第109話 最強対決 バルデスvsソリト

 少し時間を遡る。

 内部の水の流れとマスクから供給されていた空気が突然止まり、勝手にマスクが外れた。

 マスクを横に払い、扉に手を置く。


「ッ!」


 カチッと音が鳴ったと同時に、力を込めた瞬間、扉が吹き飛んだ。

 激しく波打つ。

 波が収まると、ソリトは壊れた扉の縁を掴み卵型容器から出て底にゆっくり着地する。


 一気に水中から抜け出そうと踏み締める。直後、天空島の一部周辺が激しく揺れ始めた。

【空間機動】で飛び上がり湖から出る。

 巨大な水柱を生みながら、その中心から脱出したソリトは陸に着地し、突き立てられていた聖剣を腰のホルダーに差した。

「遅ようマスター」

「最初の一言がそれか。ま、心配掛けた」

「ん、本当に。でも何だか雰囲気が変わった」

「……かもな」


 今でも実感できる溢れてくるような力。

 これが地竜を倒した後の本来の力という事だ。

 それが理由なのか、クロンズ達への怒りや憎悪、他人への不信感などがあるにも拘わらず、風の心地好さに浸れる程ソリトの心が穏やかなのだった。


 聖剣の言う雰囲気が変わったというのはこの事だろう。

 だが、風に浸っている暇もない。


「聖剣、早速で悪いが俺は向かう所がある」

「無茶しない?」

「そいつは出来ないかもな。何せ相手は強敵だ。状況次第じゃ無茶をすることになる」

「………言っても無駄そう」

「ああ。ん?」


 どういう訳か、広範囲を探れる程の気配感知能力を失っていた。

 方角の確認を一応やろうと思っていただけなので、気にすることではないが、突然消えたことが不思議に思ったのだ。


「まあ、良いか」

「お目覚めですか」

「誰だ」

「私は竜王のランと言います。貴方にこれを渡すために来ました」


 ランが差し出してきたのは水の入った四本の瓶だった。

【薬剤師】で鑑定してみるが、鑑定できなかった。


「これは?」

「回復薬のような水です。傷や体力、魔力、精神力、全てを回復させる効果があります」

「マスター、受け取るべき」


 聖剣の言葉なら信用は出来るかとソリトは受け取ることにした。


「分かった」

「それでは、お気をつけて〝我れ等が王〟」


 色々と気になる事があるが、聖剣やルティアが知っているはずだと後回しにして、ソリトはポーチに受け取った瓶を収め、南へ向かって天空島を離れた。






「誰だ?」

「……通りすがりの吐き勇者」

「それは、見れば分かる」


 バルデスが戸惑いながら受け答えをしていると、ファルがソリトの名前を呟いた。


「ソリト…」

「………」


 ファルを無視してバルデスと向き合っていると、そのバルデスが何かを呟いていた。


「ん?勇者…そして剣…そうか、貴様がそこの少女が言っていた勇者か」

「知り合いには間違いないが、助けたのはただの偶然だ。俺は強い気配を目指してここに来た。そしたら、こいつがいた。別にこいつがどこで死のうが殺されようが知ったことじゃない。けどな、生きている限り、ケリを着けるのは俺だ」

「では、貴様は私と戦うという事で良いのかな?」

「ああ。だが、その前に」


 ソリトはポーチから瓶を四本とも取り出し、二本をファルに渡した。


「回復薬だカロミオ達とお前で二本使え。戦いの邪魔だ。お前も良いよな!」

「異論はない」


 許可が下りると、ファルはカロミオ達に半分ずつ中の水を飲ませて行き、そして最後にファルが瓶の中身を飲み干した。


「さて」


 ソリトはもう一本を飲み干してここに来るまでに消費した体力と魔力を回復させ、残りの一本を握り締めた。


「おい!」

「ん?」


 呼び掛けに反応したバルデスに目掛けてソリトは瓶を投げた。


「そいつを飲め」

「なっ、何してるの!」

「アイツはお前達との戦いで消耗してる。俺は全快の状態で戦いたい」

「ぜ、全快って、そんな場合じゃないんだよ!」

「知るかよ。どんな状況かなんて関係ない。俺は、俺の道を進んだ先に何があるかを見てみたい。途中に立ちはだかるものがあるならそれを糧にして。それが国だろうと、勇者だろうと、魔王だろうと」

「…では、遠慮なく貰うことにしよう」


 瓶の蓋を開け、バルデスは中身を一気に飲み干した。


「っ!こいつは驚いた。減っていた体力だけでなく、魔力や精神力も全て回復したぞ」


 そのあと、カロミオ、ラルスタ、老執事と飲ませていった順番に目を覚まし起き上がった。

 状況に戸惑っているのかキョロキョロと周囲を見渡し始めたカロミオはソリトを見つけた。


「ソリト君!」

「話は後だ、邪魔だから何処かに行っててくれ」

「何を馬鹿な事を。私達も…」

「負けたんだろ」


 ソリトがそう返すと、カロミオは固い表情になり反論する事なく黙った。


「それに、俺はこいつと一対一で戦いたい」


 そう言うと、バルデスが口角を上げた。


「それは私もだ」


 カロミオ達はこの場を離れていく。だが、ファルはずっとソリトを不安そうに見ていた。

 裏切っておいて何を今更と思いながら、言葉を掛ける。


「安心しろ。負けるつもりはない」


 そう言うと、ファルは大人しくカロミオ達の方へ走っていった。


「先程少し後悔することがあったのでね。名前を名乗っておこう。私の名はバルデス。魔王四将の一人だ」

「魔王四将?確か吸血鬼のルミノスがそうだったな」

「ルミノス。随分と懐かしい方の名前を出すじゃないか。その方がいたのはもう百年以上前の話なのだが」

「少し前にな、会った」

「そうか。もう死んだと思われてたのだが、生きていたのか」


 どうやら封印されていたことは知らないようだ。

 それでも、もうこの世にはいないのだが。


「それでお前の名前は?」

「ソリト。一応、勇者って事になってる」

「一応?どういう意味だ」

「こっちにも色々と事情があるって事だ」

「これ以上聞くのは野暮というものだな」


 バルデスは両腕を横に広げた構えを取る。

 バルデスから戦闘準備の合図を貰い右半身を前に出して、軽く拳を作った状態で構える。


 〈聖剣。連れてきたが、今回は俺だけで戦わせてもらう〉

 〈むぅ……仕方ない。今回は見届ける〉

 〈そうしてくれ〉


 会話を切り上げ、バルデスに集中する。


「来い」


 その言葉を合図に一歩踏み込み、空中を駆けるようにバルデスへ突進する。


 目の前へ着いた瞬間左へ体を捻り回転蹴りを繰り出す。左前腕で受け止められたが、その体勢のままソリトは左拳を放つ。

 バルデスは右手で受けとめると、左腕を上げてソリトの顔面に向かって横に鋭く振り下ろしてきた。

 下に屈んで回避すると、バルデスは続けて右足蹴りを繰り出し、ソリトは上に跳躍して回避した。


 そのまま、空中で左回転した勢いを加えた低い蹴りを出すが、バルデスは地に右手を突き、蹴りの方向に合わせてスライディングして回避した。

 そのまま右手で体を支えて右半回転して蹴りを繰り出し、降下中のソリトの足を狙ってきた。


 ソリトは咄嗟に体を捻って頭を下に向けて右手を付き、バルデスとは逆方向に飛び回避した。

 その勢いを利用してバク宙を三回繰り返し、着地直後、その場から一瞬でバルデスの頭の上に回り込み、左足蹴りを出したが、少しだけ前に傾き回避される。

 うなじを狙って肘鉄で追撃すると、首を左に少しだけ傾けて回避され、通過した肘を両手で掴まれた。


 右足で反撃するが、右肘で受け止められ、そのままバルデスはソリトを前に投げ飛ばした。


 空中で体勢を整え、着地した瞬間に再びバルデスへと真正面から突進し、拳撃を繰り出したのを合図にソリトはバルデスと攻防戦を始めた。


 激しい攻防の中、バルデスに拳撃を受け止められ、ソリトは重い反撃を喰らわされて仰け反る。

 だが、即座にバルデスの顔めがけて蹴りで反撃し返した。


 そして、仰け反った体を更に反らして逆立ち、手を付いた瞬間跳躍して、ソリトは再び距離を取った。

 着地して立ち上がると、バルデスも距離を少し取っており、互いに見合う形となった。

 その時、バルデスが楽しげに笑みを浮かべている事にソリトは気が付いた。


 少しして、今度はバルデスが突進し、右足から出された蹴撃を左前腕で受け止めたのを合図に戦闘を再開した。


 右足を即座に引いたバルデスは、追撃で右拳が繰り出した。

 後ろに大きく飛ぶと、距離を取らせないよう突っ込んでくる。

 着地と同時にバルデスへ突っ込み、迎え撃つソリト。

 だが、目の前まで来た所にバルデスが拳を放った。


 ソリトは空中に飛び上がって回避し、跳躍限界に着いた瞬間、回復中に得た新スキル【魔力消費軽減】で【空間機動】を魔力消費を抑えながら凄絶な速度で縦横無尽にバルデスを撹乱しながら地上に戻る。


 地面に着いていた片膝を上げてゆっくり立ち上がると、バルデスはその場を動かずに立ち尽くす。


 バルデスの周囲を疾走しながら近付いていき、目の前に来たところで、速度を維持したまま、ソリトは攻撃を繰り出した。

 だが、バルデスはその位置でソリトの攻撃を全て受けきられた。その直後、反撃の蹴りが繰り出してきた。

 咄嗟に後ろに飛び退くも命中して軽く飛ばされた。ソリトは手を突いて、更に後ろへ飛んで着地する。


 立ち上がると、バルデスはソリトの方へ体を向けてまた同じ笑みを浮かべた。

 気にすることなく、ソリトは右腕を振りかぶって再び突進する。

 バルデスは腕を交差させ瞬時に防御の構えを取る。

 そこへソリトは拳を放ったが、その拳はソリトごとバルデスの体を通り抜けた。


 バルデスが呆けた表情になった瞬間、突然現れたソリトの拳がバルデスの腹に直撃した。


「う゛あ」


 その勢いのままバルデスを押す。だが、バルデスも負けじと踏ん張り勢いを殺す。

 そこへ軽く跳躍し、バルデスの背後にある大岩に直撃する威力で顔面を蹴り飛ばした。


 だが、蹴り飛ばされた体勢のままバルデスは直撃する前に空中でピタリと止まった。


 怪訝な表情でソリトは少しだけ距離を取って構える。


「今のは危なかった。流石の私も焦ったぞ」


 空中で体が固定されたまま起き上がってきたバルデスは腕組んだ状態で話し掛けてきた。

 ソリトは構えをといて言葉を返す。


「よく言うぜ。お前が〝この程度で〟倒されるとは思ってない。それに飛行が出来るんだ。焦りなんてものは程遠いだろ?」

「焦ったのは本当だ。先程の〝幻歩〟の使い方が勉強になるくらいに、な」


 バルデスの言う〝幻歩〟のカラクリはこうだ。

 拳を放った直後、ソリトは〝幻歩〟で気配を消し、残像を残すと同時に速度で姿を消す。

 そして、自分の残像が通り抜けた瞬間に生まれた隙を狙って一撃を入れたという訳だ。


 バルデスはゆっくりと着地しながらソリトの攻撃を誉めた。

 それをソリトは無愛想に返す。


「それはどうも」

「だが、空中に浮かぶ武技はお前も持っているだろう」

「へぇ、そんな武技があるのか。ちなみに俺のは【空間機動】って言ってな。魔力を使って空中を駆ける能力だ」

「それは中々に興味深い。私のは武技でも習得が困難で極技と分類させられた〝空歩〟というものだ。だが、その分精神力の消費は些細なもので長時間による空中戦闘も出来る」


 という事は次からは空中にも攻撃範囲を広げそうだ。となると生命線の一つとなる魔力を消すわけにもいかない。

 ここはもう一つと新スキルを発動しておこう、とバルデスの行動を予想しながら、ソリトは会話を続ける。


「それにしても、戦うのが随分楽しそうだなバルデス。魔王四将ともなると楽しむ余裕ができるものか?」

「私は戦闘狂と違い、相手による。しかし、残念だ。お前であれば、私と同じ領域に立てるというのに」

「何?」


 バルデスの言葉にソリトは怪訝な表情になる。


「相手の力量を測ろうとする程の余裕と実力。戦闘中にこうして会話をしているにも関わらず、隙を見せずまた隙を探る冷静な精神と思考力を持っているというのに」


 バルデスはゆっくりとソリトの方へと歩み寄って来る


「お前が手の内を中々見せないからだろ?」

「ならこれからボチボチと見せていってやる。私と同じ場所に連れて行ってやりながらな」

「期待してる」


 直後、鋭い蹴りを上げられたが、ソリトは屈み回避して、そのまま蹴り返すと、バルデスは凄まじい速度で跳躍回避し、ソリトも速度を上げて後を追った。





 その頃、ファル達は離れた場所からソリトとバルデスの戦闘を観ていた。


「な、なんてスピードなんだ!」

「ああ、目で追うのがやっとだよ」

「私も旦那様達と長らく共にしてきましたが、これ程の戦いは見たことがありません」


 ファルもカロミオ達の言葉に同意見だった。

 本来のステータスを解放していなければ、目で追うことも出来ない程の速度。

 しかも、目で追えてもソリトとバルデスがその場で激しい攻防は一瞬のような出来事で、空中に場所を変えてからの移動速度は姿を捉える事が出来ない程だ。


 度々見合う場面ではソリトとバルデスはまだ息を一つも乱していなかった。


 次元その物が違うと言っても過言ではないだろう。


「こっちに来るぞ!」


 カロミオが叫ぶと同時に一斉に身構えた瞬間、衝撃と爆風を巻き起こしながら二人が現れ、バルデスが防戦一方でソリトの猛攻撃が繰り出されていた。


 だが、それも少しして、バルデスが上空へ上昇しソリトも猛攻を加えながら追って行ったことで、この場での攻防はファル達と砂埃だけを残こして終わった。


 上空を見上げると、ソリトとバルデスが互いの手を掴み取っ組み合っていた。

 ソリトが姿勢を崩して仰向けになると、蹴り飛ばしたのか、バルデスが更に上空へと上げられ、そこへソリトが先回りしてバルデスを攻撃して地上に落とした。


 バルデスが顔を少し上げてソリトに視線を向けると、ソリトは少し不服そうな顔で地上へ向かってまた姿を消した。


「地上に下りてくるぞ!」


 ラルスタが叫んだ瞬間、砂埃を巻き起こして、ソリトとバルデスは既に激しい猛攻と反撃を始めていた。

 だが、蹴りを屈んで回避し、そこへ追撃の一撃を繰り出されて右に飛び回避した瞬間、攻防はバルデスの連続攻撃にソリトが防戦一方へ形成が変わってしまった。


「押されている」

「まずい、大岩に追い込まれるぞ」


 状況は不味い。しかし、何故だかファルはソリトに違和感を覚えた。


「……そっか」


 ファルは気付いた。

 バルデス同様、ソリトが全力で戦っていないことに。






 形成を逆転させてしまい、防御に回り続けていると大岩の前まで押し込まれてしまった。


「うくっ」


 バルデスの拳が襲ってきた。同時に〝流水〟と〝幻歩〟、武技二つ使ってバルデスの背後から距離を少し取った場所まで一瞬で回避し、代わりに大岩が崩れ去った。


 バルデスは振り返った瞬間、〝空歩〟を使って空中から直進で突っ込ん来る。

 ソリトは腰を低く落として、頭の前で腕を交差させて守りに徹して、バルデスの空中からの突進のズズッと速度を削ぎながら防ぐ。

 速度が落ちた完全に瞬間、両手で体を支えて両足でバルデス上空に突き上げた。

 追撃を掛けるために跳躍し、片手を上げ【賢者の卵】を発動して【魔力操作】で速度を上昇させた状態で〝アインス・フレイムボール〟を放った。


「はっ!」


 バルデスは手刀で火球を弾き飛ばした。

 その隙にソリトはバルデスの背後に回り、背中に重拳の一撃を与えた。


 直後、バルデスは体を捻り、ソリトの顎へ重撃を返してきた。

 空中で踏ん張るが、背後へ回り返され両手を組んだ状態でバルデスはソリトを叩き落とした。


 体勢を立て直し中腰近い四つん這いで着地し、バルデスも空から降りてきた。


「さてソリト。お前の準備運動はこれくらいで良いだろう」

「そうだな」

「「「え゛?」」」


 今の戦闘ウォーミングアップで、ソリトは一つ理解した。

 常時使える戦闘スキルを発動して戦ったとしても、少しでも気を抜けばあっという間にやられてしまう可能性があると。

 だからといって、単体の身体強化スキル【金剛】や【瞬足】などを複数使って戦うのは無駄に魔力消費をするだけだ。


 発言からしてバルデスも次は全力で来るのだろう。

 なら、ここは【破壊王】や【狂戦士】を除いた戦闘スキルに【魔力消費軽減】と共に獲得した新スキル【魔力放出】も使い今引き出せる力で立ち向かうしかない。

 そう決めた瞬間、ソリトの目つきが変わった。


「よし!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る