第96話孤高と日輪の勝敗
「俺を、舐めてくれるな!」
【日輪の勇者】グラヴィオースはそう言いながら、ソリトに突進して敵意を向けて突進した。
そう意図しての動きなのか、ソリトはルティア達を巻き込むまいと距離を取っている。
その二人の戦いを見て、ルティアは焦燥感を抱いた。
基本的にソリトは聖剣による剣撃を中心に、状況によって臨機応変に魔法を組み合わた戦闘、魔法のみの戦闘、格闘戦での戦闘と、戦い方を変えていた。
しかし、目の前で行われている攻防では、グラヴィオースの猛攻をソリトが防御一方に捌き続ける状態になっている。
体力を温存しようとしているようで、動きは最小限にして無駄の無い実直な対処をしている。
距離を取ろうと試みて、後退し、姿勢を前にして反撃を伺い、視線を離さず相手を観て、一撃を加える。
だが、ソリトの動きにキレや速さがなくなっていた。それに加えて距離を取ろうにも、邪魔するようにグラヴィオースに距離を詰められ、離す事が困難になっている。
そんな二人の戦闘能力は伯仲している。
しかし、そう見えているだけで本来ならソリトが押し勝てる、とルティアは思っている。
理由は一つ、地竜を倒したか倒せなかったかの差。
ルティアと共に倒したかという言葉が付くとしても、それはルティアがソリトの大技で決めようとした所を止めたからであって、ソリトなら倒せた可能性は大いにあった。
そうでなくとも、一撃で深手を負わせたのはソリトだけ。
その結果だけでも二人の実力には差があるのは目に見える程に理解できた。
けれど、この戦いでソリトは不利だった。
いくらソリトが最小限に動いて戦闘を続けても、ソリトの状態が改善されない以上は変わらない。
どうにかして、無理矢理割って止めたいルティア。
しかし、動き回る二人の間に入るタイミングが中々見つからない。
「……リーチェ様、ソリトさん達の間に防御魔法を展開出来ませんか!?」
「……無理です。実戦は全然したこと無くて。それに、あんなに動き回られては、展開出来たとしても……パーティに入っていれば可能だったかもしれません」
ソリトはパーティを組もうとはしない。
パーティを組めれば、タグで直ぐにでも現状を把握して実行に移せるかもしれないのに、とルティアはリーチェの言葉を聞き、自分が何も手助け出来ていない事が悔しくて堪らなかった。
その間にも、表情からは判らないが、ソリトの顔色は徐々に悪くなっていき、この氷雪地帯の中で異常な汗まで流している。
そうして、一分が経過しようとしていた。
その時、微かに二人の話し声が聞こえた。
「よく持ちこたえるな。だが、いい加減抵抗を止めたらどうだ?」
「【調和の勇者】は、仲間がいないと、最弱なんでな……」
ソリトは孤児の時から料理や裁縫など、生きるために色々やって来たといつの日か言っていた。
そして、きっとそれは勇者になってからも、勇者としての活動でも、変わらず努力をし続けてきたのだろう。
強敵と戦うにしても、自分よりも強い仲間と共に戦うにしても、スキルでステータスを強化され戦うためにはそれに見合った技術がいつか必要になる。
そのいつかをソリトはずっと考えてきたのだろう。
息抜きで非行に走ってその快楽に堕ちて犯罪に、何て事もあるかもしれない。
しかし、ルティアは自分が知っている中で、ソリトが非人道的な行動をする人間には到底思えなかった。
「だから、どこまでも…」
ソリトは猛攻を耐えしのぎながら、グラヴィオースに言葉を返し、
「喰らい付いてやる!」
グラヴィオースの拳撃を下から弾き上げ後、渾身の回し蹴りでグラヴィオースの腹へ蹴り抜いた。
ソリトはようやくグラヴィオースと距離を取る事が出来た。
この隙に間に入って攻撃を止めようと思った時、ルティアはソリトが胸のタグを握り、小さく微笑んでいる事に気が付いた。
「今のお前に話を聞かすにも、お互い時間が……ない…少しその頭を冷やせ」
ソリトがそう言い聖剣を鞘に納めた瞬間、ルティアは再び焦燥感を抱いた。
先程はこの戦闘を止めなければという焦燥だった。
それが、今度はソリトを早く止めなければいけないという焦燥に駆られる。
「ま……」
「【不屈の戦士】!」
止めようと言葉を掛ける前にソリトが口を開いた次の瞬間、その場から姿を消していた。
グラヴィオースの方へ視線を移すと、ソリトの拳がグラヴィオースへ直撃していた。
痛みで歪める顔でソリトを睨みながら、グラヴィオースは後退する。
そこへルティアも目では追いきれない速度で、ソリトがグラヴィオースに第二、第三撃と繰り出していく。
少し先程まで防戦一方だったソリトが、今度はグラヴィオースを追い詰めている。
いや、追い詰めるなんて表現が弱い。
圧倒的という方が正しいだろう。
ルティアは目の前の戦いは戦いでは無くなったと悟った。
狩る側と狩られる側の獲物へと激変した。
その理由が、ソリトの呟いたスキル名が理由なのは明確だ。
【不屈の戦士】。
体力、精神力が一割以下になった時に使用可能なスキル。
一分間だけ物理攻撃力、敏捷力が二割上昇し、体力、精神力が一割回復するという能力。
時間が無いとはそういう事だったのだと、ルティアは理解した
それでもが立ち続けられているのは、回復してもソリトが手加減をして体力を温存しているからだろうと、ルティアは目の前の出来事に圧倒されながら思った。
ソリトが姿勢を低くして、力強く地面を抉って、少し距離の空いてしまったグラヴィオースへ向かって走る。
次の攻撃で終わらせるのだとルティアは何となく感じ取った。その瞬間、内にある焦燥感も一層強くなった。
今ソリトを止めないと取り返しが付かなくなってしまうような、そんな嫌な予感がした。
ルティアはソリトの元へ全力で駆け出した。
しかし、行動に移す前に、ソリトがグラヴィオースの下から腹を殴り上げた。
グラヴィオースが腹を抱えた瞬間、ソリトは両手を組み、ハンマーの様に叩き付けて追撃する。
地面へ落ちる直前に空中へと蹴り上げると、すぐさまソリトは跳躍して後を追い掛けた。
グラヴィオースの横を通り過ぎると、ソリトは半回転し、空中を蹴った。急加速で降下し、グラヴィオースへ接近しながらソリトが拳を構える。
左拳を振り下ろし一撃を与えた。
その直後、顎を大きく開いた狼の頭の残像を纏った拳を腹へ向かって殴り下ろし、山へ隕石落下のように衝突した。
白い爆風が上がり、徐々に晴れていく。
その先の周囲の雪は吹き飛び、クッションとはならず、氷山の一部を血液で赤く染めていく。
着地してその様子をじっと眺めながら歩み寄っていくソリト。
目と鼻の先まで来ると、うつ向けのグラヴィオースを腕から背中に回して持ち上げ、ソリトがルティアの方に向かってゆっくり戻ってきた。
見たところソリトの顔色は【不屈の戦士】のお陰でか、少し良くなっていた。
「悪いが、このデカブツを治してやってくれ」
「は、はい!」
嫌な予感は杞憂だったようだ。
ルティアは気持ちを切り替え、回復魔法を唱える。
「精霊よ、彼の者に大いなる癒しを〝ツヴァイブ・ヒール〟」
「お優しいのですねソリト様は」
「あるじ様はいつでも優しいやよ!」
「違う。これで死んだとか後味が悪くなるのが嫌なだけだ」
「慈悲を掛ける人って中々いませんよ」
「お前らな」
そうして軽く話している間に、ルティアは負傷したグラヴィオースを治し終えた。
その直後、
「【調和の勇者】ソリト」
反射的にルティアは後ろを振り返った。
そこにいたのは狼の獣人少女だった。
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