第123話 被告人質問

お待たせしました。




「被告人質問へ移ります。被告人クロンズは証言台の前に立ってください」


 弁明の余地が無くなったからか、それとも何かを企んでいるのか。

 クロンズは男性裁判官の指示に大人しく従い証言台の前へ移動した。

 だが、彼の行動から考えて、後者、もしくは両者だとしても、反抗出来るような手は限られている。


 二つだけならソリトにも思い当たる事がある。

 しかし、どちらも無駄に終わるだろうと予想している。


「では、質問いたします」


 入れ替わり立ち替わりで、今度はリリスティアがクロンズに質問するようだ。

 本来なら最初は原告側ではなく、被告側の弁護人が質問する予定らしいが、今回の裁判では誰も引き受けてくれなかったのか、弁護してくれる人物は今日ここにはいない。

 その為、原告側が先にする事になったのではないだろうか。というのが、ソリトが【念話】経由でルティアから聞いて予想した事だ。


「貴方が主犯で【調和の勇者】様を陥れたのですか?」


 それを踏まえると、リリスティアの最初の質問はごく一般的な質問だろう。


「いえ、僕ではありませんんんんんがああああ!!」


 返答した直後、クロンズが痛みを堪えるような声を出す。しかし、結局堪え切れずに叫び声を上げながら転げ回る。

 どうやら、まだ諦めてはいないようだ。

 嘘を吐けば、【天秤の聖女】のスキルが反応して苦しめる事は分かっている筈なのに何故嘘を吐くのだろうか。


「あああぐぅ……僕、だ。僕が主犯でやった!」


 先程の返答は嘘だと改める。その瞬間、クロンズが急に大人しくなった。

 内部に走る痛みが消え去ったのだろう。


「では盗賊と結託し、自国、他国の貴族を丸め込んで多くの民から金を巻き上げた主犯も貴方ですか?

「違う。計画したのは僕の国のシイガンセ公爵だ!」

「【調和の勇者】様を何故陥れたのですか?」

「僕より目立って僕より人気を得て、僕の人気を攫ったアイツが気に食わなかった!それだけだ!!」


 クロンズはソリトを睨み付けながらリリスティアの質問に答えた。


 これは事実のようだ。


 それにしても、あの時は感情的だった為に理由など二の次だったこともあって聞き流していたが、改めて聞いたクロンズの理由は犯した行為に対して子ども過ぎるのではないかとソリトは思ってしまう。

 溜息を吐けば矛先が更に向いてしまうだろう。かといって無関心な態度を取るのも同じような結果になり兼ねない。

 反応にも困るというのも案外辛いものなのかもしれない。


 結果、ソリトは耳を傾けて聞く姿勢は取るが無反応を貫く事にした。


「同じパーティメンバーで同被告のフィーリス、アリアーシャ。彼女達との関わりはこの件と関係ありますか?」

「あるわけないぃいいいいいい!」


 再び【天秤の聖女】が虚偽に反応してクロンズに痛みを与える。

 半ば呆れつつ、クロンズが悶え苦しむ光景をソリトは黙って見つめる。


「嘘……嘘よ!」

「そ、そうだよ!そんなのデ、デタラメだよぉ!」


 フィーリスとアリアーシャの顔が青褪めていく。

 ファルに対してはそういう思惑があった筈だが、彼女達に対しても似た理由だったとは。

 クロンズの性格からしてそういう可能性をソリトも考えなかった訳ではない。

 可能性から外していた訳でもない。

 しかし、勇者なのだからそこまで人間として堕ちてはいないだろうと可能性としては低いだろうと捉えていた。


 クロンズに惹かれたのは彼女達自身だ。共にソリトを陥れた行動も言動も間違いない為、裏切られたとしても自業自得でしかない。

 ただ、裏切られていたというその事実に対して抱く絶望感や喪失感に関してはソリトも理解できる。

 しかし、同情はしない。


「ねぇ……クロンズ…今の反応って…ねぇ嘘、なのよね」

「……」

「な、何か…何か言ってよぉクロンズゥ!」


 一縷の望みに掛けるようにフィーリスとアリアーシャは震えながらクロンズの言葉を待つ。

 しかし、その望みは叶わなかった。


「うるさい!所詮お前らは僕の気分を良くさせるだけの道具でしかないんだよ!!」

「そ、そんな、の…嘘だよぉ。だってぇだってぇ……クロンズ愛してるって言ってくれたよねぇ?」

「ストレスや性欲を処理する為の道具として愛してるって意味さ!単純なお前でも分からないかなぁ?」

「でも、でも…ぐすっそんなのヒドいよぉ。あたしホントに好きなのにぃ愛してるのにぃ」


 アリアーシャが震える手で顔を隠しながら泣き始めた。

 そこへ更にクロンズは追い打ちを掛けた。


「お前のは特にその口調が不愉快なんだよ。虫が這いずり回るみたいでさ!」

「っ!うぅ………ぅぅぅぁぁぁ…」

「アリア!」


 床に膝をついて泣き崩れるアリアーシャにフィーリスが寄り添う。


「クロンズ、あんた言い過ぎよ!口調はアリアの個性の一つなのよ!!それを馬鹿にするなんて!」


 アリアーシャに対しての言動にクロンズをキッ!と睨み付け、フィーリスは忠言するように言った。


「うるさい!お前はいつもそうだ。僕に説教して小馬鹿にしやがって!!」

「小馬鹿になんてしたことないわ!」

「静粛に!」


 木槌を叩いて注目を集めた後に、男性裁判官はクロンズ達に注意を促す。


「一方通行だな」

「ですね」


 クロンズ達のやり取りを見て、ふと感じた事を簡潔にしたようなソリトの一言にルティアが同意してきた。


「意中の相手に盲目になりすぎて足元をいつの間にか掬われていた。信じすぎる事も毒となる、という事ですね」


 好き相手、幸せにしたい相手だからこそ信じる事は間違っていないだろう。

 だが、必ず好きな相手に何かがあった、何かをした時に冷静に対処出来る余裕、心構えのようなもの少しでも作っておくべきなのかもしれない。


 ルティアの語った言葉に、ソリトは、自分もそうだったのかもしれないと思った。


「質問を再開します。何故貴方は彼女達を道具のような扱いをしたのでしょうか」


 何度目かの静かな法廷に戻ると、リリスティアが再度クロンズに問い質す。


「ようなじゃなく道具なんだよ!僕に寄ってたかってくる奴は僕を道具にしようとしか考えてなかった。だから道具にされる前に道具として使ってやることにした!道具として使う事の何が悪い!僕は王だ!人を使うのは当然なんだろ!」


 クロンズの言葉に嘘偽りはなかったらしく【天秤の聖女】は反応を示さなかった。

 これが事実だとすれば、クロンズの行動は環境が原因ともいえる。

 だからと言って許される訳ではない。

 原因がそうだったとしても、彼の行動は明らかに過剰だ。


「……質問は以上です」


 リリスティアは少し目を伏せてからクロンズへの被告人質問を打ち切った。

 そんな中で、ソリトはロゼリアーナに話し掛けていた。


「アイツの思考。これって、親の監督不行き届き?じゃないのか?」

「………そうかもしれませんね。親としての時間も作って接してきたつもりですが、やはり次期王として厳しく育てなければいけないという気持ちもあり、甘やかす事が少なくなっていたのかもしれません。教育に関しても数分だけでも見に行ってあげるか、終わった後や食事の時にでも確認すれば良かったのでしょうね。それをしなかったせいでクロンズにあのような間違った考えを与えてしまっていたのですね」


 ロゼリアーナの言葉の一つ一つから後悔や悲しみが伝わって来るような感覚をソリトは抱く。

 それを材料に得た感想をロゼリアーナにソリトは伝えようと口を開く。


「俺が言えた事じゃないが、物心つくと親にはそれなりに恩を感じるものがある。心配を掛けないように、しっかりしないといけないって思ってくる。ただ、これは俺が孤児で実の親がいないからかもしれない。産みの親が育てていればまた違うかも知れないが、少なくとも感謝はしていたかもな」

「そう、かもしれないですね。もしかしたら私は国民を愛して導くことと、自分の子どもを育て導くことを混同してしまっていたのかもしれません」


 子どもを世話する事も、育てる事もシスターマリーを見て、また自身もその手伝いをしていた事もあった為、ソリトもその苦労は分かる。

 それが王族ともなれば、国全体を支えるための仕事が山程ある。

 管理を分担し、報告書を読み把握し、対策し、魔族から魔物から国民を防衛するために兵士を配置する等。全部が王の仕事では無いにしても数え切れないだろう。

 その中でクロンズとの時間を作っていた事は素直に凄いとソリトは思えた。


 だからこそ、彼女は悔しいと思ったのだろう。

 国民を愛する女王の息子が国民を、人間を道具としてしか見ない様になったことが堪らなく悲しいのだろう。


 しかし、今はそれを判断材料にするのは許されない。何故なら、今ここにいるロゼリアーナは国民の命を背負う王として参加しているからだ。


「人間は道具じゃない」

「その通りです。ですが、実の子の行為によっては国民を守る為に切り捨てなければならない選択を取る必要もございます。親としては失格でしょうが」

「一応言っておくが、女王が全部悪い訳じゃない。悪いのはそういう考え方を植え付けた教育係やさっきクロンズが言ってたシイガンセ公爵のような人間にある。当然、アイツ自身にも責任はある。だから自分で親失格と認めるな。それはアイツを産んだことが間違いだったと認めることと同じだと俺は思うが」

「っ……そうですね」

「俺はアイツが嫌いだし、憎い。殺意も怨念もある。信頼も信用も消えてる。でも、あんたは親だ。失望しても信頼が消えても、親として責任だけは放棄するな」

「そうですね」

「まあ、親代わりのシスターに恩を仇で返すような原因を作った俺が言えた義理じゃないがな」


 最後にソリトがそう言うと、ルティアがロゼリアーナとの話の間に割って入ってきた。


「そんな事はありません!ソリトさんはちゃんと恩を返せていると思います。そうでないと、子ども達が嬉しそうに声を掛けては来ません。貴方は決して一人ではありません」

「聖女」

「ソリトさん」

「付き纏うのは止めろよ」

「なっ…違います!放っておけないです!何でそうなるんですかぁ!?」


 まるで恋人同士が見つめ合うような雰囲気をバッサリ斬った瞬間、ルティアが、台無しだあ!とでも言うようにツッコミを入れる。

 そんな自分達のやり取りを子に向ける様な優しい微笑みを浮かべながら見ていたロゼリアーナを目にしたソリトは、どんな事があってもこいつはクロンズの母親なんだと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る