第107話 side10 急襲!現・魔王四将

お待たせしました!











 時間は少し遡る。


 中央都市アルス中央区域の治療院で目を覚ましたクロンズ。

 治療院に緊急搬送されてからの間、付きっきりで看病をして、いつの間にかベッドを枕代わりに突っ伏してエルフのフィーリスと魚人のアリアーシャが寝ていた。


 その状況に少しだけ優越感に浸りながら、表面上で感謝を述べるクロンズ。

 その内心では自分の右眼右腕を奪ったソリトに憎悪を湧き上がらせた。自分のプライドと男としての象徴と尊厳を滅茶苦茶にされた事に対して。


 あんな無能な孤児の下級勇者に二度も敗北した事が許せなかった、と自分に怒りさえ湧いた。


 だが、二人にあの後を事を尋ねて、思惑通りにいったと言われた瞬間、それは歓喜と愉悦に一変した。

 それでもルティア達が誘拐されたという事になっている事には納得がいかなかった。


 アルスの人間に、ソリトは犯罪者にされた怨みで自分の命を奪おうとしていた。聖女ルティアはその協力者の可能性があるという話を広げてさせる事を考えた。

 見た目を見れば信じない者はいないだろう。


 そんな事を考えていた時、ファルが水を入れた銀桶とタオルを持って戻ってくると、ソリトを追って行った冒険者やアルス兵は他の勇者二人とその仲間達と共に引き返してきたらしく、その後二勇者一行は都市を離れたらしい。


 クロンズは近くにあった花瓶を投げると、ベッドから立ち上がった。


「クロンズ、もう十分よ。それにもうあいつ等に関わるのは止めましょ。ろくな事がないわ」

「そうだよぉ。もうぉ止めようよぉ」

「うるさい!僕をここまで虚仮にしたんだぞ!許せるわけがないだろが!」


 ソリトに対しての殺意を向けられ二人はクロンズの言葉に大人しく頷く。


「ファル。あいつ等の場所は」

「行ったら今度は只では済まないかもしれないよ?」

「安心しろ!気を失っている時、神は僕に味方した。スキルが進化したんだよ!しかも違うスキルまで手に入れた!もう僕は誰にも負けないさ!」


【反転】という謎の現象が起きた。その瞬間、クロンズのスキルが変化した。

 攻撃的だった【嵐の勇者】の力とは正に正反対の能力だが強力だった。

 更に【反転顕現】という訳の分からないスキルも獲得した。その時、頭の中で『力を欲するか』と問われたが、自分は王族だ。力を寄越せと、応えた。

 得た力は何となくだが、強力だと理解できた。


 そして、クロンズは、ソリトとは違い自分は愛されている、と狂乱したように笑い出した。







「………そう、やっと」


 クロンズ達に聞こえない声量でファルは呟いた。

 長かった。沸点の低い男だから直ぐに【反転】すると思っていたが、その度にタイミング悪くフィーリスとアリアーシャが宥めたり、体を重ね合ったりして溜まったストレスや負の感情が無くなる。

 怪しまれないためにファルも宥める時がある。体を重ねる事は無い。重ねるのは求められてしまった時だけ。


 最愛には言えない。どちらにしても傷付けてしまうから。それでも言ってしまいたくなる時もあった。喉がつかえて声が出ないときがあって助かる事もあった。

 けれど、同時に断念したくなった。

 何度思ったのかファルも覚えていない。


 だが、一度で【反転顕現】を得たのなら堪えてきた甲斐はあった、とファルは失笑した。とはいえ、次に行う事は好きでもない男に身売りし、最愛を裏切った事を無駄にするに等しい行為となる。


「それでも、やるしかないんだよね」

「どうかした?ファル」

「あぁ、ちょっと今のクロンズ怖いなぁって」


 本当は、クロンズの笑い方が怖いではなく、不気味で引いているだけ。

 だが、それを口にするのは何かと面倒な事になりそうな気がしたファルは、抱いた感情に近い理由を述べて誤魔化した。


 それから、クロンズはフィーリスとアリアーシャに服を着替えさせると、ソリト達の向かった方向を聞こうとファルに迫り、逃走していったと言うと西へ向かうことにした。


 だが、治療院を出ようとした時、一人のアルス兵が押し掛けてきた。

 体裁を保つためにクロンズが爽やかに尋ねた所、何でも魔王四将と名乗る魔族が北側に現れ、勇者を出せと要望したらしい。


 今アルスにいる勇者はクロンズのみ。

 しかも、出さなければ一刻後に都市に攻めるとのこと。そしてクロンズに白羽の矢がたった。

 勇者としての見聞として、自分の力を試そうと思い魔王四将の元にファルとクロンズ達は向かった。


 魔王四将が待っていたのはアルスから一キロ程の先離れた場所だった。

 近づくに連れて魔王四将の姿が見えてきた。


 二メートルの筋骨隆々の赤色の巨体。

 黒い髪と二本角。

 魔物のオーガと人間族に似た姿は鬼人と呼ばれる魔族だ。

 服装は青のインナーシャツ。その上に赤紫色の道着を着ている。


 ファルは一目見た瞬間、勝てないと悟り一歩後ずさる。


「お前が勇者か……他の勇者はいないのか?」

「ふんっ。貴様などこの僕だけで十分だ」


 どうやら、クロンズは相手との実力差を理解できていないようだ。おそらく、フィーリスとアリアーシャも同じだろう。


「残念だが、それは不可能だ。〝お前達三人〟では私の相手にすらならん。地竜が倒されたと聞いて来たのだが。どうやら少し遅かったようだ」


 鬼人の魔王四将がそう口にしながら、ファルに視線を向けられた。


「っ!」

「ほざけぇ!」


 ファルが視線に目を開いていると、クロンズは激昂してアルスの武具店で買った性能の高い槍を片手で構えて突進した。


「くらえ、ディスターブスピア!」


 武技を放ち、あらゆる方向から槍を放つ。


「おらおらおら!」


 微動だにしない鬼人の魔王四将に命中する。

 更にクロンズは片手ながらに四方八方に攻撃を休めず続けていく。

 クロンズは【反転】したようだが、その真価はまだ見えない。

 ただ、威力は上がっている。


「魔王四将も大したことないじゃない!手も足も出ずクロンズに滅多うち状態よ!」

「これならぁ、私達の援護はいらないねぇ」


 今の状況を二人のように呑気に見ることができたならばどれだけ良かったか、とファルは息を呑む思いで見ていた。


 ファルには全く違った戦況が見えていた。

 槍が全て命中している様に見えているが、現実は鬼人の魔王四将が紙一重の距離で一瞬だけ右手だけで受け止め、回避していた。それも微動だにしていないように見えるほど素早く。


 だから当たっているとクロンズも錯覚してしまっているのだ。ただ、様子が少し可笑しい。

 表情は焦燥感に溢れており、顔色は少し悪くなっている。

 攻撃が効いていない事が解ったのだろうか。


「翔嵐槍月!」


 槍を下から突き上げ、激しい竜巻の衝撃波を鬼人の魔王四将に向けて放つ。

 攻撃を止めない所を考えると違うかもしれない、とファルは考えが定まらず、頭を悩ませる。


「ハハハハどうだ?魔法でも武技でも使って防いでみろよ!どうせ〝使えないんだけどな〟ハハハハ!」

「うるさい!」


 クロンズが最後口にした言葉が気になったファル。

 だが、その時、鬼人の魔王四将がクロンズを虫を払う様に背後の大岩まではたき飛ばした。

 衝突して地面に落ちると、そのままクロンズはうつ伏せの状態から動かなくなった。

 その瞬間、周囲の時が止まった様に静まり返った。


「「……………え」」


【反転】したとはいえ、魔王四将を倒せるまでにはやはり届かなかったようだ。


「バカ過ぎて吹き飛ばしてしまったが、勇者であることには変わりはない。やはり殺しておくとするか」


 呆れながら鬼人の魔王四将は背後にいるクロンズの方へ振り向いた。


「ファル!アイツを止めるわよ。アリアはクロンズの回復に行って」

「うん!」

「分かった」


 倒せるとは思えないが、ファルもクロンズに今死なれては困ると杖を構える。


「別に回復させても構わんが、一々相手にするのも面倒だ」


 気が付いた時には鬼人の魔王四将がファル達の所まで接近していた。


「悪いが止めさせて貰う」

「うっ…」

「んがぁ」


 フィーリスの腹に一発、アリアーシャのうなじに肘鉄を一発入れられ、二人が気絶した。


「さて、後はお前だけだ」

「……勇者を倒したという事で退いてくれない?」

「残念だがそれは無理だ。個人的にはどちらでも良いのだが、魔族として勇者は見逃せないのでな。だが、一つだけ条件を呑むなら…今回だけは、退くことにしよう」

「その条件は」

「お前とあの都市にいる強者でもう一度戦い私に勝つことだ」


 アルスにいる強者でファルが思い付くのは最前線にいたギルドマスターのカロミオと都市の最高位権力者ラルスタ会頭とその秘書を兼任しているという老執事のパーティだ。


「……条件が果たせなかったらどうなるの?」


 何に驚いたのか一瞬鬼人の魔王四将が目を見開いた。


「その時はお前を含めて四人の…いや、あの都市に暮らす人間族全ての命を貰う」

「あと一つ。何で、私だけ逃したの」

「分かりきった事を言うな。どんな方法かは知らんが、お前だけは実力が圧倒的に上だからだ。弱者を先に倒して数を減らす。定石だ」


 やはり目の前の魔王四将に見抜かれていたらしい。

 別にそれは良い。

 だが、都市の住人をファルは見過ごせなかった。


「分かった。話をして連れてくるから、何もせずそこで待ってて」

「良いだろ。だが、逃げようなどとすれば……」

「釘を刺さなくても分かってる」

「なら良い」


 ファルは急いで、中央都市へ戻り、カロミオ達に取り次いで貰うように頼んだ。

 待合室の椅子に座って待っていると、暫くしてカロミオ、ラルスタとその秘書の老執事が応じて来た。ファルは直ぐに事情を簡潔に説明した。


「旦那様如何なさいますか?」

「私は条件を呑むべきだと思っている」


 老執事がラルスタの意見を伺った後、カロミオが条件を呑む方に一票入れた。


「それは分かっている。だが、負ければ」

「……ソリトくんがいればもしかしたら」

「……」


 今回の事はファルも予想外過ぎた。

 だが、今更クロンズを誘導しなければと後悔しても遅い。

 そして、今はそんな事に耽っている場合ではない。


「あの、別に勝たなくても良いと思います」

「それはどういう事かね?」


 ファルの意見に疑問を抱いたカロミオが尋ねた。


「あの魔王四将なら、都市の人達を殺すのは容易だと思います。だから彼の力を攻められない程大きく削げば」

「……どうだろう。君から見てあの魔族は引き返すと思うか」

「いえ、攻めてくると思います。だから、一度撤退させるまで追い込んで、その間に勇者に救援要請を送るんです。いえ寧ろ、今から送る方が」

「それしかないのか……ラルスタ、確か【日輪の勇者】はクレセント王国と【雨霧の勇者】はアポリア王国の方に向かっていたと耳にしたが」

「うん、間違いない」

「では、直ぐに近くの兵士に頼んで手配してもらいます」


 一言いれて老執事は待合室を後にした。


「私達は先に行きましょう」


 ファルの言葉に二人は頷き、魔王四将の待つ場所へ向かった。








―――

どうも、翔丸です。


プチ面白ざまぁを入れてみました。


何処でしょう。

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