第85話 助けて……。

「聖槍、お前にはアイツの元に戻ってもらう」

「………そ、それはうちが役立たずだからッスか!契約破棄なんッスね」


 アルスへ戻り始めていた時のこと。

 ソリトは聖槍にクロンズの元に戻ってもらい監視を命じた。直後、聖槍が自信満々に卑屈な返事が来た。呆れを通り越して、寧ろ誇らしい。


「お前………今さっき卑屈は自重しろといったはずなんだが?」

「聖槍うざい、マスターを余り困らすの、許さない」

「うっ…ご、ごめんなさいッス……」


 ソリトの言葉よりも聖剣の少し殺気込もった言葉に気圧されたのか自信なさげな声に戻った。


「お前が卑屈な性格なのは分かった。だが今はそれを我慢して聞け」

「ご、ごめんな…」

「あ゛?」

「は、はいッス」

「まず、俺はお前に命令と言った。その部分を抜くな。特に卑屈なお前はな」

「りょ、了解ッス」

「本当かよ……」

「はいッス!我慢して役立たずなうちでも役に立てるように努力はしてみるッス!」


 釘を刺したはずだったが、逆に卑屈なようでそうでない曖昧な返事が来てしまった。

 聖槍の対応に関しては後回しにする事にしたソリトは、話を戻し聖槍に理由を話す。


 まず、無関係でも何か弱味になる様な情報を得るため。その中にクロンズ達の行動に自分達が関わる何かがあれば上々。


 また監視をするにいたって傍観であること。

 長距離になれば成る程、繋がりによって循環する魔力が遅延して姿形を変化させることが困難になる為、これに関してはソリトは念の為だ。


 しかし、これには反論があった。

 聖槍の歯痒い、苦しいという気持ちはソリトも解る。遅かったでは済まない判断だとも理解している。


 それでも、今回の聖槍との契約は冤罪を晴らす上で絶好のチャンスなのだ。

 そう、最大の利点は聖槍が証言者となることにある。


「良いか?これはお前にしか出来ない事だ」

「うちにしか」


 自分にしか出来ないという言葉に聖槍が嬉しそうに呟いた。


「お前の反論は分かる。だからこれはあくまで基本行動だ。無理だと思ったら干渉しても良い。ただ限界ギリギリまでは粘ってくれ」

「そ、それなら」

「じゃ、よろしく」

「え、あ、うっちょ…マスターさんまだまだ心の準備が」

「さよなら聖槍……短い間柄だった」

「うちを殺さないで欲しいッス〜!」




 《聖槍、現状だけを伝えろ。経緯は後回しだ》

 《えうえ…あうっちょ…と、とにかくヤバイッス!》


 影の中を掛け、手短に報告とは決して言えない状況説明を無言無表情を貫いて聞きながら、ソリトは理解した。


 聖槍に監視は不向きだった。それも性格面で、と。


 聖武具としては優秀かもしれないが、性格が卑屈過ぎた為だろう。自分が本当に出来るのだろうか、という不安を更に拗らせて一杯一杯になってしまっている。

 ただ、今はそれに付き合っているほど暇ではない。


 《一つずつ状況を聞くから答えろ》

 《マスターさん、少し焦ってます》

 《……少しな》


 騒ぎに乗じて何かしら行動をする可能性は考えてはいた。

 被害が最前線組だけだった為、治療を終えていたとしても英気を養って行動に移すとしても翌日だろうと打ち切り、あと一歩考えなかった。


 ソリトはクロンズ達を理解出来なかった。だが、クロンズ達の場合は〝長年共に過ごしてきた存在〟なら、その相手の思考と行動を理解していても可笑しくない可能性がある。


 明らかな失策だった。


 今の自分とは縁がないからとソリトはその可能性を排除していた。ファルとの時間を思い出す時、憎悪と怒りが湧き上がり理性が飲まれるからと記憶に蓋をしていた事がここに来て裏目に出てしまった。


 《この間抜けがっ!》

 《すすす、すみませんッス!》

 《……いやお前じゃない》


 聖槍の卑屈腰な対応で少し納得行かないものの、冷静さを取り戻す。

 ソリトは一呼吸入れてから命令を口にしていく。


 《まず一つ目は………》



 


 一体何が起きたのだろうか。

 自分はソリトを探して都市内を歩き回っていたはず。なのに、どうして自分は暗い場所にいるのだろう。

 意識が少しずつ戻ってきた。まだ霧が掛かったようにぼーっとしていて、視界がぼやっとして焦点が定まらず、目蓋が重い。


「ここは……どこ……?」


 ルティアは重い目蓋を瞬かせて焦点を合わせて、上半身を起こす。

 その瞬間、何かに下から手首を引っ張られた。

 ボフッとルティアは包まれた。


「ベッドと……縄?」


 手首の方へ視線を移すと柵のような鉄棒の内の一本に縄で縛られていた。

 引き千切ろうと試みた。が、何故だか上手く力が入らなかった。


「ど、どうして………っ?」

「あ、起きたんですね」


 ドアの開いた音がした後、男の声がした。頭を上げるが胸に遮られて男の顔が見えない。

 だと言うのに、ルティアは胸の辺りにムカッとした小さな苛立ちを覚えた。

 少し痛む事を承知で無理矢理体を横にして再度顔を上げると、見覚えのある男がこちらに顔を向け立っていた。


「【嵐の勇者】クロンズ……っ!」

 


 意識を失う前の出来事を思い出す。

 ソリトを探して都市内を回っていた時に、偶然か故意かクロンズとファル達勇者一行が現れた事を。


「お久しぶりです。【癒しの聖女】様」

「お久しぶりです。【癒しの聖女】と呼んでくださいと以前告げた事、覚えていたのですね」


 ルティアは相手にとっては平坦な、自身としては冷淡な声で言った。


 同時に、相手に対してこの態度を取るのは〝久々〟だと思った。いや、教皇の時も、カロミオの時も基本的には冷淡な態度で対応していた。

 ただ、ソリトといる時に関しては普段の自分ではないような感覚だった。今世話になっている宿主のチヤに変わったと言われて気にはなったが、自覚したのは教皇に会った後にソリトに普段と違うと言われてからだった。


 今となっては、カロミオ達にも平坦な声だったか疑わしいが、今回は明確に普段の自分だと、ルティアは断言出来た。


「それで私に一体何用でしょうか?」

「【癒しの聖女】様に少しお願いがありまして」

「お願いですか」

「ええ。まあ、込み入った話になると思うので少し場所を変えませんか?」


 現在いるのは人気の無い場所。そこから移動するのはルティアとしても賛成ではある。だが、それは変える場所による。


 ソリトの冤罪を晴らすために動いているかは知らないだろう。それでもソリトと関わりがあると知っている。知っていて話し掛けてきた。ならば、何か仕掛けて来る可能性がかなり大きい。

 

 その時はソリトの命令か、少し離れた場所からずっと隠れて付いてきていたドーラが手を助けてくれるだろう。

 ただ、ルティアとしては危険に巻き込ませたくない。


 しかし、そんな理由もソリトがいたならば「協力者だから気にするな」もしくは「片棒担いでるお前が言うか」と言われそうだ。

 そんな事を考えながら、ルティアはクロンズに言葉を返す。


「分かりました。ただし、場所は私が決めさせてもらいます」

「仕方ない、ファル」

「〝ツヴァイブ・パラライズ〟」


 クロンズの背後から聞こえてきた魔法を唱える声と同時にビリビリと体に電撃が巡り始めた感覚を受けた。

 直後、身動きが取れなくなりルティアは床に崩れ落ちた。


 ドーラが助けようと飛び出したが、複数の人間が現れて妨害されてしまった。その後、魔法の効果か声が出ずに逃げろとも言えず人質になってしまい、ドーラが拘束されそうになっていた。


 ルティアが思い出せたのはここまで。それも曖昧で、意識を失った経緯も思い出せていない。


「随分と嫌われちゃったな」

「それだけの事をしたのですから当然だと思いますが?それで、誘拐してソリトさんに何を要求するつもりですか!」

「アイツに要求?残念。言ったよね、君にお願いがあるって」

「残念ですが、貴方のお願いを聞く気など一切ありません!」

「いや、聞くよ。君は聞かなきゃいけないんだ」


 そう言ってクロンズは左を向くように右腕を横に伸ばす。

 右横にしていた体を半回転させると、白黒髪の少女が縄を全身に巻かれて拘束されていた。


「ドーラちゃん!!」


 這い擦って近寄ろうとしたが、柵に縛られた手首に制止させられた。

 ドーラはぐったりとして深い眠りに陥っている様だ。しかし、良く観察すれば、顔に暴行を受けたであろう形跡がある。


 ルティアが睨み付けると同時にクロンズが口を開いた。


「ファルが魔法で麻痺させても向かってくるから、フィーリスや騎士達にも手伝って抵抗するから手荒になったんだ。睨まないで欲しいな」

「そう仕向けたのは貴方ではないですか!」

「邪魔をしてきたからだよ。凄い子だよね。この子も君の護衛って考えて良いのかな」


 ここで白を切る選択もあるが、それだと相手にドーラの生殺与奪を与えるのと同じ。


「質問の通り、その子は私の護衛です。でしたら…分かりますよね。その子に手を出せば教会だって黙ってませんよ」

「手を出すかは君次第だ、【癒しの聖女】様。でさ、僕の女になれよ」

「は……はあっ!?」

「それが僕のお願いさ。聞いてくれれば、聖女様もこの子も解放する」

「……私は聖女です。勇者と行動する事はできません。今回は最前線に出向きました。ですがそれは聖女の範疇だったからです」

「ご託は良いんだよ。あと、アイツの罪をクレセント王国の国王に頼んで消して上げても良いって考えてるんだけど」

「それは本……」


 その条件にルティアは反射的に本当なのか言葉を返してしまいそうになったが思い留まる。

 擦り付けた罪なのに何を言っているのかと反論したくなる発言だが、それでも各国ではソリトは犯罪者扱いにされてしまっている。

 消えたところで、冤罪が晴れるわけではない。現状は何も変わらない。逆に【嵐の勇者】の温情によって罪が帳消しにされたとクロンズの株が上がるだけだ。


 何より、この条件を呑むことはソリトへの裏切り行為だ。

 信じられているわけではないかもしれない。

 それでも、協力関係としてのルティアが提示した案を受け入れくれた。

 危機的状況で助けてもらった。

 いつ聖女の権力という抑止力が効かなくなり国が動くかも分からない状況下で【天秤の聖女】を探す為になるべく穏便に、人間不信のソリトが人の手を借りて動いてくれている。


 もし、クロンズの条件を受け入れればもう二度とソリトは人を頼る事も係ろうとしなくなる。

 何より、絶対に見捨てるもんかと出会って間もない日に、ルティアは心に決めたのだ。


「お断りします。貴方みたいな卑怯者で、節操皆無の下半身野獣野郎の女なんて絶対になりたくありません!!なるくらいなら死んだ方がマシです!!」


 気付いた時にはルティアはそう口にしていた。

 すると、クロンズは顔を真っ赤に染め上げ、その目は殺意に満ちていた。


「貴様ーーーーーーーーー!」


 先程までの口調とは一転した荒い口調で叫んで、両手を伸ばして、クロンズがルティアに迫ってくる。

 その瞬間、足首を縛られた両足でクロンズの腹に蹴りを入れる。


「痛ッ!なんてな!」


 クロンズが再び手を伸ばし、ルティアの足を掴んで押さえ付けた。


「ざんねーん!援護魔法で君の力は下がってるからどうってことないんだよ!!」


 戦闘系には劣るが、一般的な支援系スキル持ちよりもスキル【癒しの聖女】は身体能力面のステータスが高い。


 ルティアは近接戦を出来る様に敏捷だけでなく、筋力も上げてきた。結果、美白の細腕は程好くハリがあり、筋力値は縄を引き千切れるくらいに上がっていた。なので、ガキ臭い煽り口調の解説でも、上手く力が入らなかったのはその所為だったのかとルティアは理解する。


 だからといって、無抵抗でいるわけがない。ルティアは自分の足を押さえ付けるクロンズの手から逃れようと試みる。

 その時、手が膝に掛けられ、閉じる脚を開こうとしてきた。

 同時に警鐘を鳴り、ルティアは息を呑む。


「さっき言ってたよね。死んだ方がマシだって。なら、マシじゃないやり方で了承してもらうよ」


 そう言いながらクロンズは左片方だけ押さえ付け、左手と左脚を入れ替える。

 次の瞬間、ルティアの服を掴み一気に引き千切った。

 服の胸元から白く美しい肌が顕になる。

 ルティアは奥歯をグッと噛み締める。


 クロンズが左手を胸元から脚に掛けて這わせ始めた。

 ふくらはぎから膝、太ももに向かって動いていく。

 撫で回してくる指の感触は粘つく様で不気味。その感触に全身に寒気が走る。


「君の脚は一級品だよ。永遠に触り続けたい」

「貴方に褒められても嫌悪でしかないです」

「それも時間の問題さ。すぐにそれは喜びと快感になって聖女様の方から僕を求めるようになる」

「気は確か?」

「そんな口が利けるのもあと少し。楽しみだよ」


 何も出来ずな状態と嫌に固く目を閉じる。その間にも左手は太ももから少しずつ秘部に近付いている。その恥辱と恐怖にルティアは顔を歪め、歯を噛み締める。


 それを分かってかたのしむ様にふひっ、とクロンズが気味悪い笑い笑い声を漏らした。

 秘部に触れた瞬間、自分の舌を噛み千切って自害してやると、ルティアは舌を歯に挟み口に緊張を走らせた。


 その瞬間、苦痛に堪えられずに漏れ出たような声が聞こえた。何が起きたのかと、恐る恐るゆっくり目を開けていく。

 その間、クロンズが苛立ちに歪めた顔を俯けて「離せ!」と何度も言う。その中に度々クソガキという言葉が入る。


 ドーラが目を覚まして妨害してくれている?とルティアは思った。


「いい加減離せ、このぉぉぉぉッ!」


 クロンズが獣のような咆哮を叫ぶ。その瞬間、強く打ち付けられた音が響いた。


「ふぁふぉ!」


 全身を縛られているはずのドーラが必死に抵抗しているお陰で、押さえ付ける手の力が少し緩んでいた。

 振りほどこうと縄との摩擦で手首に走る激痛を我慢しながら、ルティアは無茶苦茶に足や体を捻り動かす。それでも拘束されていてそれは叶わなかった。


 どちらもまともに身動きが取れず、悪足掻きにしかなっていない。

 クロンズが一人でいるのかは不思議なのだが、そんな事を考える余裕をルティアは知らず知らず失っていた。

 そんな中でもソリトが助けに来てくれるのではと一瞬考えた。だが、ソリトがこの場所を知っているはずがない。


「助けて……助けてソリトさん!」


 それでも助けて欲しいと叫んだ。

 刹那、ベッドから黒い影が現れ、目の前を通り過ぎた。


 ビチャ、と何かがルティアの顔に付着した。

 飛んできた方向に視線を動かすと、クロンズの右腕が消えていた。少し後に何処かから右腕の落ちる音が立った。


「あ?あ…アアアアアアアア!!腕がぁ僕のうでがあぁぁああ!!」


 叫び声の響く中で、静かに呟かれた声。ルティアはその声で誰なのか悟った。


「うるさいぞ、雑種クロンズ

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