第125話 元カノと最後の被告人質問

 一部加筆と修正を行いました。













「……………」

「……………」


 無言で見つめ合うソリトとファルの二人。

 ファルは身構えるように、目を細めて。

 ソリトは堂々と、身構えても逃げ場は何処にも無いからなというように。

 周囲の者さえ息が詰まりそうな沈黙は、一つめ、というソリトの前置きで破られた。


「封印されていた魔王四将。食糧難を解決する為のものがあると商人から聞いたらしいが。あれ、嘘だろ」

「「え?」」


 ファルには何かがある。だから、真実であっても疑念を感じたものは違うと否定する。

【天秤の聖女】の真偽も、フィーリス達の証言も、リリスティア達の集めた調査内容も全て、その何かしらの理由に一時的に書き換える。

 フィーリスが語った、ルミノスの村壊滅の件がその一つだ。


 そして、ファルに問い掛けると、一瞬目を大きく開き、次には妖しい笑みを浮かべた。


「流石ソリト。そ、あれは嘘。私は分かっていてクロンズ達を魔王四将の封印を解くよう仕向けた」

「理由は?」


 何で!どうしてそんな事したのよ!とフィーリスが激昂しながら問い詰めるが、無視するファル。

 構わずソリトも続けざまに質問する。

 律儀に原告側の質問だけに答える事を決め込んでいるのか、再びファルがソリトの一言に口を開いた。


「…………………いいか。多分調べついてると思うけど、封印していた祠はクレセント王国の管理下にあってここ暫くしていなかった事が分かったと思う」


 傍聴席がざわざわと雑な音を立てる。

 男性裁判官が静めるために声を張る。その時、語ったファルの視線が被告席、次にソリトの背後に移っていく。

 視線を辿れば、リリスティア王妃の方に視線が向けられているだろう。


 しかし、その瞳と表情は疎かにした事に対してしてやったりのようなものでも、あなた達が悪いのよと責めるような睨みでも決して無かった。

 それは相手に同情する顔だった。


 何故?とソリトの頭の上に疑問符が自然と浮かんでしまう。

 だが、それはすぐに解消された。


「でも、それは違う。管理下にはあった。けどね。王族だって全能じゃない。だから管理が出来ない間、その管轄領地の領主に任せていた。でも、馬鹿な事にその領主は管理を近くの村に任せた。それがあの村だよ。でも、村の人は管理報告をでっち上げてた」


 静まった傍聴席がまた騒がしくなる。

 少しは我慢をして欲しいものだ。


「…それを知った経緯は」

「ソリトと旅をする一年前に行ってきたから」

「何のために?」

「それは言えない。黙秘権、あるよね?」


 不敵な笑みをソリトに向けながら、視線を原告席から裁判官席に移して確認を取るように男性裁判官を見つめる。


 やはり知っていたらしい。

 予想通りではあるが、これで聞きたいことの大半が失われてしまった。

 クティスリーゼを仲介に頼みはしたが、この後何処まで聞き出せるか。

 最悪の場合は、何か条件を提示される事で、その可能性は大いにあり得る。


 当たり前の事だが、クティスリーゼとはルティアの様にあくまで協力関係で、相互理解の域には達していない。

 多少の不安を覚えるのも仕方ないので、ソリトの中で状況は確実に非常に不味い方向に進んでいる。

 そうなると、この場でソリトが出来るのは聞ける内容と聞けない内容を質問で振り分け、クティスリーゼに託す事だろう。


「ある」


 クティスリーゼと再度【念話】を繋げる。

 訊ねると、どの裁判にも黙秘権はあると言った。

 ソリトは後手に回った焦りをおくびにも出さず、裁判官に同意を求めようとしているファルに言った。


「話を戻すが、村に行って何を知った」

「仕向けた経緯の続きか…それなら話せるかな。村の人の話を聞いて、私は様子を見に行った。祠は管理を怠ったせいで防御魔法の結界はあってないようなものだったし、封印していた箱型の魔道具も保って数年。再封印した方が良いくらいボロボロだった。でも、再封印するとなったら大きな被害が出るのは間違いない。だから私は、管理を怠った村に時間を稼いでもらうことにした」

「アイツらに仕向けた理由は」

「簡単な事。後戻り出来ない所まで沈んでいたからだよ。今の私みたいに」

「だからって、やりすぎじゃないですか!数年は保つなら教会に依頼すれば良かったんです!」


 バンッ!、と机を叩いてルティアは椅子から立ち上がり、怒りをぶつける。


「私個人だけの見解を鵜呑みにしないで。それに教会に依頼すれば、それだけ儀式魔法に必要な人数とその時間を稼ぐ為に魔王四将と戦う精鋭に人数を割くことになる。そうなれば、村の人間を比べる必要性もないくらいの犠牲が強いられていた。違う?だから仕向けた」

「っ…………」





 ファルの経緯が嘘ではないことは、【天秤の聖女】が嘘偽り無いと無反応を貫いた時点でルティアも分かっている。

 教会に依頼した後、成功すればまだ最小限と言えなくもない結果も、失敗した場合はそれ以上の犠牲と被害を出すことに結果になっていたであろう事も。

 全部、分かっている。

 聖女として旅をして、人間族の醜い部分も沢山見てきた。


 だから、ファルの言っている事は理解できる。

 だから、ファルの計画的壊滅も理解している。

 領主が放棄したからそうなった。

 最終的に、その仕事を村の者達も放棄したから彼女は村を犠牲時間稼ぎに選んだ。


 お前達が招くことになった結果を自業自得の結果として教えてやるついでに。


 しかし、あの時の光景を見たルティアの感情はそのかぎりではなかった。

 ファルの取った選択も行動も正当化など出来ないと。

 無論、その通りである。

 正当化しようなど思わなくていい。思うことが愚かだ。

 でも、どうしようもなく彼女の行為を認めてしまっている自分がいる事にルティアは気づいてしまっている。

 聖人、聖女、などと呼ばれているが、ルティアは自分がそんな善人な訳がないと自覚している。


 魔物が憎い。

 魔物を手引きした存在が憎い。

 殺したい。

 懺悔をする間も与えずにじっくりと無惨に、残酷に、無慈悲に、非情に殺してやりたい。


 そんな知性的生物にんげんらしい醜さを持っている自分が、『全てを受け入れ許します』なんて言えるじんかくは持ち合わせていない。


 しかし、ルティアは【聖女】という名と能力ちからを与えられた。


 〝奪う手〟ではなく、〝守る手〟を与えられた。


 だから、ルティアは以前ソリトに話したように自分の目に入る人達を助ける事を心に決めた。

 楽しく過ごせる日々。それを守るには誰かが守る必要がある。

 その力が自分にはあるからと。

 剣を握ったのは護身もあるが、やはり魔物を倒せる術が欲しかったから。


 そういう当たり前の醜さを自覚しているからこそ、同意を求められてもルティアは否定も同意できず、言葉を詰まらせ、俯く顔を曇らせる結果になってしまっているのだ。

 なのに、


「お前は正しい。正義の味方のように正しい。けど間違ってるな」


 声の主は迷いを感じさせない堂々とした声でファルに言い放った。




 ルティアが言葉を詰まらせた。

 それだけで、こいつ言い負かされたな、とソリトは理解した。

 正しい判断だと思います。ですが、貴女のしたことは行き過ぎています、と普段ならこのくらい言い返すような強かな少女だ。

 しかし、今回は沈黙している。ファルの行動に共感を覚えでもしてしまったのだろう。


 その態度がどうも調子を狂わせる。

 あと何か無性に腹が立つ。

 やれやれ、と思いつつソリトは個人的理由で、


「いったーーーい!!」


 ルティアの脳天目掛けて手刀チョップを喰らわした。

 痛みで咄嗟に屈み、頭頂部に両手を添えるルティア。

 まあそこは、どうでも良いか気にしなくていいな、とファルに向き直る。


「お前は正しい。正義の味方のように正しい。けど間違ってる」


 言われて、ファルは不機嫌そうに顔を顰める。


「……なにするんですかソリトさん!」


 強めに当てた筈なのに、十秒足らずで立ち上がってツッコミを入れるルティア。

 いつもの彼女らしさが戻ったようだ。

 とりあえず、と小突くようにもう一度重い手刀をルティアに振り落とす。


「いだい!」

「言い負かされてんじゃねぇよ」

「………」


 ルティアは悔しげに眉を寄せる。少し開いている口から噛み締める歯が見える。

 そんな態度自覚していなければ出ない。

 相当悔しいのだろう。と、思っていたのだが、


「む〜む〜む〜……」


 隣から変わった唸り声を発する獣が現れた。

 とりあえず動物を懐柔するようにルティアの頭を撫でると唸り動物なる聖女は予想外にも大人しくなっていく。


 その時、ソリトは鋭い視線を感じた。


「「………」」


 振り向いた瞬間、ソリトとファルの視線が再び交わり、互いに睨み合う形となる。


「一つだけ質問をしたいんだが良いか?」


 その状態のまま、クティスリーゼ達裁判官側に許可を求める。互いに確認を取り合うと、クティスリーゼからソリトに許可を出した。


 そして、ソリトは一言問うた。


「魔王四将と瀕死寸前まで戦ったりゆ……いや目的はなんだ?」

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