第115話 天に還れ

「それにしても少し意外でしたわ」


 リリスティアとロゼリアーナの二人が部屋を後にして、そのまま残ったと思ったクティスリーゼが突然そんな事をソリトに言ってきた。


 その言葉に疑問符が頭の中に浮かび、ソリトは同じ単語を一言だけ繰り返す。


「意外?」

「ええ、今のあなたは他人に冷たい印象でしたが、元魔王四将に壊滅させられた村の人達の話を聞いてかなり怒っているようでしたから。特にルゥちゃんの時は」


 そう言って、優しい笑みを浮かべながらルティアの件に対して、ソリトはクティスリーゼに頭を下げて感謝を述べられた。

 そして、【嵐の勇者】クロンズがソリトに行った所業を同じ国の聖女として非礼し、代わりに元魔王四将を討伐していただきありがとうございます、と謝罪と感謝の礼として再度頭を下げた。


「謝罪は受け取っておく。ただ、補足しておく。村の件は割り切るとしても、あいつの件に関しては間接的だろうと、強姦される前に助けられた筈の状況を助けなかった事が気に食わなかった、それだけだ」

「……やっぱりルゥちゃんが変われたのはあなたのお陰でしたのね」

「は?」

「私、あなたの事がちょっぴり好きになりましたわ」


 クティスリーゼはベッドの上に両手を置いて前傾姿勢を取って目の前までグイッと近付くと、仄かに頬を染めながら告げた。

 突然の事にソリトは頭の中が真っ白になり、数秒間だけ呆然とした。


「いや、何処に好きなる要素があった!?」


 突然の女性からの告白。

 ソリトの中に不快感や拒絶感が無いわけではないが、余りにも突飛した状況の方が何故か勝っていた。


「ありましたわよ。冷たい人かと思ったら不器用な優しさが隠れていて逆に可愛く」

「誰が可愛いだ」

「理性的な部分はありますが他人の為に感情的に怒れる人。それと話していると飽きませんし、好きになった人を大事にしてくれそうな感じがしましたわ」

「会話が飽きないのはどうも。だがな、他人の為に怒るのは違う。助けられた状況で手を出さなかったのが気に食わなかったって言ったよな?」

「一緒では?」

「違う、あいつのために怒った訳じゃない!!」

「あら?ですが、図星だから今感情的になっているのでは?」


 目を細め、口元を隠しながらクティスリーゼは言ったが、分かっていて言っているように聞こえたソリト。手の後ろはおそらく、口元をニヤニヤさせている事だろう。そう思っていた矢先、目の前の青髪少女が体を少して丸くし、口からは徐々に荒い呼吸が聞こえてきた。


 その時、様子の変化を見ていると心の中が異様にざわつき始めるのを、ソリトは感じた。


「そ…それに、んっ!異性に…は、初めて……それで、その…妙に体が熱くなって…はぁはぁ」

「…………それが一番の理由かド変態」

「はぁん………!はぁはぁ…ん、やっぱり…わ、わたくしにこんな性癖を植え付けたあなたに責任を…」

「断る」

「即答!あぁ……コホンッ!と、というのは冗談ですわったい……あぁあなたに付いた嘘だと思うと……!」

「昇天して、天に還れ」

「あぁん!」


 嘘を付いた為に自身のスキルで与えられた痛みを快楽に変換し恍惚な表情で呟くクティスリーゼの言葉を遮って、ソリトは汚物を見るような冷たい眼差しを突き刺すように向け、スパッと切り捨てた。それにゾクゾクしたように再び体を震わせ、その体を抱き締めるクティスリーゼ。

 仄かに赤く染まっていた頬が薔薇色にまで染め上がっている。

 どこからどう見ても変態だった。


「ひ…酷いですわ…こんな体にしたのは…あなたですのに……責任をと…」

「たった一回で目覚めてんじゃねぇよ!とっとと出ていけ。そして二度と現れるな」

「ん、んっ…はぁ〜」


 これは誰かに見られたら、別の意味でまた有らぬ疑いを持たれかねない状況だった。

 そろそろ黙れ、と青筋を立てながらソリトはクティスリーゼを睨む。


「あん!…また、汚物を見る目が鋭くぅ………はぁはぁ……せ、聖女としてダメですわ……でも……こんな事初めてですの」


 ポッと頬を染めた顔をチラチラとソリトに何度も向け、体をもじもじさせながら突然過去なのか過程なのかを語り出す。


「公爵家の淑女として…はぁ…育てられました。男性とも……交流はしました……ただ、同性の方としか深く関わろうとはしなかったんですの。でもある日、私と同じ男性が苦手な友人と……その、イチャイチャしていましたら……同じように罵倒される方がいましたの。その方は貴族社会から消えましたが……その時は…何も感じなかったんです…けど……あなたのは……体が反応してしまいますの。きっとこれが私の恋なのですわ」

「おつかれさま。あしたのさいばんよろしく」

「まさかの棒読みぃ!」


 本音を無感情にポロリと吐き出すほどに、ソリトは完全にドン引きだった。

 その言葉の快感にまた少し浸った後、クティスリーゼは顔を引き締めて口を開いた。


「コホン。とはいえ、今のあなたは女性全般を拒絶しているようですから、ここは特定の女性だけを受け入れてもらえるようこれから〝私達〟頑張りますわ!」

「聖女様お帰りー!」

「おっふ!ルゥちゃーんダーリンが………!」

「ちょっと待て!誰がダーリン……だ」


 腹に一発衝撃を食らったような反応をして扉を開けると、クティスリーゼは不穏な言葉を残して行きながら部屋を出ていった。


 その後、マイペースながらに聖剣が人の姿になってクロンズの逸物を切断した時の研磨をしてほしいと、砥石を持って言われてから研磨していた時間は、ソリトにとって癒しの一時となった。



―――

精神おっさん聖女→変態聖女。


あ、でも精神おっさんなのは変わりません

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