第97話 頭が真っ白

 お待たせしました!








 月光を浴び群青色を帯びて輝く黒色の髪と獣耳。

 夜を駆け、空に向かって吠える一匹狼を思わせる少女の纏う気配。マフラーで口を覆う少女は、【雨霧の勇者】シュオンで間違いなかった。


「【雨霧の勇者】、だったな」

「それは通り名とスキル名であって名前ではない。私にはシュオンという名がある!」


 ソリトが通り名でシュオンを呼ぶ。

 その瞬間、嫌悪、拒否感を抱いたような表情を浮かべた顔で、シュオンは少し強めに否定して、胸を張って自分の名前をソリトに主張した。


 ステラミラ皇国内に住む獣人族の狼牙族はとても誇り高い戦士で、名前はその証である。

 その事をルティアは教会である程度の教養と知識を叩き込まれていた時に知った。


 もしかしたら、シュオンは狼牙族の戦士の一人として強い誇りと矜持を持っていて、今こうして活動しているのは勇者としてではがないのかもしれない。

 いや、余り勇者としての活動の話を聞かない所を踏まえるならば、少なくとも戦士としてではないかもしれない。


 狼牙族の戦士であれど、立場上シュオンは勇者だ。

 活躍しても、広まるのは〝狼牙族の戦士としてのシュオン〟ではなく〝【雨霧の勇者】としてのシュオン〟。

 戦士として広まるとしてもそれは本の副題の様な形で広まっているだろう。

 彼女にとっては副題サブではなく、主題メインとしてが良いのだろう。


 これはルティアのただの予想。


 それでも、シュオンが嫌悪感、拒否感といった感情を一瞬だけ顔に表した事を考えると辻褄が合う。

 ただ、拒絶ではなく、子どもが駄々を捏ねて、嫌いな食べ物を食べようとしないくらいの、感情の大きさとしてルティアは視えた。

 どういう理由でまでは流石にルティアも解らない。


 ソリトからしたらどちらでもいい事かもしれないが。

 根拠はルティア自身、名前でなく聖女と呼ばれているからだ。


「なら、シュオン」

「え!?」

「「「「え?」」」」


 驚いた声が響いた瞬間、視線がルティアに集まった。

 静まりかえる空気。

 自分の突発的な反応とはいえ、その後は何かと待つ視線にルティアは戸惑ってしまう。


「それで、お前はどうするんだ?」


 低く静かな声が一人の狼牙族の少女に突き付けるように響き渡った。

 戸惑いで狭くなった視界が戻り、顔をソリトの方に向けると、声同様に、眼が殺気と敵意を突き付けながらシュオンを捉えていた。


 その眼を見て、ルティアは再びシュオンの方へ向き直る。


「なにがだ」

「さっき俺に一撃入れたよな。その続きをするかしないか、どうする?」


 これにはルティアも同意見だった。

 ただ、グラヴィオース違い、返答者のシュオンからは敵意が一切感じられないのが疑問だった。

 こういう時にスキルが発動して視えるものでは、とルティアはスキル【癒しの聖女】に訴えかけるが、その訴えにスキルは応えてはくれなかった。


「私の最大限の攻撃をまともに受けて大して効いてない相手に挑むほど、私は無謀ではないと思ってる」

「それにしては一方的だったな」

「……」


 ソリトの言葉に対して返す言葉が無かったらしく、シュオンは沈黙を返した。


「…だがあれは、私が打つ前、ソリト、君に何かを言われてリーチェ様が……」

「それは違います!恐らく雨ぎ…シュオン様が見たのは、私の考えの甘さを指摘された時のだと思われます。ここにいるのは私自身が真実を知りたいためなのです」

「それが、本当なら……だが」


 シュオンは何かが引っ掛かるのか怪訝な表情を浮かべる。


「あの勇者、クロンズを重症に負わせたというのは」

「あれは……」

「それは本当だ」


 ルティアが経緯を話そうとしたた同時にソリトがシュオンの述べた事を認めてしまった。


「ソリトさん!」

「過剰だったとは思うが、俺は間違った事はしていない」

「それは、そうですが…」

「…じゃあ、クロンズが強姦しようとしていた君からルティア様を解放しようと……」

「それは逆です!」

「それは逆だ!」

「…………」


 ルティアとソリトが険しい表情で叫ぶ。

 これだけという訳ではない。だが、絶対に否定しなければいけないと反射的にルティアは返していた。

 それに気圧されて、目を丸くしているシュオンにルティアは話を切り出す。


「シュオン様、今ソリトさんが犯罪者とされているのは知っていますか?」

「無論知っている」

「それなら不自然だと疑問を抱きませんか?強姦を、グラヴィオース様の言葉からして…誘拐も含まれてそうですね。そんな罪を重ねるような行動をソリトさんがして何のメリットがあるのですか?」

「……確かに」


 突然、シュオンが眉間に皺を作って黙り込んだ。


「だがもしそうだったとして、どうしてクロンズの方は聖女であるルティア様を襲ってまで……」


 正義感が強いためか、シュオンは少しだけグラヴィオースの様に無鉄砲な部分があるようだが、冷静な部分を確りと持っている。


 事情を話せば、今回の件に疑心を抱いてくれるかもしれない。それだけではなく、きっとクロンズ達の方にも疑心の目を向けてくれるかもしれない。

 ルティアはそう思った。


「あいっ…彼は自分の女になれと言っていました。その理由が単純な物かどうかは私も知りませんけど」

「………もっと詳しく話を聞きたい」


 シュオンは聖弓を握る手の力を緩めた。

 その言動にルティアは少しだけ安堵する。

  とはいえ、言葉を間違えれば再びソリトに強い疑心を傾けさせてしまうことになる。

 一触即発に近い状況に、ルティアは気を引き締めた。

 その時、シュオンが突然こちらに向かって駆け出して来た。


「マスター!!」


 同時に金切り声に近い声でソリトを呼ぶ聖剣の声が聞こえた。

 ルティアは咄嗟に背後へ振り返った。

 その先でソリトが倒れていた。


「ソリトさん!」

「あるじ様!」

「ソリト様!?」


 どうして、何故なんて理由も、シュオンを説得しようと考える思考力がこの瞬間だけ消え去り、ルティアの頭の中は真っ白になった。

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