第100話 湖の底

 お待たせしました。






 

 

 ようやく湖に到着したルティア達。

 そこはとても心地好く、けれど不思議と畏まりたくなる空間だった。


 湖面は月明かりで湖の中が視えてしまう程、美しく、澄んでいる。

 中央に浮かぶ浮島は約十メートルにもなる大きさだった。

 その丁度真下に、月明かりで影になって視える。

 ルティアはそれが浮島を支えるような、柱のような物に見えた。


「あの、今更ですけど、私がこの場所に来てしまっても良かったのですか?」


 この湖の範囲に入り、浮島とその下に伸びる柱のような物体。

 それを至近距離で目にした瞬間、立ち入ってはいけない、人一人踏み入れられるような場所ではない、とルティアは感じてしまった。


「あー、そうだった。普通ならそう思ってしまうものだったわね。安心して、【癒しの聖女】様達だったらきっと大丈夫な筈だから」

「そうッス!マスターさん達なら絶対大丈夫ッス!」


 突然、今まで黙り込んでいた聖槍が、唐突に声を張って自信満々に断言した。


「寧ろうちみたいなちんけな槍一本風情が来るのが間違いなんスから。いや、そもそもこの空間で声を出すことすらダメッスよね。ここは自らこの槍の体をへし折って詫びるッス!」

「逆にそっちの方が駄目ッス!」

「弟子、語尾が移ってる」

「語尾を乗っ取る所業。やはりここは詫びて……!」


 この空間は異様に神性を纏っている。

 夜の言葉からして、それが元々卑屈な聖槍の個性を更に増長させる事になってしまっているのかもしれない。


「どうしたら」

「少し借りてもよいか?」


 右隣から毅然として品格の醸し出る声に、ルティアは差し出された手に聖槍を置いた。

 直後、その声に聞き覚えがないことに気付いたルティアは右をバッ!と振り向いた。


「なんでッスかぁぁぁぁぁ〜……………」


 しかし、聖槍は声の主によって南へ放り投げられた後だった。

 そして、聖槍は叫び声と共に遠くへ飛んでいった。


「…………」

「消えちゃったんよ」

「案ずるな。あくまでこの空間外に出しただけだ。聖槍にとってはこれが救いだった」


 ルティアは改めて声の主に顔を向けると、そこには一人の竜族の女性が立っていた。


 肩に少し掛かるくらいのの白黒の髪。

 美麗で、凛と整った顔立ち。

 その頭上にティアラの様な模様が白銀に輝いて浮いている。

 服装は白を基調とした白黒のドレスに甲冑を付けた鎧ドレス。

 女竜族のその容姿は、大人になったドーラが女騎士のようと見間違う程に似ていた。


「個人差はあれど、大抵の者が萎縮してしまう。聖槍様に関しては保証しかねるが。とはいえ、今回は仕方なかった」

「ですよね!じゃああたしはリーチェ様の護衛に……」

「待て」


 鎧ドレス姿の女性竜族は厳格な声で、この場を離れようとしていた夜を呼び止める。


「貴公には以前も新たな竜族の民をここに連れて来た際に注意を促したと記憶しているのだが」

「………」

「私の記憶違いか?」

「いえ、記憶違いではありません。申し訳ありません。急を要する事で、頭から抜け落ちておりました」


 鎧ドレス姿の女性竜族は数秒目を閉じ、視界を遮断した。

 再び目を開くと、一瞬だけルティアが抱えているソリトの方に視線を下げる。

 その後、夜にしっかりと視線を向けて口を開いた。


「貴公の言う通り、急を要する事態なのは理解した。今回は目を瞑ることにする。後は私が引き継ごう。貴公は仕事に戻れ」


 夜は綺麗な所作で跪き、頭を下げた後、ルティア達に軽く手を振ってこの場から姿を消した。


「さて、お互いの自己紹介と行きたい所だが、先ずは彼女が連れて行こうとした場所に案内しよう。私の後についてきてくれ」

 

 先程までと一変して、凛とした声は厳格さが消え、優しい声色になった。


 鎧ドレス姿の女性竜族が湖の中へ潜っていった後ろを、ルティア達は見失わない為に、急いで湖の中へと潜った。

 ルティアの視界が月光の射し込んだ仄暗い青に満ちていく。


「……………っ!?」


 一メートル潜った先に鎧ドレス姿の女性竜族が待っていてくれていた。

 しかし、それよりも、自身の眼を疑いたくなる程の存在が目の前に現れた。

 否、それは最初から存在していた。

 ただ、頭だけが外に出ていただけだった。


 緑色の浮島。

 水面から見えた大きな柱の影。

 百メートルはある巨木。それが浮島と柱の影の正体だった。

 巨木は村の湖の中に二十メートル程ありそうな何通りにも別れた根を湖の最深に幾本も張り巡らしていた。

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