第106話 王族女性との密会

 回転しながら吹き飛ぶ【天秤の聖女】をジッと観て、ドーラは大きく後ろに跳んだ。


「ぶっ!ひ、酷いですわ!受け止めてくださっても良いではないですか!」

「ルティアお姉ちゃんをいじめる人はややよ」

「あれはわたくしとルゥちゃんの〝特別〟なスキンシップなんですわ」

「死んでもあり得ません」

「つれないことを言わないでくださいまし〜」


 胸を張っての高らかにされた宣言を、ルティアは冷めた声で速攻のツッコミで断じる。

 すると、流れるように【天秤の聖女】が縋るように腰に抱き付いてきた。

 ルティアは引き剥がそうと顔面を押す。しかし、赤ん坊が母親から離れたくない際の様に確り密着して離れない。


【天秤の聖女】クティスリーゼ。

 真偽を見抜くスキルで、裁判、尋問などを主に各地を回っている。美しい青い髪と紫の瞳が特徴の可愛い女の子大好き、中身がおっさんと疑いたくなる残念聖女。


 クティスリーゼの事は苦手なだが、変わらない言動に何処かホッと安心感を抱いている部分があることに、ルティアは気付く。

 社交的に振る舞う事をしなくて済む数少ない一人だからだろう。


 ルティアは仕方ないと言った溜め息を吐くと、クティスリーゼに甘い声で話し掛ける。


「クティスリーゼ。お願いします、はなして?」

「萌へぇ!」

 

 ぷしゃー!と盛大に鼻血を噴き出しながら【天秤の聖女】は倒れた。

 その原因となったルティアは心配することも、慌てることもなく、ただ冷静に、冷めた目で青いアンダーブラウスとスカートを着込んだクティスリーゼの白いシスター服の襟を掴んで引っ張り上げる。


「この人大丈夫なんよ?」

「大丈夫ですよ。いつもの事なので、全く、問題は、ありません」

「そ、それはそれでどうかと思うッス」

も私達の前に来たという事は許可が下りたという事でしょうから先程の門番さんにでも案内いただきましょう」


 ルティアは白いシスター服の襟を掴んだままクティスリーゼを引き摺って、先程の門番に案内をお願いして向かった。

 その時、


「な、なんだ!」

「地面がゆれてるんよ」


 小さく地面が揺れた。だが、すぐにそれはおさまった。

 地震にしては早い。一体何だったのかと考えながら、ルティアは門番に話し掛ける。


「門番さん、案内は良いので、念のために高潮が来たときの対処をしておいてください」

「わ、分かりました」


 それから口答で教えてもらい到着したのは、港町に唯一ある高級感溢れる宿だった。

 塀に囲まれた三階建ての暖かみあるミルキーな色の壁が特徴的な外観だ。

 門番と別れ、アーチ状の門を抜けると、中庭が広がっていた。

 唯一整地された真ん中の道を歩き、重厚な扉を開けた。


 中は十数人の子どもが全力で追いかけっこ出来るロビーが広がっていた。


「いらっしゃいませ。ご予約はなさっておりますか?」


 奥から現れ、狐耳の獣人女性店員が出迎えてくれた。


「いえ、この人の連れなんですが」


 ルティアは玄関に失神中のクティスリーゼを寝かして、回復魔法を掛けた。


「ん。あ!ルゥびゃっぶぅ〜!」

「私を襲わずに事情を話して部屋に案内してください!」


 クティスリーゼに鋭いアッパーカットを顎に入れ、天井付近まで殴り飛ばすルティア。

 一方で、飛んで行くクティスリーゼを見て、ドーラと狐女性店員がそれぞれの反応で騒ぐ。


「お、重い一撃でしたわ」

「素晴らしい師匠に出会えましたので」

「そうでございますか」


 クティスリーゼは話しながらふらふらと立ち上がり、狐獣人女性店員に連れという名目で説明してくれた。


「では、南館に案内しますわね」


 ルティア達はクティスリーゼに付いていき、ロビー中央の右側の階段を上る。

 この宿は北館と南館に分かれており、造りは左右対称で部屋数も同じだそうだが、北館はグレードが低く、南館はグレードが高いらしい。

 グレードは部屋の場所によって変わるのだが、ここのオーナーが宿から見える海の景色を富裕層関係なく味わって欲しいという事で北と南の館でグレードを分けているのだそう。


「そういえばルゥちゃん、お聞きになりませんのね」

「何がですか?」

「ルゥちゃんは私を頼りに来たはずですのに、皇帝や妃のいる部屋に案内している理由。まあ、ここまで来たのはルゥちゃんですけれど」

「私達は密談する事になりますし、ソ【調和の勇者】様の一件は国にも非があるので、それなら、協力していただけるように抗議しようかと思ったので」

「ルゥちゃん、変わりましたわね」

「最近良く言われます」

「それだけ差があるという事ですわね。前のルゥちゃんも好きですけど、私は今の方が好きですわ。人間味があって」


 そうかもしれない。怒り、哀しみ、喜びながらソリト達の旅を純粋に楽しんでいた。

【癒しの聖女】として、自分の届く範囲の人達は必ず助けるという目的の為に、感情は人と関わる時でも必要最低限以外不要と表に出さないように抑え込んでいた。

 しかし、最近クティスリーゼを入れて三人だけだが、変わったと言われた。

 だが、ルティアは変わったのではなく、我慢していた感情を無自覚に、自然に表に出していただけと思った。

 その原因はきっと、とルティアが考え始めた時クティスリーゼが足を止めた。


「さて、着きましたわ」


 到着したのは南館二階奥の部屋の前。

 扉端には二人の騎士と扉の正面に一人のメイドがルティア達を待つように立っていた。


「お待ちしておりました。どうぞ、部屋へ御入りください」


 メイドは扉を開け、端に移動して道を開けた。

 そして、ルティアとドーラはクティスリーゼに続いて中へ入った。

 部屋の玄関を歩くと、赤を基調とした間取りの広い空間に出た。



「【天秤の聖女】クティスリーゼ様、【癒しの聖女】ルティア様と同行者の少女をお連れしました」

「ご苦労様。皆様にお茶のご用意をお願い」

「畏まりました」


 メイドさんはルティア達に小さく一礼して部屋の奥へと歩いて行った。すると、隅に立っていた五人のメイド達の内二人も同じ方へと向かって行った。

 残った空間にはルティアとドーラに聖槍、メイド三人、【守護の聖女】でありクレセント王国王女のリーチェに、ルティアも見覚えのある二人の女性と見覚えのない女性一人。


 三人女性が綺麗な所作で座っていた椅子から立ち上がる。


「お久しぶりですね。ルティア」


 白銀の髪を後ろに纏めた女性は朗らかな眼差しの微笑みを浮かべて、ルティアに言った。


「はい。皇帝陛下も息災で何よりです」


 ルティアはステラミラ皇国女皇ユリシーラ・Hヒルデガルド・アストルムに挨拶を返す。


「リッちゃん!」

「待ってドーラちゃん!」


 静止する言葉を聞かずにドーラはリーチェの方へと行ってしまった。

 だが、リーチェも嬉しそうな表現でドーラを迎えていれ、周りも何も言わないので、良いかと思った。

 その時、ルティアは女皇ユリシーラにそっと抱き寄せられた。


「本当に無事で良かった。数刻前に現状を聞きました。大変だったでしょう」


 その言葉に嬉しく思うも、ルティアは首を横に小さく振りユリシーラから離れる。


「いえ、大変なのは【調和の勇者】様です」

「貴女の言う通り一番大変な立場にいるのは【調和の勇者】様です。ですが、その彼の力になった貴女も少なからず大変だったことに間違いはありません」

「ありがとうございます。とはいえ、私では【天秤の聖女】であるクティスリーゼ様を探す手段しか」

「いえ、それで間違いはありません。ルティア様」


 ユリシーラの柔らかな声とは違い、静かな迫力のある声が会話の輪に入り、ルティアの判断を肯定した。

 その声の人物はルティアも面識があった。

 クレセント王国王妃のリリスティアだ。

 話の間に入った事への一礼をしてからリリスティアは再び口を開く。


「この度の件は我が夫の愚行によって起きた事も一つですが、その発端である【嵐の勇者】一行の行いの目撃者が当事者だけという状況下という事しか、不甲斐ない事に情報を集めてもそれしか判明しませんでした。それは、アポリア王国の方でも同じ結果になっております」


 リリスティアが隣の席の炎のようなスカーレットの髪と瞳と赤系統で彩られたドレスの女性に目配せした。


「お初に御目にかかります。私はアポリア王国女王、ロゼリアーナ・Fフローリア・サンライトと申します」

「ステラミラ皇国聖女、【癒しの聖女】ルティアと申します」

「この度は、申し訳ございません。私の落ち度です」

「その謝罪は【調和の勇者】様にお願いいたします」

「勿論です。ですが、【癒しの聖女】様に手を出そうとする程の愚息と聞けば頭を下げずにはいられません」

「えっ……息子、それは王子、王太子の立場にあるという事ですか」

「はい。今は一時的に王族としての身分を封印しておりますが」


 そう言われて、昨夜クロンズが聖槍を自分の元に喚ぼうとしていた時の言葉を思い出した。

『応えろ聖槍!僕は王になる存在で、お前の主だぞ!!』

 その時は、興奮していた勢いでの発言なのかと思っていたが、本物の王族だったとは思いもよらなかったルティア。

 何度振り返っても王族の振る舞いではないからだ。


「クロンズ……あの馬鹿息子!」


 その瞬間、ロゼリアーナの持っていた扇がバキッと折れた。

 考えるまでもなく、女王は激怒している。

 その様子にルティアは唖然と見ていた。


「あ、失礼致しました」

「いえ、サンライト女王、その心情解ります」


 失態を謝罪するロゼリアーナの心情を肯定するリリスティア。

 良く見ると、そのリリスティアの手の扇も折れていた。

 しかも、タイミングが良いのか悪いのか、二人の心の周りに大きな炎を形作る程の怒りを抱いているのをルティアは視てしまった。


「サンライト女王もクレセント王妃もまだ落ち着いた方なのですよ」

「…そうですか」


 ユリシーラも二人のメイドにこっそりと聞いただけらしいが、態々、クロンズとグラディール王の肖像画を魔法で串刺しにしたり、燃やし尽くしたりしていたそうだ。

 炎の形で怒りの感情が視える訳だ、とルティアは納得した。


「どうしたのドーラちゃん」


 戸惑うリーチェの声に注目が集まる。

 ドーラがリーチェを抱き寄せて部屋の角に掴まっていた。


「ルティアお姉ちゃん、どこかに掴まるんよ!」

「え、いきなりどう……」

「はやく!」

「は、はい!陛下達も!」


 ドーラの剣幕に気圧され、直ぐにルティア達は至る所にしがみつくように柱や部屋の角に掴まった。

 その同時だった。部屋全体が激しく上下に揺れ、テーブルや椅子、花瓶等が宙に浮いた。

 激しい揺れは直ぐに大きく小刻みな揺れに変わる。


「な、何事ですの!?」


 揺れが止まり、クティスリーゼが叫んだ直後、突如黒装束がリリスティアの前に現れた。


「王妃様緊急の報告があります」


 焦る声はルティアとドーラ達が世話になった夜だった。

 揺れが起きた時に現れたという事は、それに関する事なのだろう。


「何が起きているのですか」

「はい。二刻程前、中央都市アルスに魔族が現れたという報告を受けました」

「数は」

「一人です。その魔族は魔王四将を名乗ったそうです」


 魔王四将。その名はルティアの悔しい記憶を浮上させた。

 今すぐにでも駆け付けたいが、最後まで報告を聞いてからだと堪える。


「アルスに残っていた【嵐の勇者】一行が接触しましたが、数分程で【賢者】ファルを残して全滅、【賢者】にアルス支部ギルドマスターのカロミオとスタローン会頭のパーティが合流して応戦するも一刻後に瀕死の状態に、それから数分程奮闘ののち【賢者】ファルも敗北したとのことです」


 カロミオとラルスタは昨日のスタンピードでルティアと一時的にパーティとして最前線で戦った。

 その二人が敗れたとなれば、その魔族が魔王四将というのは間違いないかもしれない。

 だが、それよりも【賢者】であるファルが最後まで戦っていた事に驚いた。

 最前線での戦いでは【嵐の勇者】パーティは何処よりも早く敗北していたからだ。


「では、今は誰が戦闘を行っているのですか?」


 リリスティアが尋ねると、夜は何故かルティアの方に顔を何度か向ける謎の行動をし始めた。

 それに対して、部屋にいた全員がルティアに視線を集めた。

 報告内容の驚愕していたルティアは視線に気付き戸惑う。


「え、何か?」

「ルティア。魔王四将と戦闘を続けている人物に心当たりはない?クレセント王国の諜報員にクレセント王妃が訊ねたら貴女に視線を向けたのだけど」

「それもこのような揺れを起こす人物ですわね」


 ユリシーラの質問にクティスリーゼが戦闘中の人物象の条件を付け加えた。


「まさか…」


 あり得なくはない。もし、予想があっていたとして、何故その戦闘に気付いたのかが分からない。

 だが、何よりも病み上がり早々無茶をしに行ったその人物に怒りが湧いてきた。


「お馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」






 ―――

 どうも、翔丸です。


 これでルティア視点は一旦終わりです。

 次回はside予定です。

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