷静さを取り戻せた。

 それでも、リスク込みで、ここは一国の聖女、公爵令嬢として聞くべきだろう。


「そうですか。そういう事なら結構ですわ」


 気付けば、ファルの提案をきっぱりと断っていた。

 ファルの言動の裏、目的を知りたい。

 世界が終わるとはどういう事なのか、それが彼女の行動とどう繋がっているのかも知っておきたい。


 なのに、口から出たのはそんな考えとは逆だった。

 原因はきっと、少し永獄刑の事を話した後の会話だろう。


『あいつとの話し合い、別に無理して聞かなくて良い』

『……良いんですの?』


 同じ教会の施設で寝食を共にし、恋人として仲間として長年付き合ってきたなら少しはまだ未練か執着でもあるのかと、クティスリーゼは思っていた。

 だが、ソリトが永獄刑の提案に乗ったのは単に気になっていた疑問に対してだけのようだ。

 それが少し意外で、思いかけず素っ頓狂な声で彼女は訊ねてしまった。


『その時の状況次第だが、聞けないならそれで良い。俺は俺の道を進むだけだ。だから、お前もお前の思うように判断してやれば良い』


 内容を聞いてから選択すればいい。

 そのソリトの言葉が彼女の判断を変えてしまった。


「世界が終わる。深刻な問題ですわね。ですが、貴女はそんな条件を付けられる立場ではありませんの」


 ファルの言葉は事実だ。

 ならば、この案件は個人で決めて良いものではない。

 一旦持ち帰って話し合いの場を設けるべきだろう。

 けど、そうしてしまうと監禁されている少女は口を閉じてしまうかもしれない。

 だが、世界が終わると言った彼女が今までの行動を無駄にするなんて、クティスリーゼは思えなかった。


 それが犯罪だったとしても。

 何か理由がある。

 ソリトには言えない何か。

 誓約を交わそうとする何かが。


「ただし、条件次第では誓約を交わす事を検討しますわ」

「ふふ…変な人。安心してデメリットはそんなに大きく無いから」

「安心なんて………?」


 できない、と言おうとした時、クティスリーゼはファルの背後の影の色が濃くなったような気がした。


「どうかした?」

「いえ、貴女の背後の影が濃くなった気がして」

「影?……っ!」


 振り向こうとしたその時、ファルの周辺の床や壁からどろりと、こべりつくような黒い何かが影から噴き出てきた。


「無理矢理干渉してリソースを消費してまで口止めしたいみたいのか……こんなことなら段階を踏ませようなんてしなきゃ良かった」


 ファルはこの状況を理解しているような口振りで、纏わり付き始めた黒い何から抗う。

 しかし、枷に繋がれている所為で徐々に影に呑まれていく。


「…どうしたら」


 聖女のみに許されたここの地下牢の扉は全て〝聖言〟でしか開かないようになっている。だが、ここを退室する時と目の前の鉄格子の物だけは鍵仕様になっていた。

 扉の鍵はある。だが、肝心の鉄格子扉の鍵は手元に無い。

 予想外の状況にまだ頭が追い付いていないが、この状況を解決する打開策がない。


「仕方がありませんわね」


 クティスリーゼは左足を半歩前に出し、拳を鉄格子定めて構える。


「鉄け…」

「駄目!」


 鉄格子を破壊しようと突進しようとした瞬間、ファルから制止を掛けられ咄嗟に止めてしまった。


「あなたまで巻き込まれる!」

「ですが、貴女には聞きたいことが沢山ありますのよ!」

「分かってる…でも無理!」

「ではどうしろと!?」

「時間が無いから聞いて。明日必ずクロンズだけでも永獄魔法を掛けて。二つ目に魔王を倒すこと、三つ目は私が言える立場じゃないけど…ソリトに身近な、大切な人だけでも良い。もう一度人を信じれるように一緒にいてあげて欲しい。最後に…むぐっ!さい…」

「ファルさん!」


 黒い何かは狙ったようにファルの口を塞ごうと覆うと、呑み込んでいく速度を早めた。

 すると、彼女は最後まで抗いながら人差し指を伸ばして、どのような方法なのか空中に文字を書ていった。

 そして、それを最後にファルは影の中へと呑み込まれていった。


「何がどうなってますの!?」


 自分だけになった真っ白部屋で鉄格子を殴り付ける。

 色々な感情が入り混じりすぎて何かに八つ当たりでもしないと状況把握しようと思えなかったのだ。


 先程のあれが何だったのか判らない。

 ファルは何故、手遅れだと理解出来たのかも判らない。

 世界全体で一体何が起きているのか、それも判らない。


『真実…知る……ほうほ……遺跡…さが……』


 ただ、最後に言われた言葉と少し乱雑な文字で読みにくい書き残しだけが頼りという事しか、理解出来ない。


「すぅ…………………はぁ」


 深く深く呼吸をして心を落ち着かせるクティスリーゼ。

 そうして、とにかく今はこの事態を報せるのが第一優先、と急いで地上へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る