第116話 裁判直前
「全く、ソリトさんもドーラちゃんも、遠慮する所ですよ」
「昼は遠慮する」
「ドーラは食べれるんよー」
「遠慮する場所が違います!ドーラちゃんは我慢です!」
翌朝、ソリトは昨日起床したが、何も断食状態で眠りついてしまった為に体は食を求めていた。
それは治療院全体に猛獣の唸り声の如く腹の虫が鳴り響かせる程だった。
睡眠中の本人さえ目が覚めた。
しばらくして、ルティアとドーラが慌てた様子で部屋に駆け付けてきた。
それから、音の中心が自身の空腹によるものだと説明すると、心配させないでください、とルティアが溜息を吐いてから言った。
その後、治療院の従業員に頼んで料理を作って運んできてもらったのだ。
だが、一般的な朝食の量では足りず追加して、食べ進める度にソリトの食事の
それは食事の光景を見ていた、配膳してくれていた治療院のナース達がその食事量を呟く程だった。
その量、約二週間分。
治療院ということで健康に気を使った料理にもかかわらず、その味は舌鼓を打つほどの美味しさだった為に止まれなかったのだ。
ただ、ソリト一人で二週間分を食べたのではなく、ドーラと食べての量だ。
何でも、ソリトが起きるまでの間の三日間は余り食事をしていなかったらしい。
それで一週間分食べているのだから、もう心配はいらないだろう。
だが、治療院には他にも入院している人達が当然いる。自重、適度というものは必要だ。
唯に、ソリト達は刺々しい声でルティアに叱られていた。
それでも尚心の中で、料理が美味しい事も原因の一つだ、という思いを抱いてソリトはルティアに言った。
「俺だって普段は食べない」
「いや、普通は五日も食べないで暴食なんてしたら体壊しますよ!」
「知ってる」
「知ってるんでしたら体を気遣ってください!!」
「お姉ちゃん怖いやよ」
鬼気迫るルティアの声にドーラが萎縮しながらソリトに抱き付いてきた。
その時、これは面白い流れだと感じたソリトは、ドーラの頭を撫でて慰める。
「ホント、お姉ちゃんは怖いなぁ。おい〜ドーラが怯えてるじゃないか」
「すみません…って何で私が謝ってるんですか。というかソリトさん楽しんでますよね!?」
「静かにしろよ。ここ何処だと思ってる」
「裁判所です、すみません…ってだからぁ!!」
裁判所で地団駄を踏むルティア。
というのも治療院は裁判所から直近の場所にあるのだ。
その間に叱る事も出来たのだが、着替えて後に治療院内の厨房で自分が食べた料理の皿洗いを始めた為に、怒るに怒れなかったのだろう、とソリトは予想している。
ただ裁判所内で怒るのはどうかと思うが、それはそれでソリトにとっては面白要素だった。
「お姉ちゃんは面白い」
「おもしろいやよー!」
「面白くなーい!!」
「弟子、いとをかし」
「イトオカシってどういうお菓子です!?」
「弟子真面目過ぎ」
「師匠まで…」
「ふふ、何だか楽し気だな」
裁判所内の真ん中で、ソリト達が賑やかな会話を繰り広げていると、不意に裁判所の左から声を掛けられた。
顔を向けると、左奥の階段を下りているシュオンが見えた。
「シュオンか」
「薄い反応だな。それより体はもう大丈夫なのか?」
「ああ、ただ聖女に罵られて精神はボロボロだ」
「外部内部精神共に健康です…!」
体をフルフルと震わせ、怒りを押さえつけたような声で言うルティア。
これ以上は危険だと【危機察知】が異常な反応を示す。その時、今すぐ終われさもないと終わるぞという、言葉が脳裏に過ったような気がしたソリト。
何が終わるのかは分からないが、不穏な予感がしたので弄るのを止めて、すまん冗談だ、とシュオンに謝罪する。
その瞬間、ルティアが諦めが入り混じった溜息を吐いた。同時に、【危機察知】から反応が消滅した。
どうやら、危機は回避できたらしい。
「それにしてもシュオン様、戻っていたのですね」
「少し前にね。で、さっきまでアストルム女皇陛下様達に会っていたんだ。グラヴィオース殿も来ているよ」
あと、シュオンとグラヴィオースのパーティメンバーは参加禁止という事らしく、外で待機しているらしい
「グラヴィオースね…」
少々突っ走る面があり、問答無用で攻撃を仕掛けてくる。
演説では熱い漢という印象を最初に抱いたが、今はそんな悪い印象に変わっている。
余り会いたくないというのが本音のソリトは、溜息を吐きながら、苦い顔を浮かべる。
「ソリトさん、ご本人の前でその表情は止めた方が良いですよ」
「努力する」
「もう…」
ルティアは諦めたように、溜息を溢しながらソリトに告げた。仕方ないですねと言うように、ソリトに弱々しく微笑む彼女を見て、ドーラがイチャイチャダメ!と言いながら突然二人の間に入り、そんな光景にシュオンがクスクスと笑い声を漏らす。
ただ、ソリトからすればイチャイチャしていないし、こんな緊張感が無くて良いのかという感じだ。
そうして、裁判が行われるとは思えない正反対の雰囲気を出しながら法廷へと向かった。
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