第105話 会いたくなかった理由

 首都は水路に覆われているため、移動方法はゴンドラ、小船となっている。

 ゴンドラに乗り、ルティア、ドーラ、聖槍の一人と一体と一本が向かったのは首都中心に聳え立つ白城。


 今は騒ぎなって時間を余り取られるのは避けたい。

 到着早々にルティアは門番の騎士に帰国した事と女皇帝か宰相だけに伝えて欲しい事と謁見を希望している事。この二つを伝えて欲しいと頼んだ。


 それから入城して通されたのは謁見の間ではなく、宰相の執務室だった。


「港町にですか?」


 ソファーに腰掛け、ルティアは左目にモークルを掛けた白髪混じりの宰相に女皇帝がいない事が気になり尋ねると、クレセント王国の王妃とリーチェがいる港町に昨日の昼頃、西へ更に進んだ先の港町から船で向かったとの事だった。


 だが、女皇帝が離れていてもその間の政務は宰相が代わりに遂行する。よって問題はない。

 帰国した事を女皇帝か宰相に絞ったのも、その一つだ。


「ええ。突然、向かう諸事情が出来ましたと申されまして」

「そうですか」

「それで聖女様の謁見理由は?」

「……実は半月程前、【天秤の聖女】が皇国に入ったと耳にしたのです。それで、まだ滞在しているか御存じでしょうか」

「なるほど。確かに滞在はなされておりました」

「…ました、という事は、もう国から発ったということですか?」

「ええ」

「ちなみに方角とか分かりますか」

「いえ、別れたのは謁見の間でしたので」

「……そうですか」


 振り出し。

 その現実を突き付けられた瞬間、ルティアの表情が翳る。

 だが、皇国にいないと分かっただけでも収穫。

 ソリトが回復するまでの間に何か情報を集められれば上々。


 そう考える事が出来たら良いが、聖女は姿を隠して移動する。ルティアやリーチェのように外套で体を覆い、フードを深く被り顔を隠す等といったもの。


 それでも、居場所が曖昧でも掴めるのは訪れた国の関所、そこで行った依頼などで、どうしても何処かから分かってしまうかららしい。

 だが、逆にそれ以外では情報が掴むのは困難という事。

 首都の関所か国境の関所でも国を出た方向は分かってもその後は分からない。


 ここは一度、天空島に戻るべきだろうか、とルティアは考える。


「それでその時に聖女様宛で手紙をお預かりしまして」


 ソファーから立ち上がり執務机に移動した宰相は、白い封筒を持って戻って来た。

 封筒を受け取り、折り畳まれた手紙を取り出した。


『Dear.癒しの聖女ルティア

 この手紙を読んでいるという事は、わたくしは皇国を既に立っていると言うことですわね。ちなみに場所は氷雪地帯の山を越えた先の港町です。そして、私の隣には女皇帝様がおります――』


「なんでなん!?」

「せ、聖女様?」

「あ、いえ申し訳ありません、何でもありません」


『きっと驚いているところですわね。でも、ルゥ―あなたは驚いたとしても表には出さないでしょうね。ただ、人は知らないうちに変わることもありますし。もしかしたらということもありますわね。もしそうならそれはそれで――――――――。』


「暖炉か火魔法があれば燃やしたいです」

「ドーラ火吹けるやよ」

「じゃあお願いできますか♪」

「はーい」

「聖女様、それはお止めください!お嬢ちゃんも物騒な事は言わないこと。良い?」


 笑顔のまま底冷えしそうな声で、ルティアは呟く。

 その呟きに純粋に応えようとするドーラを宰相は必死に制止する。


「物騒ってなんよ?」

「え、危ないって事だよ。聖女様、小さな子の前ですから。どうか落ち着いてください」

「………はい」


 ルティアは苛立つ気持ちをグッと堪えて続きを読む。


『そろそろ本題に戻りましょう』


「脱線するなら最初から本題に行って欲しいです〜……!」


 世間話は手紙に書くのは一般的。だが、【天秤の聖女】に関しては脱線の仕方が何とも言えなかった。

 ただ、本題を忘れてないのが救いと言えるだろう。


「……あの、自分はいない方が」

「一応、いてください」

「は、はい」


 鬼気迫る目を向けた瞬間、宰相がビクッと肩を震え上がらせながらソファーの真ん中で縮こまって頷いた。

 そんな宰相を見て、早く読み上げて執務室を後にしなければ、とルティアは再読する。


『今あなたが【調和の勇者】様と同行していることは教会の方からお伺いしました。理由は当然―――――――――――!』


「ふん!!」

「聖女様がご乱し〜ん!」

「おお〜お姉ちゃん大胆やよ」


 我慢の限界が訪れ、ルティアは豪快に手紙をビリッ!と真っ二つに破った。その豪快さに宰相は取り乱し、ドーラはきらきらと目を輝かせていた。

 そして、破った手紙を持ってきた袋の中にしまい、ルティアはソファーから立ち上がった。


「とりあえず、女皇帝様のいる所へ向かおうと思います」

「あ、はい船の手配は」

「大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」

「おじちゃんバイバーイ」

「あ、うん。ばいばーい」


 ドーラは宰相に手を振りながら執務室を出た後、扉の前で、失礼しますと言って一礼してルティアもこの場を後にした。

 その時、ルティアは思った。


 港町で再会したら一発だけ容赦無く入れてやる、と。




「あぁ駄目ッス、腰を軸に確り体を安定させて、足でドーラちゃんさんの体を挟む形で振り落とされないようにするッス。生意気なうちは後でいくらでも罵って良いッスから!」


 後半自身を卑下しながらルティアはドーラと共に聖槍に空中騎乗戦闘の指導を受けていた。


 短時間でステラミラ皇国を後にして港町に向かう途中の上空。北側の関所を抜けて氷雪地帯に差し掛かる辺りにある峡谷。

 皇国の関所は既に小さな影程にしか見えない後方まで遠ざかり、白と青のコントラストが美しい首都も見分ける事は不可能となっている。


 四国の中立域が中立都市アルスならば、ルティア達の住むこの広大な陸の中立域は氷雪地帯となる。その為、付近に棲息する魔物の強さもかなりのレベルになりつつある。


 今ルティアとドーラが同時に相手にしている三体の魔物、翼の端から一本の鋭爪の生えたドラゴンに似た鳥の魔物プテラプトルもその同格の戦闘力を持っている。


 聖槍の話によれば高い敏捷もだが、最も厄介なのは少数の集団戦闘で【風魔法】を使って来ることだ。


 もし、乗り手と乗せる側の一組しかいない場合、乗せる側、ドーラは回避と援護に徹し、乗り手、ルティアはある程度の空間の把握と飛行攻撃の指示、時折防御しつつ攻撃するなどが必要となる。

 乗り手の場合、複数いれば分担出来る部分もあるが、一組の場合は全てを担う必要がある。


「ドーラちゃんブレスで回避、残りは旋回しながら突進してくる一体の背後に回り込んでください」

「分かったやよ!」


 二体のプテラプトルの風球と旋風の刃を指示通りに回避し突進をしてくる一体の背後に回り込む。

 ルティアが聖槍を構えた瞬間、突然ドーラが右に旋回した。

 その直後、左下から小さな暴風が巻き上がった。そこへ視線を向けるともう一体、プテラプトルがいた。


「ナイスッス!ドーラちゃんさん」


 また、騎乗戦闘において互いに必要な要素として重要な事は信頼関係だ。

 乗り手は信じて全体重を預け、乗せる側は乗り手を信じて動く。


 但し、基本的に。


 時には乗せる側も自ら判断する必要があるかもしれないし、乗り手も状況やその判断で互いに離れる必要性も出て来るかもしれないからだ。


 唯に聖槍は独自の判断で回避したドーラを褒めたのだ。


「どうしたら…………ドーラちゃん四体をなるべく私達に近づくように飛んでください。軽く足で二回蹴るので、旋回して接近したらすぐに目を閉じて」

「分かったんよ」


 ドーラは四体から距離を取るように飛行速度を上げて動く。すると、逃がさないとプテラプトルが追い始めた。

 ドーラとプテラプトル四体が縦横無尽のスピード勝負を繰り広げていく。

 

 タイミングを見計らい、ドーラに合図を出す。

 旋回して四体に正面から接近し始めた瞬間に、ルティアは光魔法を唱える。


「ソリトさんみたく出来ないから中級で……光の精霊よ、眩い光で道を照らせ〝ツヴァイブ・ライト〟!」


 同時にルティアも目を閉じた。直後、周囲が強烈な光に晒された。

 ソリトと出会って間もない頃に街で襲われそうになっていた時に指摘された魔法での目眩まし。

 初級で広範囲を照らすというソリトのようなことは出来ないが、中級でなら同等の事が出来ると試した。


 思惑通りにプテラプトル四体がその場で翼を羽ばたかせている。

 隙を見て、ルティアは聖槍の長さとドーラのスピードを利用して数体を一度に斬り刻む。

 残った一体は視界が戻ったらしく、その惨状を見て、情けない悲鳴を上げながら逃走していく。


「逃がさないんよ!〝ブレスサンダー〟」


 峡谷に身を隠そうとするプテラプトルに向けて、ドーラが雷のブレスを放った。

 火花の様に雷を散らしながら命中した。だが、致命傷とはならず、ふらふらと逃げ去っていく。

 そこへドーラに急接近してもらい、ルティアはドラゴンモドキの鳥の首を刎ねた。


「お疲れさまッス!」

「ご指導ありがとうございます」

「ありがとうやよー!」


 労ってくれた聖槍にルティア達は感謝を述べた。


「空中戦では回避を主にヒット&アウェイを繰り返すものッス。ただ、今回は回避はしてはいたッスけど攻撃を意識し過ぎた回避の指示だったッスね」

「すみません。時間が惜しかったものですから」

「そ、そうスッよね!うちが間違えてたッス!うちもまだまだッス!」

「いえ、聖槍様の指摘は間違っていません。今考えれば、判断を間違っていたら魔法で狙い撃ちされても可笑しくなかったと思いますから」

「そうッスね、それはあるッス。そこはドーラちゃんさんに感謝ッスね」

「そうですね。ありがとうございますドーラちゃん」

「えへへ〜」


 頭を撫でると、ドーラは嬉しそうな声を漏らす。


「では、進みましょう」

「はいやよー」

「その間に罵って欲しいッス」

「それは忘れてくださいっす」


 その後は魔物と遭遇することもなく、氷雪地帯を越えて海の広がる港町が見えた。

 港町付近に下り、徒歩で向かい門兵がいたのでタグを見せた。ここでも驚かれたが、慣れた反応なので、ルティアは門兵が落ち着いた後に、女皇帝達に許可を貰った後その場所まで案内して欲しいと頼んだ。


 待つ時間ジッと待つのは、ルティアは構わない。ただ、ドーラは空から見えてきた遮蔽物の無い広い海を見て、きらきらと目を輝かせながら行きたいと言い続けていたので、一言謝罪を入れて、許可を貰えたら港の方に来て貰うように言った。


「水いっぱいなんよ!」

「海って言うんですよ。ちなみにさっきいた場所の水も海ですよ…ってドーラちゃん舐めたら…」

「うえ、しょっぱいやよ〜」


 注意する前に指を付けて舐めてしまったドーラが渋い顔にルティアはクスクスと堪えながらクスクス笑う。

 はしゃいでる場合では無いが、焦っていても待つしかないのでその間くらいは良いでしょう、と気を緩ませてドーラに話しかける。


「でも、ドーラちゃん海の中にはお魚がたくさん住んでるですよ」

「お魚!食べたいやよ」

「そうですね後で、食べま…」

「ルゥゥゥちゃぁぁぁぁん!」


 突然、ルティアは背後からフライングボディアタックで抱きつかれ、抱きつかれた〝少女〟と共にクルクルと四回前転して港の端まで吹き飛んだ。


「いや〜…あっ…ん…だめ……はぁ」

「この香り、抱き心地、本当にルゥちゃんですわー!やっぱりこの張りがあるムチやわマシュマロおっぱい最高!ここですの?この尖端が良いですの?へへうへへ」

「てい!」

「ゴバァ……!」


 抱きつきながら自分の胸を揉みしだく少女の腹に、ルティアは羞恥で頬を赤くして、涙目になりながら〝容赦無く肘鉄を一発入れて〟、無理矢理引き剥がした。


 何故ルティアが【天秤の聖女】に会いたくなかったのか。


 それは、【天秤の聖女】は中身がおっさんのような変態であるからだ。




――――

どうも翔丸です。

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


という事で【天秤の聖女】の登場でした!


付き纏い、超方向音痴、変態。

まともな聖女がいませんw

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