第122話 証人尋問2
一般的に傍聴席から証人が呼ばれるという事はない。
裁判所に申請し、許可を得て、裁判開廷当日法廷へと喚れ、質問され、そして自分が知っている事を語る。
ソリトは裁判の知識は無いに等しい。
それ故に、仕方なく。そう、仕方なく傍聴席から立ち上がって証言台にやって来たシスターマリーに少々驚いていたルティアに大まかに説明してもらったのだ。
お陰で、何故証人のシスターマリーが傍聴席にいるか、ソリトは何となく想像が付いた。と言っても誰もが簡単な理由だ。
傍聴席に子ども達といるのはリリスティア、ロゼリアーナ、ユリシーラ。この三人の誰かが特別に席を設けたからだろう。
それが本人の希望かは分からないが、設けられた理由は育ての親だから。
シスターマリーは義務という理由でではなく、皆を一人の子として人間として育ててくれている事をソリトは知っている。
だから、誰かを愛する、誰かに愛される事が何なのか分からなくなった。シスターマリーが愛してくれていると以前は思っていたが、今は本当にそうなのか疑いを掛けてしまっている。
今のソリトは分からなくなっているが、それでもシスターマリーは、親として知りたい筈なのだ。
何故、ファルが被告人になるような事になったのか。
どうして、子ども達が処刑されかけなければいけなかったのか。
それが知りたくて、きっと多くの感情を必死に鼓舞して、この法廷に足を運び、傍聴席に座ったのだろう。
考えに考えて、実子のように育ててきたファルを断罪する辛い気持ちを必死に奮い立たせて証言台にやって来たのだろう。
自分がそう思っているから、シスターマリーがそうであるとは限らないとは、ソリトも思っている。
しかし、彼女にとってこの裁判はソリトやファル、自分が育ててきた子ども達の身に起きた事実を知るための裁判かもしれない。
「繰り返しになりますが、これからお聞きする事について、殊更嘘の証言を致しますと偽証罪で処罰されます。ただし、貴方が訴追を受けるおそれのある内容に関しては証言を拒むことができますわ。宜しいですわね」
「問題ございません」
先程とクティスリーゼの説明にシスターマリーは軽く一礼し、了承した。
「八日前に強制連行された話していただけますか?」
「あの日、施設内で子ども達と時間を共にしていた時、国王直属の近衛騎士団を名乗る方々が来られました。それでどういった御用かをお伺いした所、理由もなく只騎士団長と思わしき方が『建物内にいる者を即刻捕縛せよ。手段は問わない』そう命じて、私と子ども達は無理矢理取り押さえられました」
「ひぃぎゃあ!!」
「……良く留まったよ…バカ息子」
シスターマリーの話が終わった瞬間、グラディールが雄叫びのような悲鳴を上げる。
だが、それも仕方ないのかもしれない。
目の前に突然、ソリトが自分で自分の顔を殴り付けている光景が現れれば誰だって驚く。
では、何故ソリトがこのような奇行をしたのか。
理由は
シスターマリーから口にされる内容に我慢が限界を超え、ソリトは我を忘れる程の凄まじい形相で接近すると同時に、右拳を叩き付けるように突き出した。
しかし、直前でソリトはその怒りを押さえた。
そして、グラディールへの接近を止め、突き出した拳はそのまま自身の右頬へと放ったのだ。
法廷内に爆撃のような衝撃音が鳴り響くと共に、視線は一斉にソリト達の方へ移り変わった。
その後、ソリトはシスターマリーが小さく誉め言葉を呟くのを聞いた。
勿論、加減はしている。でなければ今頃は壁などいとも容易く破壊されていただろう。
レベルがどの程度かは知らないが、グラディールもファル同様に弱体化しているのだから即死確定だった筈。
要は、それくらいソリトは〝手加減してやった〟のだ。
それでも、死なない程度だった為、躊躇いなく自分の顔へと入った拳の威力は唇と口の中を少しだけ切ってしまい、上の右奥歯が一本折りかけていた。
折れかけの歯だけを【高速再生】で治し、後はそんな状態のまま、ソリトは口を開く。
「悪い悪い。お前を殴っても俺のストレスが少し解消されるだけだった。手が穢れる」
グラディールに侮蔑の目を向けてソリトは言った。
基本的にソリトは人を見下すような考えはしないと決めている。クロンズの時も怒りや憎みはすれど、馬鹿にはしていない。決闘の時も煽りはしたが、それは勝つ手段で敢えて口にしただけ。
相手からすれば内心など言われなければ分からないので、見下されたと思われていたかもしれないが。
だからソリトは人を見下すという考えで動くのは、本当に稀だ。
最後に抱く感触も只々不快でしかなかった。
「調和ぁ」
「裁判を私情で中断させてしまい申し訳ありません」
遠回しでお前を殴る価値がないと言われて、忌々しそうに睨んでくるグラディールを無視して、ソリトは裁判官席、原告席、傍聴席に一礼してから原告席へ戻った。
「何やってるんですかソリトさん。今治しますね」
「必要ない」
「……そういう事ですか。男の人って変にけじめを着けようとする時がありますよね」
「察するなよ」
歯以外を治さないのは戒めだ。感情的になって選択を誤りかけた自分自身へ向けてのメッセージだ。
それから裁判は再開し、シスターマリーへの証人尋問も滞りなく進んでいった。
パニックになり逃げ回る子ども、年下の子どもを守るために動いた年長者組の子ども関係なく乱暴に取り押さえた事。
全員が捕まり、王都に着いてから処刑の日までの四日間一切食事を摂らせて貰えず餓死寸前だった事。
そこでまた殴り掛かりそうになったが、今度は寸前の所でルティアに手をぎゅっと掴まれ女性への拒絶反応を出されて阻止された。
その所為か、笑顔が恐ろしく感じた。
しかし、それよりもソリトはこんなことで拒絶反応を利用しないで欲しかった。
それから、処刑台に立たされ、孤児である【調和の勇者】ソリトが勇者という立場を悪用して強姦を働いたと、捕縛された理由を知った事。
そんな犯罪者を生み出す孤児施設のシスターもそこに住む孤児も危険だなどという理不尽極まりない理由で処刑される事を国王グラディール自ら語った事。
そして、処刑される少し前に【日輪の勇者】グラヴィオースとその一行、そしてリリスティア王妃直属の近衛騎士団が現れ、国王直属の近衛騎士団の半数をグラヴィオースの手によって半殺しにした状態で国王含めて捕獲され、処刑を免れた、とシスターマリーは語ってくれた。
「ありがとうございます。証人は席へお戻りください…で宜しいですの?」
「はい。証人は傍聴席へお戻りください」
シスターマリーは一礼して傍聴席へと戻っていった。
「被告人質問へ移ります」
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