第114話 王族女性達との対話

一万字近くあります。







 二時間後、二度寝したソリトは起床した。

 その時、ドーラがソリトに笑顔で飛び込んできた。

 三日も寝ていたことを相当心配していたとルティアが代わりに語った。

 ちなみに、隣でルティアと寝ていた青髪少女は何処かへ出掛けていったのか部屋にはいない。


 頭を撫でてあやしながら、ソリトはゆっくりと抱き付くドーラを自分から離し、ルティアに昨日の事を尋ねた。


「それであの後アイツはどうなったんだ?」

「アイツというのはバルデスという名前の魔王四将の事ですね」

「そうだ。一応聞いておきたい」


 あの場にいる全員が見逃す事を賛同すると口にしたが、相手は魔族。

 それも魔王四将という大物。

 ソリトが気絶した後、本当は止めを刺しましたとなっているかもしれない。


 ルティアに聞いても嘘を吐かない可能性が絶対にないとは言い切れない。

 ただ、今のところソリトに嘘を吐いてはいないし、他よりも信用は出来る。


 唯に、協力関係という事も踏まえた上で、ソリトはルティアから事の一端を聞いたのだ。


「ソリトさんが気を失った後、口笛を吹いてグリフォンを喚んで去っていきました。その後ドーラちゃんにソリトさんを運んでもらいながら私が回復魔法を掛けてアルス治療院内のこの部屋に連れてきた訳です」


 そんな考えをルティアは察したのか、困った顔で話し出す。


「結局戻ってきたのか。あの四人は?」

「今は、スキルや魔法を封じる錠を付けられて牢獄の中に収監されています」

「どういう経緯でそうなった」

「あ、それはですね…」


 ルティアが話している途中、部屋の扉がノックされた。

 ソリトは【気配感知】で部屋の外の気配を探った。


 数は五人。

 しかも、その中に昨日少しの間だけ同行していた【守護の聖女】兼クレセント王国王女のリーチェの気配があった。


「一応は大丈夫だ。念のため二人はそこにいろ。俺が扉を開けてくる」

「駄目です!ソリトさんはベッドで横になるか、腰掛けたまま安静にしてください!」

「完治してんだ…」

「三日も寝ていたんです。もうしばらくはそのままでいてください」

「……分かった。なら早く開けてやれ」

「あわ、そうでした」


 忙しく扉前までいき、ルティアが扉を開けるとリーチェと白いシスター服を着た先程の青髪少女とドレス姿の女性三人が入ってきた。

 一人は見知らぬ女性、もう一人は面識があった気がするが記憶が曖昧だった。

 だが、最後の一人だけはソリトは見覚えがあった。


 クレセント王国王妃、リリスティア・Aアイテール・クレセント。

 国王グラディール・クレセントの妻だった。


「ッ!」


 リリスティアを目にした瞬間、ソリトの表情が険しい表情に変わり、目が合った彼女の顔が強張った。

 ソリトは何故そんな表情をするのか疑問になり首を傾げた。


「ソリトさん、顔が険しくなってます」


 リーチェの時もそうだったが、やはりソリトの王族に対しての嫌悪と怒りはとてつもなく大きいようで、無意識に表情が変わったらしい。

 だが、今はその感情の起伏は不要なもの。目を閉じて、深呼吸を一回すると表情が緩んだ。

 それを実感した所でソリトは目を開け、リリスティアに体を向けて頭を下げた。


「謝罪申し上げます」


 一応相手は王族ということで、ソリトは腰の低い謝罪をしたが、リリスティアは首を横に振った


「いえ。我が夫、クレセント国王の行いを考えれば当然の事。謝罪をするのはこちらです」

「私からも謝罪申し上げます」

「えっと、どちら様で?」

「私はアポリア王国女王ロゼリアーナ・Fフローリア・サンライトと申します。我が愚息の言動に心からお詫び申し上げます」

「な、なにぃ!?は?アイツ王族なのか?常識の足りなさそうなあのヤリチンが?」


 本人の紹介で、アポリア王国の城にて面識があった事を思い出したソリト。

 同時にクロンズが王族という事に驚きを隠せず目を丸くした。

 口にした言葉は王族に対しての不敬になると分かっていても止められなかった。


「や…ヤリチ……え、えっちぃですソリトさん」

「今の単語で何かを想像したお前がエッチだろ!!」


 何を想像したのか、真っ赤にした顔を両手で隠すルティアにソリトが全力で反論した。

 話を戻そうとした時、ソリトは青髪少女がくねくね動いている事に気付いた。

 それを目撃した瞬間、ソリトは変態もしくはそれに近い存在だと思った。


「エッチにういなルゥちゃん可愛いぃ!うへへへ!」

「そこの変態!少し黙ってくれ」

「変態ではありませんわ!わたくしはただルゥちゃんを愛しているだけですのよ。心外ですわ!」


 ルティアに対しての変態を思わせる愛は理解したし、堂々と胸を張って答える姿も何とも逞しいと称賛しよう。

 だから、今は真面目な話の路線を外していかないで欲しい、とソリトは苛立ちを抑える。

 だが、話の邪魔になると青髪少女の頭頂部より上に肩が来るようにベッドを弾ませて跳ね、拳骨を落とした。


「痛いですわぁ……ルゥちゃん、痛いの消してくださ〜い」

「変態は必要な時以外は黙ってください」

「萌へっぐっ……今きぜふひたらダメでふわ!!」


 露骨なまでに触れたい雰囲気を出しながら近付いてきた青髪少女を、笑顔を浮かべながら冷徹な声でルティアは丁重に断ると、少女は突然体を後ろに反らせた。


 手で鼻を押さえはしたが、指の間から鼻血が溢れ出した。

 

 〈おい聖女。あの変態は何なんだ?何となくお前と似た雰囲気があるが〉

 〈違います!私は絶対、ぜぇぇぇったいに変態ではありません!聖女という事でなら似ているというのも納得ですが絶対に変態ではありません絶対に!〉

 〈絶対絶対うるさいぞ口癖絶対聖女〉

 〈口癖ではありません。もう……彼女の名前はクティスリーゼ。中身がおっさんな【天秤の聖女】です〉


 ルティアのおっさんというのは的を射ているかもしれない。時々、クティスリーゼの事を尋ねると濁す事があった。


 理由はこれか、とソリトは悟った。


 ただ、ルティアやリーチェという聖女を考えるとそのユニークな精神も納得出来るものがある。


 〈はぁ聖女は個性が濃い奴しかいないのか……〉

 〈私が変人みたいな事を吐露しないください。泣きますよ?〉

 〈泣けよ〉

 〈発言が雑なのに辛辣!〉


 嘆いているのか、ツッコミを入れてるのか、それとも両方なのか。

 忙しい聖女である。

 だが今はツッコミに付き合っている時ではないと、ソリト念話を切り、普通の話の輪に戻る。


「……とりあえず、急で悪いが部屋を俺とクレセントの王妃、あとアポリアの女王の三人だけにしてくれ」


 聖女、女王、王妃と重鎮達が集まったのは良いが、女性に囲まれる状況にソリトは自身の拒絶反応に我慢できなくなっていた。


「っ…分かりました。皆さん行きましょう」

 

 察しの良いルティアは、ソリトが何故そんな事を言ったのかを理解したらしく、ドーラの肩に手を置いて真っ先に扉の方へ歩き出した。


「何故ですの?」

「後で私が説明しますからクティスリーゼも来てください。アストルム陛下も」


 ルティアはクティスリーゼの背中を押そうとしたが、伸ばされた手を避けられた。


「待ってくださいなルゥちゃん。それでは納得いきません。納得のいく説明が欲しいですわね」

「それは後で」

「ルゥちゃん。力になる事を止めるつもりはありません。ですが、それと今回の事は別だと思います。これから重大な話をするにあたって退出させる、それほどの理由。私は本人から口にして欲しいですわ」

「それは彼の、ソリトさんの顔色を見てもですか?」


 そう言われたが、ソリトは自分の顔色と言われても気分が悪いという事はなかった。


 しかし、事実、ソリトの顔色は徐々に青くなっていた。


 不快感、拒絶反応は感じているがそれだけで特に体の不調はない。

 いや、それが原因で知らず知らず精神的に参っていた。それが我慢できなくなった理由であり、顔色が悪くなっていった理由なのだろうという考えに、ソリトは至った。

 

 本当にルティアは良く見ている。


「そんな事は分かっております。それに顔色が悪いだけで気分が悪い様には見えません。では、原因は何か。私はそれが気になりますの。彼の視点から考えれば、女王様達は自分を陥れた対象の血縁という関係者。ですが調査上、人柄は大変優しく努力家な方と判断しております。それを踏まえた上で、ただ、気分が悪いのか、本当は罪悪感からの現れか。それで、どちらですの?」

「あ、問うの…」

「復讐だいって!」


 冗談を言った瞬間、ソリトの体にバチッと一瞬だけ電撃が走ったような痛みが突然襲ってきた。

 

「という事は無さそうですわね」

「だから言ったじゃないですか!」

「ソリト様大丈夫ですか!?」

「あるじ様だいじょーぶやよ?」


 冗談で言った事が分かったような口振りで言うクティスリーゼ。

 先程ソリトが受けた痛みは【天秤の聖女】の能力かもしれない。


 ルティアも分かっていたような素振り。

 心配しているのはリーチェとドーラだけだった。


「とは言いましたが、そもそも目立たないように行動してきた彼が王族の命を狙うのはデメリットが大き過ぎますわ」


 やはり冗談だと分かっていて試したらしい。

 だが、それはソリトも同じ事。嘘か真かをどうやって見極めるのかを知りたかった。唯に敢えてクティスリーゼの言葉に乗ったのだ。


「それと、私くらいはここに置いておくべきですわ。【天秤の聖女】の能力は人伝の内容は報告であれば真偽の判断は可能ですが、あまり真価を発揮しませんの。実際に重みを測って重量の軽重を比べる天秤のように、直接聞いたものの真偽を見極める。それがスキル【天秤の聖女】の能力の一つですの!」

「さっきの痛みは?」

「あれは〝対象の問い〟に偽りの答えを出したからですわ。まあ出さずとも判りますけど、少し制裁を与えた方が相手にも分かりますし、嘘を付こうとも思わないでしょ。余程口を割らない人とか痛みを快感に変換する性癖の方は嘘を付きまくるか沈黙するので難しいですが。ですので、冗談でも問われた事には本音で答える事を推奨しますわ」


 確かにソリトがリリスティア達に嘘を絶対吐かない保証はない。とはいえ、王族が嘘を見抜けないような教育を受けてるとは思えない。

 逆に自身を偽る技術を身に付けているはず。

 それを視野に入れて踏まえれば、部屋で協力してもらった方がメリットはある。


 ただし、スキルを発動していなかった場合は別。

 その時は確かめれば良い話だが、その為の対策も必要だろう、と【思考加速】した脳内で考えたソリトはクティスリーゼに提示する。


「分かった。ただし、条件がある。一つは部屋にいる全員をスキルの対象にする事だ。出来れば【天秤の聖女】あんたも含めてだ」

「可能ですわ」

「もう一つは真偽を表面上に出すこと。そしてあと一つ。これは【天秤の聖女】だけが対象なんだが、唐突に質問された時に逆の事を答えること。この三つを呑む事が条件だ」


 ソリトが条件を提示すると、リリスティア、ロゼリアーナ、クティスリーゼの三人は了承した。

 その後、白銀の髪を後ろで纏めたもう一人のドレス姿の女性が前に出てきて、ソリトに挨拶をした。


「先ずは挨拶が遅れたことを申し訳ございません。私はステラミラ皇国女皇、ユリシーラ・Hヒルデガルド・アストルムです」

「ああ。ソリトだ。せ…【癒しの聖女】ルティアには世話になってる」

「いえ、あなたとの旅でルティアも多くの経験をしてきたようですから、お世話になったのはこちらも同じ事です。特に聞いたのはあなたの…」

「へ、陛下!もう行きますよ!」

「ふふ…では、また後程」


 一体自分の何を話したら慌てるような事になるのかという疑問がソリトの中に残して、ルティアは慌てふためきながらユリシーラ、ドーラ、リーチェを連れて部屋を出ていった。

 それを、クティスリーゼが興奮した表情で扉の向こうを見つめながら何か呟いていた。


 その様子を見ているソリトの視線に気付き、咳払いをしてからクティスリーゼも挨拶をしてきた。


「申し遅れましたが、私はクティスリーゼ・サフィラス。【天秤の聖女】兼アポリア王国公爵令嬢ですわ。だからといって目の敵にはしないでくださいな」

「ソリト。一応勇者って事になってる身寄りのない男だ。それと目の敵にするつもりはない」


 精神がおっさんらしい事については整理に時間が掛かるという事は伏せておき、冗談を入れてきたクティスリーゼの自己紹介にソリトも冗談っぽく返して本題に入ることにした。


「先ずは確認なんだが、クロンズ達を収監したのはお前らで良いか?」

「ええ、その通りです」


 ロゼリアーナが肯定した。


「最初、反感は無かったのか?アルスでは立場的に好感を持たれていた筈だ」

「治療院に運び、治療は最低限だけに留めて貰いました。そして深夜に中央都市会頭とギルドマスターに協力してもらい収監しましたから未だに治療院にいると勘違いされている筈です」

「じゃあ知ってるのはさっきまでのメンバーに加えたラルスタとカロミオって事か」

「はい」

「それと貴方はこの都市で英雄扱いですわ」

「は!?」


 突然、クティスリーゼに告げられた事にソリトは驚愕して目を見開いた。


 扱いがそうなっても可笑しくないことは分かっているが、それは立場や状況による。

 そして、ソリトは四日前の夜から強姦魔に仕立てられ、都市の冒険者と兵士の一部から二人の勇者と共に追われる立場だった筈なのだ。


 都市の市民がどう思っているかは知らないが、三日前の一件であっさり手の平返ししたような状況に驚かない方が可笑しいのだ。


「あの場にはカロミオ達もいた筈だが…やりやがったな」

「お察しの通り、そのカロミオ、アルス支部のギルドマスター様とラルスタ会頭が公言したのですわ」

「カロミオは中立のラインギリギリなのは分かっていたが、ラルスタの方は中立として立つんじゃなかったのかよ」

「何を話し合ったのかは分かりませんが、流石に恩人を見過ごせなかったのではないですか?」

「恩人ね。成り行きで助ける事になっただけだ」

「………英雄なんて、なりたくてなれるものではないと思いますが」

「それは、なろうと思ってなるからとかそんなのか?」

「それもありますが………」


 途中で言葉を切って考え始めた。

 本当は本題に戻りたいソリト。


 だが、なりたくてなれるものではないというクティスリーゼの英雄の見解に少し興味が湧いた。


 念のためこの間に、リリスティアとロゼリアーナに脱線していることについてソリトが尋ねると、別に構わないとの事だった。

 寧ろ、ソリトから観て二人は興味津々に思えた。

 それから、少ししてクティスリーゼは話を再開した。


「これはあくまで個人的見解なので、視野を広げるという意味で聞き入れてほしいのですが、英雄というのは誰かの為に道を進む者、自分の道を貫いて進む者。この二つだと思いますの。貴方の場合は………今だと後者でしょうか?」

「その見解で考えるならな」

「前者に戻る気はあります?」

「今のところは皆無だな」

「そうですか」


 聞いてきた割には淡白な返事がクティスリーゼから来た。

 おそらく、確認のようなもので実際はそれほど興味が無かったのかもしれない。


「それでこれは、ただの結果論でしかないかもしれませんが、なろうと思ってなった者はいないと私は思いますの。だって、勇者も聖女も〝望んでいる方〟はいるかもしれませんが、〝自分で選び取った方〟は一人もおりませんから」

「あいつがいないと、めちゃくちゃ理性的なんだな」


 そう言うと、ベッドの正面で椅子に座っている王妃と女王二人が扇で口元を突然隠したのがソリトとの視界端に映った。


「心外ですわ!少しルゥちゃんが好き過ぎるだけで、理性的と言われるほど本能的ではございませんわ!」

「ん?どうした、ルテ…」

「え!?ルゥちゃ…っていないじゃないですの!」

「めちゃくちゃ本能で動いてるじゃねぇか」

「何があったのかと心配しただけですわ!」


 理性的な人間は名前の最初の二文字を聞いた途端に、名前を遮ってまで目をハートにして俊敏に背後の扉の方を向かないのではないだろうか。

 

「ともかく!この都市で英雄扱いされる事は受け入れてくださいませ」

「堕ちるよう努力する」

「ちっがうでしょ!」


 ルティアのようなキレのあるツッコミをした後、クティスリーゼは何かを諦めたような溜め息を吐いた。


「まあ、良いですわ。いい加減本題に戻りますわよ」

「早く済ませてルゥちゃんに会いたいのですわね」

「良く分かりましたわねって、ああ!調子が狂いますわぁ〜!」


 聖女兼公爵令嬢ともあろう少女、クティスリーゼが頭を掻き荒らすという淑女らしからぬ行動を見せた。

 すると、そこに会話を聞き入れていたリリスティアが口を開いた。


「それで【調和の勇者】いえ、ソリト様。アナタが冤罪を掛けられる事になった経緯から今に至るまでの話をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ああ」


 そして、ソリトはドラゴン討伐の後の夜に見た行為を偶然発見してからの行動を話していった。

【反転】した時の事や【反転顕現】という力で決着を着けた吸血鬼の件は危ない橋を渡る思いだったが、ソリトは無事に最後まで話し終えた。


「あんのクソ男!私のルゥちゃんに強姦だけでなくその前に誘拐紛いの事までやっていたなんて!ぶたれて当然ですわ!でもぜっっったいに許しませんわ!!」


 話を終えた瞬間ヒステリック気味にクティスリーゼが経緯を話す間に溜まったであろう鬱憤を吐き出し始めた。

 それは無視してソリトはリリスティアとロゼリアーナに話し掛けた。


「というか最後まで話す必要あったのか」

「ええ、ソリト様とルティア様達の行動を把握しているのは決闘からの事ですから。あの人の判断を聞いた時は呆れ果てましたが」


 そう言うと、リリスティアは大きな溜め息を吐いた。ロゼリアーナに関しても同じだった。

 理不尽な判決を聞けば溜め息の一つも吐きたくなるだろう。

 だが、それよりもソリトは一つ気になる事が出来た。


「……一つ、あんたら二人に聞きたい」

「何でしょうか?」

「行動を把握していたってことは……確か月夜だったか?そいつらを通して吸血鬼の件に関しても知っていたって事だよな」

「少なくともサンライト女王が知ったのは討伐された後……」

「そう言う事が聞きたい訳じゃない」


 ソリトはあの村の事に対してリリスティアに憤っていた。

 声に怒気が混じっていたものの、思いの外頭は冷静だった。


 把握していたという事はクロンズがかつての魔王四将であったルミノスの封印を解いた事を知っていたかもしれないという事。


 しかし、まだ可能性の話。最後まで聞く前に感情的になるわけにはいかない

 感情を向けるのなら知った後が正しい場面だ、と話続ける。


「俺が聞きたいのは、クロンズがかつての魔王四将の封印されていた場所に行った事も把握していたのかって事だ」

「…ええ」

「ちなみに吸血鬼の封印場所にはついて知っていたか?」

「言い訳のしようもありませんが、文献に残ってはいましたが、詳細な場所は分かっていなかったのです」

「【天秤の聖女】は女で良いか?」

「いいえ、私は男ですわいってぇい!」


 テンションが高めな語尾で痛みを訴えながら、クティスリーゼがピョンピョン跳ねる。


「本当みたいだな」

「覚悟してましたけど、これ中々に怖いですわ」

「程々にする」

「お、おねがいしますわ。それにしても本当に信用していませんのね」

「当たり前だ。逆に話を聞いて余計に信用出来なくなった」


 話を聞いて、ソリトが一番気になった問題だ。

 正直に言えばソリトはどうでも良いと思っている。

 それでも、最悪の場合、魔族だけでなくステラミラ皇国や教会を敵に回す事になる可能性がある位だ。


「王族二人に単刀直入に質問してやる。〝ルティア〟が犯されそうになっていた時、お前達の部隊は何をしていた?」


 殺気の籠った重低音の声でリリスティアとロゼリアーナに問い質す。

 リーチェの場合は偶然遭遇した成り行きで短時間だけ同行することになっただけだ。

 お蔭で月夜の一人に助けられたが、ルティアの件は別だ。


 行動を把握。要は監視をしていたという事。

 ただそれだけなのかもしれないが、監視していたのならば予想外でもルティアを助けられただろう。

 自分のミスを棚に上げるつもりはソリトには無い。


 だが、もし、女王と王妃がこれまでの事を手の上で転がしていたとして、傍観させていたなれば、その後のクロンズの結末は間違いなく勇者であろうと人生が終わっていただろう。

 

「私もサンライト女王もソリト様が解決出来る状況であればなるべく干渉しないよう命じておりました」

「解決出来る状況だったと思うか?」

「監視をしているのは我が部隊。いえ、それは言い訳に過ぎませんね」

「……なあ女王、あんたは息子が道を踏み外す事を傍観させるだけで止めるつもりはなかったのか?」


 ロゼリアーナに質問した瞬間、一瞬だけ表情を翳らせたが直ぐに表情から翳りを消して問いに答えた。


「それで罪が軽くなるなら止めています。ただ、干渉するかは現場の判断に任せていましたから……」

「そんな!!それでルゥちゃんが犯されていたらどうしたのですか!?」

「よせ。気持ちは分からなくもないが、月夜の奴等が干渉しなかったって事は大丈夫と判断したからだ」


 ただ、それは逆にソリトが辿り着く事を分かっていなければ土台無理な話だが。


「ですが、それで精神が壊れた可能性だってありますのよ!!」

「ええ、それは否定も反論の余地もありません」

「なぁ、罪を重ねないように誘導しようとは思わなかったのか?」

「既に息子は人生を棒に振った後でしたので。ですが寸前の所で止めることはした筈です。現にソリト様の危機的状況には姿を現した筈です」

「王族ってのは人をやめなきゃなれないものか?」

「国を守るためなら魂を売りましょう。勿論魔王と魔族以外で。ただこれだけは…過程は違いますが私もクレセント王妃もアナタと似た感情をあの子達に抱いています」


 あの子達というのが誰なのかは語らずともはっきりしている。

 それが王族としてか一人の親としてかはともかく、リリスティアとロゼリアーナは共に覚悟のある顔つきだった。


 ソリトがそう思った時、二人の表情が揺らぎ、そしてゆっくりと口が開かれた。


「いえ、それでも止めるべきだった。親として罪を重ねすぎたとしても少しでも食い止めさせれば良かったと本当は後悔してはいるのです」


 そう述べるロゼリアーナに続いてリリスティアが話し出す。


「……私も夫の愚かな行動を止め、共に国を支えて行く事が妃として妻としての務めの筈なのです…王の、夫の孤児嫌いは知っていました。ですが、国王だから私情だけで不当な扱いをする事はないだろうという奢りが今回孤児院の子ども達を危険な目に晒す結果を招いてしまった。だから私は、それを自身の罪として背負い、王族としてこれからの国の未来を支えなければなりません」

「俺は協力しないからな」

「覚悟の上です」


 勇者のいなくなった国。それを国民が知れば王族も只ではすまないだろうが、鵜呑みにした者は多いはずだ。その件に関しては後で弁護しておこうと考えながら、ソリトは話に区切りをいれる。


「なら、この話は終わりだ。正直踏み込み過ぎたからな」

「あなたはルゥちゃんが心配ではありませんの」

「言った所で女王達の考えは変わらないだろ」

「………そうですわね。それに悪意があったのはグラディール王と【嵐の勇者】達ですものね」


 ルティアは理性的な変態のクティスリーゼに冷たい態度を取っているが拒絶してはいない様子だった。

 その理由を俯くクティスリーゼの姿を見て、ソリトは解った気がした。


 感情に真っ直ぐで、離れていても未だに一途に自分を思ってくれている存在を憎めないからだと。

 そういった存在は稀だ。


 それにクティスリーゼはアポリア王国の聖女。

 しかも、【天秤の聖女】の能力を考えれば他の聖女や勇者よりも政治的関係が強く、王族と謁見することもあるだろう。

 その時、険悪な関係が続くのは余り良しとは言えない。


 そこで俺はクロンズの件の協力してもらう礼を前払いとして釘を刺すことにした。


「一応だが、次は無いぞ」

「「ッ!」」


 リリスティアとロゼリアーナが一瞬だけ息を呑んだ。そして、ソリトは小さく鼻で笑った。


「……なんてな。そう言えば、あんたらの質問に割ったままだったな他には何かあるか?」


 問い掛けると、二人は硬直が解けたように息を吐いた。その後、ロゼリアーナが口を開いた。


「いえ、今はございません。ただ明日ソリト様には是非立ち合っていただきたい場がございます。【嵐の勇者】一行とクレセント王国国王、グラディール・クレセントの裁判。また、この裁判はソリト様の立ち会い関係なく行う予定です」


 ロゼリアーナは過程は違うが似た感情を抱いていると言った。

 嘘か真かこの言葉に関しては本当だとソリトは断言出来た。

 ならば、二人が裁判を行う理由の中に似たものがあるのだろう。


「あいつらが俺の事以外に何をしたのか気になるし、立ち会わせてもらう」

「「感謝致します」」

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