第124話 被告人質問 2

 お待たせしました。






「僕への被告人質問が終わりか?なら、今度は僕からアイツに聞く!何故、僕から腕や眼を奪った!?正当防衛というならそこのルティアだよな!?ああ゛?」


 裁判官の許可も無く証言台の方から突然クロンズがソリト達の方へ指を差して煽り口調で質問を掛けてきた。


「以前言いましたよね?名前で呼ばないでください」


 無感情と分かってしまう表情と声で、不愉快です、という本音の潜んだ言葉をルティアは吐き捨てる様に言い放った。


 気に食わなかったのだろう。

 青筋を立てて、歯軋りをして、クロンズは忌々しげにルティアを睨んでいる。


「返事は?」

「ぐ……」


 動じる事無く返事を求めるルティア。

 たったの一言だというのに、身震いしてしまいそうな程の圧力が溢れていた。

 しかし、クロンズは俯いたまま眉間に皺を寄せて黙り込む。


 この様子では埒が明きそうにない。

 ソリトは、先程の質問の返答を行う。


「話を戻すが、今に至るまで俺はこいつの護衛だ。契約書もここにある」

「……そ、そんな契約書は後から作る事くらい出来るだろう!」


 唐突な再開に戸惑ったままクロンズが言い返す。

 それにソリトは冷静に答える。


「それ以前に作成した物だ。だから、お前へ攻撃した。嘘なら【天秤の聖女】がお前にした様にするさ」

「くっ…僕は、お前のせいで女を抱けなくなったんだぞ!」

「お前らが無抵抗に痛め付けた子ども。今【癒しの聖女】の隣にいる少女は、俺の同行者まものでその時は代わりで護衛やっていた。護衛と同行者が危機に晒されていたらそれを排除するのは当然だろ?」

「自分の女の処女を取られた腹いせじゃないのかよ!?」


 突然こいつ何言ってるんだ?とソリトの頭の中が一瞬真っ白になった。


「いや、お前の時にはもう処女じゃねぇよ」

「は?」

「はぁ…思い返せよ?お前と初めてヤった時、処女特有の痛がり方とか血とか流れてたか?」


 何故自分は今元カノ幼馴染との性事情を話す事になってしまっているのだろうか、とソリトは更に頭が白くなり、訳がわからなくなっていた。

 そう。

 現在進行形で冷静に返答しているのにだ。


「……あ…じゃあいつ」

「本人がいる前で行為を赤裸々にしろと?相手が恥ずかしいとか考えないか?まあ羞恥心の無い奴もいるだろうが、少しはデリカシーを考えろよ」


 裏切られたとはいえ、お互い初めて捧げた日にいつ死ぬか分からない旅になるからと〝飲まず食わず一日中していた〟などと黒歴史に近いような事を言える筈もない。

 これは流石にソリトも口にするのを躊躇う内容。

 羞恥心を煽られるものだったけれど、白紙の画板のようなソリトの思考は、不思議とそれで落ち着いてくれた。


 ファルを見てみると、流石に恥ずかしいようで、顔を真っ赤にして目を泳がせていた。

 その間、ルティアとクティスリーゼも顔を赤面させそれぞれ自分の世界に入っていた。

 とても気まずかったソリトだった。




 それから、フィーリスとアリアーシャに被告人質問が行われた。

 彼女達は裁判中逃げ道がないと理解したからか、クロンズの本音を知ったからか、或いはその両方なのか。フィーリスは怒ってるのか落ち込んでるのか何とも言えない表情で、アリアーシャは終始すすり泣きながら、ソリトを貶めようとした動機、魔王四将の吸血鬼ルミノスの封印とそれに伴って村が壊滅する切っ掛けとなった経緯、ルティアの誘拐の共犯等を正直に答えていった。


 理由は、どちらもクロンズが好きだから。

 彼のやることに力を貸してあげたかった。


 当然、そこにはクロンズとの決闘でフィーリスがスキル【魔弓師】の魔法の矢による妨害をしたことも含まれている。

 その時の理由も似たようなものだった。


 だが、ルミノスに関しては少し違った。


「続いて、被告人ファル。証言台の前へ」

「はい」


 フィーリス、アリアーシャの次に被告人質問を受けたのはグラディールだった。

 ただ、彼への質問は質問というよりは説教のような時間だった。

 真相を究明することもせず、パーティメンバーだったからと自国の勇者を身分が孤児だからと鵜呑みにして犯罪者扱いするとは。何故王としての度量を捨てて私情を振る舞ったのか、と。


 それに対して弁護する余地はない程の言い訳を続け、結局言い負かされてグラディールの被告人質問は終了。

 そうして、ファルの番が回ってきた。


「で……」

「待った」


 ようやく来た。

 リリスティアが問いかけようと一音発したと同時に、ソリトはそれを止め、核心を付く部分は問わないように話を繋げてもらえないかを頼んだ。

 裁判という状況、彼女の関係性。

 それだけで、何かしらの意図があると思う筈だ。


「…分かりました。ですが、ギリギリの質問は幾つかさせていただきます」


 そう時間は取らないつもりだが、その間に怪しまれる訳にもいかない。

 リリスティアの考えは当然の事だ。

 ソリトは二つ返事で了承する。


「被告人ファルに質問です。貴女は同被告のクロンズを被告女性二人同様に恋慕を抱き、不貞を働き知られてしまった為に、原告ソリトを蹴落としたのですか?」


 最初からぶち混み過ぎな気もするが、最初に真相に触れていくぞと印象付けておけば勘繰られる事は少なくなるだろう。


 その間にソリトは【念話】をクティスリーゼと繋げた。


 〈【天秤】同様せず頭の中で返事をしろ〉


 ピクリとクティスリーゼの体が反応し、小さく上下に揺れた。

 しかし、反応と言えるものはそれだけ。

 クティスリーゼは一瞬だけソリトと視線を合わせた後、指示通りに返事がきた。


 〈時間がない。とりあえずこの状況を呑み込んでくれ〉

 〈分かりましたわ。それでどうしたんですの?〉


 この後、幾つか質問をする。

 その質問に嘘を吐いたり、理由を聞いて黙秘などが何度か繰り返されるようならファルへの質問はそこで一旦保留にし、判決後にクティスリーゼとファル、二人で対話が出来るか試みて欲しいと、ソリトは説明する。


 ここまでの間、ファルの表情がクロンズ達の様に往生際悪く否定する感情的な顔でも、絶望するような顔でも、諦めた顔でもなく、ただ静観に全てを受け入れた様な、もしくはこうなる事がわかっていたような顔が未だ気掛かりだった。

 何かがあるという考えが離れなかった。


 裁判には黙秘権というものが存在する。説明はされていなかったが、ファルがその権利を知っていて、それを行使されればそこでファルへのの質問は終わり。

 持ち越して、後日詰める方法もある。


 そんな考えがあるにも拘わらず、〝調べてもいない〟のに〝調べても無駄〟という結論めいたものがソリトの頭の中を通過した。


 経験でも、直感でも、錯覚でもない。

 ましてや、未来予知でもない。

 ならば、何だと言われるとその解答もない。

 そう思わせる何かがファルの表情に潜んでいた。

 言えるとすれば、そんな曖昧な返事ものしかない。


 〈構いませんわ〉


 だというのに、彼女は迷いのない自信に溢れたような声でハッキリと言った。


 〈それにしても、こんなことを頼まれるなんて、わたくしの事を信用なさってくれているということかしら?〉

 〈違う〉

 〈即答!〉


 驚愕した反応を示した瞬間、「はぁん」という妖艶な空気にさせる色気のある声がリリスティアとファルの二人の声だけが反響するなかで、この法廷にいる者全員が反応してしまうほどに小さいながら反響した。


 〈おーいー……〉


 今の返事の何処に感じる要素があったと、青筋を立て、苛立たしげにソリトは【念話】で呼び掛ける。


 〈……申し訳ありません〉

 〈けど、【天秤の聖女】の能力には信用がある。俺だと聞けないだろうからな〉


 こればかりは一人でどうにかする事は出来ない。

 常識が、欠落か蒸発などしていない限り、裏切った相手に事実りゆうを話すという言動はどうしても、罪悪感が押し寄せて躊躇してしまうものだ。


 子どもが花瓶を割って、何故割れたの?と親に言われて言いたいけど、無言になってしまうように。


「次に原告ソリトを裏切ったのは先程取り上げられた行為に不満があったからですか」

「はははははいぃ?!」

「あ〜………何を聞いてんだ!」

「いえ、被告達は大体夜は盛っていたようですから、疑問になりまして」

 

 それに要望通りギリギリの質問ですよ、とリリスティアは小声でソリトだけに言った。

 確かにギリギリのラインだが、別の選択はなかったのかと思わずにはいられない。


「いえ…そういう…理由では…ありません」


 余所余所しく答えるファル。

 こればかりは流石に同情する。

 そして、実はこの少し前の会話から、ソリトは【並列思考】でクティスリーゼと平行して会話を続けていた。


 〈判決の後はまた牢屋か?〉

 〈ええ、一時的に〉

 〈なら、その時はタイミングを見計らって牢屋で聞いておいてくれ。それと…〉


 クティスリーゼに一つだけ質問をする。

 返答を貰うと、今度はソリトに質問がきた。


 〈あの先程から、今どうやって平行して話してますの?〉

 〈…………〉

 

【念話】を黙って切る。

 応答が無いことに何となく察しが付いたか、むっとした顔をソリトに向ける。

 だが、それは【念話】を質問を無視され、切られたからではないと分かった。


 仄かに紅潮した頬。

 弛んではキュッと小さくする事を繰り返す唇。

 物欲しそうな瞳。

 それは彼女をほんの少しでも理解していなければ遠目では分からない程の変化。

 しかし、印象深い彼女の本性を知ってしまえば、ソリトも明らかに変態思考に切り替わった頭でこちらを見ていると気付いてしまう。


 スキルについて話すつもりはなく、あまり時間をかけてもいられない為に強制的に終わらせたのだが、どうやらクティスリーゼの中の鬼畜、放置どちらかのプレイに当てはまってしまったらしい。


 裁判中に興奮を覚えるな変態!と罵ってやりたいが、かえって彼女の更なる興奮材量にしかなり得ないだろう。


 それに、今は構っている時ではない。

 会話内容はともかく、リリスティアから質問権を受け継ぐには丁度良い理由が出来たからだ。


 もしかしたら、これ以上の引き伸ばしは難しいというコールサインかもしれない。

 なら、尚更入れ替わるタイミングは外せない。

 椅子から立ち上がり、ソリトはリリスティアに向き直る。


「悪いが、質問を変えるか俺に変わってくれ。ちょっと堪えられない」

「それは申し訳ありません………では私はここで打ち切らせていただきます」


 考える素振りを見せながら、リリスティアは椅子に腰を下ろした。

 さて、本題に入るとしよう、と裁判官側に断りを入れてファルに体を向けた。


「…………」


 視界に映ったのは、先程までの平然としていた顔ではなく、凍り付いた表情ものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る