第99話 名も無き天空島

「「ドーラよりも大きいんよ!」

「……そうですねぇ」


 個体差はあれど、ドーラもいつかは巨大な体に成長する。

 そう分かっていても、ルティアは目の前で巨大なドラゴンとなった夜を見て唖然とする。


 夜もドーラと同じく自在に人型に変身が出来るらしい。

 ただ、ドーラとは別のドラゴン。

 全身は炎の様な物で漆黒に覆われており、はっきりと分かるのは金色の眼だけ。

 不気味、怖いといった嫌なものは無い。

 が、近くにあるがそこに無いような感覚を、ドラゴンへと姿を変えた夜に抱いた。


「はーいじゃあ乗って〜」


 夜の声が考え事をしていたルティアの意識を引き戻す。


 下に目線を落とすと足下に巨大な左手が下ろされていた。

 右足だけを乗せる。

 その瞬間、炎の様な物の中に足首まで沈み込んだ。

 足下には氷山ではなくしっかり手の感触がある。

 不思議な感覚、不思議な体験にホッと一息吐き、ルティアは左足を上げて夜の手の上に乗った。

 続けてドーラも軽くぴょんと跳んで夜の左手に乗った。


「今から肩の所まで上げるけど、動いちゃ駄目よぉ」

「分かりました!」


 直後、ルティア達はゆっくりと右肩の前まで上がった。


「【癒しの聖女】様、肩に乗る前に勇者様は私の手に下ろしてください。少し飛ばしますから」


 言われた通りに、ルティアはソリトを夜の手に下ろしてから肩の上に乗り、背中の上まで移動する。


「準備は良い?」

「はい」

「やよー!」

「振り落とさないようには努めるけど、しっかりしがみついてね」


 そう言って、夜は翼を大きく上に広げた。

 ルティアもグッとへばり付くくらいに夜の背に密着する。

 その瞬間、


「突貫!」

「へ?…ひゃ…!」


 夜が凄まじい速度で飛び上がる。

 ルティアが喚き声が空に響き渡らせていると、瞬く間に四千級の氷山が小さく見え始める高度まで到達した。

 風圧が尋常ではない。

 だが、ルティア達は落ちないようしっかりと夜の背中にしがみつけている。

 ただきっとそれだけではないだろう。

 先程夜が言った通り、落ちないように翼を細かな調整をしながら飛んでくれているのだろう。


 とはいえ、風圧は少々強め。

 思わずルティアは目を閉じる。


「雲の中に入るから気を付けて!」

「はぁい」

「はい〜!」


 直後、外の空気は一層冷たく変化した。

 初めて雲に入ったルティアは中の景色を一目でも見てみたくて目蓋を開けようとした。

 しかし、凍えるような風と風圧が一瞬だけ目に入る。

 その一瞬で目が少し乾いてしまった。

 目に小さな痛みがほんの数秒生じる。

 開けるのはまずいと、ルティアはしばらく閉じたままでいることにした。


 徐々に体の熱が奪われていく。

それに比例して、ルティアのしがみつく両手の力も少しずつ入らなくなってきた。


「なんにも見えないんよ」


 ドーラの方は声からして元気そうだ。手を離したりしていないだろうか。飛べるとはいえ、凄まじい速度の中では危険ではないだろうか。

 一方で、衰弱しているソリトには過酷なのではないか。

 ルティアは二人を心配しながら必死にしがみつく。


 暫くして、閉じている目に僅かな光が射した。


「ルティアお姉ちゃん外にでるんよ!」


 その瞬間、先程よりも強い光がルティアの目に差し込んできた。

 ルティアはゆっくりと目を開ける。


「わぁ……」

「凄いんよ!」


 そこは何処までも続いていそうな白い雲海の上。

 小さく、けれど強く照らす星々が無限に広がる夜空。

 見上げれば、後少し高く上がれば、手が届きそうな程の月がルティアの瞳一杯に入り込む。

 違う世界にでも来たと思わせられる程の夜景に、ルティア達は心奪われ眺める。


「【癒しの聖女】様、ドーラちゃん。下を覗いてみて」


 夜の背中を落ちない程度の場所まで移動して、下をゆっくり覗く。


「え…」


 ルティアは目を見開いた。


 若草の草原が広がり、点々と広がる小さな森林、中央には湖があり、その中心に半球状の緑色の浮島がある。

 空に浮かんでいる事以外を除けば、地上と変わらない光景が広がる摩訶不思議な島が浮かんでいた。


「夜さん、あの島が」

「そう。あれがあたし達の目的地、天空島。名前はないけどね。そして、あたしの故郷」


 夜の故郷であり、他よりも安全と言われ付いてきた目的地。


 場所は分かった。

 後はソリトを安静に出来る場所を探し、ドーラに手伝ってもらい、急ぎ地上へ降りて品質の高い魔力回復薬水を出来るだけかき集めなければいけない。

 そう考えているルティアの手が握り拳に変わり、無意識に力を入れていた。


「それじゃ、二人とも島に降りるからちゃぁんと掴まってるのよ。振り落とされない様に頑張ってね」


 そして、夜は右に急旋回して、ルティアの喚き声と共に天空島へと降下した。




 夜は自分達のいる距離から最も近い島の南端の草原に着地した。

 それから、ルティア達を島へと下すと、夜は黒装束の女性の姿に戻った。


「それじゃ、勇者様を治療する場所に急いで案内するわ」

「夜さん今さらっと重要な事を仰りませんでした?」

「その説明は向かいながら。私の後に付いてきて」


 そう言って、夜は湖の見えた方向へ走り出す。

 ルティアもソリトを背負って、ドーラと共に夜を追って駆け出す。


「それでソリトさんを治療出来るというのは本当なんですね」

「ええ。上空から見えた湖。あの場に治癒出来る場所があるの。それが何かはあたしからは口に出来ない」

「そうですか。ソリトさんの魔力欠乏症はどのくらいで治るかは?」

「それは個人と度合いによるわね。でも数日内には完治するから安心して」

「…そうですか」


 夜の言葉を聞き、ルティアは安心とは逆の暗い表情に変わった。


 ソリトが治ることはとても嬉しい。

 だが、回復に数日掛かる事に不安が募る。

 数日掛かるという事は、ソリトの冤罪を払拭する為の時間が長引きということ。難しくなる可能性もある。

 その間に、【天秤の聖女】が移動していたら更に時間が長引く。

 ソリトを治療している間にルティアが探して見つけたとしても、真偽を確かめる為の本人がいなければ意味がない。


 自分が交渉すれば【天秤の聖女】は〝必ず待ってくれる〟という確信がルティアにはある。

 ただ、彼女にも聖女としての仕事がある。

 その分、待ってくれる期間だって限られてしまう。


「大丈夫ですよ」

「ありがとう、ございます」

「ルティアお姉ちゃん、なにか見えてきたんよ」


 そう言われ、ルティアは前を向く。

 すると、十メートル程先に幾つもの木造レンガの建物を見つけた。


「あれは竜族の住む村の一つよ」

「竜族?」


 聞いた事の無い種族。

 考えられるとすれば、人の姿で夜がクレセント王国で裏の仕事をしている様に、地上で密かに過ごしているか、地上ではなく天空島で過ごしているか。

 この二つだろう。


 考えている内にルティア達は村の前まで到着した。


 止まることなく村の中を進みながら、ルティアは村を観た。

 また、逆に村の竜族という種族の者達もルティアとドーラを観ていた。

 訝しげなく視線ではない。

 理由は分からないが、とても温かい、出迎えてくれている様な視線をルティアは感じた。


 その村の竜族達はドーラと同じ様に、頭にツノが生えており、背中には小さな翼、手の甲には竜鱗があった。

 服越しで手の甲しか見えなかったが、他の部位にも竜鱗があるかもしれない。


「夜さん。竜族は人の姿に変身できる方達の事を言うのですか?」

「半分だけ正解。竜族は人の姿に変身出来る事に加えて理性があるドラゴンを呼ぶの。他のドラゴンは魔物。聖女様達が戦った地竜がそうね。本能のままに生き、魔族に使役されれば従う。でも、竜族の場合は使役なんてされず自由に行動できる」

「では、ドーラちゃんも」

「ええ。あたしが地上にいるのはその為でもあるのよ。生まれ方は変わらない。最初はドラゴンの姿で産まれるけど、自我が芽生えて成竜になると、人型に変身出来る事を本能的に理解してしまう」


 ドーラの人の姿を目にした日。

 本能的に理解しているという様な事をソリトに問われて答えていた。

 だが、ドーラの場合人の姿ではあったが、それは肉体と精神が別れていた。


「あの、ドーラちゃんは最初、肉体と精神が別々の状態で人の姿をとっていたのですが」

「…………ごめん。あたしもそれに関しては分からないわ。でも、今は違うんでしょ」

「ドーラ、今はちゃんとなれるんやよ」

「ならそれで良いじゃない?それよりも急ぎましょ」


 それはルティアも分かっている。

 夜の言う通り、ソリトの状態は急を要する程で、それは話していても何も変わってくれない、目を背けても意味はない、と。


 しかし、不安なのだ。

 あの日から目の前で命が消えてしまうのが堪らなく怖い。

 それは、一緒にいた時間が長ければ長い程、たった一秒後には一瞬で消滅する可能性とその瞬間と日々の時間がとても苦しいものであると教えられたルティアには。


 自分の目に入る、手の届く命は助けると決意していたとしても。

 自らの手で助けたい人達を殺めるしかなかった。でもそれがその人達には助けに救いになることだと知ったからこそ。


 とても辛いのだ。


「……けど、今一番辛いのは、ソリトさんなんだ」


 蒼白な顔色のソリト。

 そんなソリトを背負い、聞こえてくる息絶えそうな弱々しい呼吸音。それが徐々に弱まっている。


 それだけでソリトの状態が刻一刻と悪くなっていることを知らせて来る現実に少し耳を傾けたお陰で、再び現実に目を向ける決意が固まった。

 それでも怖いルティアは、心の中で逃げるな、と自分に言い聞かせる。


「ルティアお姉ちゃん。ドーラがいるんやよ」


 ドーラも主人が心配で堪らない筈。

 なのに、そのドーラがルティアを慰めている。

 それはルティアの心を支えるのに十分だった。


「ありがとうドーラちゃん。ドーラちゃんにも私がいるからね」

「うん!」

「…偉いぞ二人とも」

「え?」

「?」

「さ、もう少しだから頑張って!」

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